医療的多元論
medical pluralism
医療的多元主義とも言う。医療という行為ならびに社会制度の中に複数の次元の価値と行為の体系が存在すること。あるいは、それを説明するための 分析モデル(理念型)のことである。医療における多元論には、以下に述べる2つの意味がある。
(1)ひとりの患者の病気と健康に対する行動や処方の中に、異なった医療体系の要素が含まれたり、使い分 けられたりすること――これを多元的医療行動(pluralistic medical behavior)と呼ぶ。
例えば、発病初期に民間療法で治療を試み失敗した場合、近代医療の処方に転換するもの。あるいはその逆、さらには併用がそれである。多 元的医療行動は、近代医療における患者の受療モデルとしては、患者の無知あるいはコンプライアンスの悪さの象徴として受け取られ、正当な評価を受けてこな かった。しかし、1960年代以降の医療人類学研究における、患者とその家族の意思決定行動に関する実証研究の蓄積の結果、病気への対処行動が、雑多な全 体論(holism)とプラグマティズムに裏づけられていることが指摘され、むしろ逆に、近代医療が前提とする単純な行動モデルの無根拠性が明らかにされ た。
(2)一つの医療体系の中に、別の要素の医療体系が含まれたり、サブシステムとして使い分けられたりする ことである――これは多元的医療体系(pluralistic medical system)と呼ぶ。
日本において漢方エキス製剤が健康保険適用薬に指定され近代医療の処方として使われたり、世界の開発途上地域の呪術治療師がビタミン注 射や抗生物質を用いることは、その例である。多元的医療体系の概念は、主に医学史を中心とした非西洋医療の比較研究が、病気認識とそれに基づく治療体系と して理解されるにつれて、その重要性が認識されるようになってきた。すなわち人間社会全体にとっての<医療>というものが、実は複数の知的システムの複合 体であり、医療体系間には相互に交換される技術的要素があり、それらがサブシステムを形成するという、保健医療行動の<環境>という事態が明らかにされた のである。
■ 医療的多元論(仮想・医療人類 学・辞典)
(池田光穂 . Mitsuho Ikeda, copyright, 1999)