人は多様に病み単純に治る(テーゼ)
Diversity of Suffering and
Simplicity of Curing: A Thesis
解説:池田光穂
人間の病気経験は多様だ。にもかかわらず診断は限られた知識のなかでおこなわれ、病名が判断され、自分は〜という病気(苦悩)をもつという意識 を人がもちはじめると、患者ないしはその家族は、その病気を直すことに専念する。あるいは、その病気に対応する薬や施術を探す。
その結果、その薬や施術が効いたか効かなかったのかという、二者択一の判断に人々の関心は移行する。治ることの延長上にあるのは、それにより不 幸なことにならなかったということであり、あるいは死ぬことはないものの、その病気(患い)を抱えて生きることになる。他方、治らないという帰結の典型は 「死」である。また症状が固定してしまい、前の身体や精神の状態に戻らないときに、それは障害・障碍・障がい・しょうがいである、ないしは「寛解(かんか い)」と言われる。後者やガンや精神病などで言われてきた表現で、元通りに治るという概念がなく、状態が一時的に軽減ないしは消失している状態のことをい う。
以上のことをまとめると、冒頭の命題(テーゼ)「人は多様に病み、そして単純な弁別で区分されるように治る」ということが言える。
■ 時系列に応じた病気の経験・診断・治療の多様性の縮減と、それらに応じた研究領域分野
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【詳細版】 〈病む〉ことや〈治る〉ことを学問的に厳密に定義することは容易ではない。まず病むことや治ることの具体的な諸相は、人間の個別な出来事であり、それを 一般的な用語でとりまとめることは困難だからである。この〈病む〉ことの個別性や多様性は経験的事実から傍証することができる。一九八〇年代中頃の中央ア メリカ・ホンジュラス西部のメスティソ農民における病気の語彙について調査していた時に、筆者は単純な事実を発見した。つまり、病気に関する語彙は、治療 や治癒に関する語彙よりも多様で豊かであるということだ(4)。これは、一方では病気の具体的な成り立ちが予期も原因も不明瞭であり当てずっぽうも含めて 多様で曖昧なところから出発することに起因するからであろう。そして、治療においては、病気の成り立ちについて文化的説明が行われる際にはいくつかのパ ターンに収斂されるようであり、その中から限定的な選択を通して、最終的に病気が治るときには、その結果は〈治る〉と〈治らない〉の判別レベルまで縮減さ れることにも起因する(図2)。人間は多様に病み、そして一様に治癒する。このことは、全世界の開発途上地域における保健政策において、しばしば中央政府 が健康的な生活のために声高に主張する具体的な対策――消毒や衛生――がなかなか普及成功しない歴史的事実とも関連している(4)。なぜなら、人間が多様 に病むことを無視し、選択肢を与えない近代医療で施術しようとしたからである。 時系列に応じた病気の経験・診断・治療の多様性の縮減のようす(上部) 病気の経験・診断・治療の多様性の縮減に応じた研究領域分野(下部) 病気の脅威に直面する人間集団が、さまざま治療手段を発達させてきたことは論を待たない。伝統医療や民族医療と呼ばれることもあるこれらの治療手段は、 単純な経験的知識の積み重ねだけではなく、しばしば、現地の社会関係や象徴的な宇宙観や身体観の反映でもある。したがって〈病む〉ことも〈治る〉ことも社 会構造やそれに関連した文化と深く関係する。また、治療には流行り廃りがあることから、〈病む〉ことも〈治る〉ことも、同じ社会においても長期に変化する ことも明らかである。 〈病む〉ことと〈治る〉ことについて近代医療の用語で説明すれば、前者は疾病の罹患あるいは症状の発生であり、後者は治癒あるいは緩解――症状が改善され たり一時的に治っている状態――のことをさす。伝統的な治療師と同様、近代医療の医師も、患者やその家族が〈病んでいる〉とか〈治った〉と主張すること と、医学的に発病あるいは治癒したと判断することは区別して考える。つまり自覚症状と他覚症状は区別して考えられている。したがって患者の側の主観的判断 と(伝統的および近代的を問わず)治療者の判断が相反することがある。近代医療においては、原則的に医師の治癒の判断は客観的で正しいものとされ、患者や 家族の判断はそれほど尊重されない。しかし、近代医療に比べて非西洋医療では後者(=患者や家族)はより重視される傾向がある。本章第1節でのべた政治性 が、近代医療では医師のほうに、非西洋医療では患者や家族の側にある。それは、近代医療の科学的効果性の成功を収め、患者や家族のほうはそれに従う傾向が あること、また、日本では国民皆保険制度の中で、制度的な医療にかかることのほうがより安価で効果的であると患者や家族のほうが信じているからである。 人が多様に〈病むこと〉から始まり、〈治る/治らない〉という判別に終わる病気の挿話(illness episode)は、経験的事実に即して具体的に追跡することができる。多くの社会において、病気と治療の挿話には、その文化が規定する因果的連関にもと づいた時系列的変化に応じて、共通する特徴が見られる。図(上部)を見ていただきたい。 人間の病気経験は多様だ。にもかかわらず診断は限られた知識のなかで行われ、病名が判断され、自分は~という病気(苦悩)をもつという意識を人がもちはじめると、患者ないしはその家族は、その病気を治すことに専念する。あるいは、その病気に対応する薬や施術を探す。 その結果、その薬や施術が効いたか効かなかったのかという、二者択一の判断に人々の関心は移行する。治ることの延長上にあるのは、それにより不幸なこと にならなかったということであり、あるいは死ぬことはないものの、その病気(患い)を抱えて生きることになる。他方、治らないという帰結の典型は「死」で ある。また症状が固定してしまい、前の身体や精神の状態に戻らないときに、それは障害・障碍・障がい・しょうがいである、ないしは「寛解(かんかい)」と 言われる。後者は、がんや精神病などで言われてきた表現で、元通りに治るという概念がなく、状態が一時的に軽減ないしは消失している状態のことをいう。 そして医療人類学や医療社会学、あるいは保健医療行動科学などの分野では、さまざまな人間の病気行動や意味論について研究下位領域を作ってきた。図 2b.(下部)をみてほしい。病気に罹った最初の段階では、病人役割や多元的医療行動(=予防行動を含め人間は病気を感じた時に各人は個別の行動方針を もっており西洋近代医療を受け入れた社会でも多様な健康追求行動(health seeking behavior)をおこなう)という観点から研究されている。また、診断のプロセスや治療への試みの中での仮定法的な試行錯誤(トライアル&エラー)の 繰り返しのプロセスは、多元的医療体系という研究アプローチが適切であることが、図2b.(下部)の部分の説明で主張されている。ここで言う、多元的医療 体系とは、アジア・アフリカのみならず西洋でも今日ではさまざまな民俗医療あるいは民間医療さらには代替医療が登場しており人間の社会における治療のため の社会資源、すなわち医療というのは多様で多元的であるという主張で、ときに医療多元論とも言われる。また、治る/治らないことであるとか、治療や死など では、その文化が持つ固有の哲学や思弁についての議論がなされる。人は多様に病み、単純に治癒するプロセスの中にも、それぞれの位相の中での研究アプロー チがあることになる。 以下のエピグラムのアントナン・アルトー(1)による病気への礼賛表現は、今日の健康中心主義(ヘルシズム)思潮からみて異様なものだが、病気が多様な顔 を持つのに健康の姿はあまりにも平板で単純すぎるという、筆者の主張の形を代えた表現と言えなくもない。ニーチェ(7)が言う、人間には「数かぎりない肉 体の健康がある」との主張にも今日の世界保健機関の定義する健康とはそぐわないところがあるだろう。今日の世界でコンセンサスの得られている健康とは、極 めて標準的で平板なものであることは確かなのだ。 以上のことをまとめると、「人は多様に病み(=病むことの多様性)、そして単純な形で治る/あるいは不幸な帰結のどちらか(=治ることの斉一性)に終わる」ということが言える(図2.)。 |
※謝辞:このテーゼの標語は友人の社会人類学者である西本太さんに指摘していただいたものです (2008年3月4日)。
病気はひとつの状態だ。健康はまた別の、もっとひどい状態にすぎない。
つまりもっと卑怯でもっと卑小な、という意味だ。成長しなかった病人などいようか。私がかかった何人かの医者みたいに、病人になるのが嫌さに、ある日裏
切ったりしたことのない健康な者がいるだろうか。——アントナン・アルトー「病人たちと医者たち(一部)」(1) 癒しの過程:エンパチョを事例にして アーサー・クラインマン『文化の文脈における患者と治療者』(5)は5つの要素からなる病気と治療についての理論と行動のセットを「説明モデル」 (explanatory model)と名付けている。人々が病気になった時に、どのように考え、どのように対処するのかついて、人々が考え行動する病気対処行動の形式的描写のこ とである。すなわち、(一)どうしてその病気になったか(病的状態の原因)。(二)いつ病気になり、どんな様子か(症状発現の時期と様式)。(三)その人 の体でその病気はどのようなことを起こしているか(引き起こされた病態生理学的な諸過程)。(四)その病気はどのような経過をたどり、どれくらいの重さな のか(病気の自然史と重症度)。(五)その病気にどんな対処を行ったか(病的状態に適した治療方法)、である。 病気の発生を、不幸をも含めた災い一般とそれを説明する際の文化的に決定された論理とみると、それは「災因論」(6)として捉えることができる。災いの 原因の結果を結ぶ説明は、治療者と患者がもつそれぞれの固有の経験や歴史的経緯により多様性をもつが、他方で文化的にいくつかの類型化された説明体系と治 療のシステムというものがみられる。したがって災因論は、当該社会における不幸の原因と結果を秩序づけて説明する際の文化的図式の描き方の技法でもある。 この社会的な分析格子を通して、それぞれの社会で不幸が偶発的な条件に左右され一定の多様性を確保しながらも、部外者に対して説明可能な論理として抽出す ることができるからである。 以下における「病気の民族誌」記述において、中米の農民の民俗的病い(=消化不良を特徴とする症状)であるエンパチョについて、筆者の『実践の医療人類学』(4)から引いて、彼らの疾患モデルが具体的にどのように解説されるかみてみよう。 ここからはより具体的に一つの事例を追求しながら、この下痢をめぐる民俗的病因論 や治療のプロセスについて考えてみたい。 エンパチョは便秘、下痢、食欲不振などの広範な消化管症状を伴う「民俗的な病い」である。民俗的な病い(folk illness)とは、呪術や呪いによる病気など、おもに伝統的な社会にのみ存在する病気で、一般に近代西洋医療では定義できないような病気(病い)のこ とをさす。しかしながら、エンパチョにかかることは、必ずしも下痢になることを意味しない。以下に述べる事例は、ホンジュラス共和国コパン県ドローレス村 の青年アントニオ(仮名)が語ってくれた下痢を伴わないエンパチョの病像の経過である。なお事例は一九八六年二月一〇日より一六日までの一週間の出来事で ある(4)。 二月一〇日「昼食を食べたとき、調子良く食べることができなかった」。 二月一一日「朝食も、昼食もたべなかった。夕食だけとった」。 二月一二日「朝早く(七時頃)、オルガという女性に食用油脂を使ってマッサージを(一五分ほど)してもらった。しかし(腹の調子は)よくならなかった。 少しは楽になったけど。シグアパテ(薬草名)のオルチャタ(素材をペースト状にし水と粗糖を加えた飲料)とサル・アンドリュー(水に溶かす発泡清涼剤:商 標)を飲んだ。その後で、スルファビスムート(消化剤:商標)を二包ほど飲んだ。その後で、朝食を取り、昼食と夕食は、ふつうに食べた」。 二月一三日「前の夜は、ずっと[腹の]痛みがあって調子が悪かった。だから、オルガのところに戻った[=同じマッサージを受けた]。いつも痛み、腹の痛みがする。一〇日に、一日中、空腹を辛抱して夕食をたくさん食べたのがエンパチョの原因だ」。 二月一四日「痛みで一日中横になっていた」。 二月一五日 彼はサンタ・ロサ(都市)に出て、私立診療所 の医師のところに行った。そこで肩の痛みを彼に訴えたという(前日の痛みが腹部のものか、肩のものか、あるいはその両方かは正確には不明である)。医師に は「肺に障害を受けている」と言われた。しかしエンパチョのことは、医師には聞かなかった。「医師はエンパチョのことは何も知らない」からである。またエ ンパチョの痛みもその時には、消えてしまったという。 人がエンパチョになったとき、それはどのように判断されるのであろう か。エンパチョの診断は一連の腹部の異常、すなわち腹痛や下痢などから判断される。しかしすべての下痢や腹痛がエンパチョに結びつくわけではない。すでに 述べたように多様な下痢を構成する原因のひとつにすぎない。では腹痛(dolor de estómago)はどうだろう。別の患者は腹痛を原因に応じて次の六つの原因に分けて説明する。(一)アイレ(aire)——民俗的な病いで差し込むよ うな「痛み/疝痛」をさす、(二)ロンブリセス(回虫・寄生虫)、(三)パスモ——民俗的な病いで筋肉痛のような鈍痛を主症状とする、(四)消化不良 (indigestión)、(五)ここで解説したエンパチョ、(六)「赤痢」である。このように先にあげた出産介助者のような専門の治療者のみならず、 ふつうの農民においても、下痢や腹痛についてはさまざまな角度から、独自の解釈を加えて説明することができる。 例えば、痛みを意味するアイレは次のように説明できる。それはスペイン語における空気や雰囲気という意味ではなく、身体の特定部分の疝痛を表現する言葉 である。この場合は、「アイレが身体に入った(Se metió aire)」という表現や、「アイレがお腹に邪魔をしている(Aire está molestando [el] estómago)」と表現される。これらが結果的にどのような感覚を引き起こすのかとの質問に対して、「腹が痛くなる」、「腹に(ボールのような)塊を 感じる(Se siente una pelota en estómago)」あるいは「食欲がない」という返答がある。この種のアイレによる腹痛には、下剤が処されることがあり、エンパチョの処方に類似してい る(4)。 |
文献
〈さらにこの分野を深める文献〉これらの文献についてのレビューは本ページの冒頭にあります。