本書の紹介「この本は、これまで人類が直面してきたさまざまな感染症を、歴史にそって、わかりやすく説明しています。感染症の種類からはじま り、流行の原因、予防と治療に力をつくした科学者たち、病気を伝染させないための社会の取り組みまで、さまざまな角度から感染症について理解を深めま す。」文研 出版のHPより)
◎ようこそ!感染症の歴史の世界へ!!
この本には人類と感染症と呼ばれる病気との関係についての長い長い歴史が書かれています。なぜ、長い長い歴史なのでしょうか?人類の祖先は 今から400万年から300万年の昔にアウストラロピテクス属という二足歩行をする猿人から、約200万年ぐらいに分かれて今のヒト属(ホモ属)から生ま れたと言われています。ただし、アウストラロピテクス属もホモ属も、これまでの歴史のなかで多数のグループ(これを種という)が存在してきました。私たち 人類は、ホモ・サピエンスと言って最も古くて30〜20万年ぐらい前に登場しましたが、皆さんもその名前を聞いたことがあるはずのネアンデルタール人(ホ モ・ネアンデルタレンシス)とおよそ3万年前ぐらいまでは共存していました。その頃でも病気や障がいはありましたが、今のような医療もなく、すぐに死んで しまったようです。その証拠となる化石の骨になかなか情報がみつかりません。
それまで狩猟採集生活していた人類がおよそ1万5千年から7千年ぐらいの間に農耕を発明して、集住するようになってから、感染症にかかる人 が増えたと言われています。ウィリアム・マクニールさんという歴史の先生などは、最初から人と人どうしが病気をうつす感染症があったのではなく、人—動物 —人のあいだで病原菌が一周するというサイクルのほうが一般的でなかったのかと言います。つまり、最初は人—動物—人のあいだで病原菌がうつっていたの が、さらに農耕がすすんで、より多くの人たちを養えるようになると、人から人へうつる感染症(人—人感染症)が多くなったといいます。そのような感染症が 溜まった場所をまるで水泳のプールのようだと表現して「疾病プール」とマクニール先生は呼びました。
本書で出てくる、文明は、さまざまな文化や芸術が花開きましたが、同時にそれぞれの文明で「疾病プール」が共通だったのです。そのため、騎 馬による兵隊(十字軍)や宗教や文化を伝える外交使節(遣唐使)が、文明と文明の間を移動したので、異なった文明のあいだでの「人—人感染症」が流行する ことになったのです。
自分が知らない新しい文明には、幼年時代にかかったことがなく、免疫ができていないために旅の途中で死ぬことも多かったです。感染症のため 多くの人が死ぬることは、さまざまな文字をつかった文書により記録されていきました。文書という歴史報告のほかに、旅先で亡くなったり、友人や家族が死ん でいったりするために、その悲しさを乗り越えるためにさまざま絵画や詩などがつくられていきました。感染症の歴史を研究している先生たちは、それも人類の 感染症の貴重な記録だとして、さまざまな角度から分析を続けています。
この本のシリーズは、感染症と人類のあいだのたたかいと共存(=「均衡」といいます)について、わかりやすいイラスト付きの解説で、みなさ
んと共に勉強するようなさまざまな仕掛けがあります。勉強してわかったことや疑問に思ったことは、みなさんのご両親や家族の人、あるいは学校の友だちに伝
えて、お話したり質問してみましょう。今ではインターネットで検索するのもいいかもしれませんね。
◎治療と医療の世界へ
この本を手にとった子どもたちは、まず「人類の治療と医療の歴史」のグニョグニョと曲がりくねった年表をみてください。現在、私たちの社会 は、ワクチンだRNAウィルスだと新型コロナウイルスと戦っている真っ最中ですが、このような体制ができたのは、およそ今から100年ほど前、実際に世界 の多くの人たちに効果をもたらすようになったのは70〜80年間にすぎません。それまでの人類と病気との戦いは、推測と経験的方法にのみ、ながくながく頼 らざるをえなかったのです。だからと言って、昔の人はかわいそうだと一方的に思わないでほしい。経験的法にも時間をかけて、だんだん良くなってきたものが あるし、そのなかで今日でも有効な治療法や養生法もあるからです。また、今だったら迷信のかたまりのような、神様のようなものにすがる方法も、人びとの心 を安心させるためには、それなりの意義のあったものだということが、現在の、現代医療が十分ではない人びとの調査や研究などから明らかになっています。
イベルメクチンを発見して2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智(おおむら・さとし)博士は、最初は、抗生物質の化学構造の 研究から勉強をはじめました。そこから天然に存在するさまざまな微生物を幅広くしらべて、その中から有効成分を発見する方法を編み出して、これまで五百種 類ちかくの化合物を発見しているのです。もちろん有効性が確認されるまでには、その百倍どころか千倍ぐらいの気の遠くなるような数のサンプルの採取が必要 になります。そのうち実用化された薬は25種類におよびますが、とくに、アベルメクチンとイベルメクチンが有名です。アベルメクチンは静岡県伊東市川奈の 土から、イベルメクチンは同じく伊東市内のゴルフ場から採集されてた放線菌(ほうせんきん:バクテリアの一種)がつくる物質を精製したものです。これらの 物質は線虫という血管のなかに住む寄生虫をやっつける働きをもつ薬になります。とくに、熱帯地方の病気であり、川や湖の近くで感染し視神経を侵して失明を 引き起こすオンコセルカ症や体のリンパ節にとどまるフィラリア症にとてもよく効く薬です。大村博士は世界中でこれに苦しむ人たちに、安価でこれらの薬を提 供するように製薬会社とかけあい、そのために多くの病気の感染を低下させることに貢献しました。
シリーズ第2冊目のこの本を読んで、いろいろな工夫をして人間のみならず多くの生き物(みなさんのペットも様々なタイプの寄生虫や細菌感染
症にかかります)治療法の開発やケアなど、いろいろなことに興味をもつ子どもたちが増えることを、監修者として希望します。
◎公衆衛生の大切さ
みなさん、この『感染症と人類の歴史』のシリーズも第3巻『公衆衛生』で最終巻を迎えることになりました。人間が感染症との戦い、その戦い
に敗北し、多くの犠牲を出しながら、世界のさまざまかたちで展開している医療が少しづつ感染症を撃退する方法をあみだしたり、時には、病原体そのものが弱
くなったり(「弱毒化」といいます)実際に病気にかかったり、ワクチン接種により集団が免疫力をつけていくことで「付き合って」いくことが可能になったり
してきたことが、これまでの読書でおわかりになられたと思います。それにも関わらず、新しい感染症がつぎつぎと生まれたりしています。それは人間と野生動
物が新しい共通の感染症(「人獣共通感染症」といいます)を、生物進化における「選択」してゆく過程のひとつではないかと言われています。なぜ、新しい人
獣共通感染症が生まれるのでしょうか? それは地球の温暖化や森林の減少などで野生動物の生息環境が変化したり、食性(食べ物の好み)が変化したり新しく
生まれたりして行動が変化して、これまでとは違うかたちで人間と接触するようになってきたからです。世界の研究者は「感染症を完全になくすことはできな
い。大切なことは新しい感染症の登場を調べて、ワクチンを開発して感染症の被害が大きくならないようにすることだ」と言います。そして、そのあいだに地球
環境にどのような変化が生じたのかとくわしく調べることも大切だと、監修者の私は付け加えたいと思います。この3巻の本を読んで医学史、ウイルス学、病理
学、そして生物学などの基礎医学や、社会全体の健康を考える公衆衛生学に興味をもつ子どもたちが一人でも多く出てくることを期待します。どうしてかって?
それは人間にとってまだ知らない謎がこの分野には数多くあるからだからですが、なんたって興味ふかいこともいっぱいあるからです!
◎監修者プロフィール
ぼくは1956年大阪市内の病院で生まれました。母の話だとぼくをとりあげた産婦人科医の先生の顔におしっこをかけたそうです。でも母が亡
くなってから、お腹のなかにいる時には水を飲まないになぜおしっこが出たのか疑問に思いましたが今では確かめるすべがありません。ぼく大阪大学大学院で
「社会医学」を勉強して、海外で田舎の人の健康を向上するプロジェクトに参加しました。今は母校の大阪大学で健康に関するコミュニケーションと文化人類学
という学問分野について大学院生に対して教えています。おしっこの話に戻ります。この本を手にとった、みんなも疑問におもったら、なんでもすぐに調べるこ
と、そして、人に疑問をぶつけることです。でないと、ぼくのように生まれた時の変な謎が解けずに悩み続けます。この本を読んでわからなかったことには、編
集部を通して質問してください。
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