社会存立のための弁証法
Dialectic Demonstration of
Exstence
of our "Society" or Community
A. バタイユ-ブランショのラインでは共同体を基礎づけるのは、人間の不充足の原理と、同胞の死の際における対話(と生き残る者が自己の外に投げ出されてい る状態)だということになる。
B. 死にゆく者に立会い「君は死んでは『いけな い』」という禁止の言葉を言うこと。この感覚が人をして共同体(=社会)を作ろう共同体を維持しようとする気にさせる。そしてそれを実践する。
C. 社会はいったい君にとって何の役に立つのか? 何の役にも立たない。死にゆく人に「死んではいけない」と懇願とも命令ともつかない言葉を吐くためにこの世=社会というものが必要になる。
Q.E.D.
「ジョルジュ・バタイユ
は確かに、友人たちから見捨てられたという思いを抱きもした(とくに戦前)し、
後には何カ月かにわたって(『息子』)病いのために塾居を余儀なくされもした。またあ
る意味では彼は孤独に耐えるに無力であったがためにいっそう孤独を生きたとも言える
のだが、そうしたことのゆえにこそ彼は、共同体が彼を孤独から癒やすためにあるので
もなければまた彼を孤独から保護するためにあるのでもなく、共同体とは、それが偶然
によってではなく親愛の心として——心あるいは法——を孤独にさらすその在り方な
のだということをいっそうよく知っていたのである(ブランショ 1997:59-60)。」
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