超 領域研究機関の構想に関する基礎 研究
Trans-Disciplinary
Science Organizations in Campus
俺たちは流れにのっているのだという考え方こそ、今日の大学人を堕落させたものはない。――垂水源之 介
1. 管理運営にかんする基礎研究 2. 超領域研究 2-1 バイオサイエンス 2-2 平和の創造と意義 2-3 認知・行動・情報 |
大学の個性化、活性化、民営化、国際化など研究・教育にもとめられているさまざまな課題に 関して、既存の大学の研究機構という枠組みを越えて自由に意見交換をおこない、その成果を社会にフィードバックしてゆく機関をどのように構想することがで きるか、その可能性を探究する。
研究・教育機関としての大学は、現代社会における科学研究の生産と流通の拠点である。分野 を問わず科学研究の現状について私の認識をしめしておく。(1〜4)
1.先進諸国での科学研究は、知識生産においても研究経費においても「成長の限界」に 達しつつある。
2.知的生産の体制は、個人や小グループによる研究から、研究室や大学の領域を超えて 広がる共同研究体制に実質的に移行している。
3.科学界における理論を、生産・流通・消費という観点からみると、その時間的サイク ルは加速化しつつある。
4.肥大化する研究予算の膨張に対して、効率的かつ公正に配分するため監視と管理の重 要性が増大しつつある。
科学論研究のジョン・ザイマン(1994)によると、このような先進諸国の研究体制は一種 の定常状態(Steady state)にあるという。
このような研究をめぐる科学研究一般の現状認識に即して、本学の研究教育機能が時代に適合 したものになっているのかというと、そうではないと私は考える。
その最大の原因は、研究・教育機関としての大学と大学院の内部のセクショナリズム、つまり 部局内組織の自律性(autonomy)が、さまざまな生産効率を低下させ、新しい改革の芽を摘んでいる点にある。
これは組織の自律性自体に問題があるではなく、組織の自己保存機能に問題があると考えられ る。組織の構成員は外部からの強制力――たとえばリストラの要求――から防衛するために、組織とそれを支える社会全体の利益を考慮するという戦略を立てる のではなく、組織の存続という命題を立てて、さまざまな具体的な戦術を打ち出してゆくことがその原因である。組織が一度軌道に載ると、その存在の是非を問 いかけることを忘れ、ひたすら自己保全に回るということはすでに我々の常識になっている。
今日、研究組織の自己保存という戦術に正当性を与えているのが<学際的> (interdiscipilinary)と呼ばれている考え方であると思われる。現在では、学際的という標語=スローガンがもつ社会的機能は、旧態依然 たる組織とそれに組みする研究者を温存するためにあり、そこからは新しい研究や教育は生まれてこない。問題の源泉を私はこのように考える。
私は「現在の組織は真の学際研究に向いていない」とか「真の学際的研究はどのようなもので あるか」という議論はしない。また学際に代わって領域横断的とか超領域という言葉を使えば問題が解決するというわけでもない。私はここで学際と超領域を2 つに分けて考えるが、あくまでも学際的という用語を現在の用法に照らして、その理想から堕落した現在の組織の現状を肯定するイデオロギーとしてとらえ、超 領域を組織を超え、既存の組織を破壊せざるを得ない研究および教育の枠組み、つまりもうひとつの新たなイデオロギーとして誇張して対比させて使うことに注 意していただきたい。
従来の「学際」という用語が既存の諸学問の領域を守りつつ相互に知見を交換するという謂い であるのに対して、「超領域」とは諸学問の知見を相互にかつ自由に節合し学問自体の創造をはかるという意味をもつ。
「学際」と「超領域」の違いは、テーマに対する研究戦略の違いに反映される。つまり学際研 究では、特定の研究のテーマを既存の諸学問の領域が取り扱える下位領域に分解して研究するという手法がとられてきた。そのため学際的研究の成果は、それぞ れの既存の研究分野が自己の手法や視座を他の領域に披露することで終わっていた。他方、超領域研究分野では特定の研究テーマに即して下位領域の知見が高い 自由度をもって動員され、既存の学問領域の垣根を取り払うことが前提とされている。つまり、超領域研究では、研究テーマに即して学問が新たに編制されると いう接近方法をとるのである。
この超領域の研究戦略の視座からみると、後発の新設学問領域はつねに超領域的性格をもって いたと考えられる。そして、それぞれの学問が研究テーマに拘束されるという「知の領域」の形成原理が忘れ去られたときに今日の大学のような状況が生成され ると理解する。このような歴史観・社会観に立つと、大学の現在のような部局編制は、人間の知識活動の歴史的集積の結果としてあるのではなく、それまでの輝 かしい学問的実践活動の残滓(ざんし=残りかす)あるいは燃え滓であるかのように見えてくる。
従って、この見方が導く新たな行動の原則は、科学史研究家のトーマス・クーンの顰みに倣っ て別の学問のパラダイムを創造させることにある。つまり彼の言う「異常科学abnormal science」の創造を促進させ、「通常科学normal science」の幾つかの学問領域の息の根を止めることを意味する。超領域とは現代が直面している問題に即して、研究テーマを組み立て、それが独自の理 論生産性をもつ研究領域である。また、理論の生産・流通・消費のサイクルの速度の増大に対応して、研究の不必要な永続性を求めない研究領域でもある。
以上のような危機感をもち、建設的な方策によってこれを乗り越え、計画の概要を容認するのであ れば次の2つの水準で作業が開始されなければならない。つまり組織運営上の課題を検討することと研究領域を画定することである。
1.管理運営に関する基礎研究
このような組織が、具体的に国立大学の制度の枠組みの中で創設させることが、そもそも可能 であるのか?
既存の組織を再構築するのであれば、スクラップ&ビルドという急進主義的な方策以外にどの ような方法――とくに我々の心情を刺激せずに「軟着陸」させる方法――があるのか?
そして定常状態にある科学の現状を分析し、科学自体の振興をはかり、かつ社会に寄与する研 究の財政的な資源配分をどのように設定するのか?、等々の研究が必要になる。(この研究の主力を担うのは大学の管理運営に携わっている研究協力事業に従事 する官僚とその分野に明るい一部の研究者だろう)。
2.研究領域に関する基礎研究
今日超領域的な研究が必要とされるテーマには次のようなものがある。
2-1.生物科学(Bio-Science)
たんに先端生命科学の研究の推進のみならず、生命操作や環境問題など、現代人にとって 脅威とみなされている技術体系への新たな対処、科学技術の事前および事後評価研究などを視野に組み込まれた研究体制やその理論的枠組の研究。
2-2.平和の創造と維持
軍事技術の革新がもらたらした地政学概念の変化、民族浄化や民族間テロリズムなど暴力 の日常化と普遍化の問題、いじめや虐待などの微小社会の病理とその対処など、紛争解決に関する研究。
2-3.認知・行動・情報
脳研究や人工生命研究、情報化社会における価値観の混乱、人工知能が認識の問題に与え る課題、情報と権力の分散化に関する研究など。
ここにあげた研究の三領域はひとつの試案であり、それぞれの研究者の認識次第で多様な 領域の設定が可能になる。なぜならば超領域研究は既存の科学に対する異常性をもって任ずるからであり、その異常性の質は研究者によって異なる。したがっ て、現代の科学をどのようにみるのかという広領域にわたる調査研究が最初に必要となろう。
このようなことを一定の期間討議する基礎研究グループを、学長あるいは学術研究推進委員会の諮 問組織として発足させるべきだというのが、提案者の最終的な結論でありかつ提言である。
この提案にいたる動機の直接のきっかけになったのは、平成8年度文部省在外研究・海外研究開発動 向調査:タイトル「エコ・ツーリズムと持続的開発に関す る先端研究の動向調査」において平成9年1月から3月まで、アメリカ合衆国カリフォルニア大学バークレー校人類学科ならびにコスタリカ共和国熱帯研究機関 での調査研究における体験にある。特に学問の領域を折衷するという学際ではなく、学問の垣根を崩壊させる超領域のアイディアは、コスタリカで知り合った社 会性昆虫である蟻の生態研究のプロジェクトのリサーチ・ボランティアで、現在カリフォルニア州オークランドの多民族居住区で小学校教師をしているマーク・ スプリンガーさんとの議論に多くを負っている。記して謝する。
またコスタリカの熱帯雨林の中で日本の学問の発展とは何かについて熱く語ってくれた井上民二京
都大学教授への感謝と思い出をこめて。
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