延命治療と功利主義
Life-prolonging Treatment and
Utilitarianism
☆ ヘア『道徳的に考えること』(10.4):ある末期癌の患者がいる。延命措置を講じないと、この患者はすぐ死ぬ。延命措置(ヘアの著作では「集中治療 intensive care」)をいまおこなえば、1か月後に苦 しみながら死ぬだろう。患者は、いま、延命治療の停止を強く望んでいる。医師は延命治療の手段を少しでも省くことには、嫌悪感を抱いている。ここでの医師 (=私)の選好は、患者のそれよりも弱い(ものとする)(佐藤 1994:67)。
合理的な道徳的推論 あるいは批判的思考(佐 藤 1994:67-68) | |
1)私は、延命治療をほどこされることを選好し、患者に延命治療をほど こすべきという判断に同意している。他方、患者は、延命治療をほどこされることを選好し、患者は延命治療をほどこすべきという判断には同意していない。私 の選好は、患者の選好よりも弱い。 | ・道徳的判断は指令的である(→それは普遍化可能である) |
2)私が患者の視点にたっても、両者がおかれている状況の普遍的性質に
関する差異は存在しない。したがって、普遍化可能性の論理の要請から、私はどちらの立場にいるにせよ、状況について同じ判断に同意できるのでなければなら
ない。 |
・価値判断は記述的 ・普遍的状況をかえずに、他者の立場に立つことを「私だったらどう思うのか?」と考えるのは誤りである。 ・普遍的状況をかえずに、他者の立場に立つことは、この要請はカントの定言命法と同じである。 ・つまり、私と他者が入れ替わっても、判断が変わる(→何が起こるか)といったことがあってはならない。 |
3)私が患者の立場にたてば、私は患者の選好を得るので、「患者は延命
治療を施されないこと」を選好する。 |
・条件的反省原理(conditional reflection
principle)にたつ(佐藤 1994:70) ・相手の立場に立つということは、相手を知るということだ。相手の経験や選好を想像し、現在の自分の中で再現するということだ。 ・延命措置にともなう「患者の嫌悪感」を等しく持つということ(Hare 1981:142,145)。 ・指令主義により、道徳的推論は規定される。それに反省原理がくわわり、選好功利主義が導かれる。 ・苦しんでいるひとが私自身であるかもしれないときに、私はある仮想的な指令を得る ・相手の立場にたつとは、相手を自分と同一視する |
4)司令説=司令主義の立場から、私は強く選好する事態がおこることを
指令する判断に同意するのでなければならない。 |
・価値判断は指令的である、その判断からはずれるとき、論理的に不誠実
である。 ・患者が「延命治療を施されないこと」を選好しているとき、患者は「それが最もよい」と判断し、私は、患者に同意しなければならない。 |
5)私の「患者が延命治療を施されること」に対する選好は、患者の視点
にたった私の「患者が延命治療を施されないこと」に対する選好よりも弱い。そのため、私は「患者は延命治療を施されるべきではない」という判断に同意しな
ければならない |
・論理的にみて、(普遍化に叶い)もっとも強い選好をえらぶべきという
判断が導かれる |
☆ふろく:
★ 柏崎郁子『〈延命〉の倫理:医療と看護における』晃洋書房,2024年の検討
序章1 第一部 〈延命〉をめぐる医療と制度 |
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第1章 〈延命〉と見做される医療 第1節 〈延命〉という概念、その起源と現代的用法 1)語義からみた〈延命〉 2)古典的vitalismからみた〈延命〉 3)あたらしいvitalismの趨勢 第2節 患者にとっての〈延命〉 1)不自然さへの嫌悪 2)医療化への抵抗 第3節 臨床では〈延命〉の何が問題とされるのか 1)〈延命〉の臨床 2)医療従事者は〈延命〉についてどう考えているか 第4節 小括 |
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第2章 〈延命〉をめぐる争点 第1節 生命をめぐる争点―生命の神聖性と生命の質、生物学的生命と人格的生命 1)生命の神聖性と生命の質―カイザーリンク、クーゼ、ブロック 2)生物学的生命と人格的生命―エンゲルハート、トゥーリー、シンガー、ファインバーグ 第2節 「死の予期的状態」をめぐる争点 1)Dying―キャラハン 2)「死の予期的状態」は定義できない 3)厚生労働省における「死の予期的状態」の変遷 第3節 意思決定をめぐる争点―自律、自己決定、プライバシー 1)自律、自己決定、プライバシー―クインラン事件分析 2)自己決定の価値 第4節 小括 |
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第3章 〈延命〉に対応する方法の展開 第1節 自己決定を実現するための方法―インフォームド・コンセント 1)インフォームド・コンセントの道徳原則と法 2)インフォームド・コンセントの歴史 3)インフォームド・コンセントの概念 第2節 自己決定ができなくなる事態に備える方法―事前指示 1)カトナーによるリビング・ウィルの提案 2)事前指示の問題点―SUPPORT研究 第3節 事前指示の欠点を克服する方法―ACP:権利から統治へ 1)国家のACPへの信頼と期待 2)日本のACP 3)医学的無益性 第4節 小括 |
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第4章 〈延命〉という問題に応じるための保健医療福祉政策 第1節 介護保険制度 1)介護というカテゴリーの誕生 2)「福祉のターミナルケア」論争 第2節 「健康増進法」と「社会保障制度改革推進法」 1)健康寿命 2)社会保障制度の改革 第3節 あたらしい公衆衛生と「終末期」ケアの融合 1)緩和ケアの公衆衛生への包摂 2)地域包括ケアシステムとACP 第4節 小括 第二部 〈延命〉をめぐる看護とその倫理 |
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第5章 看護実践のアイデンティティをめぐる争点 第1節 看護師が行う看護という概念の構築 1)米国における看護理論発展の背景 2)日本の看護史 3)ナイチンゲールの位置 4)〈延命〉の文脈で推奨される医療者の態度 第2節 看護における《ケアリング》の展開 1)ノディングスの《ケアリング》論 2)ワトソンの《ケアリング》論 第3節 ケアの《現象学》 1)ベナーの現象学的看護論 2)日本の《現象学》的ケア論 第4節 小括 |
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第6章 クーゼにおける《ケアの倫理》批判 第1節 クーゼについて 第2節 クーゼは《ケアの倫理》をどのように批判したか 第3節 「健康」の曖昧さと功利主義的《ケアの倫理》 第4節 小括 |
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第7章 〈延命〉の医療における看護の機能 第1節 看護師が行う「意思決定支援」 1)ADMへの看護師の関与―最近の研究から 2)「意思決定支援」への看護師の関与―日本の報告 第2節 「意思決定支援」の多角的分析 1)経済学からみた「意思決定支援」 2)モルの人類学からみた「意思決定支援」 3)中村の人類学からみた「意思決定支援」 第3節 〈延命〉のための看護 1)看護過程からの分析 2)「生理的欲求」の充足 第4節 小括 |
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終章 〈延命〉の医療における看護の倫理 |
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初出一覧 文献 |
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https://www.koyoshobo.co.jp/book/b642740.html |
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★書評
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医療と看護における延命の(倫理ではなくて)論理とはなんだろうということを評者に考えさせてくれた労作。日本でのアドバンス・ケア・プランニング
(ACP)という終末期の「処遇」の意思決定について、これまでのインフォームドコンセントを強化するという方法ではなく、全人的と称しながら一種の「社
会的アドバンスドディレクティブ」というエコシステムをつくろうという医師会や厚労省の流れのなかで、それに抗する主張はたのもしい。
■しかしながら、著者は延命の論理な生命倫理情報が満載されているわりには、著者がどのような倫理概念を構築するのかがいまひとつわかりにくい。
■また新しいACPの時代の医療と看護の延命の倫理とはなにかについても明言している発言を探すのは困難だ。
■はたして延命の倫理は生命操作技術のみならず人間観の変遷という社会環境のもとで変わるものなのか普遍的なものなのか?(あるいはそうあるべきなの
か?)。
■終章にとってつけたような「生理学的回帰を求める」という主張は、全体の流れを表象せずに唐突でり、ナンセンスな主張だ。フーコーのレイシズムの概念
も、本文冒頭と脚注に一度ほど登場し、終章でそれが人間のカテゴリカルな関係の倫理でどのように作動するかについての考察がないのは残念だ。
■私が博論の審査員なら、全文にわたり、著者が倫理という術語で何を訴えたいのかブラシュアップしなさいと指示を与えているところだろう。だから評者は本 書の読解中、患者に対峙する医療や看護の論理(それが倫理なのかもしれないが)とはなんだろうと考えてさせてくれた。多くの読者に問題を投げかける著作と してはすばらしいと思う。
★ACP の定義
「人生会議(アドバンス・ケア・プランニング)とは
もしものときのために、自らが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組みのことです。」令和6年度「人生会議」厚生労働省
リ ンク
文 献
そ の他の情報
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099
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