はじめによんでね!

質保証のための文化 人類学

Subject Benchmark of Studying Cultural Anthroplogy in Japan

池田光穂

各国の歴史的経緯による多様性
欧米、特にアメリカ合衆国では文理融合の分野として発達した人類学は、 日本では、 自然人類学と文化人類学という各々独立した分野として、自然科学系と人文・社会科学 系の学部に別に設置された結果、それぞれ独自に発展した。したがって、この提言を発 する第一部地域研究委員会人類学分科会は、文化人類学分野のみを扱うものとする。「文 化人類学」とは、「民族学」「民俗学」「社会人類学」等を含む包括的な分野を示す(iv)。
日本における文化人類学の先駆的研究・教育は、1893 年に理科大学(後の東京帝国大学 理学部)に人類学講座が設置されたことに始まる。自然科学系 人類学教室では、初期の頃 には文理横断的な研究者を多く輩出した。一方で、民俗学は早くから市井の学問としてス タートし、民族学なども歴史等の分野から独学の研究者が育っていった。第二次世界大戦 後、1953 年に東京都立大学大学院社会科学研究科社会人類学専攻が誕生し、1954 年に東京 大学教養学部教養学科に文化人類学研究室が設置されると、日本各地に文化人類学が普及 していった。これらの新しく設置された学問分野が人文・社会科学系分野に特化する一方、 自然科学系の人類学科は自然人類学中心の研究に収斂していった。人類学の文化人類学分 野と自然人類学分野は、明確な境界を定めて分離することは困難で、互いの研究を学び合 うことが重要であるにもかかわらず、日本ではこのように自然科学系と人文・社会科学系 に分かれて発達し、教育もそれぞれの分野において行われてきた。第一部地域研究委員会 所属の人類学分科会が作成する本参照基準は文化人類学分野についてのものとする。 歴史的に見ると、イギリスでは非西洋の伝統社会を分析の中心においた社会人類学が発 達し、アメリカ合衆国ではそれら社会の文化の分析にもっぱら専念するといった研究手法 の違いが、英米の人類学の対立を生んでいた時期がある。しかし人間性や人間社会を分析 するのに、その一方だけでは不十分であり、20 年ほど前から、両者は歩み寄りを見せ、双 方を融合した社会文化人類学(socio-cultural anthropology)といった呼称も使われるよ うになっている。日本では、科学研究費等の項目として、「文化人類学」は広義の意味で用 いられるのが普通であり、社会人類学や社会文化人類学は広義の文化人類学に内包されて いると一般に認識されている。またこの分野の国内最大規模の学会の名称が、1934 年の設 立以来「日本民族学会」の名を堅持してきていたのが 2004 年から「日本文化人類学会」に 変更したように、これらの分野の包括的な名称として「文化人類学」が用いられるように なっている。「民族学」や「社会人類学」、「民俗学」も科学研究費の分類では広義の「文化 人類学」に含まれている。さらに、1974 年の国立民族学博物館の創設は、わが国における この分野の学問の発達におおいに寄与した。今日のこの分野の大学院教育の一翼を担うと 共に、学士課程教育においても様々な機会の提供を行っている。 現在多くの日本の大学において、文化人類学や民族学の名を冠したコース・研究室だけ ではなく、比較文化やグローバル・スタディーズ、地域研究等のコースにおいて文化人類 学は他の隣接領域と融合しながら、高等教育において重要な役割を占めている。 なお、この参照基準を作成するにあたり、英国高等教育質保証機構の「分野別参照基準: 人類学」(2007 年)を大いに参照している(1)。
(→「日本文化人類学史」)
定義
人 類学は、言語・象徴能力を有する生物的かつ社会的存在としての人間を 対象とする 学問である。人間の多様性と共通性を考察の対象とし、全体的な把握と比較の観点を根 拠としつつ、批判的で内省的な研究を目指している。 文化人類学は人間の社会的存在としての特性を多様な文化の観点から研究する。「参与 観察」の手法を用いるフィールドワークによって、ひとつの社会の人びとの生活を総合 的に把握する質的アプローチによる民族誌的研究と、それらを世界規模で比較し、共通 点と差異を見いだす文化間比較を研究の両輪としている(iv)。
人類学は、言語と象徴を操る能力を持った生物的かつ社会的存在としての 人間を対象と して探究する学問である。人類学は世界中に住む人間の多様性と共通性を考察の対象とし、 全体的な把握と比較の観点を根拠としつつ、批判的で内省的な研究を目指している。 人類学的研究や理論は、人間とその文化的産物の複合体の根底にある次のふたつの原則 を支持しているのが特徴である。ひとつはすべての人間個人および集団が見せる多大な共 通性、とりわけ生物的特性、社会性、言語と象徴を操る能力に見られる共通性である。も うひとつは人間文化を彩る多様性と変化する能力である。このふたつを明らかにするため、 比較がすべての人類学研究を貫くアプローチとなる。 人類学の中で、とくに人間の生物としての特性を研究するのが自然人類学であり、人間 の社会的存在としての特性を多様な文化の観点から研究するのが文化人類学である。文化 人類学は、「参与観察」の手法を用いた現地での長期にわたる調査(フィールドワーク)に 基づいて、ひとつの社会の人びとの生活のあらゆる側面を全体的(ホーリスティック)に 把握しようとする民族誌的研究と、それらを世界規模で比較して共通点と差異を見いだし、 それぞれの文化の特性を浮かび上がらせる文化間比較を、研究の両輪として展開してきた。 そうした研究が明らかにした文化の多様性は、人間を理解する上で欠かせない観点として 文化人類学が提示してきたものであり、異なる文化を先入観にとらわれることなく把握す る手段として提唱してきたのが文化相対主義である。なお「参与観察」という研究上の手 法は、文化人類学の培ってきた独自性の高いものであったが、近年他の多くの人文・社会 科学系の分野に影響を及ぼし、政治学・経済学・社会学などでも採用されるに至っている。 文化人類学の教育課程は、人間の文化的多様性について関心をもちつつ吟味し、それを 文化的、社会的見地から理解することができる人材の育成を目指す。文化人類学は、単独 の学科を構成する学士課程ばかりでなく、学科内コースや副専攻、地域研究を目指す学科 の構成要素の科目群となっている場合もある。これらの組み込みは、それが求める教育上 の多様性や知的活力という視点からは価値あるものであり、以下に述べることを、それら 学科内の文化人類学コースや混合専攻の場合にも活用することを希望する。

固有な特性
文化人類学は人間の社会行動のほとんどすべての様相を研究し、その対象 は親族関係 から物質文化、認識、経済、政治、宗教にまで及ぶ。そのような関心から、文化人類学 者は人間同士や人間と他の動物、神々、あるいは機械などの人工物との相互作用に焦点 を当て、小さな地域コミュニティから大都市に至るまでの社会生活の様相を調査し、個人の経歴から民族、国民、そして国境を越えたネットワークまでを考察対 象とする。さ らに文化人類学は、文学作品、贈与交換、ジェンダー、官僚制など、一見ばらばらな事 象の相関関係に注目する領域横断的性格を持つ。文化人類学は全体を見る視野と世界の 文化や社会へ目配りする俯瞰的視野の広さや多様性に向ける関心によって、社会常識を 再検討する能力を有する。(iv-v)。
文化人類学はダイナミックな学問であり、時代の変化に応じてその関心を 変え研究対象 を拡大してきたが、対象や課題へのアプローチの仕方には一貫した特性を指摘できる。以 下で触れるのは学士教育課程で教授される文化人類学の研究課題やアプローチの例である が、それらは網羅的なものでなく、またそのすべてが文化人類学の学士課程教育に必要不 可欠なものということでもない。 文化人類学は、それだけで学問領域として成り立っており、我が国では自然人類学とは 別の科目構成をなすのが普通である。また、学問を究めるときにどちらか一方の研究に比 重を置かざるを得ない現状もある。しかし、相互に重なる部分も存在しており、学際的交 流は、互いに実りをもたらすとされて今日まで継続している。学士教育課程の学生にも、 「越境」の志は推奨されるべきである。

(1) 文化人類学の研究対象

文化人類学は人間の社会行動のほとんどすべての様相を研究対象とし、それは親族関 係から物質文化、認識、経済、政治、宗教にまで及ぶ。そのような関心から、文化人類 学者は人間同士や人間と他の動物、神々、あるいは機械などの人工物との相互作用に焦 点を当て、小さな地域コミュニティから大都市に至るまでの社会生活の様相を調査し、 個人の経歴から民族、国民、そして国境を越えたネットワークまでを考察対象とする。 さらに文化人類学は,詩や小説から贈与交換まで、ジェンダーから官僚制まで、マス メディアからナショナリズムまで、一見ばらばらに見える様々の事象のあいだの関係に 注目する。そのため必然的に領域横断的な性格をもち、因習的前提から自由で批判的な 見解を打ち出すことができる。

(2) 研究視点と手法の特性

こうして文化人類学者は、国策やナショナリズムや宗教思想といった大規模な社会現 象についても、それがふつうの人びとの実践的な活動にどう作用するかに関心を寄せ、 グローバルな世界におけるローカルな差異や解釈の違いを探し求める。 このように文化人類学は、意味の果たす役割、社会生活の曖昧さや矛盾、社交性の様 式、暴力やもめごと、そしてそれらを通底する社会行動の論理を探求している。文化人 類学者は、語りや儀礼や象徴行動を、テクストとしてのみならず実践的行動や歴史的脈 絡に関連付けて読み解く技能に長けている。文化人類学者はどんな集団の中にも地位や 意見の相違があることを見いだそうとする。 他方、文化人類学の研究課題は倫理的かつ内省的な側面を持つ。文化人類学は、研究 者自身の研究が対象社会の変化に影響を及ぼしかねないことについて自覚し、調査協力 者やコミュニティに対するフィードバックを行っている。 文化人類学はその全体を見る視野と世界の文化や社会へ目配りする俯瞰的視野の広 さや多様性に向ける関心、それを持って社会常識を再検証する能力を持つという点、また、現地語を修得しての長期にわたる参与観察という調査手法と、ミクロ 的研究がもた らす問題解明へのこだわり、そして厳密な意味での社会現象にとどまらず文化、芸術、 個性、認識にまで考察対象を広げる点に特徴がある。また、文化の象徴的意味を解読す る解釈学的アプローチにより、文化の意味を解き明かす、というのもその重要な方法論 である。

(3) 特徴ある個別研究領域

文化人類学の発展の過程で、経済人類学、政治人類学などの個別研究領域も生まれて きている。その中から民族音楽学と医療人類学をとりあげて文化人類学固有の特性をさ らに検討してみよう。 民族音楽学は文化人類学的な参与観察調査と音楽学的な音の分析を駆使し、音楽や芸 能のジャンルや様式、曲や演目構成の考察を通して、そこに見られる美学やそこではた らくジェンダー、権力、さらに意味や社会組織などの要素を解明しようとする学問であ る。欧米中心の音楽体系に基づく従来の音楽学に対し、世界各地の音の世界に取り組む 民族音楽学は、音楽とは何かという根本的な問題提起を行ってきた。 医療人類学もまた、文化人類学的なフィールドワークと医学的知識を駆使して、異な る社会文化状況における健康と病気の体験に関心を向ける。異なる社会的文化的背景に おける健康、病気、心的外傷の経験を扱うことで、医療をその社会との密接な関係の下 で解釈し、治療法を模索する新しい道を追究し、医療に貢献してきた。例えばアフリカ における免疫不全症候群(エイズ)の感染の場合、戦争やエスニック集団間の摩擦の場 合等々である。医療人類学の比較による視点は、西欧とその他の治病システムの関係が 変化するに従って、有意義なものとなる一方、身体、健康、病気、老齢化など文化に関 わる概念にインパクトを与える薬剤やケアの技術などの新しい研究テーマが出現して いる。 上記以外にも、文化的多様性と認識の発達に関する新しい知見や新たな個別研究領域 が生まれてきている。新しい技術に関する社会的、あるいは倫理的な理解、「家族」の 新しい形や親族システムに似せて作られる新しい社会的なもの、とりわけ生殖補助医療 の結果生じる新しい家族のあり方、グローバル化によって生じる人の移動と多文化共生 の理念、社会主義国家の退潮による現在進行中の社会的なものの喪失、宗教復活の政治 性、官僚制、アカウンタビリティの分析などである。

(4) 他の学問分野との連携

それらに加えて、他の学問分野――哲学(例えば倫理学、現象学、論理学など)、科学 史、芸術学、政治学、地理学、心理分析、言語学など――により活性化されたり、寄与 や協力を求められたりする場合があり、文化人類学は文化研究、開発研究などの分野で 学際研究の大きな役割を果たし、科学や工学研究の分野でもそのような可能性を持って いる。 文化人類学の異文化を観察・記述する眼差しが、自文化に適用されることで形をととのえていった民俗学は、日本に導入されると、郷土保全や郷土教育など、草 の根の知を 紡ぐ市井の運動として各地に普及した。こうした広がりの中で、第二次世界大戦後、1958 年からは成城大学と東京教育大学(現・筑波大学)で、学部の専門教育が開始している。 成城大学では文化史学科、東京教育大学では史学方法論教室の中に民俗学専門科目群が 設置されたように、米英の民俗学(フォークロア・スタディーズ)が文化人類学の下位 分野として、オーラリティ(口承性)やパフォーマンス研究に特化して展開したのに対 し、日本の民俗学はドイツの民俗学(フォルクスクンデ)などと同様に、文明社会であ る自文化の「普通の人びと」の生活や文化を、総体的に捉える学問として、自文化を対 象化した民族学としての性格のみならず、歴史学とも強い関係性を保ちつつ展開してき た。教育現場においては、民俗学を文化人類学の一部として教育する者、日本史や文化 史・社会史と関連付けて教育する者、口承文芸として文学の立場から教育する者など、 さらには近年増加している地域学系学部学科での地域活性化の一方法論として、隣接す る学問領域の力点の置き方に相異はあるものの、多文化共生社会の現実化しつつある日 本において、人間や文化の多様性を感受しつつ、自文化を改めて客観視する学問として、 大学教育の中でも一定の位置を占めている(3-5)。

学生の素養
人類の社会と文化の多様性への深い理解と感受性を養い、異なる文化・社 会にそれぞ れ特有の世界観や認識の仕方があることへの理解を深めることが重要である。そのため には、文化人類学を人間社会の比較研究と捉え、フィールドワークについて理解し、ま たそれ以外のデータ収集の方法にもなじむことが必要であり、その上で文化人類学の理 論と知識を身に付けることを目指すべきである。その結果、人間がいかに社会環境、文 化環境、自然環境によって形成され、またそれらと関係をとりながら生きているかを理 解し、その社会や文化、自然の多様性を認識する能力、民族誌の記述の作成・分析の能 力、文化の異なる人びとと偏見を交えずにつきあえる能力などを養うことができる(v)。
もともと多元的な性格を持っているために、文化人類学の学士教育課程 は、自然人類学 分野をどの程度加味するか、文化人類学の様々な分野、ないしは隣接の分野をどのように 組み合わせるかは、文化人類学課程をデザインする大学ごとの自主性に任されているとい ってよい。しかしおおよその目安として、以下の原則が考えられるだろう。 副専攻やコース課程で学ぶ学生の場合、また大きな括りの専門課程に学ぶ学生の場合、 文化人類学科の学生に比べて、限定されたトピックでの履修となるかもしれない。そうし た学び方もありうるだろう。 文化人類学は実証的であると同時に理論的でもある。以下は、文化人類学を学ぶ学生に 期待される領域の知識であるが、その研究の目指すところや重視するところは、特定の学 位教育課程の目的と範囲によって大きく異なるであろう。以下に述べる学問領域は、すべ てを網羅しているわけではないし、定義付けとなっているわけではない。文化人類学のす べての学位教育課程が目指すべき研究のチェックリストでもない。

(1) 文化人類学を学ぶ学生が修得すべき目標

大学で文化人類学を学ぶ学生は、文化人類学の主要な理論・知識に関して、以下のい くつかあるいはすべての修得を期待される。

1.1  文化人類学を人間の社会・文化を比較研究する学問として理解し、自然人類学をヒト およびヒト以外の霊長類の進化と適応の視野からその過去と現在を研究する学問と して理解すること。
1.2 経験的なフィールドワークがデータ収集の第一義的な手法であること、またこれまで の人類学の理論構築の基礎であったことを正しく理解すること。ただし、研究の焦点 をどこに絞るかによってその取り組みの方法は異なる。例えば現代人を研究する場合 には、参与観察と他の質的なデータ収集が手段となることもある。古人類学の場合は、 発掘と状況分析となることもあれば、ヒト以外の霊長類の集団に関しては観察となる こともある。また、人類の生物多様性に関するデータ収集となることもあるし、人類 の生活史上健康に及ぼす食生活などのファクターを集める研究となる場合もある。な お、フィールドワークが調査対象の住民の生活の場に直接踏み込む行為であり、それ が重要な倫理的問題を内包するものであることも理解する必要がある。
1.3 文化人類学と自然人類学や、それらに関わる知的論争における特有のテーマ、例えば、 ジェンダー、宗教、親族、ナショナリズム、交換、物質文化、人類の遺伝学的特性、 進化、霊長類の行動、などに関する詳細な知識。
1.4 知識は試され更新されることも理解すべきである。人類学はその性質上ダイナミック であり、新たな重要課題や理論を生み出し続けていること、人類学者が伝統的に関わ ってきた人々は、自分たちについての研究を行ってきた可能性があり、そこからまた 学ぶ余地があることに気づくこと。
1.5  人類の社会と文化の多様性を深く理解し、多様性に対する感受性を養うこと。その広 い視野と複雑さを認め、経験の豊かさとそこから得られる潜在力を認識すること。
1.6 文化人類学の歴史と理論を知ること。その中にはイギリスやフランス、北米、日本の 学術活動が含まれ、植民地主義との関連への目配りも欠かせない。現在欧米以外の地 (日本を含む)に人類学の研究者集団が育ってきており、時として欧米中心の見解に 批判的である。これらの理論的発展に注目が必要である。
1.7  文化人類学におけるいくつかの異なる理論やアプローチを評価し使いうること。また 隣接する社会学や哲学、歴史学、言語学、フェミニスト理論や自然科学等とのつなが りにも配慮できること。
1.8 異なる文化の価値観や倫理・道徳、伝統について、地域研究のコースで提示される世 界の特定の地域(例えばアフリカ、ヨーロッパ、中東、南北アメリカ、アジア、そし て日本など)の複数の民族誌(エスノグラフィー)を読み込んで、その地域について 知ること。カバーできる地域は教員の数や研究内容によっても異なるので、必ずしも 世界中のすべての地域を網羅する必要はない。
1.9 一次および二次文献資料、映像資料、聞き取り資料、統計資料など種々の分析やデー タ提示の手法に親しむこと。またそれを可能にする言語修得に努めること。
1.10  他者の生活世界を研究して提示することにまつわる倫理的問題を自覚すること。
1.11 データ収集や提示の仕方に関して、社会的なものに関わる知識のありかたや、人類学 者もしくは民族誌学者の役割のありかたに内省的な考察ができること。
1.13 博物館等に収蔵される民族誌的記録や物質文化に親しみ、そうした資料の収集や展示 をめぐる最新の議論を知ること。
1.14 異なる文化には、病気や健康、疾患、癒しに関する異なる解釈があること、また人間 のコミュニティの健康に対する社会的、生物学的ないし環境的な影響の間の複雑な関 係を知ること。
1.15 文化人類学の知見は、具体的な実践に適切に適用されることも、場合によっては不適 切に適用されることもあることを知ること。
1.16 社会が変化することとそれを説明する(現地のものも含めた)諸理論を知ること。
1.17  権力やジェンダー、エスニシティの関わり方、人種主義や排除の理論が人間のコミュ ニティのかたちにどう影響を及ぼすかを認識し分析できる能力。
1.18  社会生活や文化生活、信仰体系、グローバル化の圧力、そして個々人の行動や外部環 境などの様々な局面のあいだの相互関係について知ること。

 以上の、技能や知識を身に付けた文化人類学を学んだ学生は、近年重視されるグロー バル人材としての能力を身に付けているということができる。彼らはことばだけに限ら ないコミュニケーション・スキルとして、グローバリゼーションの現状と異文化間コミ ュニケーションの在り方を把握し、理解する力を備えているのである。卒業に際して、 十分な市民性を身につけているばかりか、国際機関や多国籍企業、国際 NGO など、国際 的な場で活躍することが期待できる。

(2) 文化人類学を学んだ学生が修得すべき専門的技能

文化人類学を大学で学んだ学生は、以下のいくつかの、あるいはすべての文化人類 学の専門的技能を示すことができる。

2.1 人間がいかに社会環境、文化環境、自然環境によって形成され、またそれらと関係 をとりながら生きているかを理解し、その社会や文化、自然の多様性を認識する能 力。
2.2  文化人類学的な課題を設定し、調査し、議論できる能力。
2.3 文化人類学の主要な理論や概念を用いて分析する能力。
2.4 民族誌(エスノグラフィー)の記述を作成し、それを分析できる能力。
2.5  文化的ステレオタイプや自文化中心主義に自覚的になり、文化の異なる人びとと偏 見を交えずにつきあえる能力。
2.6 文献、口頭伝承、映像、マルチメディア等の資料のテクストを、それが置かれた歴 史的、社会的、理論的文脈に照らしながら解読し解釈できる能力。
2.7  言語の政治性、間接的なコミュニケーション、権力の形態、権威の理論的表明や主 張といったことを認識し分析できる能力。
2.8 文化人類学の知見を個人的にあるいは専門家として現実の実践に応用できる能力。
2.9  文化人類学の目的や方法や理論的考察を理解していることを提示しうる学術研究 を企画し、実践し、発表できる能力。

(3) 文化人類学を学ぶ学生が修得するジェネリック・スキル

さらに学生は受講した学科の学位課程に応じて、以下のうちのいくつかのあるいはす べてのジェネリック・スキルを取得することができる。

3.1 学修の際の自分の強みと弱みを理解し、学修の仕方を改善しうる能力。
3.2 自分の考えを文章で表現し、他人の議論を要約し、その両者を区別できる能力。
3.3 自分自身の考えや分析能力、批判技能を持つこと。
3.4 母国語以外の言語も駆使しながら一次・二次資料から必要なデータを取り出せる能 力。
3.5 (口頭と書面、さらに IT を用いての)他者、とりわけ異文化の他者との間のコミ ュニケーション能力と発表能力。
3.6  構造化された議論を組み立て、他者の業績を参照し、歴史的証拠を示して立証でき る学術的能力。
3.7 集団での討議や作業で構成的な議論に加われる能力。
3.8  統計的データ処理技能。

学習方法の考え方(「学修」を学習に読み換える)
知識の教授にとどまらず、知的好奇心を刺激し、自立的な思考による能動 的な学修姿 勢を身に付けた学生を育てることを目標とする。様々な学修素材を用いた講義やセミナ ーを通して、学生自身の発展学修へと導くことが重要である。また、博物館や美術館、 パフォーマンス、文化の祭典等々の見学などの実践活動を行ったり、フィールドワーク 実習を行って報告書を作成する活動は、文化人類学の教授法・学修法で大変重要な部分 を占めている(v)。
(1) 教授方法と学修方法

文化人類学の教授においては、学問内容に親しませると同時に、分析的な問題解決能 力を修得させることが求められる。そこでは知識の教授にとどまらず、知的好奇心を刺 激し、自立的な思考による能動的な学修姿勢を身に付けた学生を育てることを目標とす る。採用される学修と授業の組み合わせ方は、個別の教育課程に応じて、内容・目的・ 焦点が決まる。 高校のカリキュラムには文化人類学が存在しないので、学士教育課程の学生のほとん どは、大学入学後にはじめて人類学と出会うことになる。社会人入学等の学生は文化人 類学を何らかの形で知っている可能性があるが、それが正式な学修の結果であることは まずない。したがって、学生の文化人類学とのはじめての出会いを助ける学修環境を整 えることが大事である。その場の状況に臨機応変に応じることが可能な授業であり学修 であることが望ましく、シラバスには多少の余裕が求められる。 この学問の知識を伝えることに加えて、教育課程は学生の知的好奇心を育て、彼らが 活発で効果的な自立した学修、かつ内省的な思考ができるように育てることを目的とし ている。 学生の学修をサポートするために以下の条件が求められる。

1.1  研究活動による情報を充分持った上で教える教員。その教員は、調査対象者やコ ミュニティに関する記述にまつわる倫理問題も教える能力を持つ必要がある。
1.2 テクスト、モノグラフ、ビデオ、標本など、図書館や古文書館、博物館や電子媒 体の資料などで得られる幅広く、入手しやすい学修教材。
1.3 フレキシブルで学生を中心とする教育機会につながるカリキュラム
1.4  コースの概要と内容と要請についての情報源となる文書、教育課程の理念に関連す る学修資源など。

 文化人類学がカバーするトピック群は、学修教材や受講生に応じて様々な可能性を提 供する。講義は基本的用語や概念、論争へと学生を導入するために役立つが、その先の 発展学修の指導こそが学生を読書やさらなる研究へと導く。講義はさらに教員が、彼ら の研究や特別な興味を通じて素描する、より複雑な議論やテーマを展開する機会を与え る。セミナー等へ参加する学生は、論文の提出やプレゼンテーション、先輩や同輩学生 とのディベートを行うことで、自分の理解を発展させる機会を得る。その他に、フィル ムやビデオ、ウェブ上の資料や電子的な教材を用いる方法もある。 文化人類学教育課程に関する経験の質向上のためには実践的活動が重要である。それ は、博物館や美術館、パフォーマンス、文化の祭典、等々の場所やイベント訪問・見学 である。学生はこれらの実践活動から、多様な社会や文化の表現を経験する機会を持つ。 程度の差はあれ、何らかのかたちでフィールドワークを実習させることが文化人類学 の学修に効果的である。学生は、民族誌的記録や観察記録、聞き取りの記録、民族資料 の測定記録を含む一次資料の収集と整理の実習を自分で計画し実施する機会を得る。さにそれを報告書や卒業論文にまとめることで、学生は調査領域の選定や調 査計画、分 析や報告書の作成など文化人類学の調査研究の一部始終を体験することになる。 学生自身も文化人類学の教授と学修に積極的に関わっている。文化人類学の教育課程 は多かれ少なかれ実験的な学修法を取り入れている。学生自身の経験や価値観、自分史 の作成は、古典的な教科書的民族誌を学ぶに匹敵する効果が得られる。また、自主的な グループ学修を促したり、実習を経験済みの上級生が下級生の実習を補佐的に指導する ような科目設定が行われることで、内省的な感性が養われる。こうしたグループ学修は 電子的な学修法を利用するとさらに効果的に運用できる。

(2) 評価の観点

文化人類学の学修における成績評価は、その理論や研究内容、研究手法の知識と理解 を測ることで行われる。特定の文化人類学の課程を構成する教科の組み合わせによって、 評価は以下のいくつかの、あるいはすべての手法を使って行う。

 2.1 筆記試験は、事前に問題を知らされている場合も知らされていない場合も、学生の知 識と講義題目の理解度を測るのに適する。
2.2 一次資料や二次資料を参照しての、字数指定のあるレポートは、より広範に資料提示 や説明や議論を展開する能力を測るのに適する。
2.3 セミナーで学修仲間に対して行う口頭発表は、自身の意見を整理し提示する能力と、 その後の質疑において質問や討議を組み立てる能力を測るのに適する。
2.4  スタッフの監督の下、規定の分量で書く卒業論文や進級論文などは、研究課題を設定 して資料収集調査を実施し、(文献資料や、一次資料、収集した資料を整理して)分 析し結論を導く能力を測るのに適する。
 2.5  卒論の口頭試問等の口述試験は、自身の考えを口頭で説明し、質問に適切に対処でき る能力を測るのに適する。
2.6  プレゼンテーション技術、グラフや図式化の技術を持って準備した実演や展示、ポス ター発表なども、実力を測るのに適する。
2.7  調査報告や課題レポートは、観察や聞き取り、記録といったフィールド資料収集と資 料整理の能力を測るのに適する。
2.8  課程が物質文化研究の要素を含んでいる場合、学生は博物館や美術館展示実習を行う ことが必要である。

 学生には、成績評価に含まれるものとして IT を用いた研究を創造していく機会が今 後ますます増えることになるだろう。おそらく分析やデータを示すにも、また同様に学 修指導者や研究仲間との間でわかったことを伝達し合うにも、様々なコンピュータ技術 を用いることになるだろう。 以上の成績評価方法は、学生にグループ学修を行わせることで遂行することができる。 教育課程の成果にマッチするいくつもの成績評価の方法が、教育課程のデザインに組 み込まれていることが大切である。とりわけ学生には成長度に応じた評価が与えられる べきであり、絶対的な評価だけに任せるものではない。

市民性の涵養
文化人類学を学ぶことによって、多様な学際分野ばかりか、ナショナリズ ム、多文化 共生、ジェンダー、グローバリゼーション等々の広い領域に関して知識を得、考察を行 う機会を得る。実践的な体験学修の場から、学生は実社会との接点を持ち、コミュニケ ーション能力を備え、多文化共生市民社会に適応し、国際的な場で活躍する能力を身に 付けることが出来る。文化の違いについての感受性や敬意を養い、異文化へのアプロー チの仕方を指導する文化人類学はまた、市民性を養う教養科目としても優れている。現 代のグローバル人材に求められている異文化を理解する能力と感受性を養う導入として、 留学のために海外に出発する学生にも是非とも必要な科目である(v)。
文化人類学を学ぶことによって関連する領域は大変広い。政治、経済、歴 史、宗教、言 語、親族、ナショナリズム、交換、国民国家、演劇、ジェンダー、フェミニズム、グロー バリゼーション、民族移動、移民、エスニシティ、などなど、交錯する領域はつきない。 とりわけ、西洋中心主義の見直しや、無視されがちな周辺からの知の意義は、文化人類学 が他の学問に先駆けて常日頃強調してきたものである。学問の成立過程からして深く関わ っていた植民地主義は、文化人類学が簡単に決別できるものではないが、被植民地の痛み とは真摯に向き合ってきた。多文化共生(多文化主義)も文化人類学が取り組むべき現代 的価値である。 文化人類学を学んだ学生は、人類史の長い時系列で物事を考え、五大陸、三太洋の広さ から思考することができる。また人類学を学ぶことによって触れる現代的な問題は数多い。 その意味で、人類学を学んだ学生が、他の専門分野の学生より広い知識を身に付けている ということは充分考えられることである。とりわけ(公共的な課題に人類学の立場で分析 し、解決策を提案することを目指す)公共人類学を学んだ学生は、公共性に関する基礎的 素養を既に獲得している。 しかし、授業を受け、知識があるからといって、充分に市民性の涵養を満足できるもの に至るまでに、学士課程の学修だけでは至らないこともあるだろう。市民性の涵養のため には、人生についての哲学的な思考力や、様々な経験を我が身に引き付ける洞察力が欲し いが、文化人類学を学んだ学生は、少なくともそうしたテーマを吸収して修得し考察する 準備ができているはずである。 また、人文・社会科学系の専門分野を学んだ者には、ある程度の基礎的な科学リテラシ ーが必要であろうが、生物人類学を課程の一部として学ぶ文化人類学を専攻した学生は、 科学リテラシーの一部を既に獲得している。 すべての学問や教養についていえるように、単独の専門分野を学ぶことは、市民性を涵 養する上で、多いに役立つはずではあるが、充分ではないだろう。その意味で、現在行わ れている教養教育のように、学問の裾野を広げて学ぶことも重要であるし、またフィール ドワークやインターンシップなどの学生が経験して学ぶ体験型学修も貴重な機会であると 考えられる。フィールドワーク実習は文化人類学の専門課程に組み込まれている場合が多 いので、そのような現場を体験し、実社会との接点を既に持つ文化人類学を修めた学生は 市民社会で活動する基礎としてのコミュニケーション能力を備えているし、対立する利害 の調整役となることもできる。とりわけ、文化とは何かを学んだ学生は、異文化理解の取 り組み方や方法を身に付けているために、21世紀の多文化共生市民社会により適応し、 市民間の調整役となることができるだろう。卒業後は、異文化と接する国際的な仕事とし て、商社や多国籍企業、国際ジャーナリズムなどのほか、公共人類学の習得に併せ国際機 関や国際 NPO 法人等国際的な公共にかかわる場での活躍が期待できる。 文化人類学はまた、専門としてだけではなく、市民性の涵養を養う教養科目としてもき わめて優れている。文化の違いについての敏感さや寛容さを養い、異文化へのアプローチの仕方を指導することのできる文化人類学は、現代のグローバル人材に 求められている多 文化・異文化に対処する能力を養うための導入として、これまでも役立ってきている。ひ とつの外国語を履修してそのことばの話されている外国へ、人々と深いコミュニケーショ ンを図り、異文化をより深く理解するために出発する学生に、一般的な異文化とのつきあ い方を指導するためには、文化人類学が必要である。

教員養成
「地理歴史」「公民」の高等学校教育において、国際理解や文化理解、グ ローバル化に 対応していくことが必要である。そのためには、これら科目の教員となる学生にとって 「文化人類学」を学ぶことが必要である(v)。
現在「文化人類学」は、いかなる教科においても、教員免許法において、一種免許状授 与の所要資格を得させるための課程の認定に関わってはいない。しかし、昨今のグローバ リゼーション、国内外の多文化共生、異文化に触れる機会の増加のみならず、国際的な場 でのリーダーシップ養成の必要性を踏まえると、高校においても人類学を学ぶ、あるいは 少なくとも人類学を修めた教員が高校でも教えるということが重要である。 国際理解や文化理解を目的として多くの大学に設置されている国際文化、国際関係、比 較文化、地域研究、人間科学などの学部・学科のほとんどに「文化人類学」は設置されて いる。これは政治や経済と並んで文化の理解も重要であることの証左であるといえる。 また高校教育において世界各地域の風土、生活様式、人々の生き方や考え方などの学修 を通じて異文化を理解することができる資質を養うことは重要である。異文化理解は今後 ますます必要とされる能力であり、世界諸民族の言語、社会組織、宗教、生活様式などに ついて学ぶ「文化人類学」を、高校の教員を志す者は学んでおくべきではなかろうか。 さらに現在、博物館学芸員の資格認定は博物館学系の科目で固められているが、展示の コンセプト作りや企画のできる学芸員を養成するために、「文化人類学」「民俗学」などを 学ぶことは同じく有意義であるといえるだろう。














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