read first

地に呪われた者たち・再考

Les damnés de la terre, reconsidered

フランツ・ファノン(1925 -1961)

池田光穂

 ■ The native is always on the alert

The native is always on the alert, for since he can only make out with difficulty the many symbols of the colonial world, he is never sure whether or not he has crossed the frontier. Confronted with a world ruled by the settler, the native is always presumed guilty. But the native's guilt is never a guilt which he accepts; it is rather a kind of curse, a sort of sword of Damocles, for, in his innermost spirit, the native admits no accusation. He is overpowered but not tamed; he is treated as an inferior but he is not convinced of his inferiority. He is patiently waiting until the settler is off his guard to fly at him. The native's muscles are always tensed. You can't say that he is terrorized, or even apprehensive. He is in fact ready at a moment's notice to exchange the role of the quarry for that of the hunter. The native is an oppressed person whose permanent dream is to become the persecutor. The symbols of social order--the police, the bugle calls in the barracks, military parades and the waving flags--are at one and the same time inhibitory and stimulating: for they do not convey the message "Don't dare to budge"; rather, they cry out "Get ready to attack." And, in fact, if the native had any tendency to fall asleep and to forget, the settler's hauteur and the settler's anxiety to test the strength of the colonial system would remind him at every turn that the great showdown cannot be put off indefinitely. That impulse to take the settler's place implies a tonicity of muscles the whole time; and in fact we know that in certain emotional conditions the presence of an obstacle accentuates the tendency toward motion. - p.52

「先 住民は常に警戒を怠らない。植民地世界の多くのシンボルを見分けることは困難でしかないため、自分がフロンティアを越えたかどうか確信が持てないからだ。 入植者によって支配された世界に直面した先住民は、常に有罪であると推定される。しかし、先住民の罪は決して本人が受け入れる罪ではない。むしろそれは一 種の呪いであり、ダモクレスの剣のようなものである。彼は圧倒されるが飼いならされることはない。劣等生として扱われるが、自分の劣等性を確信することは ない。先住民は、入植者が油断して自分に向かって飛んでくるのをじっと待っているのだ。先住民の筋肉は常に緊張している。恐怖を感じているとか、不安を感 じているとは言えない。彼は実際、獲物の役割から狩人の役割に早変わりする準備ができているのだ。先住民は抑圧された人間であり、その永遠の夢は迫害者に なることである。社会秩序の象徴である警察、兵舎のラッパ、軍事パレード、振りかざす旗は、抑制的であると同時に刺激的でもある。実際、もし先住民が眠っ たり忘れたりする傾向があったとしても、入植者の厚かましさと植民地システムの強さを試そうとする不安は、偉大な対決をいつまでも先延ばしにするわけには いかないということを、ことあるごとに思い起こさせるだろう。実際、ある種の感情状態においては、障害物の存在が運動への傾向を強めることがわかってい る。」

Les damnés de la terre, 地に呪われし者たち(『地に呪われたる者』)(1961)にたいするツベタン・トドロフの論評

1. 植民地/反植民地主義言説の類似性の頂点に、ファノンはある。

2. 前者から後者への以降において変化するのは行為者である。そこでは、人種的差異が強調され、普 遍性は拒否される。

3. トドロフはファノンにおける「力の言語」(p.102)への傾斜を警戒する。ファノン「“原住 民はすべて似たようなものだ”という決まり文句に、植民地被支配者は“本国人はすべて似たようなものだ”と答える」(原著p.62)

4. ファノンのためらうことのない植民地主義への絶対的断罪と非植民地化への希求。トドロフ「ここ にも逆説などまったくない。搾取も抑圧も国民の差異などもおかまいなしである。蒔いたものを収穫するのである。」(p.103)

5. 反植民地闘争における現状認識が、暴力にしか信をおけない状態——「植民地化にしろ非植民地化 にしろ、たんに力関係にすぎない」ファノン原著(p.42-43)——にあるならば、トドロフは問う「なぜ、人は、結局は、一方より他方を好むのだろう か?」(p.103)

6. 批判の目は、ファノンのマニ教的暴力を賛美する序文を書いたサルトルにも及ぶ。

7. トドロフの裁定は、パスカルの英知とよぶ、〈世の中から悪を放逐するには、悪人を殺すのではな く、双方(悪人と世間?)を悪人にすることだ〉を採用することで、ファノンをさらに論じる。

8. 「すべての問いに対するファノンの答えとは、絶対的価値はないというものである」 (p.104)。「ファノンは道徳的な相対主義の信条を奉じている」。相対主義や文脈主義への傾斜が、西洋的な普遍の一切を拒否する。そのためには、被支 配者は武器を用意しなければならない。だが「植民地主義によって使用された手段(=武器:引用者)をこれほど一貫して再使用することは、その目的を共有す る危険があるのではないだろうか」。

9. ファノンへの批判は、彼がヨーロッパを普遍の権化とした理解にあり、ヨーロッパは単純な構築物 ではなく、「普遍主義と相対主義、ヒューマニズムと民族主義、対話と戦争、寛容と暴力を同時に実践してきた」(p.105)のである。

10. 反植民地闘争が、植民地主義と正反対の方向性をもちながら、同じ様な言説の構造をもっているこ とは、結局は後者による前者に対する勝利を招来する。ファノンの悲劇は「ヨーロッパのまねをすまいとして、彼らのイデオローグはヨーロッパの最悪のごとき ものと化してしまった」。

【コメント】

[※最後に、〈動機〉と〈理由〉を分離し、政治的言説の美徳である〈慎重さ〉が必要である、 というトドロフのコメントは、その指摘の重要性にかかわらず、凡庸でファノン的な立場から、“現状維持のイデオロギー”と解されても仕方のないコメントな のではなかろうか?]

I am talking of millions of men who have been skillfully injected with fear, inferiority complexes, trepidation, servility, despair, abasement.—Aimé Césaire, Discours sur le Colonialisme.

【英訳:The wretched of the earth の目次構成】

【リンク】

【出典】

【文献】

  • ホーン、アステリア『サハラの砂、オーレスの石』北村美穂訳、東京:第三書館、1994 年.
  • 地に呪われたる者 / フランツ・ファノン[著] ; 鈴木道彦, 浦野衣子訳, みすず書房 , 1969.11. - (フランツ・ファノン著作集 / フランツ・ファノン著 ; 3)
  • 地に呪われたる者 / フランツ・ファノン [著] ; 鈴木道彦, 浦野衣子訳, 東京 : みすず書房 , 1996.9. - (みすずライブラリー)
  • Studies in a dying colonialism / by Frantz Fanon ; with an introduction by Adolfo Gilly ; translated from the French by Haakon Chevalier, New York : Monthly Review Press , c1965
  • The wretched of the earth / Frantz Fanon ; preface by Jean-Paul Sartre ; translated by Constance Farrington, Harmondsworth, Middlesex : Penguin Books , 1967, c1963. - (Penguin books ; No. 2674)
  • Les damnés de la terre / Frantz Fanon,Paris : F. Maspero , 1968. - (Petite collection Maspero ; 20)


  • Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

    池田蛙  授業蛙  電脳蛙  医人蛙  子供蛙