交差イトコ婚
Cross Cousin Marriage; こうさ・いとこ・こん
解説:池田光穂
文化人類学において定義する、交差(こうさ)イトコ婚とは、両親の世代の
ジェンダーがクロス(=交差)したイトコ、すなわち父親なら父方のオバの子供(=イトコ)あるいは、母親なら母方のオジの子供(=イトコ)と婚姻
関係を結
ぶことで
す。交差あるいは交叉イトコとは英語でCross
Cousin(クロス・カズン)と呼びます。交叉と交差は、ともに「こうさ」と呼ませ、そして同じ意味です。
つまり、当事者(読者のみなさん)が、女性な ら、父方のオバさんの息子と結婚することは、父方交差イトコ婚となり、母方のオジさんの息子と 結婚することは母方交差イトコ婚となります。ただし、出自(しゅつじ)や系譜(けいふ)関係 ——家督(例えばファミリーネームや名誉)や財産(土地や家 畜)が父方から息子へ継承される場合は父系(ふけい)と呼び、母から娘に伝わるとき母系(ぼけい)とよぶ——によって、当事者は男性か女性かであることを 認識しておかないと、想定される交差イトコ婚の相手のジェンダーについて混乱しますので、注意を要します。
他方で、平行(へいこう)イトコ婚とは、両親の世代の ジェンダーがパラレル(=平行)したイトコ、すなわち父親なら父方の伯父の子供(=イトコ)あるいは、母親なら母方のオバの子供(=イトコ)と婚 姻関係を結 ぶことで す。
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◆交差イトコと平行イトコ[アルファベットの意味は→親族名称(人を分類する)]
交差イトコ:父の姉妹、母の兄弟の子ども(FZS,FZD,MBS,MBD)
平行イトコ:父の兄弟、母の姉妹の子ども(FBS,FBD,MZS,MZD)
F:Father, M:Mother, S:Son, D:Daughter, B:Brother, Z:Sister, H: Husband, W:Wife[→親族名称(人を分類する)]
◆一般的なコンセンサス
1.平行イトコ同士の婚姻の禁止
(同一リネージに属し、外婚制に反する/あるいは父系内婚的傾向をもちやすい)
2.[全体の傾向]母系制社会に父方交差イトコ婚/父系制社会に母方交差イトコ婚
3.交差イトコ、とくに母方交差イトコ婚が圧倒的に優先(MBS,MBD>FZS,FZD)
[これは、父系制社会が多いという事実によって説明される]
4.父方交差イトコ婚は、配偶者の非選択婚(規定婚)をとらず、選択的な形態になりやすい
5.母方交差イトコ婚は、非選択的な規定婚をとる[選択婚が皆無とはいえない]
●レヴィ=ストロースの説明
4つのリネージA,B,C,Dを想定すると、父系・母系とも母方交差イトコ婚ではヨメ(egoは男性)の流れは必ず A→B→C→Dと なる。[循環婚形態をとるには、理論的に3つ以上の単系外婚集団が必要になる]
しかし、父方交差イトコ婚では、隣接するリネージが世代ごとにヨメを交互に交換しなければならない。
D→Aへの方向へのヨメの動きがあると、4つのリネージが横に手をのばしてつながり、地域集団の結束が強くなる(母方交差イトコ 婚の 優先→安定した構造を形成する)、と考えた。[社会的紐帯を強調するデュルケームの影響]
◆母方交差イトコ婚の事例(インドネシア・スマトラ島トバ・バタク農耕民社会)
・婚姻の相手は、その男の母の兄弟の娘(ボル・ニ・トラン【バタク語】boru ni tulang)
・「スマトラのバタク族は彼らによると『水は水源に遡ることはできない』という理由で、父の姉妹の娘との婚姻を禁じているのに対し て‥‥」(レヴィ=ストロース『基本構造』p.783)
・婚姻は非選択的に決まる。
・村落はいくつかの外婚父系氏族から構成される
・嫁を送る側[wife giver]は、サハラ(女性・布・魚・豚など)という女財を嫁取り側[wife taker]に与える。
・サハラ[sahala]の意味は〝長命〟〝永遠〟で、転じて〝豊穣〟〝吉〟という意味
・婚出女性に妊娠の兆しがないとき‥‥
夫は妻の実家から魚の贈与を受け、それを食する[→子供誕生の活力を受ける] 新しく開墾した土地で、妻の実家から豚の贈与をうける
魚=水界の主である女霊のシンボル/豚[その繁殖力]=豊穣のシンボル
・wife taker は返礼(=男財)として、piso と呼ばれる刀やコインを贈呈する
piso の意味には「硬い」で「不変」や「男性」を含意する
●ホーマンズとシュナイダーの反論
・交差イトコ婚が生じる心理学的な因果論を展開した。
・交差イトコ婚の統計的検討する。
・父系社会では母方交差イトコ婚が、母系社会では父方交差イトコ婚がそれぞれ多いことに着目する。
・その解釈:〝母系社会の母方のオジは躾を通して本人(男)には煙たい存在となり、父方のオバ夫婦に気軽に訪問し、その娘と親しく なる 機会が生じる(父系の場合はその逆)。〟
◆ニーダムによる反論[ニーダム『構造と感情』(1962)]
・選好的縁組(ホーマンズ・シュナイダーの対象とした縁組/伝統的社会ではあまり認められない)
・規定的縁組(圧倒的に多い)
リンク
文化人類学入門- 医療人類学辞典