こどもはおとなより、おとっているのか?
Are children inferior to adults? -
Absolutely NO!!!
たるみげんのすけ・せんせい・れくちゃー
こどもは、おとなより、おとっているのでしょうか?
おとなたちは、「こどもは、まだなにもわかっちゃいない」なんていいま す。ほんとうにそうなのでしょうか?
こどもが、おとなよりおとっている、というかんがえをいっ たのは、ジャン・ピアジェ(1896-1980)[←このしるしのいみ]というおじさんです。
けれども、ピアジェさんは、さいしょから、こどもがおとっ ているというかんがえをもっていたのではなく、こどもにたいして、いろいろな、じっけんや、かんさつをして、そのように、かんがえるようになりました。
ピアジェおじさんのかんがえをまとめると、つぎのようになります。
こどもが、せかい(=じぶんいがいの、そとがわにある、す べてのことをさします)について、しることのできるちえは、かんじるちからが、おとなよりおとっているために、こどもは、たにん(=おとなをふくむ、ともだち のこと)のこころについて、わかることはできない。
そのことをピアジェおじさんは、こどもは、さいしょは「ろ んりてきな、かんがえ」ができない。だけど、やがて、「だんだん、わかってくるようになる」と、いいました。
これが、おとなたちがいう、はったつのかんがえです。
だから、おとなたちは、こどもたちにおしえるときに、むつ かしいことをいわずに、わかりやすいことばではなしかけます。ちょうど、このぺーじのおじさんのように・・・。
でも、それはほんとうだろうか?
おとなのはなしをきいたときに、こどもたちは、それが、な んとなくわかるようなきがするときがあります。わからないのは、むつかしいことばで、おとなが、どのようなことをいっているのか、なんとなく わかる。けれど、こどもは、それを、じょうずに、ことばでいいあらわせないだけではないでしょうか?
だから、これまで、ピアジェおじさんのいうことをしんじていた、お となのなかにも、ピアジェおじさんのかんがえは、ちょっと、かんたんすぎるのではないかと、おもうひとがでてきました。
けれど、ピアジェおじさんのけんきゅうは、はんぱではあ りませんでした。だから、ピアジェおじさんのかんがえが、より、せいかくに、なおされるのには、もっとじかんがかかるかもしれません。
こんぴゅーたや、じんこうちのう、についてのべんきょうがすすむと、こどものかんがえが、もっと、わかるかもしれません。
そんな、おとなと、きょうりょくして、こどもとおとなが、 もっと、びょうどうに、はなしあえるようになればいいですね。
そのためには、なんでも、じゃんじゃん、おとなに、きいて みることが、じゅうようです![→ぱわふる・きっずになろう!、にりんくする]
わからないことを、おとなに、げんきに、しつもんできるっ て、いいことですね。
ちゅうしゃく(=もっ と、くわしくせつめいすること)
はったつとは intellectual developmentとひょうげんします。
(1896 -1980)というしるしは、ピアジェ(Jean Piaget)というおじさんが、せいれき1896ね んに、オギャ〜とうまれて、1980ねんにしんだ、ということをさします。[→もとのばしょに もどる]
じっけん:おとなが、こどもに、しつもんをした り、もんだいをやらせて、こどものこたえをきくこと。[→もとのばしょにもど る]
かんさつ:おとなが、こどものやっていること を、そばで、じっとみながら、きろくをとること。[→もとのばしょにもどる]
Copyleft,
CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099
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このウェブページを制作する際に参考にしたのは以下の本です。こどもの認知的発達の研究には、こページにあげられているピアジェのほかに、新ピ アジェ派、メタ認知学派、知識学派(訳者あとがき、参照)などがあるそうです。
M・シーガル『子どもは誤解されている:「発達」の神話に隠された能力』鈴木敦子ほか訳、新曜社、1993年
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