臍の緒にかんする質問
【質問】
日本では臍の緒(へそのお)がとれると病院などでは桐箱などに 入れて手渡す 習慣があります。臍の緒を外国のお母さんに渡すと気持ち悪そうな表情をされることがありました。世界の他の地域ではどのようなことがなされているのでしょ うか? お教えください。
臍の緒は、生命の象徴として、それを専門に研究してきた研究(文化史の領域)もあ るくらいです。次を参照(ただし文献はまだ整備されていません。私はスペイン語の 本を参考にしました)。
断片的に私が知っているいくつかの事例を紹介しましょう。
【1】
私が調査しているグアテマラの西部高地のマム系先住民の間では、赤ちゃんの父親 は、臍の緒(「ムシ」と呼ばれます)に紐を結びつけて山に行き、なるべく高い木を 探し、そのもっとも高い部分に臍の緒を結びつけておきます。なぜこのようなことを するのか? ある産婆(伝統的出産介助者;TBA)によると、将来(男の)子供た ちは大きくなって薪を切りに山へいきますが、もっとも(臍の緒を結びつけてある) 高い木を切り倒すことはないだろうと言います。
【2】
日本の民俗の中に臍の緒を便所に吊して夜泣きのまじないとした例があります。間接 的に紹介したものですが以下を参照。
【3】
フィリピンのミンダナオ島のブキドノン(Bukidnon)という人たちの例では、臍の緒も後産と一緒 に土の中に埋められるそうですが、それは赤ちゃんの霊的なキョウダイ(兄弟姉妹) とみなされるとのことです。下記を参照。
臍の緒や後産(胎盤)に関する信条やその文化的実践には、おどろくほど豊富な事例 があります。そういうふうに見ますと、製薬産業や医学研究者が胎盤を回収してさま ざまな物質を取り出す行為も、我々からみれば、生物医学における文化的実践として 分析可能ですね。
【4】
臍の緒をとっておくことが重要であったニュースは「水俣病の認定」問題に関してで す。長い間、知的障害とみなされてきた鹿児島県出水市の男性と女性の2名(37歳 と39歳)が残されていた臍の緒が検査できたことで胎児性水俣病と認定されまし た。これは先般、国が敗訴した現在係争中の水俣病関西訴訟で、科学的に有効な診断 基準が確定しているにもかかわらず、国は相変わらず認定基準を曖昧なままにし「本 人申請主義」を長い間とっていたからです。国の認定制度の怠慢を突き崩す要因とし て、この2名の人たちの親たちが保存しておいた臍の緒が、その水俣病の認定の立証 に大いに役立ちました。
だから、外国のお母さんに臍の緒を手渡す時には、それは決して「日本の奇習」だけ でなく、それ自体は「生命を尊重する文化的行為」であり、最近では、生命技術の進 歩にともなって「出産の際の赤ちゃんの重要なデータベース」にもなりつつあること を強調されて手わたせばよいのではないでしょうか? そうすると気持ちの悪い (ま、外見は干物そのものですので)臍の緒も、なにか有り難いものに見えてくるか ら不思議です。すくなくとも鰯の頭の干物以上の価値はあるでしょうね。
【5】
ニッポニカ・日本大百科全書(電子版)による民俗学者・倉石忠彦先生(1939- )の解説
「臍帯は出産後切断するが、昔は一定の作法により葦(あし)や竹べらなどで切った。処理法はさまざま
で、埋めたり、産屋や便所に吊(つ)るしたり、生
児の名前と生年月日とを書いた紙に包んで水引をかけて保存し
たりした。これらは薬物、災難除(よ)けの呪物(じゅぶつ)な
どとして用いられるとともに、嫁入りのときに持参さ
せたり、納棺のときにいっしょに入れたりした。
(C)小学館」
以上。これらのことから、臍の緒は、本人の延長上のもの(体外に存在する身体の一部)で、最終的に持ち主
と一生を通して運命を共にするものと考えられていたようだ。
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