ストレスとストレス理論
Concept of Stress and Strress Theory
ストレスのもっとも直接的な定義は「外部からもたらされる歪み、ないしは歪みの原因」ということ である。
ハンス・セリエのストレス理論のすばらしい点は、このような物理的な歪みに関する隠喩(メタ ファー)を、人間の生体にも起こることを医学的に証明したことである。他方(あるいは同時に)この理論の弱点は、このようなわかりやすい隠喩をすべて内分 泌理論で説明しようしたことである。とくに、後者の、内分泌での全理論体系の説明は破たんしているにもかかわらず、説明のメカニズムそのものはブラック ボックスとして表現される(=機械的イメージとしては理解できず全体的イメージとして表現される)ために「ストレスの原因(=ストレッサー)」と「その歪 み(=ストレスの病理)」は、なんでも使えるようになり、今日のような、ストレス理論万能説——言い方を変えるとストレス理論では何も説明*できない—— がはびこる世の中になってしまった。
*ストレス理論では何も説明できない、というのは、K・ポパー流の反証可能性という科学言説の構 造を有しない議論のタイプになったということで、ストレス理論そのものが、「科学的に」ナンセンスであるという意味ではない。
■ テクノストレス
ストレス資料集
セリエのストレス
【現象】
「警告反応と訳される医学、生物学用語。生体に有害刺激が加わると、脳の特定部位や下垂体前 葉の分泌細胞の活動が高まり、それによって副腎(ふくじん)皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌が増加し、その結果、血中の糖質コルチコイド濃度が上昇す る」。
【機能α】有害刺激から身を守る(概括的意義の付与)
「この下垂体前葉—副腎皮質系の機能上昇は、有害刺激から生命を守り、生命を維持するために は不可欠なものである。カナダの内分泌学者セリエH. Selyeは、ACTH分泌を増加させる有害刺激をストレッサーstressorと定義した(1936)」。
【用語法の由来】
「これは生体諸機能にひずみstrainを生ぜしめるものという意味であるが、現在このよう なひずみをおこすことを含めてストレスとよんでいる」〈川上正澄〉。
【ストレッサーの探究】
1936年以降・・・「カナダの内分泌学者フォーティアC. Fortierは、ストレッサーをその有害刺激の作用の仕方から、神経性(音、光、痛み、恐れ、悩み)、体液性(毒素、ヒスタミン、ホルマリンなど)、な らびにこれら両者の混合した型の3種に大別した。
【機能β】=生命の維持
「これらの異常刺激に生体が曝露(ばくろ)されると、生体は視床下部—下垂体前葉—副腎皮質 系の活動を高めて循環血液中に副腎皮質から糖質コルチコイド濃度を上昇させて自己を防衛する。その際、ストレッサーは、その種類によって生体にそれぞれ特 異的な反応を引き起こすとともに、非特異的な変化を惹起(じやつき)する。この非特異的変化は、生体がストレッサーに曝露されたときに生体に備わっている 防衛機構を刺激して、生体に適応させて生命を維持するものである」。
【破壊の予兆/破たんの“メカニズム”】
否定辞でつなげるところがポイントである。「しかし、有害刺激があまりにも強いと、適応機能 は破綻(はたん)し、ついに疲憊(ひはい)に陥って死に至る。これら一連の反応過程を総括して、セリエは汎(はん)適応症候群general adaptation syndrome(GASと略す)と名づけ、次の三つの時期に区分した」。
【第一期前期】=ショック・フェイズ?
「第一期には二つの時期がある。初めにストレスを受けると、生体は強いショック状態(血圧の 低下、心臓機能の低下、骨格筋の緊張や脊髄(せきずい)反射の減弱、体温の低下、意識の低下など)に陥る。これがショック期とよばれる時期である」。
【第一期後期】=警告反応期、原語は?emergency という用語が後述(される。
「ついでストレス刺激により、視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)が放 出され、これが下垂体前葉からACTHを一般体循環に放出する。このACTHが副腎皮質に作用して副腎皮質ホルモンの一つである糖質コルチコイドの分泌を 促進する。この時期を警告反応期といい、生体の防衛機序が働き始める時期である。
【第二期】抵抗期=症状の軽減?
「第二期は、第一期を経過して、ストレスに対する生体諸機能を有機的に再構成し、ストレスに 耐え、適応するようになる時期で、抵抗期ともいう」。
【第三期】疲憊(ひはい:こんな字読めんがな・・)
「第三期は、ストレスがさらに持続し、生体の適応機序に破綻を生じ、生体諸器官が協調的に機 能しなくなり、生体の恒常性が失われる時期である。この時期を疲憊期ともいう」。
【セリエの説明のおさらい】 ※セリエとそれ以外の人たちのセオリーの区分の説明がない。セリエの複数の業績の内的理論の変化への言及がない。(学説史的フォローができない)。
「ストレッサーによって刺激された視床下部—下垂体前葉—副腎皮質系の活動によって放出され た糖質コルチコイドは、〔1〕間葉組織の炎症反応に対して細胞のリソゾーム膜を安定化させる作用(抗炎症作用)、〔2〕筋その他の組織における糖新生作 用、ならびに肝臓に直接作用することによって糖新生に関与する一連の酵素の合成を賦活(ふかつ)する作用、〔3〕他のホルモン、たとえば甲状腺(せん)ホ ルモン、成長ホルモン、性ホルモン、インスリン、カテコールアミンなどの効果を増強する作用があるとされる。これらの作用によって、ストレスに曝露された 生体諸機能のひずみは正常状態に戻る、というのがセリエの考えである」。
【補遺】どういう意味で問題なのか? が説明されていない。古典になるということは、問題がある ということなのか? もしそうならストレス学説はナンセンスなのか?
「しかし、その後の研究から、セリエの学説には問題点のあることが明らかにされ、現代では古 典的なものになっている」。
■内部環境の恒常性■
「生体の生存している生体外部の環境がきわめて変化に富み、刺激も多いにもかかわらず、生体 の内部環境は恒常的に維持されている。 このことは、19世紀の後半にフランスの生理学者ベルナールC. Bernardによって発見された。この内部環境の不動性こそ、生命を維持するうえに必要なものである。この内部環境の特性を、アメリカの生理学者キャノ ンW. B. Cannonはホメオスタシス(恒常性)とよび、これを保つ仕組みには視床下部—交感神経—副腎髄質系が大きな役割を演じていることを明らかにした (1927)」
※つまり、キャノンはセリエの提唱の9年前に上記のようなことを理解していたのだ。
【システムの呈示】
「この系(視床下部—交感神経—副腎髄質系、引用者註)を刺激する生理的要因には、感情の激 動、痛み、寒さ、酸素欠乏、飢え、激しい筋作業など多くのものがある。このような因子がストレッサーとして生体に作用すると、視床下部—交感神経系が刺激 され、副腎髄質からアドレナリン、ノルアドレナリンが血中に放出される」。
「これらのホルモン(アドレナリン、ノルアドレナリン:引用者註)は、両者にわずかな差異は あっても、ともに心臓機能の亢進(こうしん)、血圧上昇、骨格筋への血流増加、血糖(血液のブドウ糖)の血中への増加をもたらし、筋活動に必要なエネル ギーの供給、脾臓(ひぞう)収縮による循環血流への赤血球放出増加、気管支の平滑筋の弛緩(しかん)による呼吸気量の増加、立毛(鳥肌)などをおこす」。
※ホルモンの用語が定義なしに登場。(血中で作用する生体由来の物質がホルモンということな のか?)
「これらの変化がおこることによって、生体は非常事態に遭遇した場合でも、生体を防衛するた めの可能な限りの努力が払えるわけである。キャノンはこれらの事実から、生体が非常事態に直面したときには、主として交感神経—副腎髄質系の活動によって 生体を危機から防衛することができると考え、緊急反応理論emergency theoryを展開した」。
【その後の展開:つまりセリエを批判する?あるいは補強する説なのか?】
「この副腎皮質の働きは、動物がストレス環境にない場合には生命維持に必須(ひつす)ではな いが、ストレスに曝露された場合には必要となる。一般にACTH分泌を増加させるような有害刺激は、交感神経—副腎髄質系の活動も高める。このACTHと アドレナリンやノルアドレナリンのようなカテコールアミンとの協同活動については不明な点が多いが、血中糖質コルチコイドがカテコールアミンに対する血管 の反応性を維持することはわかっている。また、カテコールアミンは遊離脂肪酸を血中に遊離させる作用を促進するほか、生体がストレス刺激を受けて緊急状態 に置かれた場合には、エネルギー源としても重要な働きをもつことが明らかにされている」。〈以上の説明はすべて『スーパーニッポニカ』による川上正澄先生 の説明〉
■動物とストレス■
この項目の作成者は? おお、我が鹿大時代の町田先生だ!
「ストレスとその適応症候群の考えは、動物の個体群生態学にも大きな影響を及ぼした。アメリ カのクリスチャンJ. J. Christianは、ノネズミなど哺乳(ほにゅう)類の個体数変動の機構を、セリエのストレス学説によって説明しようと試みた(1950)」。
※クリスチャン理論を抑えることが重要
「すなわち、大発生により食物の欠乏、すみかの不足、闘争など個体間の干渉の増大がおこる と、これらがストレッサーとなって作用し、生殖機能の低下、出生率の低下、死亡率の上昇がおこり、個体数の減少に至るというものである。セリエのストレス 学説と同様、クリスチャンのこの説明にも、その後さまざまな批判がなされ、修正が加えられてはいるが、現在でも個体群の動態を生理学的に解明しようとする もっとも有力な仮説とされている」。〈町田武生〉
※これは、人間界での説明に合致。動物群から人間社会へのメタファーの転換が起こったのか? あるいはこの頃は、同時に、〈行動〉というキータームで統一的に理解しようとしていたのか? 1950年という時期は、行動科学の発達期であるゆえに。
■現代のストレスチェック:50問以上の4〜5択の簡単な質問を答えて、その結果が出る。この データを出しておかなければ、職場の定期健康診断を受けられない(2017年5月の自験例より)。
リンク
文献
その他の情報
■四体液説