ワークショップ技法研究 |
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教育に携わる人のための医療人類学入門
[ III. ワークショップ技法研究]
※本セクションの文責は池田光穂である
目次
1.ワークショップとは?
2.問題解決技法を学ぶ2つの意義
3.WSの時間的構造
4.ディスカッションのテーマ【例題】
5.人類学セッションのプログラム
***
1.ワークショップとは?
(1)参加者が専門家の意見・助言を聞きながら、ある特定の問題解決のためにおこなう共同研究(会)をワークショップ(WS)という。具 体的な問題に取り組む小規模の共同作業を基調としているために、転じて(2)教育目的を兼ねた研究合宿のようなものや小規模研究会なども含めてWSと呼ば れることがある。
2.問題解決技法を学ぶ2つの意義
WSにおける「特定の問題解決」をおこなう意義は2通り考えられる。まず、文字通り(1)その分野における〈学問上の問題の解法〉にむけ て皆が資料や知恵を出し合って議論するもの。これは問題解決のための背景知識が参加者に共有されている必要がある。次に(2)ある種の社会的現場における 〈特定の実践的問題の解法〉のために参加者が個人的経験や知恵を出し合って議論をするもの。後者は与えられた問題を解決するための答えを習得するよりも、 解法のプロセスにいたる知識や技法の〈ある特定の問題解決の過程〉に参加することを通して、意見表明の仕方、まとめ方、自分にはない発想の習得、伝達技法 などを学ぶことがWS開催の主眼となる。後者の場合は、参加者に対して求められる背景知識はそれほど必要ではなく、むしろWSの活動により自発的であるこ とが求められる。
3.WSの時間的構造
WSのうち、特定の問題を提示されて、その解法のために参加者が個人的経験や知恵を出し合って議論をするものには、時間軸に沿っておよそ 6つのステップが考えられる。すなわち、(i)アイスブレーキング、(ii)レクチャー、(iii)課題提示、(iv)グループ討論、(v)プレゼンテー ション、(vi)講評およびまとめのレクチャーの6つのステップである(図を参照)。以下にそれぞれのステップを簡単に解説する。
(i)アイスブレーキング
文字通り「氷の中」に閉じこもったよそよそしい参加者を「暖かなWSの場」に解放してあげる儀式である。伝統的に使われるのは児戯に類するコミュニケー
ションゲームで、短時間の間に多くの人と話をするためのタスクを楽しい雰囲気の中で試みられるものである。よくいわれるように内向的な引っ込み思案の人を
解放するというよりも、外向的な出しゃばりを含めて集団内のコミュニケーションモードを比較的自由に保障するように〈平準化〉することが重要である。個々
の技法は専門家に教えてもらうかマニュアルを参照する。
アイスブレーキングの時にくじ引きゲームなどをおこない(iv)グループ討論のためのグループ分けをおこなっておけば便利である。
(ii)レクチャー
その次のステップである課題提示の前に予備知識を授け、また考え方のパターンなどについて解説をすることが目的である。レクチャー冒頭にはWS全体のス
ケジュール紹介と、そのレクチャーが果たす目的について参加者が明確に理解できるように示しておく必要があるだろう。そのため個別知識を授ける一般の講義
や講演とは多少異なった趣旨で行われることを講師はよく自覚しておくこと。あるいは[論点先取の危険を冒しても]議論の方向性について予め示唆しておくこ
とも必要になるかもしれない。
(iii)課題提示
グループ討論に入るまえに、解かれるべき問題を提示する。課題の通知において重要なのは、何をどこまで議論するのかを正確に伝えることである。またグ
ループ討論の形式、例えば司会と書記を決めておき、書記がプレゼンテーションをおこなうことなど、具体的な段取りもまた伝えておくことである。提起される
問題について合意を得られるように、時間的には短くてもよいが、形式や運営に関する基本的な質疑を受け付けておくのがよい。
課題提示には、統一した1種類の問題をそれぞれのグループでやらせるものと、各グループに別々のテーマを与えるもの、あるいはその中間形態である。
(iv)グループ討論
司会者と書記を決め、書記や司会者も含めて全員が平等に話せるように配慮するように指導する。議論を盛り上げるために、ファシリテーターを参加させた
り、巡回させたりしてもよい。司会者に求められるのは、発言の管理のみならず、時間内に課題の全てをこなす時間の管理の能力でもある。
(v)プレゼンテーション
グループ討論の時間が数日間かつ複数回におよぶ場合はコンピュータプレゼンテーションソフト(商品名:パワーポイント)を使ったものも可能であるが、通
常は模造紙あるいは大型の着脱式の張り紙(商品名:ポストイット)などを補助的用具として口頭で発表してもらう。司会者側の時間管理が要求される。学会な
どのプレゼンテーションの運営などの経験がない受講者のために、形式的な礼儀正しさを守ることは、プレゼンテーターやグループの志気を高めるために重要で
ある。
(vi)講評およびまとめのレクチャー
WSの企画者は、グループのプレゼンテーションに関する講評において、いわゆる「出たとこ勝負」でコメントを行ってはならない。WS以前に想定できるさ
まざまな議論の可能性について想定されうる議論を踏まえてよく事前に練ったコメントを予め用意しておくべきである。出てくる議論の論理的な分類を示してあ
げることが、参与者が他のグループでの討論の経過を想像することを大いに助ける。
コメントの構造が企画者にすでに練られたものであっても、プレゼンテーションで出てきたさまざまなキーワードやメタファーは適宜コメントに挟むようにす
れば、参加者の理解度も増すだろう。議論の成熟度だけでなく、そのプロセスに着目し、権威主義的ではない褒め方が重要になる。最初のレクチャーと関連性を
持たせ、何がどれだけ議論として達成されたかを明示してあげる。
4.ディスカッションテーマ
あんたに頼むんだがね、ムト・ロコンガ。あんたの奥さんにこう言ってくれ。戦士(nthaka)がいると。悪いのはイシアロ(儀礼的兄弟関
係あたるクランの人)たちから私に言ってくれ。そうすれば私も他の山羊(真実)を話そう。彼は未割礼少年(mwiji)か割礼のすんだ男(nthaka)
か言ってくれ。それが山羊なのだ。もしあんたが答えてくれないなら、ンブウ(占いのヒョウタン)は本当のことを教えてくれないだろう。私にはあんたが彼と
争っているのが見えるようだ。
彼は手を出したかね。
彼は手を出したかね。
彼はあんたを切ろうとしたかね。そうしたのは彼かね。
あんたは彼に切りつけたのか。
吐き出せ、吐き出せ、ムイロ(穢れ)を吐き出せ。おまえの体を冒しているムイロを吐き出せ。ここはおまえが子どもを産んだ所だ。ここはおまえが切られそう
になった所だ。そしてこれがおまえのものだ。荒野の呪医(イシアロのこと)はどこにいる。荒野のなかに見えなくなった者。彼女の体からムイロを取り除け。
吐き出せ。吐き出せ。お前の体のすべてを吐き出せ。アリリリリ……(叫び)。これは男の秘儀(kiama)だ。出てこい、出てこい、ムイロ。少年か少女の
ムイロでも。そしてイシアロのムイロも吐き出せ。……
サベラです。
そうです。私は彼と争いました。
私は彼と争いましたが、そのことはもう解決しました。
誰が? 彼は手を出しませんでしたが、そうすると言いました。
そうしようとしたのは私です。
誰が? 私が?
【問題1】
この呪医(muwaa)と患者が置かれている社会的文脈はどのようなものであるか、想像してください。患者とイシアロの関係が、この病気の原因の究明や
治療と関わりについても言及してください。またこれらの社会関係は、近代医療の患者をめぐるそれとどのような類似点や相違点をもつでしょうか。
この対話の特徴がメルの人たちにとってどのようなものであるのかは【問題2】にある著者の解説(下線)を参考にしてください。
【問題2】
この対話を論文で取り上げた著者(加藤
1990:96)は「このような語りあるいは対話がえんえんと続いていき、しかもそれを理解することは困難である。この困難さは、ひとつには呪医独特の語
法によるもので、それはメルの一般の人々にとっても日常的なものではない」とわざわざ断っている。それにも関わらず、なぜこの人類学者はこの対話を論文の
議論として取り上げたのだろうか。皆さんで議論をしてください。
【問題3】
この呪医(muwaa)と患者の間のいっけん意味不明なやりとりを、フィールド経験を共有していない学生に、教室でどのように教えればよいでしょうか。み
なさんでアイディアを出し合い、彼/彼女らがわかりやすい形で理解できるように具体的に工夫すべき点を検討してください。
文献
・加藤泰「病気の「神秘的」原因:メル族の呪詛と邪術の論理」『病むことの文化:医療人類学のフロンティア』波平恵美子編著、Pp.94-121、東京:
海鳴社、1990年。
【例題2】
【課題】
ここでは、ニューギニアの<クールー>を取り上げます。以下の口頭説明を聞いた上で、皆さんがお持ちの他の知識を援用しながら、<クールー>をどのように
学生に教えればいいか、そして、そのことを通して、どのような結論を導けばいいかについて考えてください。
【テキスト】
(1)クールーの描写
クールーは震えから始まった。ニューギニア高地の南部フォーレ族の女性は、発作的な震えを感じながらも、最初は掘り棒にすがり、サツマイモ畑の雑草を取っ
たり、子どもの世話をしたりといった仕事をすることができた。しかし、数ヶ月のうちに、筋肉運動の協調が悪化し、他人に支えてもらわなくて歩くことができ
なくなってしまった。視線が定まらなくなり、発音は不明瞭になった。興奮すると小脳の機能不全の症状は悪化し、簡単な刺激で、分別のない笑い声を上げるよ
うになった。1年以内には、もう身体を起こしていられなくなり、低い草屋根の家の炉辺に寝かされたままになってしまった。死は避けられなかった[マッケロ
イ&タウンゼント
1995: 49]。
(2)クールー邪術
フォーレ族の言葉で、震えや恐れを意味するクールーは、疾患名だけでなく、クールーを起こすと信じられている、ある種の邪術も意味する。邪術を使ったもの
を見つけ出すために、予言の儀式が行われた。すると、近くの評判の悪い集落に住む嫉妬深い男が邪術師として疑われた。女性が注意深く捨てたはずの古いス
カート、髪の毛、食べ残し、糞便などを盗んだとして告発された・・・犠牲者の親類の男性は、告発された邪術師を殺したが、皆がその罪を理解するように、死
体に印をつけるのが習わしであった[マッケロイ&タウンゼント
1995: 49-50]。(魔法、魔術を邪術に言い換えた:奥野)
(3)近代医療による発見
1950年代中期、それまで医学的に知られていなかった新しい疾病−−クールー−−が、ニューギニア東高地に住む南部フォーレ語を話す人口約15,000
の集団の間で発見された・・(中略)・・クールーの医学的特徴は、中枢神経系の進行性の変性であり、最終的には完全な機能喪失まで進み、しばしば嚥下困難
におちいる。初発症状から、一般には6ヶ月から12ヶ月で、飢餓、肺炎、床ずれなどの合併症で死亡するが、まれには2年ほど生き延びる症例も見られる
[フォスターとアンダーソン
1987: 36-7]。
(4)クールーの特色
1.発症はほとんど女性か子どもに限られていた。その背景に、フォーレでは、男性と女性の生活の明確な分離があった。2.フォーレ族と親しく交流する近隣
のほかの部族や現地に入ったヨーロッパ人には発症者はいなかった。3.クールーは、家系的に発生していた[波平
1994、フォスターとアンダーソン 1987]。
(5)クールーの医学的解明
クールーの医学的解明は、ウィルス学者のカジュゼックによってなされた。彼は、それが、病原ウィルスが体内で潜伏して増殖し、発病するまで長い時間がかか
る「スローウィルス感染症」であることを突き止めた。それは、ヒト以外では、ヒツジのスクレイピー病、ミンクの脳症、牛海綿状脳症などとして知られるもの
であり、それらは、ウィルスに対して、ほとんど抗体を作り出すことがない。彼は、この発見により、1976年にノーベル医学・生理学賞を受賞した[波平
1994: 78、マッケロイ&タウンゼント 1995:49]。
(6)カニバリズム
クールーによる死亡は、1957〜68年の最盛期には、1,100人以上であった。その後、発生率と死亡率はともに低下した。人類学者グラーセらは、死ん
だ血族の死体の脳を食べるという、女性による死者のための儀式が、1910年代に始められたこと、それは、クールーが出現したと伝えられる時期と一致する
こと、儀式では、死亡した女性の脳を料理して食べるが、その残りは子どもたち(男女とも)に分け与えられることなどを、調査を通じて明らかにした。女性の
みが死んだ親族の女性の脳を食べることによって、女性の出産能力が確実にされ、集団の存続が保障されると信じて行う儀礼は、死者と生者の関係、男女の関係
について、文化的に発達させた習慣である[波平
1994: 80、マッケロイ&タウンゼント 1995: 50]。
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13:00 話題提供(1)25min
・本セッションの趣旨説明(池田光穂)
・医療人類学を福祉・看護・医療の教育現場で教えること:レクチャー1。(池田)
13:25 話題提供(2)25min ・モデルシラバス「災因論」の解説:レクチャー2(奥野克巳)
13:50 休憩5min
13:55 15min ワークの趣旨説明(奥野・池田)
14:10
グループ別討論50min
・(すでに決められた)8グループを設定。
・グループ毎に司会、書記、プレゼンター(成果発表(後述)のときの報告者、司会や書記がかねてもよい)を決めてもらう。
15:00 休憩5min
15:05
グループ別発表30min
・司会:奥野
・3グループを選び、報告してもらう。持ち時間はそれぞれ10分以内。
・論点を付け加えたい人は後半で発表してもらう
15:35
16:00
全体討論25min
・司会:池田
・グループ別発表で提示された論点をめぐる全員での討論。
・指定発言者:奥野・西本太・倉田誠
Derecho reservado por Mitzubishi Ikeda, 2001-2005
! Gracias por su Visita !