人類学的デモクラシー
Anthropological democracy, Democracia anthropologica
解説:池田光穂
人民による発話の権力掌握と、生きる意味のある生命活動(ビオス)の実践を可能にする権力様式を人類学的デモクラシーと呼ぶ。
世にあまたある連字符デモクラシーを本質的なデモクラシー(substantive democracy)から区分する指標は、その形式的ないしは手続き的 (procedural)な類似性に警戒しつつ、そのデモクラシーが人民に対して何を生み出しているのかということに尽きる[Comaroff and Comaroff 1997]。私にはその権力の源泉が「平等な対話を確保し伸展させる社会制度」と「多様性を前提とした思想信条の保全」にある と思われる 。私が「人類学的」(anthropological)という形容詞(修飾語)により屋上屋を架すようなデモクラシーの用語法を弄するのは、そのことによ りデモクラシーの内容や性格に新しい意味を付加するためではない。そうではなく人類学とい う方法論や理念を経由して、デモクラシー本来の魅力と威力を取り戻したいがためである。デモクラシーは例外状況を防止するため の(信頼度は低いが唯一の)安全装置であり、討議の対象になった人間を決してゾーエ(アガンベンの用語)とは見なさない約束を参加者に求める。
対話者が相互に文化相対主義の信条を共有し対話的コミュニケーションを可能する社会的文脈が存在しないところにデ モクラシーが主張する共同性は確保できない。また対話における相互承認は、双方の主張が完全に一致することが目的ではな く、対話的コミュニケーションが成立するための最低不可欠な条件であり、それは相互の主張が異なったままの状態を保つこ とを妨げない。このことが人類学的デモクラシーの成立条件である。
デモクラシーが人民による権力掌握と、生きる意味のある生命活動(ビオス)の実践であるならば、医療人類学への関心が高まり 人々(人民)の生命そのもののあり方が今日の議論において主題化されることは、歴史的な必然というよりも、人民が権力に関して リフレクシブに観想し、その内部において議論している兆候であると言える。
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