投薬維持の戦略入門:気管支喘息の事例
(解説編)
解説:池田光穂
【御注意】このページは薬剤コミュ ニケーションの授業用の資料です。治療や医科学的情報を提供するものではありません:検索エンジンなどでいきなり飛び込んできた方は「投薬維持の戦略入門:気管支喘息の事例」(課題の説明)を必ず先に読んでください!
グループ発表後に配布します!
・引き続く咳を咳嗽(がいそう)と言います。
・持続する咳嗽は、患者に対してさまざまな症状を引き起こし、また辛いことから鎮咳剤(ちんがいざい)の処方を求めがちである。
・しかし生物医学者は咳は気管内異物や分泌物の除去のための〈生体防御反応〉でもあるので、「安易に鎮咳剤を処方する」ことは推奨されていな い。
■ 咳嗽(がいそう)の種類について知る
・咳嗽症状の弁別:
1)湿性咳嗽:痰の分泌を伴う 2)乾性咳嗽:いわゆる「空咳(からせき)」 |
■ 咳嗽(がいそう)への対処の方針について知る
・咳嗽への対処
1)湿性咳嗽:ヒベンズ酸チペピジン(商品名:アスベリン)は去痰作用のある非麻薬性鎮咳剤:肺炎・気管支拡張の感染(→抗菌 剤の投与) 2)乾性咳嗽:非麻薬性鎮咳剤、喘息(→中枢性鎮咳剤は無効) |
喘息:(中枢性鎮咳剤は無効):気管支拡張薬、ステロイド
アトピー咳嗽:持続的な咳が生じるが、喘息とは異なり、喀痰(かくたん)中に好酸球:ヒスタミンH1拮抗薬とステロイド
・気管支喘息の本態は、気道の好酸球性炎症
・ステップ2以上の気管支喘息:吸入ステロイドが第一選択薬
・この患者の症状が落ち着いているのは、「全身性ステロイド」の効果が持続:再発作の危険性
・各対応の分析
a)「おっしゃることはもっともです。でもこの前あれだけの発作を起こしたのですから,しばらくは使用してください」
→副作用を心配する患者の不安解消にはならない。
→うがいの説明がなされていない
b)「そんなに副作用はないですよ。しばらくして何か副作用が出たら,そのときに中止してもよいでしょう。しばらく使っていただいて,副作用の 有無をきちんとチェックしましよう」
→うがいの説明がなされていない
→副作用は長期使用によるもの
→未来における不確実な副作用を条件節で、中止を約束することは適切ではない。
→この投薬コミュニケーションは、現在の処方を継続する目的と、本人が納得するかどうかの合理的な関連性を見つけることが難しい。
c)「今は症状が落ち着きました。使用するのが嫌なら無理に処方をしても,どうせ家に帰ったら使わないでしょう。次善の方法を指導医と相談して みます」と言って再度の訪室を約束する。
→投薬するという戦略を立てた場合には矛盾するアドバイス
→投薬の必要性の有無の判断を薬剤師がおこなっており、医師の業務を一部侵害している。権限の濫用。
d)「気管支喘息の病態は気道の炎症です。この薬は飲み込んでもすぐに分解されるようにできています。副作用はゼ口ではありませんが,現在の状 態では絶対に必要な薬です」
→これらの専門用語と説明は患者の理解の助けになっているだろうか。
→うがいの説明がなされていない(→ステロイドの副作用)
・ステロイドの副作用
ステロイドミオパチー:残留したステロイドが咽頭筋に直接作用して嗄声になる。
口腔咽頭カンジダ症(=口腔内の常在菌であるカンジダの日和見感染)
・成人用の吸入ステロイド気管支喘息治療薬
プロピオン酸ベクロメタゾン(商品名:キュバールほか)
プロピオン酸フルチカゾン(商品名:フルタイド) ブデソニド(商品名:パルミコート)
シクレソニド(商品名:オルベスコ):2007年製造承認:「肺内で加水分解酵素エステラーゼにより活性代謝物に変換される「局所活性化型薬 剤」であり、その代謝活性物が、脂肪酸と結合して可逆的に脂肪酸抱合体を形成することで肺組織内に滞留する」(日経メディカルオンライン)
・肺から吸入されるステロイドの副作用
「肺に移行した吸入ステロイドは,その量が多くなれば肺から吸収され,全身性の副作用を生ずることがある。具体的には中心性白内障,骨粗鬆(こ つそしょう)症の頻度が増えることが報告されている。特に閉経後の女性で骨粗鬆症の頻度が増えることが報告され,これら患者に吸入ステロイドを使用する場 合は,定期的な骨密度測定を行う必要がある」(村上ほか 2007:108)
鎮咳剤入門(Wiki日本語)
■咳中枢に作用する。
・デキストロメトルファン臭化水素酸塩は、非麻薬性中枢性鎮咳神経刺激薬である(メジコン(R):ヒスタミン遊離作用がありアレルギー増悪 に注意)。
・リン酸コデイン・リン酸ジヒドロコデイン…麻薬性中枢性鎮咳薬
・チペピジンヒベンズ酸塩(アスベリン(R))は、リン酸コデインと同等の鎮咳作用を持つ非麻薬性中枢性鎮咳薬であると同時に、去痰作用も 有する。
・車前草エキス(フスタギン(R))もチペピジンと同様の作用を有する(痰の粘稠度を低下させる去痰作用)。副作用が少ない。
■局所&全身性作用
気管支拡張剤(アドレナリンβ2受容体刺激)
・塩酸ツロブテロール(ホクナリン(R)):貼付剤もあり。
・プロカテロール塩酸塩(メプチン(R))
■併用される補助薬
カルボシステイン(ムコダイン(R):粘膜修復作用)
文献
村上元庸ほか編『薬と臨床コミュニケーション』金芳堂、2007年
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各ディスカッション・グループ報告と講師(池田)コメント
【B】「元気になったように見えますが、完治している状態ではないです。発作が再び起こる可能性があるので、毎日薬を飲む[=吸入する:引用 者]必要があります。……〈ここでステロイドの説明〉……ご存知のようにTVでは副作用ばかり取り上げられます。ステロイド薬は第一選択薬になるほど有効 です。例えば◎◎◎な副作用がありますが、服用後[=吸入後:引用者]にうがいをするなどの適切な用法を守ってもらえれば、副作用をおさえることができま す。何か気がついたことがあれば質問してください。
【池田コメント】
1.「完治している状態ではない」は少しあいまいかもしれない。全身性のステロイドの効果に ついて分かりやすく説明すれば、薬の作用機序や時間の投薬(ここでは吸入)管理についての理解が患者に深まるだろう。
2.発作の再発を、治療ではなく薬によって管理しているというオリエンテーションに繋げれ ば、患者の副作用への恐れを軽減できるかもしれない。
3.TVの情報を批判する(専門家が別のTV専門家を批判する)のは、その真偽を裁定するこ とができない患者にとって逆にストレスになるかもしれない。ステロイドの誤用や問題のある処方と、本件のような第一選択を明確に区分するほうが患者の理解 の助けになる。
4.うがいは、副作用防止のためであるという説明は好ましいが、できればなぜうがいがその効 果があるのかを説明できればもっとよい。
5.患者が自発的な情報探索をすることに対してフレンドリーな態度をとるのは良いことであ る。
【B】研修医「調子はどうですか?症状はだいぶ落ち着いていますが、気道の炎症が残っていたら再発してしまう可能性があるので、完全に治るまで 薬の治療を続けましょう」。
薬剤師「この薬は炎症の原因を抑える薬です。副作用としては、感染症にかかりやすかったりするので、おかしいなと思えばすぐに言ってください。 (吸入法の説明)このあとうがいしてもらうんですが、これは_____のためなので、忘れないようにしてください」。
【池田コメント】
1.課題文は薬剤師へのインストラクションを指示しましたが、研修医と薬剤師の役割分担を峻 別している点は好ましい。医療コミュニケーションはチームワークだからね。
2.ステロイドの作用を説明しているのも、好ましい。うがいの意味(=効用)が理解されてい ればもっとよかった。
3.「おかしいなと思えばすぐに言ってください」は当然だが、むしろ、誰に、どういう手段を つかって違和感を表現できるのかを、説明できれば患者の不安は解消する方向に向かうはずだ。
【D:役割分担をする】研修医「気管支喘息は気道に炎症が起こる病気です。炎症は吸入ステロイド剤で抑えることができます。今自分では元気に なったと思われるかもしれませんが、まだ炎症が治まって(「収まって」は誤字)いなだろうから、発作が出ないように、炎症が治まるまでステロイドを使って ください。
薬剤師「◎◎さんの喘息に対してなら、現在ステロイドを△日間投与することを検討しています。△日間投与するなら▲▲▲の副作用が出る可能性が 多少(確率が分かれば言う)ありますが、副作用が出ても抑える方法があるので大丈夫です。
【池田コメント】
1.研修医に吸入の継続を指示する役割を持たせ、薬剤師はひたすら科学的説明に徹している が、それでよいか?
2.確率は医療者や薬剤師には意味があるが、患者の運命にとっては悉無(all or nothing)なので、確率で説明するのは、患者の不安を解消することには繋がらない。(例えば、生存率70%と説得させられるのと、死亡率30%と説 明されるのでは、後者の方に患者の不安が出やすいことはよく知られている。)
3.最後は「副作用が出ても抑える方法があるので大丈夫です」というのは、元気づけたことに もならない。「ドンマイ」と言っているようであり、またその直前の確率の説明が台無しである。それぞれの文章の繋がりが調和的かつ説明的ではない。
4.大いに改善する必要性がある。
【B】「テレビではステロイドの悪い部分ばかりが誇張されていますが、今の病状を考えると他の薬とステロイドが一番適しています。うがい等をす ることで副作用のコントロールもしています。このまま放っておくと日常生活に支障が出る可能性がありますので、服薬[吸入のこと:引用者]をおすすめしま す。
【池田コメント】
1.患者がなぜ副作用に神経質になっているのかについて、配慮がたらない。あるいはそれを薬 剤師の推論に役立てていない。なぜなら、最初の文章で「副作用を信じるのはよくない」と丸め込み、二番目の文章でそれに留めをさし、三番目の文章では「日 常生活に支障が出る可能性」という文句で脅して、吸入をすすめている。
2.副作用をことさら強調するのは、いわゆる「恐怖言説」のひとつ――最悪を場合を誇張する ことで患者にある種の行動(例:投薬遵守を守らせること)――になっています。それを否定しておきながら、別の恐怖言説で吸入を指示するわけだから、患者 の不安をもっと煽ってしまう。
3.大いに改善する余地がある。
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