医療と翻訳の間には非常に分かりやすい並行関係がみられる
Parallelism between translation and medical pracitice
19■医療と翻訳の間には非常に分かりやすい並 行関係がみられる。
1.医療は、あらゆる面において翻訳作業が不可欠な 学問である。
2.医療や看護の教育においては、目の前に立ちはだ かる困難という現象に立ち向かい、そこから様々な情報を入手する方法を伝授される。そして、その困難を 適切に翻訳することが彼/彼女らには求められ、それへの対処法が訓練される。ここでいう対処すべき困難は、通常、病気(illness, sickness, disease)と呼ばれ、その診断、治療、予後という時間的プロセスの間に、さまざまな観察や観測器具の助けを借りて翻訳しつづけることが要求される。
3.言語の翻訳は、ある言語で書かれたものを、別の 言語体系に写しかえる、それも翻訳対象と翻訳されたものの間に〈同値〉や〈等価〉の関係が要求されるものである。
4.しかし医療における翻訳は、かならずしも、教科 書や論文にあるような理念化された病気と完全に〈同値〉になるまで診断が探究される必要はなく、それと同時進行の形で治療が進むことがある。医療の翻訳に は、言語の正確な翻訳という強迫観念から自由になっている。ただし、誤訳が致命的なもので破局的になるのは、言語の翻訳よりも医療の翻訳のほうがよりクリ ティカルな問題になりやすい。
5.言語の翻訳者も医療の翻訳者も細心になれるの は、その翻訳の不完全性への警戒心からである。また酷い翻訳から素晴らしい翻訳まで(でもオリジナルを凌駕することは絶対にない)あることは、この実践は つねに翻訳者に対して細心であることを要求する(=道徳的審問として機能する)ようである。
このような翻訳の諸要素に関する問題提起を踏まえ
て、各論者は話題提供をおこなう。松岡秀明は、緩和ケア病棟をエテロトピー(混在郷)という概念から説き起こし鎮静の処置をめぐる家族と医療者の間の、相
互理解と意味の齟齬のプロセスを翻訳として捉えて考察をおこなう。おなじく池田光穂は、現代日本の医療通訳をめぐる実践的関わりのなかで、言語の通訳の背
景に伏在する「文化の翻訳」という文化人類学にとって古くからテーマを再考することを促す。また、目を国外にむけて、島薗洋介は、フィリピンの有償臓器提
供の事例を取り上げ、臓器提供というこれまで贈与概念で捉えられてきたことを、翻訳のメタファー概念を手がかりに、人類が直面している「臓器移植の文化状
況」に新たな光を当てる。吉田尚史はカンボジアの精神科臨床医療における、英語とクメール語と、近代医療概念とクメールの土着概念という2つの異なった位
相をもつ要素による〈多言語状況〉の紹介と分析を試みる。
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