メキシコとグアテマラにおける先住民・アイデンティティ・自治をめぐる諸問題
Diversidades de las Identidades
políticas, sus autonomías y desarrollos comunales en pueblo indígena:
Mirada desde Guatemala y México.
このパネルディスカッションでは、メキシコとグアテマラをフィールドにし、同地域の「先住民・先住民族(indigenous people)」を研究対象にしてきたメンバーによる発表と討議をおこなう。ここでは人々の「政治的意識」「アイデンティティ」「自治」をめぐって、 フィールドデータに基づく多様な事例と現場に根ざした分析視点を提示することを通して、学際的な地域研究の意義について聴衆と共に多角的に考えようとす る。
池田光穂(大阪大学CSCD)「マヤ系先住民における地方自治をめぐる政治意識について」
滝奈々子(大阪大学CSCD)「メキシコとグアテマラにおける音楽演奏家の政治意識」
小林致広(京都大学大学院文学研究科)「ゲレロ海岸山岳部の共同体権威地域審議会・共同体警察(CRAC-PC)の模索」
太田好信(九州大学大学院比較社会文化研究院)「チマルテナンゴ県のある町に住む一家の遍歴:混沌と内戦の語りについて」
狐崎知己(専修大学経済学部)「先住民族の政治参加と農村開発戦略の変化:グアテマラ、ボリビア、エクアドルの比較研究」
コメント:関雄二(国立民族学博物館)
池田は、ワシントンコンセンサス以降の政策パッケージに見られる地方分権と自治が、グアテマラ西部のあるマム社会に実際にもたらされた時にみ られる、先住民の応答について報告する。とりわけ伝統的な政治的行動と「新しく代替的な」ものとの言説の違いと、それぞれの当事者たちの行動との対照を論 じる。ド・トクヴィルが新生アメリカに見た「自由の体験学習」を西部グアテマラ高地先住民の実践の中に重ね書きする。
滝は、メキシコのサパティスタ運動に深く関わるブラスバンドであるモレロス州トラヤカパン楽団と、グアテマラの「ロック・マヤ(Rock Maya)」を事例として、音楽に関わる人たちの政治意識を探り、両国における政治的アイデンティティの諸相を検討する。1910年サンルイス・ポトシ計 画におけるメキシコ政府に対する一斉蜂起の際には、トラヤカパン楽団がサパタの軍隊の先導する役割を担ったことは、現在でもトラヤカパン村の人々の誇りと なっている。他方、ロック・マヤは、自らの言語(マム語)の歌詞にのせて内戦期の辛苦、現在の不遇(経済危機、家庭内問題など)を表現している。
小林は、ゲレロ州海岸山岳部の共同体警察(PC)に焦点をあて、1995年以降の司法面での「事実としての自治」を模索してきた人々の努力と国家の対応 について論じる。軽微事案は共同体委員が担当し、経済的賠償、短期拘束、軽微な共同体労働が処罰として課せられ、重大事案は共同体権威地域審議会 (CRAC)が担当し、長期共同体作業を中心とする再教育が課せられてきた。CRAC-PCは、共同体内や共同体間の紛争の解決も目指してきたが、それに 対する国家の対応は、当惑(1995〜1998年)から迫害(1998〜2002年)、そして「緊張した寛容」へと変わってきた。それらを総括して、小林 はゲレロ海岸山岳地域における有効な生存戦略の「不在」について指摘している。
太田は、グアテマラ共和国チマルテナンゴ県下のある町に生活する家族の、1976年から現在までの遍歴を報告し、内戦で多数の犠牲者を出した町と周辺の 集落との確執の歴史、76年の大地震とその復興をめぐる支援団体の活動、チマルテナンゴ市で展開していた医療支援への関わりなどを背景として、ある家族が 70年代中盤から現在までどのように生きてきたかを描く。それにより冷戦構造の枠組みでは腑分けできない社会的現実を取り巻く「混沌」をインタビュー対象 者の語りを中心に描き出す。グアテマラの先住民共同体を表象してきた様々な固定的なビジョンに抗して、人びとの経験を支配していた「混沌」を伝えることに 主眼を置く。
狐崎は、「先住民族」が国民の多くをしめるラテンアメリカ(グアテマラ、ボリビア、エクアドル)における政治参加と農村開発に関する比較政治学的考察で
ある。先住民族の集団的権利の認知及び政治参加の拡大によって、これらの3か国における農村開発の制度・政策面にいかなる変化が見られたのかについて以下
の資料を用いて比較分析する:グアテマラでのJICA中部高原農村開発・生活改善プロジェクトならびに食糧安全保障と栄養改善面からみたRuna
Kawsayプロジェクト、ボリビアにおけるJICAのCambio Ruralプロジェクト、エクアドルでFAOが実施したRuna Kawsay
(2007-2011)プロジェクト。
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【先住民の用語について】
国連が2007年に採択した「先住民権利宣言」(総会決議61/295)は、明確な先住民の定義がなされなかった一方で、これまでの「先住民」 に対する権利の蹂躙の歴史を基礎に、その人々がもつ固有の権原と、「帰属国」ならびに国際社会による権利の擁護について多角的に謳っている。ここで論じら れている研究対象の「人々」は、植民地時代から今日までインディオ・インディヘナと称されて来た人たちで[も]ある。パネリストたちは、外部から与えられ る特定の定義やカテゴリーの設定から出発するのではなく、先住民を意味する様々な名称を任ずる「当事者たち」との邂逅にはじまり、彼/彼女らの意識と自ら の存在についての状況の叙述から始めることとする。
これまでの先行研究のパラダイムに敬意を表しつつ、それらに抜け落ちていたと思われるアイデンティティ・政治意識・自治のイニシアチブに焦点を当てるべ く考察を重ねたい。
会員の皆様の多数のご来場をパネリスト一同期待しております。(文責:代表者)
【謝辞】
この研究は日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(B)海外学術調査「中米先住民
運動における政治的アイデンティティ:メキシコとグアテマラの比較研究」(平成22年度〜平成25年度:研究代表者:池田光穂)によるものです。
関係各位の皆様、研究班のメンバーのみなさまに感謝いたします。
【クレジット】
日本ラテンアメリカ学会第34回定期大会、2013年6月1日、獨協大学(〒340-0042 埼玉県草加市学園町1-1)分科会パネル「メキシコとグア
テマラにおける先住民・アイデンティティ・自治をめぐる諸問題」 Diversidades de las Identidades
políicas, sus autonomías y desarrollos comunales en pueblo indígena:
Mirada desde Guatemala y México.
代表者:池田光穂(大阪大学)
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以下は、日本ラテンアメリカ学会のニュースレターに収載予定の、パネルディスカッションの事後報告です(2013年6月16日)
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パネルA「メキシコとグアテマラにおける先住民・アイデンティティ・自治をめぐる諸問題」
池田光穂(大阪大学)文責
メキシコとグアテマラをフィールドにし、同地域の「先住民・先住民族(indigenous people)」を研究対象にしてきたメンバーによる発表と討議がおこなわれた。その目的は、人々の「政治的意識」「アイデンティティ」「自治」をめぐっ て、フィールドデータに基づく多様な事例と現場に根ざした分析視点を提示することを通して、学際的な地域研究の意義について聴衆と共に多角的に考えようと することにあった。
まず(1)池田光穂(大阪大学CSCD)「マヤ系先住民における地方自治をめぐる政治意識について」では、ワシントンコンセンサス以降の政策パッケージ に見られる地方分権と自治が、グアテマラ西部のあるマム社会に実際にもたらされた時にみられる、先住民の応答について報告した。とりわけ伝統的な政治的行 動と「新しく代替的な」ものとの言説の違いと、それぞれの当事者たちの行動との対照を論じた。次に(2)滝奈々子(大阪大学CSCD)――ただし発表は池 田による代読――「メキシコとグアテマラにおける音楽演奏家の政治意識」は、メキシコのサパティスタ運動に深く関わるブラスバンドであるモレロス州トラヤ カパン楽団と、グアテマラの「ロック・マヤ(Rock Maya)」を事例として、音楽に関わる人たちの政治意識を探り、両国における政治的アイデンティティの諸相を検討した。
(3)小林致広(京都大学大学院文学研究科)「ゲレロ海岸山岳部の共同体権威地域審議会・共同体警察(CRAC-PC)の模索」では、ゲレロ州海岸山岳 部の共同体警察(PC)に焦点をあて、1995年以降の司法面での「事実としての自治」を模索してきた人々の努力と国家の対応について論じた。軽微事案は 共同体委員が担当し、経済的賠償、短期拘束、軽微な共同体労働が処罰として課せられ、重大事案は共同体権威地域審議会(CRAC)が担当し、長期共同体作 業を中心とする再教育が課せられてきた。CRAC-PCは、共同体内や共同体間の紛争の解決も目指してきたが、それに対する国家の対応は、当惑 (1995〜1998年)から迫害(1998〜2002年)、そして「緊張した寛容」へと変わってきた。それらを総括して、小林はゲレロ海岸山岳地域にお ける有効な生存戦略の「不在」について指摘した。
(4)太田好信(九州大学大学院比較社会文化研究院)「チマルテナンゴ県のある町に住む一家の遍歴:混沌と内戦の語りについて」では、グアテマラ共和国 チマルテナンゴ県下のある町に生活する家族の、1976年から現在までの遍歴を報告し、内戦で多数の犠牲者を出した町と周辺の集落との確執の歴史、76年 の大地震とその復興をめぐる支援団体の活動、チマルテナンゴ市で展開していた医療支援への関わりなどを背景として、ある家族が70年代中盤から現在までど のように生きてきたかを報告した。冷戦構造の枠組みでは腑分けできない社会的現実を取り巻く「混沌」をインタビュー対象者の語りを中心に見事に描き出し た。グアテマラの先住民共同体を表象してきた様々な固定的なビジョンに抗して、人びとの経験を支配していた「混沌」を伝えることに主眼を置くとの説明が あった。
(5)狐崎知己(専修大学経済学部)「先住民族の政治参加と農村開発戦略の変化:グアテマラ、ボリビア、エクアドルの比較研究」では、報告内容が変更さ れて、グアテマラの報告のみに絞られ、先住民族の集団的権利の認知及び政治参加の拡大によって、農村開発の制度・政策面にいかなる変化が見られたのかにつ いての資料分析を通して報告がなされた。そのなかで、グアテマラ国家のオリガルキー勢力の増大と先住民土地占拠への国家の暴力的排除、あるいは先住民リー ダーの暗殺などの関係について生々しい報告があり、国家運営にまで介入する財界が暗々裏に行使する経済的および非合法暴力と先住民および農民勢力の暴力的 対峙傾向に歯止めがかかっていない現状が報告された。
コメントテーターとして関雄二(国立民族学博物館)氏が登壇した。関氏の刺激的なコメントは多岐にわたるが、私が理解したものは以下の3点に纏められ
る。すなわち、1)先住民の政治的アイデンティティの表象とその認証をめぐる複数の着眼点のあぶり出しに関する諸問題、2)国家がおこなう様々な回路を通
しての先住民集団および先住民表象の包摂に関するグアテマラとメキシコ国家の対処政策の違いの指摘、3)先住民を積極的に包摂すること、あるいは逆に排除
する政策をとる「政府の思惑」をどのように論証し批判的に検討してゆくのかという課題である。制限時間内に、コメントに関するパネラーのリプライによって
活発な討論が展開された。今後の課題として、先住民に配慮した国家運営をおこなっている国々においても、先住民および団体がさまざまな「不満」をもって生
きている現代ラテンアメリカの状況に鑑み、このような実地調査/民族誌調査に基づく「下からの視点」の議論が今後ますます盛んになるように、参加者一同は
切望するものであり、このことのさらなる必要性を学会員の諸姉諸兄に強く訴えるものである。
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099