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我が邦の図書カードの歴史:銀座の伊東屋を事例に

On old Library Card by the Itoya stationery shop, Ginza, Tokyo

池田光穂

どのような書物にも、その書を経たさまざまな人たち の手のぬくもりという、歴史の痕跡というものがある。このお話は、僕が出会った1枚の図書カードにまつわる素敵な話である。

さて、東京銀座に伊東屋という創業1904(明治 37)年の老舗の文具店がある(現在の所在地は東京都中央区銀座2-7-15である)。

同店のHPには次のような文面が見え る: 「“STATIONERY”の文字を看板に掲げ、当時より文房具専門店として銀座の地に創業しました」(同店のホームページより)。

出典:伊東屋(http://www.ito-ya.co.jp/about/

竹友藻風(たけとも・そうふう、 1891- 1954)は、詩人で英文学者で、本名は乕雄(とらお)。京都帝国大学で上田敏(1874-1916)に学んだ後、エール大学神学部、コロンビア大学で学 んだ後、1920年帰国後、慶応義塾大学教授、その後、東京師範学校を経て、1923年関西学院大学教授、戦後の1948年大阪大学文学部英文科教授を歴 任している。(出典:ウィキペディア「竹友藻風」)

さて、ジェームズ・フレイザー著『金枝篇』(初版, 1980年)にはさまざまな増補改訂版があるが、初版を含めて大阪大学附属総合図書館に所蔵されていたさまざまな版を探索するうちに、現在の岩波文庫版の 永橋卓介訳(初訳は、金枝篇 / J.G. フレイザー著 ; 永橋卓介譯で、1943年版が最初)の底本である、簡約版(The golden bough : a study in magic and religion / by Sir James George Frazer, Abridged ed. - London : Macmillan, 1922")を見ていたら、図書カードが落ちてきた。どうも購入者が記載したもので当時の図書館の正式のカードではないようだ。すでにこの本は図書館に返 却したので、私の不確かな記憶だが、「藻風文庫」の印があった。これは、どうやら大阪大学附属図書館に寄贈されている竹友藻風(たけとも・そうふう)の旧 蔵書のようである。

竹友藻風(たけとも・そうふう、1891- 1954):写真はウィキペディア「竹友藻風」より

で、件の金枝篇(簡約版)から出てきた藻風の図書 カードである。当時の英国の出版物は、初版のコピーライトの年を奥付(=正確には洋書は冒頭の見開き部分に相当)に記載するのではなく、再版ならその再版 年を記載することになっている。この版は、翌年再版の1923年版であることがわかるし、実際にそうであった——ちなみに大阪大学のOPACでは正しい Copy right 年の1922年と記載されている。

◎そして、その右下には「銀座 伊東 屋」という文字が 読める。つまり、これは冒頭で紹介した、あの日本近代文房具のパイオニアであるかの有名な文具屋になる図書カードである。
◎したがって、この図書カードは、大阪大学に寄贈され る以前の藻風が私蔵していた図書に付随する図書カードであり、No.806も含めて、藻風自身か彼に近い人(書生なのか子息なのか?)記載した可能性が高 いことになる。ただし、1923年かその直後に記載されたのではなくて、藻風文庫を整理する過程で、後年に記載された可能性も捨て切れない。
◎このことを確かめる唯一の方法とはなにか?——それ は、直接、このことを銀座の伊東屋さんに照会するのがよい。幸い、同文具店は、お客様の質問を受け入れているコーナーもきちんとある。
◎この図書カードが記載された可能性のある最古の 1923年から実に93年後の)2016年3月27-28日に同店に照会をかけて、同年4月21日に、3様の画像と共に、同文具店お客様サービス室の高山 拡政さんから詳細な返信が戻ってきた!
「残 念ながら、伊東屋は関東大震災(1923・大正12年)に遭っており当時の商品や資料をほとんど焼失しております。あまり良い資料が残っておらず、同じ商 品は残されておりませんでした。」
そうである、1923年9月1には関東大震災がお こっていたのだ。藻風が記載したのは関東大震災の年かその後年ということになる。
◎そこで、手紙(電子メール)の文面は次のように続 く……
「し かし、伊東屋の支店 第1号は丸ビル内に 丸の内店 1922(大正11)年を出店しております。わずかに残されている他のオリジナル商品を見ますと  「銀座 伊東屋製」 と 「東京 銀座 伊東屋製」がございます。おそらく、丸の内店が出来てから 「東京 銀座 伊東屋製」 としたのではないかと推測されます。あくまでも推測でございます。」

●そして、問題の上掲のカードが製作さ れた年代につい てである。
「1922 年頃からの商品が境目ではないでしょうか。お送りくださいました図書カードは1922年以前の商品と思われます。」
ビンゴ! つまりこの「銀座 伊東屋製」は、丸の内 に支店ができる以前から作られた可能性が高いと、伊東屋さんは推測されるのだ。
●藻風文庫のこの図書カードは、1922年以前に作ら れ販売されたものを資料した可能性がある。そしてこう続く……
「ご 参考までに大正8年のカタログを添付致します。こちらの図書カード、仕様は同じですがクレイジットは入っておりません。当時のことですので、オリジナル商 品の扱いもあまり厳密ではなかったと思われます。」

「ご 参考までに大正8年のカタログを添付致します。こちらの図書カード、仕様は同じですがクレイジットは入っておりません。当時のことですので、オリジナル商 品の扱いもあまり厳密ではなかったと思われます。」
したがって、いくら古くても1919年以前には遡れ ないということになる。

カタログ表紙(画像クリックで拡大しま す)

図書カードの部分は、左下です。この カードの仕様は 図書館向けではなく、個人用の蔵書整理用に思われます。(画像クリックで拡大します)
この図書カード(大正8年の販売品)には下部に穴が 開けてあり、これは従来の図書館/図書室用のカードの仕様になっています。(画像クリックで拡大します)
というわけで、伊東屋さまにはとても詳細にお調べい ただいて感謝しております。冒頭に「僕が出会った1枚の図書カードにまつわる素敵な話」と記したのはそういうわけだったのです!
なお、ウェブ掲載については、伊東屋さまに内諾はい ただいていますが、関連資料をこのようなかたちで紹介させていただくために、このページをつくりましたので、今後、このページの仕様やスタイルが変わった り、改良される可能性もあります。
2016年4月21日

脱線ついでに……

どうして、ライオネル・トリリングらは、アーネス ト・ジョーンズのフロイト伝を編集したのでしょう? この藤井文庫のもと所蔵者・藤井治彦は英文学専攻(大阪大学元教授)——ここでトリリングと交錯する のであるが——でそしてなんと竹友藻風の子息なのです。

写真は大阪大学総合図書館に収書されている「藤井文 庫」のジョーンズ『フロイトの生涯』——フロイトの生涯 / アーネスト・ジョーンズ著 ; ライオネル・トリリング, スティーヴン・マーカス編 ; 竹友安彦, 藤井治彦共訳, 東京 : 紀伊國屋書店 , 1964.12.

文献や関連するウェブページ

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