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モラル・パニック

Moral Panic

解説:池田光穂

モラルパニック(ないしはモラル・パニック; moral panic)とは、一般に日常生活をおこなうなかで、通常の社会規範に照らして異常や反道徳的なこと――つまりモラルに抵触するような事象――が起こった ときに、人びとがそのことに苛烈――まさにパニックが起こる程度に――に反応することをいう。オックスフォード『社会学の辞典』第4版(2014: 492)には、「ある事象が起こった範囲を超える社会的関与を駆り立てるプロセスのこと――[しばしば]道徳企業家(moral entrepreneur)やマスメディアの 作用によっておこる」(The process of arousing concern over an issue -- usually the work of moral entrepreneurs and mass media.)と解説してある。

したがって、その事象が引き金になって人びとの間に パニックが起こることがモラルパニックの特徴であり、モラルパニックは「モラル逸脱を起こした人」だけにその攻撃性が発揮されることでもないし、またパ ニックは個人の情動経験のレパートリーであるが、社会心理的な集合現象でもあるので「感情」をもって代替的に表現できるわけでもない。従って、ウィキペ ディア(日本語)にあるような「「ある時点の社会秩序への脅威とみなされた特定のグループの人々に対して発せられる、多数の人々により表出される激しい感 情」(2015年11月22日閲覧)は、端的に言って誤った定義である。

英国の社会学者であったスタンレー・コーエンによる と、モラル・パニックの初期の言及は、1830年「クウォタリー・クリスチャン・スペクテイター」誌にまで遡れると指摘している。

モラルパニックを引き起こすような〈通常の社会規範 に照らして異常や反道徳的なこと〉には、テロリズムや無差別虐殺、群集による暴動、児童虐待、身近な人びとにおけるHIV感染、サブカルや性的オリエン テーションの「偏奇な趣味」、凄惨な殺人、(不幸な帰結を伴う事後に暴露された)いじめ、いじめ自殺、レイプなどと、その報道である。テレビのトーク ショーなどでは、評論家やコメンテーターと称する人たちが、道徳企業家(道 徳事業家)の役割を果たして、しばしば社会不安を煽る。

直近の事件では、2015年11月13日夜に起こっ た、ISIS(イスラム国)の同時多発テロとその後の捜査における銃撃戦とそれらの報道、あるいはフランス政府の非常事態宣言において、ヨーロッパのみな らず先進国にモラルパニックがおこったと言える。ISISは、従来の古典的テロリスト集団のような政治的にモラルのある政治集団のイメージから逸脱し(ま たそのように報道され)、凶暴で異常な活動が日々報道されるに至っている(例:カリフ制の復古、女性の人権差別、奴隷制の復活、異教徒への斬首など)。こ のようなが西洋世界に報道されるたびに、モラルパニックが起こる状況が醸成されつつあった。この同時多発テロにより、当事国や関係者以外の遠隔地において もモラルパニックが起こった例としては、同年11月18日に、シカゴ国際空港において、パレスチナ出身の2名のアラブ人がアラビア語で話しているのを耳に して、同じ搭乗便の客1名が「同乗するのが怖い」と訴えたために、この2名の乗客2名が登場を拒否されるという事件がおこった。

LSEの社会学者であった、スタンレー・コーエン(Stanley Cohen, 1942-2013)は、モラル・パニックのタイトルのついたもっとも初期の作品(Folk devils and moral panics, 1971)を公刊し、また、モラルパニック現象についての学問的貢献をおこなった。

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文献


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