ショロ犬とわたしたち:狗類学からのアプローチ(1)
Xoloitzcuintli, Nosotros, y Frida Kaho:An Approach from Methodological Canisology #1
〇池田光穂1)(Mitsuho IKEDA)、大石高典2)(Takanori OISHI)
1)大阪大学 (Osaka
University)
2)総合地球環境学研究所 (Research Institute for Human and Nature)
【背景及び目的】
文化人類学の多文化主義に対して、多元的自然という 立場から人間世界の文化のあり方を相対化するアプローチを多自然主義(multi-naturalism)と呼ぶ。この用語提唱者であるE. Viveiros de Castro (2009)をはじめP.Descola(1949), E. Kohn(2013)などが、一連の学派を形成している。我々の提唱する狗類学(こうるいがく)はまず(1)「犬を研究対象にする人類学的研究」のことで あるが、同時に(2)人類学研究の多自然主義的転回を受けて「犬の立場からみた自分の環境世界(Umbelt)の研究」と言える。後者の実現には、ヒトで ある人間が世界が多文化環境により分節化されていることに気づきかつ自文化を相対化するように、犬とヒトがさまざまな環境世界により分節化されていること を自覚し、イヌとヒトの新たな共存状況ための環境世界の構想が必要になる。
【方法】
近代メキシコの代表的な画家であったフリーダ・ カーロは、ハンガリー系ユダヤ人の父親ギジェルモゆずりの写真術にも親しんでいた。彼女が撮影した複数の写真のなかに、何頭かの奇妙な姿の犬(中型犬)が 映っている。その犬たちこそが、私達が議論したいメキシカン・ヘアレス・ドック、口語的なスペイン語表現ではペロッ・ペロン(ずるむけ犬)、たぶん教養あ る現代メキシコ人なら複数の表記法のあるショロイツクイントゥリ(Xoloitzcuintli)と呼んでいるユニークな歴史的存在である。種々の文献資 料等を用いて、古代メキシコの古代品種であるショロイツクイントゥリ(以下、ショロ犬)の環境世界についての叙述を通して、そこに犬と人間がどのような共 同性のニッチを構築しているのかを明らかにする。
■ショロイツクイントゥリの古代意匠:ヌード犬らしく体幹のシワの印象 が上手く表現されている(メソアメリカ)
【結果及び考察】
(シナリオ:01) ショロ犬は、父親ギジェルモに とっての愛犬たちであったが、その愛情は娘にも受け継がれ、父親が娘のために建築した「青の家」で多数飼われていたことが、彼女の残した写真帳の中の複数 の情景の中に窺うことができる。その一葉の裏に一匹の雌犬オチビサン(la Chaparra)の全体像が映された写真の裏にフリーダが、弟に向けて書いた、想像するに悲観的ユーモアとも冗談とも言える挨拶文が添書きされている。 オチビサンが最愛の夫ディエゴに売り飛ばされそうな夢をみたのだと。ショロ犬に見慣れていない我々はこの醜い——いわゆる毛がなく裸なので白黒の模様がそ のまま斑入りの葉っぱのような醜い染みになって見える——「ずるむけ犬」どもに向けられる彼女の愛情の意味が今一つ見えてこない。
(シナリオ:02) ショロ犬はメソアメリカ本来の 固有種であり、考古学資料からもわかる。それらを総合すると、三千年の歴史をもつショロ犬への審美表現、豊かで多様性のある土器のデザインへの採用、そし て食物利用やまた高貴な人の副葬への犠牲など、多型的な、あるいはヨーロッパ人から見て倒錯的とも思えてしまう嗜好趣味など、ショロ犬はメソアメリカ世界 の象徴的-栄養学的-生態学的-育種学的等々の連関の中に、百科全書的には位置づけることができよう。「ずるむけ犬」ショロ犬の奇怪な姿は、やがてスペイ ン人の嗜好の趣味にも影響を与え、ヨーロッパに輸出され、ヌード犬の育種のためにその遺伝子資源が利用された——「遺伝子」という用語も概念もそれが知ら れるようになるのはその3世紀以上も経てからであるが。しかしながらヨーロッパ人は、ショロ犬を食用として利用する文化的伝統は旧大陸には持ち込まなかっ た。
(結論) ショロ犬について人類学、神話学、考古学 的知識を動員した古典的で優雅な首尾一貫した学術的説明体系を百科全書的に導きだすことは「犬の人類学」的研究である。他方、狗類学のもうひとつの野望で ある、ショロ犬とこの犬に魅了された「わたしたち」を含むすべての人たちが住まう環境世界とそのなかを分節化する共同性のニッチ構築について考えると、実 はD. Haraway(2003)が「伴侶種宣言(The Companion Species Manifest)」をする遥か以前から「イヌとヒトの共生」共和国があったことを示唆する。エニグマを解き放つ不思議なこのショロ犬とわたしたちについ て考察することは、ヒトと動物の関係性の研究に大いに寄与するだろう。
Enigma machine
- an encryption device developed and used in the early- to mid-20th
century to protect commercial, diplomatic and military communication.
It was employed extensively by Nazi Germany during World War II, in all
branches of the German military.
関連リンク
文献
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Ritratto di un uomo con un cane, Bartolomeo Passerotti, 1585-87, Pinacoteca Capitolina, Roma.