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エラーの発見(原著:14)
Discovering an Error
エラーの発見(原著:14)
二人の若い学部教員——医学学校の疫学者である櫻(サクラ)と数学教室の統計学者の尊(タケル)——は、人びとへの感染症の広がりに関するこのよく認めら れた論文を発表したタケルは、自分がつくりあげた感染モデルに従ってシミュレーションを行ううちに、すでに発表した二つの論文の結果に誤りをもたらしてい るプログラムの間違いに気がついた。幸いにも、プログラムの間違いを修正しても感染症が広がる平均時間は変化しないことがわかった。しかし、修正したモデ ルを使うと、感染症拡大の予言が明確でなくなり、その結果に大きな不確定部分が生じるのである。
タケルとサクラがこの問題を議論したとき、サクラは二つの論文を発表した雑誌に対して修正文を送ることに反対して、「もしそうすれば二つの論 文に疑問をもたれてしまうわ。 どうあれ、それを修正しても論文の主要な結論は変わらないのだし」と述べた。かれらは次の論文で修正したモデルの結果を含めるようにしタケルは自分のホー ムページに修正モデルを掲載することにした。
1.発表された論文を修正するため、著者たちはほかの専門家たちに対してどのようなことをしなければならないだろうか?
2.かれらのモデルをほかの者がどう使うかによって、かれらの決断はどんな影響を受けるだろうか?
3.公式の修正文を掲載する以外に、何かほかの方法があるだろうか?
Case Study 03: Discovering an Error
Two young faculty members—Sakura, an epidemiologist in the medical school, and Takeru, a statistician in the mathematics department—have published two well-received papers about the spread of infections in populations. As Takeru is working on the simulation he has created to model infections, he realizes that a coding error has led to incorrect results that were published in the two papers. He sees, with great relief, that correcting the error does not change the average time it takes for an infection to spread. But the correct model exhibits greater uncertainty in its results, making predictions about the spread of an infection less definite.
When he discusses the problem with Sakura, she argues against sending corrections to the journals where the two earlier articles were published. “Both papers will be seen as suspect if we do that, and the changes don’t affect the main conclusions in the papers anyway,” she says. Their next paper will contain results based on the corrected model, and Takeru can post the corrected model on his Web page
1.What obligations do the authors owe their professional colleagues to correct the published record?
2.How should their decisions be affected by how the model is being used by others?
3.What other options exist beyond publishing a formal correction?
●議論のポイント
1.科学者は真理に対する忠誠をもっぱらとする存在であるということは、ローバート・K・マートン(1910 -2003)が科学の歴史社会学で指摘して以来つとに知られていることがらです。その観点から言うと、まずサクラが、修正をネグレクトしてもよいという判 断を陳に申し入れすることは「正しいもの」とは決して言えないことは明白です。
2.ただし、マートンの顰みに倣うとすると、疫学者のサクラと、計算シミュレーションの専門家の陳の、科学的真理に対する「忠誠の質」 が異なるかもしれないという科学社会学的な指摘をすることも可能です。
3.ただし、タケルが計算オタクで気軽にウェブにアップすればいいのではないかという判断と、真理江がせっかっく、ある程度引用もされてい る論文の社会的評価が下がるために「防衛的に」分析のエラーを隠そうとするのは、わからないわけではありません。
4.ここでサクラとタケルが実行しなければならないことは、先の論文の編集者に、自分たちの論文の瑕疵あるいはエラーについての著者自らが 発見したことを報告しなければならないことと、自分たちの業績の正当性について、修正すれば可能性があることを弁明する用意があることを述べなければなり ません。(これを自分の論文に対する説明責任=アカウンタビリティがあると言います)
5.池内先生の翻訳は、英文が記述するニュアンス(例えば:陳がシミュレーションの役割で真理江が疫学データ検証に従事しているよう す)を上手に伝えていないために、日本語の課題文はちょっとわかりにくいものになっているので、留意が必要であることも述べました。
●ロバート・キング・マートン(1910-2003)のノルム(規範)について
彼は科学者集団のエートスを歴史的資料からまとめてクードスの原理(the CUDOS principles)という形で表現しました。
CUDOS は、英語の5つの頭文字からとった次の4つの原理です。すなわち、1.科学的真理の共有性することの優先(共同占有性:Communalism)、2.科 学的真理は、人種、ジェンダー(性別)、民族性、国籍や特定の文化など影響を受けないのだという普遍性(Universalism )への信念、3.科学の利益は、人類のためにあり、私利私欲のためにあるのではないという無私性/利害への無関心 (Disinterestedness)、4.検証や証明がされるまでには、どんな真理と言われるものに対しても疑問をぶつける組織的懐疑主義 (Organised Scepticism)、です。
ウィキペディアの Mertonian norms から引用しましょう(2011年5月12日確認)
The guiding principles in Cudos are:
●出典:(教科書)
米国科学アカデミー編『科学者をめざす君たちへ』池内了訳、東京:化学同人、2010年
On Being a Scientist: A Guide to Responsible Conduct in Research: Third Edition Committee on Science, Engineering, and Public Policy, National Academy of Sciences, National Academy of Engineering, and Institute of Medicine ISBN: 0-309-11971-5, 82 pages, 6 x 9, (2009) This free PDF was downloaded from:
http://www.nap.edu/catalog/12192.html
レクチャー
教科書
米国科学アカデミー編『科学者をめざす君たちへ』池内了訳、化学同人、2010年(原著はインターネットで講読できます:下記のリンク参 照)
On Being a Scientist: A Guide to Responsible Conduct in Research: Third Edition
Copyright Mitzub'ixi Quq Chi'j, 2010-2011