Folklore on Dolphin and Whale in
Japan
イルカの多くは外洋で回遊する。そのため柳田がインド洋の沖合いでみたように、あたかも船を護送するかのように泳ぐのである。外洋を航行 する船にのればしばしばそのような光景にであうはずである。動力船の舳先では推進力によって回りの海水は押し出されているのでイルカはあたかも波乗りのよ うにわずかな力で船と同じ速力で伴走(泳?)することができるのだ。 またイルカは群れて泳ぐ性質があり、高度なコミュニケーション能力をもっていることもよく知られている。このようなイルカの性質はふるくから知られてお り、そのさまを伊豆地方ではイルカの参詣とよんでいる。なぜなら一年の限られた時期に回遊し列をなして近海を泳ぐさまを巡礼のようだと表現したのである。 地方によっては、宮まいり、観音まり、墓参り、白山まいり、磯部さんまいりと呼んでいたらしい。呼び方にはさらにユニークなものもあり群の列がきれいに縦 一列に並ぶことから、イルカの千本づれや千匹ガチと呼んだこともある(「いるか」『日本民俗事典』1972年、p.56、弘文堂)。
もちろん昔の人はウオッチングをして感心していただけではない。しっかりと追い込み漁をおこなっていたところもある。イルカは非常にデリ ケートな性質をもっていて、脅すと集団で混乱状態に陥ったり、船縁を叩くわずかな音で簡単に追い込むことができるからである。さらに奇妙な性質としてイル カじしんが浜に乗り上げ座礁するというストランディング(stranding)ということも古くから知られており、浜辺の人たちに偶然の収穫をもたらすこ とがあるのだ。『古事記』には大漁の意味する「鼻の毀れたる入鹿魚」があがった浦が血で染まりそれが現在の敦賀の名前のもとになったという話がある。
What is a stranded marine mammal? A whale, dolphin, porpoise or seal that is:より
しかし一般的に日本の漁民がすべてイルカを発見したら漁をおこなって食べていたということはできない。イルカの群泳をみてそのままやり過 ごしたり祟りを畏れていた漁民がいる一方で、千載一遇のチャンスとばかり他の魚の漁を中断してイルカの追い込み漁に専念する人たちもいた。この点は重要で ある。というのはイルカやクジラを食用することが野蛮であると日本の伝統的なやり方を非難する人の中に、すべての日本人がイルカやクジラをみたら涎を流す ような短絡的な見方をするものがいるが、これは誤りなのだ。それだけではない。イルカに対する考え方は、次に述べるようにもっと複雑なものがあった。
イルカを捕る人も捕らない人も共通していたことがある。それは、さまざまなかたちでイルカに対する信仰があったことである。伊豆地方で は、イルカの供養塔を建ててその漁でその霊を供養した。全国的にみて、魚類が供養にされることは少ないが、イルカやクジラを捕っていたところではそれを供 養する習慣があった。供養にはイルカやクジラとりが出漁の前に祈願するものから、共同体のなかで本格的に法要をおこなうものまであった。
イルカは神さまや仏さまの使いであることもある。熱海地方ではイルカ網で地引き漁をしていたら木造のお地蔵さまがかかり、それを本尊にし たお寺が建てられた。漁師たちは、毎年イルカの大漁を祈って初物をそれにお供えするという。
柳田国男が佐渡の北小浦で採取した話に つぎのようなものがある。イルカの別名を当地ではカエシモンというが、これはイルカが魚の群を追っ て獲物を食べるときには、下から魚群の真ん中に突っ込んで浮き上がり散り散りにして捕るということから来ているらしい。北小浦の人たちは海でイルカと出 会ったときにはカエシモンとかイルカとは呼ばず、オエベスあるいはオベスサンと呼んで節分の豆を撒くらしい。カエシモンのほかにはメッコというのもあるら しいが、そのようなことを船上で口にするとイルカが暴れて網を破ったり船を壊すというのだ(→「互酬性」の侵犯)。
オベスサンとはエビス(恵比寿あるいは夷)さまのことだという。エビスさまは、古くから生業をまもり利益や収穫をもたらす神さまとして知
られているが、海では別の意味もある。それは異人が幸をもたらすという信仰である。この異人がクジラやイルカを表すことは佐渡の例でも明らかであるが、水
死体や漂着物などもエビスとよばることは全国的にみられるという。イルカが異界からの訪問者であり、自らの肉をもって幸をもたらすことはよくわかるが、節
分の豆を撒くというのはまるでイルカを鬼とみたてるようでなんだか理屈に合わないようであるが、この問題は専門の民俗学者におまかせしよう。
リンク
文献
その他の情報
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1997-2099