琉球民族遺骨返還請求事件に関する意見書を書いて
Memorandum of the lawsuit the Ryukyuan vs. Kyoto University
琉球民族遺骨返還請求事件に関する意見書を書いて(2022年11月30日)——控訴審第二回口頭弁論後の裁判支援集会での発表のためのメモ。
◎裁判の位置付け
日本の先住民ないしは民族的マイノリティのアイデンティティという尊厳が「文化的所有権」とどのように関わってきたのか、どのように関わっているのか、そして、今後どのように関わるべきなのかを問う重要な裁判である。
◎原審(第一審)の認定事実
1)沖縄県国頭郡今帰仁村字運天運天原に存在する百按司墓から王族を含む支配層の貴族及び有力者並びにその一族の遺骨が納められていること、
2)沖縄では、数十から百数十世帯で構成される門中ごとに墓がつくられ、祭祀が行われる伝統があること、
3)京都帝国大学医学部所属(当時)の研究者たちは、地元沖縄県庁ならびに警察官の協力のもとに、昭和4年1月ならびに昭和8年12月において、百按司墓を含む沖縄本島から人骨を収集したこと、
4)人骨は京都帝国大学に持ち去られ、その一部は台北帝国大学に移管された。遺骨は、京都帝国大学の後身である京都大学と台北帝国大学の標本を受け継いだ国立台湾大学の双方にあり、後者の遺骨のうち一部は沖縄県立埋蔵文化財センターの収蔵庫にも存すること、
◎私の意見書の結論
(a)百按司墓の遺骨を慰霊の対象にしている人びとの尊厳が毀損されていること、
(b)このことは学知の植民地主義が未だに継続していること、
(c)京都大学と沖縄県立埋蔵文化財センターにある百按司墓由来の遺骨は不当に持ち出されたために元の場所に復帰させることが倫理的に適正であること、
(d)ヒト由来の研究資料を使う研究には所有者あるいはその権利を保有する者からのインフォームド・コンセントが不可欠であること、
◎先住民の権利に関する国際連合宣言
2007 年9月に国連総会で採択され日本も批准した「先住民の権利に関する国際連合宣言」の重要なポイント
1)すべてのネーション(国民やその集団)が異なることへの権利、
2)自らを異なると考える権利、および
3)異なる者として尊重される権利、
と、国連と国際社会の努力義務を謳っていること。
普遍的人権が認められるはずの先住民が規約上(de jure)ではなくこれまで実質的(de facto)に人間としての尊厳が認められてこなかった歴史的事実を確認すること。
・先住民の権利に関する国際連合宣言は、先住民の具体的な諸権利の回復のための先住民に対する正義実現のため国際社会の決意表明であった
・日本政府は、先住民の権利に関する国際連合宣言に先行しかつ部族民(先住民、先住民族)に関わるILO条約169号を批准しておらず、このことは論理的
に考えれば先住民の権利に関する国際連合宣言への批准に関わる日本政府の外交的意義を国際社会にアピールできないでいる。これは明確に日本政府が国際条約
の批准が国内法の整備という課題に対応するという近代国家の使命を認知していない証左である。ILO条約169号の追加批准ならびに先住民の権利に関する
国際連合宣言に内応した国内法の立法化と関連法案との整備が急務である。このことが先住民の権利に関する国際連合宣言(2007)以降の我々に課されてい
る。
◎学知の植民地主義
・「奪われた遺骨と副葬品はすべからく返還すべし」という結論に運動の当事者たちが認識するまでは、長く複雑な経緯がある。
・博物館や大学・研究機関に、遺骨や文化的略奪物を「元の場所に戻す」よう要求してきたことにある。またそのような返還要求が現在の政治哲学や国際関係論とりわけ国際倫理学という枠組みに照らして、まったく正義に叶ったものである
・世界の先住民の人たちが、博物館や大学・研究機関にある同胞の先祖の遺骨や副葬品を「元あった場所」に奪還し、祖先から伝わったやり方で供養することができた歴史的経緯について学ぶことは重要である
・遺骨の返還には、
1)遺骨が元あったところから持ち出された行為の理由、植民地主義を含む歴史的背景、
2)標本化された後どのような状態に保管されてきたのか、どのような研究に供されてきたのか、
3)過去の研究者が遺骨を研究材料として利用したことへの政府や大学・研究機関の謝罪、という少なくとも3つの説明が先住民に対して説明されなければならない。
・遺骨が返還されない理由は、明確に人種主義が我が国もいまだに残存している。残存しているどころか、ヘイトスピーチに代表されるように、再度復活傾向にある。
・人種主義とは、人間を複数の「人種」に分類し、そこに人種の間で「優れている=進んでいる」と「劣っている=遅れている」という2つの軸の中に位置付け、人類の進化の時間的秩序を人類の優劣の間に位置付ける作業のことをさす。
・学知の植民地主義は、結果的に違法なヘイトスピーチを行う犯罪者たちに塩を送りつづけている。
・日本の近代化のなかに、劣等な先住民族を「同化」してきたことを、自負するような植民地的伝統がある。
・当時の日本はアイヌと琉球の人びとに対して同様の意識を持っていたことは明らかで、そのことは当時の頭蓋骨のみならず伝統的民族風習の調査がなされたこ
とも周知の事実である。その前提になったのは、国内においては民族的他者を差別視し、海外においてはアジア諸国や植民地の人たちをさらに劣った集団として
蔑視していた。そのことを象徴するのが1903年の人類館事件である。
・ここで誤解されてはならないことは、研究者は現地の人たちと仮に研究を通して人間的交流があり、心優しい人であっても、彼らの論文や報告書のなかで先住
民やアジア各地の人種が論じられる時には、優秀な人種は発展し勝者になり劣等な人種は同化され包摂されて敗者として消える(「優勝劣敗」)論理がおしなべ
て貫徹したことであった。
・この人種主義は、やがて人種を好ましい方向に改善し、悪い人種を増やさないために断種という手段も正当化される優生学と深く融合してゆくことでクライ
マックスを迎える。優生学は、やがて人種の選別という実践的方法に使われなくなる代わりに、精神障害やハンセン病などの隔離断種を正当化する実践原則に戦
後は姿を変えてゆく。
・人種主義が誤りであることが、再度認識されたのは第二次大戦後の国際人権宣言(1948)である。
・75年がたとうとしているのに、日本政府はまだそれを克服できない状況にある。これは政策の過失というよりも、意図的な人種主義政策の継続であることは論を待たない。
・人種主義の政策のひとつが、先住民の言語や文化を抑圧した「同化」政策である。
・1960年代の旧植民地からの新興独立国の誕生と国際連合への加盟は、全地球のほとんどの領土が独立国家により色分けされ、各国民の間でナショナリズム
が台頭する。同時に、国家の中に少数民族や先住民を組み込む政策が進む。歴史的に反植民地運動や反乱を組織した先住民の首長などは建国に先立つ国家的英雄
と持ち上げられる。しかしながら、その先住民への評価は理想的偶像化のレベルに留まり、結局のところ、旧宗主国の言語による国家語の採用と均質な国民文化
への同化政策がますます進んでゆく。同化政策とは、先住民や民族的マイノリティの言語・文化・エスニシティ(民族性)を、国民国家への包摂へのブレーキと
なる要因であると考え、少数の側の言語・文化・エスニシティを抑圧消滅させてゆく政策のことである。
・この潮流が変化するのが1980年代である。対外的な活動をおこない先住民の遺骨の返還を達成したものの、国内にも同様の人種主義時代のコレクションを
抱えて、先住民に返還する枠組みそのものがなかったため、先住民は国家の研究機関に対しても遺骨や副葬品を返還すべきだと要求する機運が生じた。アメリカ
では1960〜70年代にはアメリカ先住民の抗議運動が盛んになり、各地で土地返還訴訟がおこなわれ、強制移住や文化の剥奪について事実が明らかにされ、
司法当局もそれに応えていかざるを得なかった。先住民の権利復権のために複数の社会運動が進められた。遺骨と副葬品の運動のクライマックスが1990年の
アメリカ先住民墓地保全返還法(NAGPRA)の制定である。
・世界の先住民の遺骨や副葬品の返還について整理すれば、明確になることがある。つまり、将来遺骨や副葬品の返還を実現するためには、2つの方法があるよ
うに思われる。ひとつは、アメリカやオーストラリアのように、法制度の整備を働きかけることを通して、先住民の集団的権利を国家に認めさせ、返還と埋葬を
補償金つきで認めさせるという方法である。この方法はいったん制定されると法的拘束力をもつために、博物館や大学はその要求に答えざるを得ないという利点
をもつ。この利点とは、遺骨や副葬品の返還請求する主体の側からみた利点であることは言うまでもない。他方で、返還を受け入れる地元のコミュニティの再組
織化や、祭祀の継続など、先住民の側の積極的関与が不可欠である。そのため国および地方政府は、たんに助成金を用意するだけでなく、コミュニティが自律し
て返還プロセスを受け入れるように、何らかの働きかけは不可欠である。
・もうひとつは英国やカナダのように、先住民団体が博物館や大学に圧力をかけ交渉を通して、それぞれの博物館や大学に、組織として対応させる返還ガイドラ
インを制定させることである。この方法の利点は、法整備が十分ではなくても(英国はコモンローという法制度の下で対処しにくい)個別の組織の判断で返還が
可能になるということである。
◎インフォームド・コンセント
・琉球盗骨問題考える時に重要なことは、インフォームドコンセントの欠如である。
・隣接分野の自然人類学の研究者たちが、当時はまだ存在しなかったインフォームド・コンセント抜きに、そして、盗掘まがいに、さらには違法性の可能性を軽
減するために県警や教育委員会などに事前の手続きを周到におこない、現地で働いた人夫の嫌悪を認識しながらも「情熱をもって」人骨の収集に励んだことは、
当時の他の人類学者たちも認識していたはずである。このように違法になることを知りながらそれを回避するさまざまな手段を弄していたことを現在の私たちが
知るにつれ、私はそこに「学知にかかわる犯罪の共同謀議」があったのではないかと邪推してみたくなる。
・この訴訟を理解するために私はいくつかのインターネットのウェブページを作ってきた。
・このような作業を通して、いくつかのことが見えてきた。まず、人類が長い間に培ってきた、頭骨にもつ複雑な宗教的あるいは物神崇拝(フェティシズム)の
驚くべき多様性と複雑さがある。まさに、それは首刈り習俗から今日の犯罪集団における見せしめの首級まで多様な広がりがある。人種主義と優生学が隆盛した
時代に人類学者が頭骨を血眼になって収集したことも、このような科学の名による頭蓋骨崇拝と言っても過言ではない。
・遺骨と副葬品の返還を実現させた諸外国の事例から学び、日本の先住民運動に携わる人びとの遺骨返還運動の戦略について私が提案するのは次のようなことである:
(1)今日の研究倫理原則に照らして反倫理的ないしは非倫理的な経緯で採集されたことが明らかなものは、ただちに所有者ないしは返還に該当する者を研究機
関が調査し速やかに返還する義務があること。そして、あらゆる人道的犯罪に時効がないように、「盗骨」した時点においてすら研究倫理遵守の必要性があり、
研究不正があった可能性を控訴人ならびに被控訴人はともに認識すべきである。
(2)次に、今日の研究倫理原則に照らして反倫理的な経緯があると疑念されるものは、今後その疑念が晴れるまでは、いかなる研究にも使えないことを、控訴人ならびに被控訴人はともに認識すべきである。
(3)その重要な原則は先住民(当事者)ファースト考え方を厳守すべきこと。つまり、今日の研究倫理原則に照らしてもなお問題のないものついての、今後の
研究は、当該組織の研究倫理委員会(施設内委員会)の他に、その組織以外第三者からなる研究倫理組織の認証を受けてはじめて可能になること。そのような中
立の組織の設置するために、被控訴人の京都大学ならびにその国立大学法人を所轄している文部科学省は何らかのアクションをおこすべきである。
◎残された課題
日本はかつてアジア太平洋地域への侵略戦争をおこなっている。その際に、占領地等において、遺骨ならびに副葬品の発掘をおこない、その研究資料は植民地で
の大学ならびに日本国内(内地)において保管され、研究に供された。そのため、このことを知るかつて戦前に発掘された当事者の親族や関係者は、それを代弁
する当事国政府や非政府機関を通して今後返還請求がなされる可能性がある。それは、同時に日本から持ち出された「日本国民」の遺骨においても同様の事態が
想定される。つまり世界的に遺骨の「もとあった場所」への帰還運動がおこるはずである。そのためには、当事国間における返還に関する交渉、合意、ならびに
条約の締結などが今後必要になる。法整備も必要である。現に米国のアメリカ先住民墓地保全返還法(NAGPRA)は1990年に施行以来、複数の外国政府
と国際間の遺骨と副葬品の返還・交換についての条約を締結して、法の原理が海外においてもアメリカ先住民の権利が行き渡るように努力がなされている。日本
でもまた研究のための遺骨や副葬品が必要になる場合、それらの正しい帰属や、その所有権と保管管理権(=保管管理の責任者)をもつ人——2つの権利が分散
しているときにはその両者——が法的手続きを認定しなければならないことが必要になろう。本裁判で、控訴人が主張する本質的事項をクリアして、国・大学・
そして個々の研究者が、未来におけるこのような自体に備えることが急務である。このようなことは国や研究者にとって煩瑣なことなどでは決してなく、むし
ろ、遺骨への尊厳と権威と倫理的に公正な研究の両立を可能し、研究者と被験者(ないしはその許諾権権限者本意見書では先住民)の互恵的関係がないかぎり、
すなわち、両者のあいだの和解と信頼関係が構築されない限り、先住民および民族的マイノリティを研究対象にする研究は再開できないことを日本社会は再認識
しなければならない。
◎結論(再掲)
(a)百按司墓の遺骨を慰霊の対象にしている人びとの尊厳が毀損されていること
(b)このことは学知の植民地主義が未だに継続していることが証明された。
(c)それらの遺骨は不当に持ち出されたために元の場所に復帰させることが倫理的に適正であること
(d)ヒト由来の研究資料を使う研究には所有者あるいはその権利を保有する者からインフォームド・コンセントが不可欠。
(e)以上のことが守られない限り、国民は、そのご遺骨を研究材料に使うことは、国際人道犯罪であることを認識し、また、学術活動を監視し、研究者本人、
研究者が所属する学会、さらに、研究を促進する政府や各種財団に、「科学者たちが倫理的に正しく研究しているように監視監督をおこなう義務がある」ことを
厳しく申し入れし続けること。
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