遺骨は信仰の対象であり遺骨は信仰の対象であり文化財ではない:The remains are an object of faith and the remains are an object of faith, not a cultural property and treasure
京都地裁への提訴で入廷する原告団ら。横断幕の右はじが松島泰勝原告団長=2018年12月4日(沖縄タイムス
2021年9月29日)
日本人類学会会長(当時)篠田謙一氏に対する、琉球民族遺骨返還請求訴訟団による抗議文(2019年8月20日 pdf)を読んで、なぜ、この運動に関わり新しい未来を 築くことが、人類学の将来の研究にとって重要になるかを考える。まずは、予備知識なしに、以下の文章を読んでみよう。
日本人類学会会長 篠田謙一殿 抗議文 2019 年7月22日に発出された「要望書」に関して、以下の通り強く抗議し、謝罪と貴学会としての誠意ある対応を求める。一応の回答期限を1ヶ月後の9月20日 までとしたい。本抗議文に対する回答形式は、文書によるものの他に、貴学会での本件に関する、訴訟団を含めた公開シンポ開催計画等を求めたい。なお貴学会 による「要望書」は社会的に大きな反響と問題を提 起していることに鑑み、本抗議文を公開とし、社会的な議論を促したい。 「要望書」の冒頭で、琉球民族遺骨返還請求訴訟に言及し、それが人骨研究の阻害要因になるとして、貴学会が被告でないにも係わらず、琉球民族遺骨返還に反 対することは極めて異例であり、一方的に被告の立場に立った「政治的」な関与であると言える。本訴訟の原告団長として強く抗議し、謝罪を求める。被告・京 都大学に有利に働くことが期待されるような「要望書」となっており、中立性が求められる学術団体として相応しくない。被告の利害関係者が所属する貴学会か ら発出されたことを考えると、本訴訟に対して一定の影響を与えることを意図して「要望書」が発出されたと疑わざるを得ない。「要望書」発出に至る、貴学会 内での協議内容の公開も合わせて求めたい。 「古人骨の管理と継承」に関する貴学会の3つの原則は、「アイヌの人たちの骨」と「民法において定義されている祭祀承継者が存在する人骨」は含まないとし ている。つまり、琉球民族遺骨請求訴訟の原告は祭祀承継者ではないと、貴学会が認識していると言えるが、その学術的な根拠を求める。百按司墓の遺骨は、第 一尚氏の王族、貴族のものであり、その子孫が現在でも存在し、祭祀を実施していることは各種の歴史資料や実際の祭祀行為によって明らかである。また百按司 墓は、「今帰仁上り」という巡礼地の一つとして今尚、琉球民族が祭祀を行っている聖地であり、同遺骨は「骨神」として同 祭祀において不可欠のものとして考えられている。 百按司墓遺骨も「国民共有の文化財」と見なしているようであるが、同遺骨を文化財として保管することができるとする法的根拠を示すべきであ る。文化財保護法において遺骨を「文化財」として保管しうるとする規定はない。なお、篠田謙一会長の著書『DNAで語る日本人起源論』(岩波書店、 2015年、238~239頁)において、「人骨が文化財保護法において文化財として規定されていない」旨の指摘がなされているが、百按司墓遺骨は信仰の 対象であり、文化財ではない。 2017年に北海道アイヌ協会、日本人類学会、日本考古学協会によってまとめられた『これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウン ドテーブル』には、「アイヌの遺骨と副葬品を研究利用する際には、上記の基本原則に則り、当然の前提として、人の死に関わる問題である点に鑑みて、なによ りもアイヌ自身の世界観、生死観、死生観を尊重することが求められる。また、アイヌの遺骨と副葬品の遺霊と返還の実現が第一義であり、研究に優先されるこ とを十分に理解する必要がある」(同6頁)と記載されている。アイヌ民族遺骨の遺霊と返還が研究よりも優先されるべきとの判断を示しているが、「要望書」 において琉球民族遺骨に対して、同様な対応を示さない理由を明示すべきである。1996年以降、琉球民族はアイヌ民族と同じく先住民族として国連の各種委 員会に参加し、脱植民地化、脱軍事基地化、独自な教育の実施等を訴え、国連も日本政府に対する幾つかの勧告の中において琉球民族を先住民族として認めてき た。琉球民族は、先住民族が有する先住権によって祖先の遺骨を返還させる権利を持っている。貴学会が琉球民族を先住民族と認めない学術的理由を明らかにし なければならない。 「資料の由来地を代表する唯一の組織である地方公共団体」と明記されている。百按司墓遺骨の由来地を代表する唯一の組織は地方公共団体であると考えている ようであるが、その根拠を示されたい。百按司墓の敷地、構築物は今帰仁村役場が所有権を有しているが、墓地内の遺骨は同役場が所有しておらず、民法上の祭 祀承継者が有している。 「当該地域を代表しない特定の団体なドに人骨が移管された場合、人骨の所有権をめぐる問題の複雑化や、さらには文化財全体の所有権に係わる問題へと波及す る可能性」を指摘している。まず、京都大学が遺骨の所有権を有するとする法的根拠を示し、今尚祭祀の対象となっている遺骨を「文化財」と見なし、祭祀者か ら切り離すことが可能であるとする法的根拠も合わせて提示すべきである。 京都大学に保管されている琉球民族遺骨が百按司墓から盗掘された具体的 な過程については、金関丈夫『琉球民俗誌』(法政大学出版部、1978年)で明らかにされ、松島泰勝『琉球,奪われた骨―遺骨に刻まれた植民地主義』(岩 波書店、2018年)、松島泰勝・木村朗編『大学による盗掘―研究利用され続ける琉球人・アイヌ遺骨』(耕文社、2019年)等において、歴史的、社会 的、国際的な観点から遺骨盗骨に関する検討が行われた。貴学会は、金関の遺骨盗掘過程に対する検証を行うべきであり、遺族や琉球民族による遺骨返還要求が あるにも係わらず、京都大学が保管し続けている、国内法、国際法違反の状況に対して学術的に総括すべきである。そうしなければ、研究者が自らの研究を継続 するために、研究資料の独占的保管を求める「研究者のエゴイズム」としてしか「要望書」は社会的に受けとめられないだろう。 「国民共有の文化財」という言葉には、琉球の歴史を軽視した支配者側の「奢り」が感じられ、大変、不愉快である。1879年、琉球は日本政府によって暴力 的に併合され、日本人が沖縄県の県庁、教育界、警察等の幹部を占有し、日本人「寄留商人」が経済的搾取を行い、軍事的には「捨て石作戦」の戦場 とする等、日本の植民地支配体制下におかれた。そのような日本人と琉球民族との不平等な関係性を利用して、遺族の許可を得ずに金関丈夫・京都帝大助教授は 遺骨を盗掘したのである。琉球民族は日本国に併合された後、日本国民になったが、1945年後は、日本国から切り離されて米国政府が統治を行った。「日本 国民の安全保障」のために、現在も広大な米軍基地が沖縄県に押し付けられ、民意を無視して辺野古新基地が建設されている。「国民共有」と言うときの「国 民」の中に、琉球民族は他の都道府県民と対等な資格、同様な歴史的背景で含まれているとは言えない。琉球民族の信教の自由を犠牲にして、祖先の遺骨を「文 化財」として研究者の研究のために提供することが強いられている。基地問題と遺骨盗掘問題はともに、琉球民族に対する構造的差別の問題である。琉球民族の 信教の自由を否定し、尊厳を痛く傷つけ、琉球の歴史や文化を軽視する「要望書」の提出は、琉球民族全体に対する侮蔑・差別行為であり、強く抗議し、謝罪を 求める。 以上 出典(短縮URL)https://bit.ly/3O4Q6ud |
みなさん、どう思われましたか? 難しい?
ではここで使われた用語について解説してみましょう。そうすれば、もうすこし、クリアになるかもしれませんね。
■用語集
百按司:ももじゃな・むむじゃな:地名、沖縄県今帰仁村 (なきじんそん)にある地名。
今帰仁:なきじん:地名、沖縄県にある自治体名。
人類学:じんるいがく:人間の身体の物質的あるいは形質的 側面を中心に人間を研究する学問。
金関丈夫:かなせきたけお:日本の人類学者(故人)。原告 団が当初、さまざまな出版情報をもとに、京都大学の遺骨を「盗骨」した本人だと推定した。その後、板垣鑑定書の登場で、本件訴訟に関わるほとんどは三宅宗 悦収集のものとして、金関丈夫・三宅宗悦ら——いうまでもなく収集を依頼しコレクションしていてのは清野謙次教授——と後に表現を変えた。
三宅宗悦:みやけそうえつ:日本の人類学者(故人)。原告団は当初金関の収集のものがほとんどとしていたが、三宅による大規模な奄美・沖縄での収集が明らかになった。 下記参照。
アイヌ:あいぬ:日本の先住民・先住民族
先住民:せ んじゅうみん:英語のindigenous people の翻訳。先住民族ともよばれるが、文化人類学では一般的な「民族」との用語の混同を避けるために「先住民」と呼ぶことが多い。インディジーナスには、土着 や固有という意味があるので、かつては土人(どじん)と呼ばれたが、これには相手を蔑む意味でも使われるために今日では使わない。土着にはもともとそこに 住んでいたという意味のみでつかい定住以外に広い領域(テリトリー)の中で移動をした人たちも含まれる。土着や固有という言葉に人類学者がこだわるのは、 世界の多くの先住民のひとたちが、歴史的に後になり、植民者(しょくみんしゃ)によって、土地を追われたり、奴隷労働を含む労働使役に従事させらたりして きた歴史的事実があり、このことは「先住民の権利に関する国際連合宣言( (A/RES/61/295)-UNDRIPS)」(2007年9月13日採択)でも、国際的に認定されている(→「先住民の世界」)。
遺骨:いこつ:英語ではremain あるいは human remain と呼ばれる。日本語では遺骨はその語の意味からして「崇敬あるいは敬意を払うべき対象」となるが、英語のリメインには「骨格」の意味が含まれるので、人間 の遺骨(ヒューマン・リメイン)と形容表現をつけることがある。今日における日本を含む世界の返還(repatriation)——リパトリエーションに は「本国への送還」の意味がある——への社会的機運が高まってるのは、人類学・考古学研究における先住民の遺骨が、その末裔たる現地の先住民の承諾なしに、あるいは、先住民側の協力者を使って不法あるいは「現地の道徳 概念に反して」に採集されたものだからである。これはかつての研究者たちが生きた時代(およそ百年前後の前の時代)には、そのような研究倫理上の規約がなかったので、自分たちが反道徳的な研究をしていた意 識が当時にはなかった可能性がある。だからといって、免責されるわけでなく、先住民の差別や抑圧の歴史を想起するものであるために、多くの地域に遺骨や副葬品の返還運動が起こっている。世界の多くの研究者たち は、それが未来の人類学や考古学の研究に役立つものだとしても、まず、先住民を代表する「当事者」に返還手続きをとってから、新たに研究者と先住民の側で 協約を結び、「新たに」遺骨や副葬品の研究に対して許諾や委託がなされるべきものだと考えられている。
日本政府(江戸幕府)は英国人のアイヌ盗骨に抗議した歴史を大切に:これはさまざまなところで指摘されているところであるが、自然人類学者の埴 原和郎が「アイヌ墓地盗掘事件」(『日本人の骨とルーツ』所収)のなかで、インフォームドコンセントが自然人類学研究においても重要になってきたと指摘し 次のように言ってる(埴原 2002:173)。「一九世紀半ばという時代を考えれば、まだ一般に人権意識が低く、この事件に関わった 当事者たちに罪の意識はほとんどなかったのかもしれない。また同時に、この事件に直面 して箱館奉行がとった強硬でねばり強い外交姿勢は、政治家の責務を果たそうとした熱意 として一定の評価はできるだろう。だが問題は、このとき英国人の心を支配していたであ ろう差別意識が、果たして現代では姿を消したといえるだろうか……という点にある。/ 東西の冷戦が終わった現在の課題は南北問題といわれ、偏見・差別の問題が大きくクロ ーズアップされてきた。これは人間社会全体の問題ではあるが、とくに人間そのものを研 究対象とする人類学者は、よほど注意しないと前車の轍を踏む恐れなしとしない。/ 近頃は日本でも医療面でイソフォームド・コンセントという意識が強くなってきた。こ れは患者の納得と了解のもとに医療行為を行うという、いわば当然のルールなのだが、従 来は医師だけの判断が優先されたきらいがある。人類学者は医師ではないが、やはりイン フォームド・コンセントの意識は重要である。つまり私どもにとっては、対象となる人び との了解と納得のうえで初めて研究が許されるのであって、研究者の興味だけを優先する ことは厳に慎まなくてはならない。/ 江戸末期に森村や落部村で起こった事件は、単に歴史の中の一事実というばかりでなく、 人間を考える場合の貴重な教訓として、また自戒の糧として私どもの心に深く刻んでおく べき問題なのである」(埴原 2002:173)。
■さらなる勉強・情報収集のために
琉球遺骨返還請求訴訟支援全国連絡会による「日本人類学会の要望書・抗議
文」には、この抗議文をつくる契機になった、篠田謙一の京都大学総長
(当時)山極壽一への「要望書」も読むことができます。なぜ、このような抗議文がうまれたのか、その原因を探ってみましょう。また「抗議文」の後には、亀
谷正子さん(原告)の抗議文、玉城毅[たまぐしく・つよし]さん(原告)の抗議文が収載されています。それぞれのご両人が、原告としてどのような思いで、
これらの文章を作成したのかについて考えてみましょう。
リンク
文献
その他の情報
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1997-2099