アイヌと内村祐之・年表


満州の精神医学研究

    1950年以前



    1851



    1852


       

    1853

       

       

    1854

       

       

    1855

    松前を除く蝦夷地の幕府直轄と函館奉行所。

       

    1856

       

       

    1857

       


    1858

       


    1859

       


    1860

       


    1861

       


    1862

       


    1863

       


    1864

       

       

    1865


    1866

       


    1867

       

       

    1868

       


    1869

    開拓使を設置、北海道と命名。場所請負制度を廃止。


    1870

       


    1871

    開拓使庁を開設。アイヌの平民化と和人式姓名を強要し、旧 土人と公文書で指示。アイヌ習俗の禁止。

    医学所病院(熊本医学校の前身)で北里、マンスフェルトに 師事。良順、兵部省内に軍医寮を創設。

    1872

       

       

    1873

       


    1874

       


    1875

       


    1876

    アイヌ戸籍制度

       

    1877

       


    1878

    イザベラ・バード、アイヌコタンを訪問。

       

    1879

    バチェラー、アイヌ伝道開始。

       

    1880

       

       

    1881

       

       

    1882

       

       

    1883

       

       

    1884

       

       

    1885

       

    北里、コッホ研究室に入る。

    1886

       

       

    1887

       

       

    1888


       

    1889

    平取においてイムの記載(『人類学研究』)

       

    1890

       

       

    1891

    坪井正五郎、トッコニバッコを人類学講義のなかで言及。

       

    1892

    バチェラー札幌に転居し、アイヌ施療病室をつくる。関場不 二彦が診療に参加。

       

    1893

    加藤政之助「北海道土人保護法」を帝国議会で議員提案。 (→優勝劣敗の理勢に言及)

       

    1894

       

       

    1895

       

       

    1896

    関場不二彦『あいぬ醫事談』

       

    1897

    11月12日内村祐之、東京府に生まれる。

       

    1898

       

       

    1899

    北海道旧土人保護法の公布

       

    1900

       

       

    1901

    榊保三郎、室蘭と日高でのアイヌの精神病的調査をおこな い、イムバッコについて記載(→クレペリン、オッペンハイムの教科書に、ラターと共に記載)

       

    1902

       

       

    1903

       

    第五回内国勧業博覧会(大阪)坪井正五郎による人類館に伏 根安太郎ら17人のアイヌが参加(→日本文化人類学史1903)。

    1904

       

       

    1905

       

       

    1906

       

       

    1907

       

       

    1908

       

       

    1909

       

       

    1910

       

    南満医学堂の創設

    1911

       

       

    1912

       

       

    1913

    北海道庁『白老、敷生、元室蘭旧土人結核病トラホーム調査 復命書』

       

    1914

       

    林道倫(はやし・みちもと)南満医学堂・精神病理学講座教授

    1915

       

       

    1916

    北海道庁『余市郡余市町旧土人衛生状態調査復命書』『旭川 区近文部落旧土人衛生状態調査復命書』『沙流郡ノ一部室蘭郡ノ一部旧土人衛生状態調査復命書』

       

    1917

       

       

    1918

       

       

    1919

       

       

    1920

    平取、静内、浦河、白老に旧土人病院を設置(〜1922)

       

    1921

       

       

    1922

       

       

    1923

    満岡伸一「あいぬノ足跡」。道内の市町村に旧土人救療所を 開設。土人保導員を設置。

       

    1924

       

       

    1925

    内村祐之、ミュンヘンのドイツ精神医学研究所に留学(〜 1927)

       

    1926

       

       

    1927

    内村祐之ロックフェラー研究所の野口英世を訪ねる。内村、 9月に渡道し 北海道帝国大学医学部精神科教室教授就任(1928〜1936)の準備をおこなう。

       

    1928

    内村祐之、北海道帝国大学に正式に着任。

       

    1929

       

       

    1930

    小信小太郎「同族の喚起を促す」『蝦夷の光』

       

    1931


       

    1932


       

    1933


       

    1934

    日本学術振興会「アイヌの医学的、生物学的研究」(永井 潜・班長)。児玉作左衛門は解剖小委員会委員となる。


    内村祐之(北海道帝国大学教授、1934年)

       

    1935

    高橋新吉『蝦夷痘黴史考』。北海道帝大医学部・児玉作左衛 門による森村・落部村の遺骨盗掘。

    Y. Uchimura, "IMU" A MALADY OF THE AINU, The Lancet, Volume 225, Issue 5831, 1 June 1935, Pages 1272-1273 (pdf with password)

    小金井良精は1888年のアイヌ発掘調査の思い出を 日記に基づき『ドルメン』(4(7):54-64, 1935)に寄稿。

       

    1936

    内村祐之・東京帝国大学医学部精神病学教授(〜1958)

       

    1937

       

       

    1938

    内村祐之ほか「あいぬノいむ二就イテ」(あいぬノ精神病学 的研究第1報)(『精神神経学雑誌』第42巻1号、1938年)

    内村祐之ほか「あいぬノ潜伏黴毒ト神経黴毒」(あいぬノ精神病学的研究第2報)(『精神神経学雑誌』第42巻11号、1938年)


       

    1939

       

       

    1940

       

    田村幸雄「満洲國に於ける邪病、鬼病、巫醫及び過陰者、並 びに蒙古のビロンチ、ライチャン及びボウに就いて」。国民優生法施行

    1941

    内村祐之ほか「アイヌの内因性精神病と神経性疾患」(アイ ヌの精神醫學学的研究第3報)(『精神神経学雑誌』第45巻2号1941年)

       

    1942

       

       

    1943

    内村祐之、北支における麻薬問題視察、およびラバウルにお ける航空隊員の精神医学的診断に従事。

       

    1944

       

    田村幸雄「満洲に於ける民族と精神病に就いて」

    1945

       

       

    1946

       

       

    1947

       

       

    1948

       

       

    1949

    内村祐之、松沢病院を退職。東京大学教授は継続。

    田村幸雄「蒙古民族のユム・オロショナ(ユム・オロショ ン)の症例

    1950

       

       

    1951

       

       

    1952

       

       

    1953

       

       

    1954

       

       

    1955

       

       

    1956

       

       

    1957

       

       

    1958

    内村祐之、東京大学教授を定年退職。

       

    1959

       

       

    1960

       

       

    1961

       

       

    1962

       

       

    1963

       

       

    1964

       

       

    1965

       

       

    1966

       

       

    1967

       

       

    1968

       

       

    1969

       

       

    1970

       

       

    1971

    内村祐之・天皇への御進講「異常な精神現象の進化論的解 釈」

       

    1972

    日本人類学会・日本民族学会における新谷行と結城庄司によ る公開質問状。ウタリ生活実態調査。

       

    1973

       

       

    1974

       

       

    1975

       

       

    1976

       

       

    1977

       

       

    1978

       

       

    1979

       

       

    1980

    内村祐之、11月12日死亡

       

    1981

       

       

    1982

       

       

    1983

       

       

    1984

       

       

    1985

    アイヌ肖像権裁判

       

    1986

       

       



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人類学と人種主義講 義ノート(2017年11月24日)

科学は分類する

ルネサンス時代には、人種の善悪の 配列はなかった。

移動による人種の多様性に連続性を みる——旅人の視点
人種間の違いに区分を峻別する—— 科学の視点

人種の多様性

突然変異
自然選択
遺伝子浮動
遺伝子流動

ポール・ブロッカー 肌の色は34 色に分類された→しかし、白、黒、黄色

アメリカのおける化粧品のファン デーションの色がある。

シカゴのフィールドミュージアム

肌の色の遺伝子は、 polygene である。

肌の色の濃さは、紫外線の強さと は、相関している。

メラニンが紫外線を吸収、皮膚ガン をふせぐ、葉酸の破壊による

https://www.cancer.gov/publications/dictionaries/genetics-dictionary?cdrid=45693


Blumenbach, 1752-1840

Five Varieties: Caucasian, Mongolian, Ethiopian, American, Malay の間の連続性を主張していた。

Samuel George Morton,
1799-1851

連続性のない、カテゴリカルに
Race をはじめにつかった。
多起源説 polygenism

Crania americana(→サミュエル・ジョージ・モートン

モートン、アガシー、ノット アメ リカ初期人類学者

南部の敗北と奴隷解放により、この 人種概念がフランスにわたる。ブレーメンバッハなどにも。

日本での人種概念は、何の問題もま しに受け入れられた。

連続性がなくカテゴリカルで階層性 のある人種概念が普及した。

人種差別の影響をうけた移民法が制 定される。

ダーウィン、スペンサー、ゴルトン =文明は人間の進化の妨げるものである。
・人種と地域の関連性
・地図化が可能。
・環境決定論
・人種の隔離を正当化

Glenn Trewartha 1926


環境決定論

Huntigton 1916

頭蓋骨形態の多様性

クラスターのツリーをみると、クラ スターで、それを「人種」と錯認する可能性がある。

FSTの人間の多様性、集団間の多 様性、集団間では17%、集団内の多様性は83%

坂野、2005年、さまざまな西洋 科学を導入したが、「人種」の概念も輸入してしまった。

日本人の起源論、日本人の自己認識 が投影されている。「日本人の起源をめぐって」

「日本人種改良理論」

「アイヌ」の民族学的研究ーー学 振:内村、古屋、

アイヌの医学的民俗学的研究——永 井潜

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