社会文化的「ぼけ」から社会医療的「認知症」へ
----〈痴呆老人〉の医療化の現在 ----
解説:池田光穂
ぼけの語用論
日本語における〈ぼけ〉 とは、主に加齢に伴う〈痴呆状態〉ないしは、その重い症状へといたる状況を描写する民俗医学用語である。日本語による〈痴呆〉とは痴呆状態という症状をさし、病名として呼ぶ際には〈痴呆症〉という名称が使われる。その際の〈〜症〉とは、病気ないしは疾患・疾病(disease)をあらわす接尾語である。
生物医学用語としての〈痴呆〉が国民の間に膾炙したのは、1968年の全国福祉協議会による 初の全国的な「居宅寝たきり老人実態調査」が実施され、72年の有吉佐和子のベストセラー小説『恍惚の人』(英訳書名:Sawako ARIYOSHI,"The twilight years," 1984.)が公刊された1960年代後半から70年代初頭のことである。
この時期における〈ぼけ〉の社会問題化は、〈痴呆〉という専門用語が一般的に国民に知られる につれ、俗語ないしは卑語としての〈ぼけ〉と、医療者や福祉行政担当者がつかう専門用語としての〈痴呆〉という二分法的な使い分けが一般化するにいたっ た。このような用語法はそれ以降約30年以上現在まで続くことになる。つまり高齢者の認知的状態を表現する伝統的な〈ぼけ〉という用語は、1960年代後 半から70年代初頭にかけて〈痴呆〉という精神医学用語と強い結びつきをもつようになる。この背景には、平均寿命の延長と人口集団全体の高齢化という危機 の予兆が登場してきたにもかかわらず社会制度としての福祉が十分に普及していない——歴史・文化・人口構造のいかなる点においてもモデルになりうるはずが なかったのにもかかわらず当時の日本国民が福祉国家の理想を投影したのはスウェーデンなどの北欧諸国である——ことがあった。つまり〈ぼけの医療化〉を推 進したのは、人々の高度福祉国家への希求であったということができる。
【仮説】福祉化・医療化の推進力としての住民、コンシューマ、およびマスコミ(例:大熊由紀子 [→リンク]、岡本拓三らの所説)
さて、国家による老人へのケアの充実は1975年の70歳以上老人の自己負担の無料化に代表 される。しかし、これが結果的にもたらしたものは、〈社会的入院〉——老人が長期入院することで介護福祉施設の代替を果たすこと——の増加と、それに伴う 国費負担の増大——日本は国民皆保険制度であり長期入院は国家が負担すべき医療費を押し上げる——であった。このような状況からの政策転換は1985年の 老人医療費の無償化の廃止である。社会的入院というコストのかかる現象は或る程度は軽減されたが、高齢者の人口は漸増し、在宅での寝たきり老人が再び社会 問題化する。この時期、医療者や行政担当者のみならず、社会科学者をも動員して「寝たきりはなぜ起こるのか」に関する議論が盛んにおこなわれた。また核家 族化が進んだ日本社会において「誰が寝たきり老人の介護をおこなうのか」という問いは流行語になり、嫁である専業主婦へのその負担というアンペイド・ワー クの問題や社会福祉におけるジェンダー労働の問題もそれに関連して公的な場で議論されるようになった。この問題は西暦2000年まで続くことになる。
〈加齢の医療化〉を考える次の歴史的ポイントは、2000年からの介護保険法の施行すなわち 介護保険制度の開始と2006年4月からの法律の附則の規定見直しによる新システムの実施である。まず前者の最大の功績は社会的入院の病床数を削減するた めに在宅(居宅)介護を大幅に推進するために経費ならびにマンパワー——介護専門支援員(ケアマネージャー、通称:ケアマネ)——および多種の老人福祉施 設(老人デイサービスセンター、老人短期入所施設、養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、老人福祉センター、老人介護支援センター)が投 入されたことである。これにより家庭内のアンペイドワークないしはシャドーワークとしての日本の専業主婦の労働は大幅に軽減されたと言われている。
政府は2006年からの介護保険法の新システムの導入をおこなったが、その骨子は介護療養型 医療施設の経費の大幅削減とそれにともなう利用者負担増である。また、これに関連した「介護予防」という要介護者の産出を未然に防ぐための、高齢者に対す るさまざまな身体的介入——運動機能を向上させるためのトレーニング、栄養改善、口腔機能の向上——ということである。この歴史的文脈における高齢者の痴 呆への対策として考えられたものは、痴呆予防のための社会教育の普及と、財政逼迫を回避するための要介護者への地域ぐるみの支援である。ところが、各自治 体がこの時期に〈痴呆症〉予防の社会教育を試みても、〈ぼけ〉や〈痴呆〉のスティグマを嫌う人々は、関心を持たれることは少なかった。医療福祉の現場の関 係者からも〈痴呆症〉というスティグマ附与をぬぐい去る必要が主張されるようになる。
【仮説】脱スティグマ化を推進したのは厚労省(脱医療化と福祉化への変更?)
このような社会的文脈のなかで2004年9月に始まった厚生労働省による〈痴呆〉という用語に関する国民へのヒアリングを経て、翌2005年6月の日本老年精神 医学会における〈痴呆症〉という用語法を〈認知症〉への名称変更が行われた。もちろん厚生労働省もこのような変更を奨励した。
【反論】いや厚労省はもっと「認知症」化をより積極的に推し進めたのでは?。
これは疾患の症候概念が変更されたのではなく、あくまでも痴呆の呼称が変わっただけであるこ とは留意すべきである。しかしながら、否定的な意味をもつ〈痴呆症〉から病像の具体的なイメージを持ちにくい曖昧な〈認知症〉への変更が、多くの人に反発 が持たれなかったのは、この用語のなかに過度の医療化へのイメージが未だ投影されていなかったからではないだろうか。日本語の用語法においてこの時期にお ける〈認知〉という語彙は、シングルマザーの子供に対する生物学的な父親による法的な権利としての血のつながりの「承認」という意味で使われたにすぎな かったからである——それ以外の〈認知〉とは認知心理学などの学術用語としての特殊な用語にすぎない。
通常、このプロセスは「痴呆症」から始まった〈ぼけの医療化〉を引き続き継承するものだとい う批判を誰しもが容易に思いつくだろう。それは、人々が人間にとって不可避な加齢現象を経験的に認識し、それに対処する社会的行動や文化的制度が十分に機 能していたという認識を持っていると仮定すれば、加齢現象が医学的処置の対象になり、それにともなう社会的出費が増大し、より多くの医療スタッフのマンパ ワーが投下される現今の状況はまさに〈ぼけの医療化〉の根拠だと主張できるからである。また、症候概念が変わらずに名称だけを変更する——つまり中身は変 わらず外見だけを変える——ことは、我が国では1970年代以降、マスコミやジャーナリズム領域において、特定のカテゴリーの人間の差別を助長する〈差別 語〉を公的な領域から放逐する〈言葉狩り〉——日本語では文字通り「言葉を狩猟する」と表現される——と呼ばれ、表現者の自由を制限するのみならず、その 社会的差別構造を民衆に忘却させる〈権力者の陰謀〉という説明がしばしば生まれ、病名を含む差別的ニュアンスを含む用語法の禁止と、禁止に伴う社会的忘却 を防ぎたいという典型的な社会的ジレンマとして、日本では語られることがある。〈ぼけの医療化〉を主張する論者にとって、我が国で続いている永続的な〈生 活の医療化〉傾向を増長するものと考えられているのだ。
しかし、別の観点からは、例えば「精神分裂病」から「統合失調症」への病名変更にみられるよ うに、既存の病名がもつ社会的烙印を軽減し、患者に対する社会的差別を撤廃する行政および医療側からの社会に対する働きかけであるという現象もまた認めら れうる。
【反論】これは本論の趣旨から関係ない主張の導入と指摘された。あるいは「脱スティグマ化」とし て考えるべきとの意見も。
あるいは国によるハンセン病患者の強制隔離を義務づけていた1996年の「らい予防法」の廃 止にみられるように、保守的と言われる国家や医学アカデミズムもまた過去の医療化がもたらす人権蹂躙に対して憂慮し一定の歴史的反省をおこなうことすらあ る。
【反論】医療界はこの点については反省していないという指摘あり。
なぜなら医療界の言い分は「新しい患者」が出ていないから不要になったという主張もあるゆ え。坂口力(当時の厚労相)と大谷藤郎の関係や、当時の小泉首相を動かして、厚労官僚たちに控訴断念を促したのは「歴史における特殊事情」か。坂口『タケ ノコ医者』に記述あり。
つまり、民俗医学用語としての〈ぼけ〉から生物医学用語としての〈痴呆〉への推移、そして 〈認知症〉への名称変更は、社会生活がおしなべて医療的眼差しのなかに置かれ、近代医療抜きにしては社会生活が送れないようになるという、単線的で揺り戻 しを想定しない〈加齢の医療化〉による永続的介入という枠組みで理解することは不十分であると言わざるを得ない。
ところで我が国における〈医療化〉の議論の受容は、P・コンラッドとJ・シュナイダーにおけ る「逸脱の医療化」論よりも、I・ゾラの医療化論に負うところが大きい。それは、日本において人気の高いI・イリッチの紹介者たちが、ゾラの議論とイリッ チの医原病(iatrogenesis)を同列において論じる機会があったためである。したがって日本での医療化に関する議論は、社会統制のため機能強化 の帰結としての医療化論よりも、近代生物医療そのものが害悪をもたらすという枠組みで医療化というものを見ている傾向が強い。 この文化的理由はさまざまに考えることができる。個人の主体の確立——つまり個人の自律的アイデンティティの尊重——よりも家族の中での役割行為の維持 のほうが重要性がああること。日本では長い間、代替医療に関するさまざまな伝統——とくに中国医学の影響とそれと密接な関係をもつ民間医療——があり、医 療的多元論が強く、医療の効果に関する相対性の意識が高いこと。国民皆保険と医療の質が医療機関においてそれほど大きな差がなく、比較的均質の医療水準が 達成されていること。健康維持法に関する非正統的な方法に人気が高く、その方法の推進者たちの多くは紋切り型の西洋近代医療批判をおこない、人々の間にも 西洋医学のステレオタイプが一般常識化していることなどである。
こういう日本の文化的文脈における医療化論の受容は、それ自体で興味深いテーマではあるが、 同様に〈ぼけの医療化〉と日本語で取り扱われる際にも、そのようなバイアスがかかっていることを理解する必要もある。この現象は、日本人の研究における医 療化論がグローバルスタンダートに叶っていないということを意味するのではなく、現代日本の日本人による〈ぼけの医療化〉論の主張がそれなりに切迫感を もって受容されていること自体が、グローバルにみられる〈生活の医療化〉現象一般に対する一種の世論というかたちで歯止めになっていることは十分に指摘し てよい——実際に有効に機能していたかどうかの吟味は別問題ではあるが。
それでは精神医学における認知症の研究の進展はどのようなものであっただろうか。日本も欧米 と同様に1950年代には向精神薬が利用されるようになったが、精神医学の研究の中心は統合失調症であり、その後も老人性痴呆に対する医学的関心も治療的 な関心が高まることはなかった。日本で認知症研究の学会としては日本老年精神医学会(Japanese Psychogeriatric Society)であるが、この学会は、まず1986年には研究会として発足し、実際に学会として改組されたのは1988年である。つまり冒頭にあげた老 人医療費の無料化の廃止(1985年)以降に、老人の精神医療の治療的関心が高まったとみることができる。また日本の各地に認知症治療の研究拠点が形成さ れるのは、1990年厚生省(当時)による高齢者保健福祉推進十ヶ年戦略(通称「ゴールドプラン」)の頃であるので実質的に1990年代以降に本格化する 比較的最近のことであることがわかる。
脳神経科学の領域では、MRIによる脳のイメージングの研究が1980年代中頃の商品発売と 共にはじまるが、実際に普及するのは1990年代中頃以降である。特に血管造影(MRA)が可能になり〈脳ドック〉という言葉も登場する。さらにアルツハ イマー病やピック病などの変性疾患に関する病理化学研究がすすみ、脳機能改善薬——脳代謝賦活薬、脳循環改善薬、神経伝達機能調整薬など——も開発され、 その市場も拡大するにいたった。
【反論】このような脳機能の改善を謳った医薬品は、EBMの時代には十分な実証が出ず、多くは没 落する。
イレッサ訴訟においても、EBMを十全に理解している医師たちが、目の前にいる患者に「効い た」ことで、簡単に投薬をつづけるという、極めて「奇妙な行動」がみられた(ことことを医療人類学者はどう説明するのか?)。(→「医療化の脱線」「脱線 した医療化」は日本固有の現象?。アメリカでは、グラクソ・スミスクラインの抗不安薬パクシル(paroxetine-HCL)を紹介するインターネット サイト[www.paxil.com]に「社会的不安障害」(Social Anxiety Disorder, SAD)と「一般性不安障害」(Generalized Anxiety Disorder, GAD)について消費者が自己査定することができるようなサービスを提供している[Conrad 2005:6]:当該箇所引用:"Paxil Internet sites offer consumers self-tests to assess the likelihood they have SAD and GAD. The campaign successfully defined these diagnostic categories as both common and abnormal, thus needing treatment.")。
21世紀に入ると、認知科学とMRIのイメージングを組み合わせた研究に拍車がかかりなっ た。その結果、コンピュータサイエンスと共に、脳科学に対する人々の関心が高まり、〈ぼけ〉や〈痴呆〉の生物医学的説明が人々の間に徐々に普及することに なる。また認知科学などの限られて使われていた〈認知〉という学術用語が普及するのもこのころである。2002年頃には〈ぼけ〉予防のための〈音読〉や 〈簡単な暗算〉ブームが起こる。これは、学校教育の現場で1998年ごろから始まった〈ゆとり教育〉が学童が直面している〈受験戦争〉に耐えることができ ないために、〈百マス計算〉という授業内トレーニングが学力向上のみならず学童の訓育にも有効であるという風説が受け入れられるようになったことと無縁で はない。脳——とくに〈前頭葉〉——を活性化させる〈暗算〉や〈音読〉は、子供のみならず老人の〈ぼけ〉防止にも効果があると言われるようになった。
2005年、任天堂は東北大学の一介の脳科学者にすぎなかった川島隆太教授とタイアップして 小型ゲーム機のソフトウェア『脳を鍛える大人のDSトレーニング』を発売し、人気商品になった。そのソフトでは、老人のみならず若者においてすら〈音読〉 や〈暗算〉能力が低ければ「脳年齢が高い」と否定的な判定をされる仕組みになっている。ここでは〈ぼけ〉という脳の機能が、加齢の度合いとして隠喩的に表 現されるようになる。しかし、そこでは医療や福祉の現場における〈痴呆〉の診断のような深刻さはなく、ゲームをするプレイヤー同士が〈脳年齢〉が高い/低 い、あるいは向上した/低下したことを、ある種のゲームタスクの達成度として面白がって楽しんでいるように思われる。あるいは、〈痴呆症〉ないしは〈認知 症〉の現実とはほとんど無関係とも思える社会現象とも理解されうるのである。(→このような「医療化の脱線」「脱線した医療化」は日本固有の現象?)
【大受け】この部分をもっと詳しく分析すべきだとの意見あり。
◎「脳の活性化」というキーワードは超重要。科学者は脳のイメージングの研究などで血流が増 加することを意味するのを、素人は頭が良くなるというイメージが形成される。使われ方【文例】「音読や繰り返しの計算[百マス計算]をすると脳が活性化す る」。コノテーション=「頭が良くなる。Atama ga yoku naru」
◎社会的背景*(1)脳科学への過剰な期待。(2)神経神話の流布。
◎根拠が薄弱か、社会的現場において経験的実証が難しいもの。(1)右脳/左脳[cf.血液 型]。(2)脳からα波が出る。(3)脳が健康になる[食生活と訓練の合致させるような表現において]
◎学会の反応:冷笑が多く、正面から批判しない(理由:実験科学者にとっては、反論をするメ ディアがない。実験や論文作成のために日常の時間が取られているために、論争のための時間がとれない。疑似科学言説としての神経神話を助長する研究者自身 が、他方で科学的手続きに従った研究もおこなっている[二枚舌 be double-tongued])。
◎社会的問題:人目のつく研究により、大学内において評価を高め、知名度があがり、結果的に 研究費を多く取得することがある。
《今後の課題》
(1)名称の変更という公文書において確認できるような現象のみならず、この名称変更に伴い どのような社会的動員が行われているかの分析が不可欠である。
また、(2)病名の変更や、それに伴う社会的動員がはたして、その病気そのものの医学的認識 の構成を変えているのだろうかという問題も重要なテーマになる。
そして(3)この「認知症」という病気に関わるさまざまな人たちの病気のイメージ、患者の処 遇のされ方がどのように変化しているのか、また変化しうるのかについての理解と分析も必要である。
《2007年1月27日の研究会でいただいたコメント》
※グローバル化がもたらす保健システムの変貌研究会(通称:グロ研)、於:国立民族学博物館 第一演習室
※呆けの医療化についての内容については、従来の流れを押さえた通常の議論であるが、どこが 文化人類学の分析になっているのだろうか?
※呆けの(医療化を通した)可視化されたということ?、日本ではスウェーデンモデルで医療化 されたの?
※医療化も反医療化もプナン社会では起こりえない。高齢者をケアするということがない状況を 誰も想像することができない。
※ぼけ・痴呆・認知症の老人という「他者」の誕生というストーリーで書く方がよいのでは?
※いわゆる「未開」社会の事例を比較の視座に入れて書くべきである(文化人類学らしさの復 権?)。
※論文における、ぼけの定義において、日本語のぼけは、痴呆や認知症よりも、もっと広い概念 であろう。そのことについて明示せよ。あるいは、ぼけの用語法にはダイナミズムがある。
※痴呆老人はかつては「困った人たち」であったのが、「治療が必要」と感じて医療資源を動員 するのが医療化では?
※医療化の典型例としては、美容整形や小人症への医療の介入や投薬の登場では?
※〈ぼけ〉の語用論についてのもっと具体的な観察が必要。
※60-70年代以降の医療化のエントロピックな医療化の増大傾向
※脱医療化(de-medicalization)と反医療化(anti- medicalization)は異なる主義主張と行動原理をもっているので、このことを混同しないで。
※認知症は、種々の器質性疾患をチェックしたあとに附与される除外診断の過程を経て、最終的 に認知症になる。このプロセスを理解していないと、認知症=病名附与=医療化という単純な図式に陥ってしまう。
※〈加齢の医療化〉と〈ぼけの医療化〉は異なるので、もっと整理が必要。〈ぼけの医療化〉 は、痴呆の疾病論が登場——老人性痴呆——した時に始まっており、1970年代以降ではない(→ということは医療化現象のインデックスには、医療者の言説 や行動のみならず、[医療以外の]人々の言説や行動の要件を入れないとだめだということか。)
※老人性痴呆の膾炙は、ぼけがもつグレーゾーンを下げて、(社会の?)医療化を推進させた。
<summary>
From Sickness to Badness: Popular images on "Boke" (senile dementia and other related symptoms) in Japan.
Mitsuho Ikeda, Center for the Study of Communication Design, Osaka University
In Japan there is a folk illness term mentioned senile dementia and other related symptoms, “Boke” in Japanese. “Boke” is not only mentioned as a typical psychiatric terminology on senile dementia, “Chihoo” or “Ninchi-Shoo, ” but also indicated as a depreciative and vulgar word on dull mentality. After 1970s, the medicalization of aging, e.g. free-fee medication and hospitalization for aged person by national health insurance, has been accelerated. But this policy changed at the turning point of new century because of excess of budget. And the government has promoted appropriating the outcome of brain science progress for the treatment of gerontologic issues; especially the preventing aged dull mentality, “Boke-Booshi.” Therefore the popular concepts on the “Boke” and “Boke-Booshi” have recently acquired a new social image. In this image the intellectual faculty for adults, e.g. reading texts in limited time, calculation in one’s head, and so on, can be represented as “Nou-Nenrei” (lit. brain-age) in linear scale. Then one can improve through task training helped by a small video game machine, which has strongly sold in 2005. We discuss this distorted [de-]medicalization for “Boke” people in a high-tech-phile country.
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病気から不調へ:日本における〈ぼけ〉のポピューラーイメージ【原案】
日本における〈加齢〉にともなう精神症状を表現する用語に〈ぼけ〉というものがある。これはたん に〈痴呆〉ないしは〈認知症〉と呼ばれる生物医学的精神医学の用語よりも幅広い概念であり、加齢以外の認知上の[価値下落の]侮蔑語としても用いられる。 日本の人口集団の高齢化にともない、医療・看護・福祉の領域では1970年代以降、〈加齢の医療化〉が進んできたと言われる。その証拠にあげられるのは以 下のような根拠からである。投下される医療費の増大、加齢は医療が取り扱うべき問題という言説の人々の是認、医学研究の進展である。この状況に対して、医 療費の増大を懸念する日本の政府は、痴呆症対策を医療以外のセクター、とくに福祉の領域に外部資源化する動きが21世紀以降伸展しつつある。また科学技術 政策では、他の認知科学研究の成果を高齢者の痴呆症の「予防」に応用しようという試みが登場してきた。これらの結果〈加齢の医療化〉という状況化において も〈痴呆の医療化〉というものは加速しなかった。それどころか携帯型ゲーム機のソフトウェアのトレーニングソフトの流行により〈ぼけ〉は脱医療化をとげ て、日本人の認知能力の年齢的尺度として翻訳され、まったく異なった経路を辿って新たな社会的イメージを獲得しつつあるのだ。
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グローバル化がもたらす保健システム の変貌(通称:グロ研)
引用の際には著者にご一報ください。