ルーシー・サッチマン『プランと状況的行為』(初版)を読む
サッチマン,ルーシー・A.1999『プランと状況的行為:人間-機械コミュニケーションの可能性』佐伯胖・監訳、東京:産業図書 (Suchman., Lucille[Lucy] Alice., 1987. Plans and situated actions : the problem of human-machine communication. Cambridge: Cambridge University Press.)
[2nd ed.],
Suchman, Lucy., 2006. Human And Machine Reconfigurations: Plans And Situationed Actions. Cambridge: Cambridge University Press.
[Her based work]
Suchman, Lucille Alice. University of California, Berkeley Ph.D. 1984, 183 pages. Plans and situated actions: an inquiry into the idea of human-machine communication. DAI V46(04), SecA, pp1018. University Microfilms Order Number ADG85-13007. 8510. Anthropology, Cultural.
【章立て】
Biography
"Lucy Suchman is Professor of Sociology at Lancaster University. Before coming to Lancaster, she held the positions of Principal Scientist and manager of the Work Practice and Technology at Xerox's Palo Alto Research Center. She is a graduate of the University of California at Berkeley, obtaining her BA in 1972, MA in 1977 and a Doctorate in Social and Cultural Anthropology in 1984", cited from Wikipedia.
【時代的背景】
1942: Merleau-Ponty, La structure du comportement.
1950s :機械知能の初期研究
1960:ミラー、ギャランター、プリブラム『プランと行動の構造』(Plans and the structure of behavior)(認知科学と情報処理を節合した古典)
1961:ダグラス・エンゲルバート、ビットマップディスプレイに欠かせないGUIであるマウスを開発する。
1966:ジョセフ・ワイゼンバウムのイライザ・プログラム
1968:アラン・ケイ(Alan Curtis Kay, 1940- )は、シーモア・パパートと出会い、LISPを教育向けに最適化した方言であるLOGOプログラミング言語について学んだ。また、ジャン・ピアジェ、ジェ ローム・ブルーナー、レフ・ヴィゴツキーらの業績や 構成主義についても学んだ。
1970s-1980s:〈コンピュータ機能をもつ人工物〉はインタラクティブであるという言説の流布
1976:アップルコンピュータ Apple I を販売
1979:サッチマン、ゼロックス・Palo Alto Research Center(PARC)に研究員として参加。当時のPARCではKnowledge Representation が提唱され、それはゴールとプランの計算機へのコード化が求められていた。
1979:スティーブ・ジョブズ、上場したアップルコンピュータ の株式との 交換条件としてPARCへの見学を申し出る。Smalltalkプログラム(下図参照)で動 くAlto[アラン・ケイによるダイナブック計画の一環であったワークステー ションの愛称]を見て、LISA, Macintoshのアイディアを得る。
Alan Curtis Kay(1940-
)produced the project of Alto; Screen image of Smalltalk-74, and the
processor data path of Alto.
1981:複写機の機能が複雑化しユーザーがついていけなくなったためMan-Machine Interface の設計が求められていた。
1982-83:Richard Fikes(PARC)によりエキスパート・ヘルプ・システムを考案。
1984:サッチマン Ph.D (UC. Berkeley)——本書の原型論文。会話分析(7章)にはビデオテープによる録画記録が使われた模様(サッチマン 1999:vi)。
1987: Plans and situated actions公刊
1991: Lave and Wenger, Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation.
【人脈】
- John Seely Brown, PARC
- Terry Winograd,Professor of Computer Science, Stanford University[現職](自然言語研究)
- Stan Rosenschein, Stanford Research Institute, who named "Situated automata."
- Brigitte Jordan. Lozoff, Betsy, Brigitte Jordan and Stephen Malone, 1988 Childbirth in Cross-Cultural Perspective.
- Frederick Elickson. 会話分析、エスノメソドロジー?
- Hubert Dreyfus. サッチマンの学位論文審査員、哲学者(ハイデガー研究、人工知能批判、フーコーの西海岸招聘者の一人)
- John Gumperz.サッチマンの学位論文審査員、言語人類学者
【キーワード】
・Person-Machine Interface (formerly said "(wo)man-machine interface"!)See User Interface.
・根深い非対称性[人と機械の—]、人工知能批判
・プラン
・状況的行為(situated action)
・エキスパート・ヘルプ・システム (→教育学)
・インストラクション (→教育学)
・ゼロックス複写機
・エスノメソドロジー、談話分析(DA)/会話分析(CA)
【ルート・メタファー】
・プラン=計画されたもの/海図/ヨーロッパ航海者/目的的な行為の認知科学モデル
・目標志向をもつアドホックなもの/具体的で身体化された活動/トラック諸島の航海者/状況的行為
【結論】
「行為が例外なく特定の社会的物理的な周辺環境に状況づけられるものであるかぎり、その状況は行為を解釈する際に決定的に重要になる」(p.170)。
- 抽象的構造:個別の事例=プラン:状況的行為(=機械:人間)
- 「人間と機械のインタラクションの範囲を大幅に制限するような非対称性」(p.172)。
1.実用的な解決にむけて:MMインターフェイスデザインへの助言
(1)差異モデリングに基づく診断:熟達者と学習者の行動モデルの差異と、機械による検出が成否を決する
(2)診断不一致の検出:診断=学習者が知っている/知らないことの検出
(3)ローカルな解釈と全体的解釈の乖離:その場(in situ)で局所的理解と学習者の経験も包摂する観点からの解釈
(4)トラブルの構成的利用:誤りを同定し修復するための十分な情報を学習者に持たせること
2.行為のリソースとしてのプラン
- スキーマ=プランと、それに対する状況的行為(situated action)の対比
・言語がもつindexical (=指標的)な性質は、発話を状況的行為であることを強化する。
(池田コメント:ただし神話、儀礼的言語、法的虚構にもとづく議論、抽象的議論などにおいても、indexical な性格は動員される——不可欠な——ので、indexical に文脈依存(逆翻訳をすれば"context-dependent")という訳語を当てはめるのは不適切)
-「機械の行為が、明記された条件によって決定されているかぎり、機械と世界のインタラクション、とりわけ人とのインタラクションは、デザ イナーの意図と 能力、つまりユーザーの行為を予想し制約する能力によって限定を受けることになる。状況と行為の表現(さまざまな種類の表現があるだろう)がもつ一般性 が、人と機械のインタラクションのための原理としてのリソースである一方で、このような表現スキーマが文脈に対してもつ非感受性は、原理としての限界でも ある」(p.181)。
【雑多な情報】
1.序
「私の研究における中心的な関心は、相互理解可能性の研究における旧い問題を新しい形で示すことである:すなわち、観察可能な行動と、直接 観察はできないが行動を意味づけるプロセスとの関係である」(p.2)。
In this book I examine an artifact built on a planning model of human action. The model treats a plan as something located in the actor's head, which directs his or her behavior. In Contrast, I argue that artifacts built on the planing model confuse plans with situated actions, and recommend instead a view of plans as formulations of antecedent conditions and consequences of action that account for action in a plausible way.(p.3)
2.インタラクティブな人工物
「第2章ではインタラクティブな人工物という概念を導入し、計算する機械のある特徴に根ざしたその基礎を紹介する」(p.3)。
「この章では、私は、人間と機械の間のコミュニケーションというアイディアを、いくつかの区別可能なコンピュータ機能をもつ人工物の特徴 や、これらの人工 物を知的なものにすることに専念する学問の出現に関係づける」(p.7)。
■マン=マシン関係における言語論的?展開
「コンピュータ支援の人工物をかなり付き合いやすいものたらしめるより深い基礎は、計算する機械やその結果としてもたらされる行動の制御手 段が、機械的と いうよりはますます言語的になっているという事実にある。つまり、機械の操作は、ますます物理的な結果を伴うボタンを押したりレバーを引いたりということ ではなくなり、むしろ共通言語を使用して操作を特定したり、その効果を評価するということになってきているのである」(p.11)。
■人間のコンピュータへの還元不可能性が、人間のコンピュータとのインタラクションという「幻影」をもたらす
「ユーザーがコンピュータの内部の仕組みについての技術的な知識を欠いているためというだけでなく、そうした知識をもっている人にとってさ え、コンピュー タには人間がつくった人工物のうちでは特異な対象として、“還元不可能性”があるからでもある(Turkle 1984:272)。……要するに、機械がある程度予測可能だが、内部については不透明で、また、予測できない行動がありがちであるかぎり、私たちは自分 たちを単にそれを操作しているものであるとか、世界への操作を実行するための道具を用いているものであるというよりも、それとのインタラクションに従事し ているものとして見なしがちである」(p.16)。
3.プラン
「人工的に知的な、インタラクティブな機械のデザイナーのよって保持されている行為とコミュニケーションの基礎としてのプランについての見方を示」す
(p.3)。
■プランニング・モデルにおける行為の相互理解可能性を保証する3つの理論(p.28)
(1)プランニング・モデル:行為の意味づけは計画(プラン)から導かれる
(2)言語行為論:表現がもつ言語的慣習による説明
(3)背景知識の共有説:個人の行為の背景には社会的意味を与えるものが存在する。
4.状況的行為
「この章では、目的的行為や共有された理解に関する伝統的な仮説に挑戦する文化人類学や社会学の最近の研究に話題を転じることにしよう」(p.48)。
「この章では、エスノメソドロジーによって推奨される伝統的な社会理論の逆転、および目的的行為や共有された理解の問題の逆転を記述する」 (p.48)。
■エスノメソドロジーの5つのポイント(原著pp.50)
(1)[P]lans are representations of situated actions (諸プランは状況的行為の表象である)
(2)[I]n the course of situated action, representation occurs when otherwise transparent activity becomes in someway problematic.(状況的行為の中では、プラン以外の他の見えない活動が問題になったときに、表象=プランというものが起こる)
(3)[T]he objectivity of the situations of our action is achived rather than given.(我々の行為の状況の客観性というものは与えられるものではなく達成されるもの)
(4)[A] central resource for archieving the objectivity of situations is language, which stands in generally indexical relationship to the circumstances that it presupposes, produce, and describes.(状況の客観性を達成するための中心的リソースは言語である。言語は一般的に、それを前もって推定し、作り上げ、記述する諸設定に関 する指標的関係性のなかにある)
(5)[A]s a consequence of the indexicality of language, mutual intelligibility is ...
(語のインデックス性[=文脈依存性という訳よりも文脈指示性のニュアンス]により、[行為者の]相互理解とは、安定して共有した意味が永 続的に与えられ るのではなく、その場その場で偶発的に得られるもの——邦訳49ページ)。
・ガーフィンケル派の理解:「行為の意味とその理解の可能性が、観察される行動そのものや、その行為に先立つ行為者の心的状態によって決定 されるのではな く、観察可能な行動や周辺環境との間で【偶発的】に構成される関係によって決定される」(p.112 【 】引用者改変)。
・ワイゼンバウムのDOCTORプログラムの成功(p.64)
- 対話はコミュニケーションの媒介にすぎず、参加者は自分の考えを洗練させたことを「合意」と信じているにすぎない。
5.コミュニケーションのリソース
「意味ある行動のためのアプリオリな慣習規則の体系を一覧する代わりに、[人びとに]共有された理解を協同的かつその場で構成するために人 びとが利用しているリソースを記述した」(p.112 [ ]は引用者)。
■アンサンブル作業としての会話
「対話コミュニケーションの詳細な分析によれば、会話は個人の行為と反応が交換される系列というよりも、参与者による話すことと聞くことの 継続的な関与を 通して達成される共同行為である(文献略)」(p.69)。
6.事例と方法
・実質的にエキスパート・ヘルプ・システムの理論的解説。
7.人間と機械のコミュニケーション
・エキスパート・システムを使ったゼロックス複写機と2人のユーザーのコミュニケーション分析(映像を使った会話分析のトランスクリプトに よる)
「まず最初に、ユーザーの行為を解釈するためにシステムが利用するリソース、つまりプランと内部状態に検討する。その後、状況的質問という 一般的な枠組み のもとに組織化されるユーザーの主要なリソースと、これらの質問に対するシステムからの反応に関連性を発見するユーザーの能力とがデザイナーに対して提起 す問題を考察する。最後に、筆者が誤報(false alarm)、迷い道(garden path)と名づけたコミュニケーション上の破綻に関する2つのクラスについて述べる」(p.115)。
8.結論(承前)
補論*1998
-タイトルは Human/machine reconsidered. 『認知科学』(日本認知科学会誌)5(1):5-13.
論文の章立ては階層化されておらず次のタイトル順に小見出しが続く。機械のエージェンシー、この研究についての私なりの文責/論評、排除さ れた中庸点、 エージェンシー再考、相互的構成、結論
【感想&読書アドバイス】
・背景知識なしに読むのはシビアかも?——通常の授業利用の文脈で要求される2つの背景知識(自然言語研究・エスノメソドロジーと微小民族 誌研究)
・訳文が悪いのは、監訳者(佐伯 1999:210)によると原文が悪文であるかららしい。(ただし翻訳者の誤解という疑念はレイブとウェンガーの書でも指摘されている)
・今日における人間=機械相互作用に関する基礎および応用研究の古典
・「知と行為の実践に基づく理論」(practice-based theory of knowledge and action)研究のひとつ(Goodwin 1994:606)
人間の知のあり方のアリストテレス三分類(→典拠先:アリストテレスの実践知入門)
クレジット: 第45回 現場力研究会での発表原稿にもとづく、池田光穂 2007年7月4日
リンク
++
●ルーシー・サッチマン教授:Professor
Lucy Suchman, by Lancaster University.
文献
- Goodwin, Charles., 1994. Professional Vision. American
Anthropologist
96(3):606-633.
- Suchman, Lucy., 2007. Anthropology as 'Brand': Reflections on
corporate
anthropology. Paper presented at the Colloquium on Interdisciplinary
and
Society, Oxford University, 24 Feb.,2007
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099
もう10数年の知り合い、昵懇のゼロックスサービスマンと(2021年2月4日撮影:カメラマン:伊藤洋子)