先住民の帰属アイデンティティと社会実践
新しい「文化」と「政治」概念への挑戦
【研究の目的】
本研究は、メキシコとグアテマラの両国における先住民という帰属アイデンティティを土台にした社会運動の隆盛とそれに対応する両国家による 先住 民への具体的な民主化政策を考量しつつ学際的に検討することを通して、彼/彼女らの「文化」と「政治」の強い結びつきの現象の実態を解明し、冷戦後の世界 における社会統治における重要な2つの概念の再考を試みるものである。
具体的には、農地改革や土地権利運動ならびに文化的多様性の保全を国家に求める運動の歴史の中でしばしば閑却されてきた「政治的アイデン ティ ティとしての先住民」という未知の論点をあぶり出す検証をおこなう。そのことを通して現地の社会科学者の助言と協力により地域研究の新しい実践的協働のス タイルをめざす。
【研究の特色】
1970年代までの農民運動は左翼思想を基盤にし土地回復を求めた階級闘争であった。他方、冷戦後の1990年代以降に隆盛した先住民運 動は 文化的アイデンティティの承認を求める差異化の政治現象である。そのため両者には「政治」と「文化」の間の断絶が存在するといわれてきた。本研究は、先住 民人口が1千万人に及ぶメキシコと先住民が総人口の過半数というグアテマラという二つの社会の比較を通して、これらの「政治」と「文化」の未解決の断層 を、次の2点に着目し詳細かつ具体的に検証する。
(1)階級闘争と差異の政治学が同一の目標を目指した解放運動であることの可能性と歴史的現実、
(2)先住民運動は文化を守る必要から生まれたのではなく、農民運動組織が発達していた地域で起こった政治運動であること可能性と歴史的現 実。
批判的リベラリズムの伝統は人種、ジェンダー、階級、エスニシティの諸集団が国家により構築された所与の集団であり民主制(=国家)はそ れら の集団からの異議申し立てに対処する責務があるという主張がある。他方、人類学は、先住民が構造的に構成される政治的アイデンティティである事実を把握し ながらも今なお文化的である主張を崩していない。現代の先住民運動は、この2つの配列に沿ったアドボケートを擁しており多文化共生にまつわる社会統治は 「政治」と「文化」の癒合関係という現実に背を向けて、国家と先住民の間の社会的信頼関係をいまだ確立していない。本研究は多様な歴史的起源と展開を遂げ た先住民アイデンティティを再検証することで、先住民を民主制度確立に向けて国家に提言をおこなう政治的主体として理解しつつ、民族的少数者の包摂という 課題は民主国家建設のジレンマではなく逆に社会の健全性のバロメーターとなる可能性をもつ諸条件を明らかにし、社会の安定統治のための対話型の新しい政治 モデルを提言することができる。
【これまでの研究の実施状況】
本研究の参加者は全員、日本・メキシコ・グアテマラにおいてこれまで10年以上にわたり中米諸国での先住民運動を研究してきた。各メンバー の所 属研究機関には、これまでの資料等が蓄積されており、研究のための施設利用はつねに可能な状態にある。とりわけメキシコ研究者(Dr.A.)は文化人類学 で博士号をもつ農業問題の専門家であり著者も多数ある。グアテマラの研究者(Mtro. F.)は弁護士資格をもち先住民の法的権利研究のNGO 専門家である。この両名は社会実践活動においても知識人として影響力をもち研究と実践がスムースに結びつくための具体的実績がある。我々は所属する国内外 の学会や研究会などを通じて、それぞれの研究内容について知悉しており、本研究に関する事前協議を十分に積み重ねている。そのため情報通信ツールを活用し て、相互に緊密に連絡をとりながら研究計画を着実に実現できる態勢は整っている。
この研究は日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(B)海外学術調査「中米先住民運動における政治的アイデンティティ:メキシコとグアテマ ラの比較研究」(平成22年度〜平成25 年度:研究代表 者:池田光穂)の進捗報告です。関係各位の皆様、研究班のメンバーのみなさまに感謝いたします。
クレジット:先住民の帰属アイデンティティと社会実践;新しい「文化」と「政治」概念への挑戦.
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099
Acknowledgement, This work was supported by JSPS KAKENHI Grant
Number 22401011.