はじめによんでください

部族

[英]tribe[仏]tribu[独] Stamm

池田光穂

部族(ぶぞく、トライブ、トリブ等)は、異民族を表 現する方法として定着した「人の集合呼称」です。しかし部族という用語には、多義的な意味と話者の価値判断が付与され変遷を遂げてきたために、現在では統 一した術語としては使えないものになってしまいました。もちろん、それゆえ、可能性のある用語ということもできます(池田 Online)。

当初、トライブを人類史における政治権力の誕生を複 数のクランの競合で説明(用例:部族国家、部族法典)し、やがてオーストラリア先住民など の内婚制を説明するために婚姻クラスの説明として、この用語が使 われました。また19世紀の社会進化論では、社会組織の進化をバンド・部族・首長制・国家という発展段階で説明したりしましたが、今日では言語や文化を共 有する民族集団(エスニック・グループ)の同義語としても使うこともあります。部族概念が(歴史を除いた)非西欧の社会に使われたために、西欧列強が植民 地を分割統治するために部族概念を「発明」し、既存のものを再編成・再加工したという主張もあります。それゆえ部族という言葉は、現在でも利用可能です が、その際に概念規定を明確にしないと——まさに酋長(しゅうちょう)と用語と同様に——聞く人に大変混乱を招く概念となります。

このため、ポストコロニアルな現今においては、その ような用語を差し控えるべきであるという主張が当然のことながら出てくる。それに代わる政治的に脱色され用語がエスニシティである。

法律学者のL・R・ウェザーヘッドは、人類学者の 「ありふれた定義」ではなく、エスノヒストリーの定義と法律学のそれ——北米の先住民との政治的取り決めのなかで鍛えられてきた「部族」概念——を調停 し、フレキシブルな基準を作ろうともくろみる。この発想は、実証主義に鍛えられているにも関わらず経験から抽象的概念を紡ぎ出そうとする人類学者よりも、 より現実に即した法律のプラグマティックな使い方に「部族」の用語を馴染ませようとする方向性を示唆している。

"Because the socio-political situations in which indigenous Americans were found were varied and numerous, references in this paper to "'tribe' in the ethnohistorical sense" refers not to a stock anthropological definition of "tribe" but rather than to the peculiar history of each Indian group. Thus, in speaking of reconciling the legal and ethnohistorical meanings of "tribe," we are talking about deriving a legal standard flexible enough to include the different social, political and cultural arrangements of each American Indian group."(Weatherhead 1980:5の脚注27)。

「先住アメリカ人についてこれまで明らかになった社 会政治的状況は多様でおびただしいものであるので、この論文で取り上げた参照文献における〈エスノヒストリーの意味でいう「部族」〉とは、「部族」のありふれた人類 学的定義ではなく、むしろ、それぞれのインディアン集団の固有の歴史をさすものである。したがって「部族」に関する法律とエスノヒストリー の意味を調和することについて語るのであれば、個々のインディアン集団の社会的、政治的、文化的の多様な布置を包含するのに十分に柔軟な法律上の基 準を引き出すことを、私たちは語ることになる」

部族(トライブ)がもつレッテルの劣等性や侮蔑性を 嫌うという統治者側の「配慮」もある。しかし、この概念は国民国家体制なかで少数民族や先住民を管理する便利な用語になりかねないという批判がある。現 に、劣等性や侮蔑性とは無関係に、(元)部族の人びとが、自分たちのカテゴリーを堂々と名乗っている事実もある。例えば、マサチューセッツ州ケープゴッド のMashpee Wampanoag Tribeの人びとがそうである。

ジェームズ・クリフォードは、部族の概念には、アン ビバレントだが力強い意味が当事者側からの申し立てと自己カテゴリーの命名としてあり、このことは無視できない歴史的事実であると同時に、文化人類学が学 ぶべき「観点」だと主張する。(→「強い文化概念としての部族」に続 く)

リンク

文献

医療人類学辞典
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 2012-2019