文化人類学からみた "My Sister's Keeper" について
(解説)
池田光穂
ジョディ・ピコー原作/ニック・カサベスティス監督 『私の中のあなた』(My Sister's Keeper)から、デザイナーベイビあるいはスペアパーツベイビー時代における、現代人の生き方について 考えます。
1 |
解説 文化人類学からみた「私の中のあなた」 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 池田 光穂 みんぱくワールドシネマ 2013年5月12日 国立民族学博物館 講堂 参加者:約350名 |
|
2 |
講師自己紹介 |
|
3 |
自己紹介 ■池田光穂(いけだ・みつほ) ■1956年申(サル)年生まれ ■大阪大学コミュニケーションデザイン・セ ンター教授 ■単著『実践の医療人類学:中央アメリカ・ ヘルスケアシステムに おける医療の地政学的展開』2001年、世界思想社 ■編著『医療人類学のレッスン』2007 年、学陽書房 ■単著『看護人類学入門』2010年、文化 書房博文社 ■編著『認知症ケアの創造:その人らしさの 看護へ』2010年、雲母 書房 |
|
4 |
民族学と文化人類学 • 民族学とは、世界のさまざまな民族における社会や文化などを調べる学問です。 • 文化人類学とは、民族学の研究成果にもとづいて「文化」という概念を中心に、経験主義的な実証調査法(=インタビューと参与観察)を使って、考察する学 問分野です。 |
|
5 |
医療人類学 • 医療人類学とは、民族学や文化人類学の知見を使って人間にとっての「医療」や健康のテーマを研究する学問分野です。 • 医療人類学が扱う「医療」には、現代の医学・歯学・薬学・看護学の分野のみならず、ひろく健康に関する人間の活動、すなわち健康維持法、薬草療法、宗教治 療、さらには「迷信」と呼ばれるものまでをも含まれます。 |
|
6 |
医療人類学を学ぶには? • 私たちが生活する上で必要な「医療」とは、人間の生活全般に広く関わっています。 • そのため、医療人類学を学ぶためには、(1)文化人類学の知識と、(2)近代医学の知識の他にも、(3)現代社会の政治や経済などの広い知識が必要となり ます。 • このことを踏まえて「私の中のあなた」について探求していきましょう! |
|
7 |
白血病とは? • 白血病とは、さまざまな種類がある病気で、血液のガンと言われます。遺伝子が変化した血液をつくる細胞が、骨髄のなかで増殖することで、感染症・出血・貧 血など、さまざまな症状と病気を引き起こします。 • ドラマのなかでケイトは白血病の一種である急性前骨髄球性白血病(APL)と診断されました。 • アナはケイトの治療のために薬剤の注射、リンパ球や骨髄の提供をおこなってきたようです。最後にはケイトの救命のために腎臓の提供の可能性まで出てきまし た。 |
|
8 |
抗がん剤治療 • 白血病の治療には抗がん剤が使われます。白血病の状態を押さえるために多種類の抗がん剤が使われることが多いのです。 • 抗がん剤療法は、副作用も多様で強いために、注意深い経過観察が必要であり、また患者(患児)に苦痛を強いることになります。 • そのため新しい代替的治療方法(例:分化誘導療 法)が模索されていますが、残念ながら、ケイトの治療にはなかなか功を奏さかったようです |
|
9 |
骨髄移植 • 骨髄移植は、白血病の患者(もらう側:ケイト)に、正常な人【あげる側:アナ】の骨髄細胞を輸血する方法のことです。 • 【あげる側:アナ】白血球の一種の血液型(HLA)の一致がないと移植には使えません。移 植される骨髄は、腸骨(骨盤の中で一番大きな骨)から太い注射針を注入して採取します。現在の技術水準では肉体的負担がいまだにある。 |
|
10 |
骨髄移植:もらう側 • 骨髄移植は、白血病の患者【もらう側】に、正常な人(あげる側)の骨髄細胞を輸血する方法のことです。 • 【もらう側】移植の前に、患者(患児)の白血病の原因を根絶やしにするために大量の抗がん剤と放射線照射がおこなわれます。これを前処置(=狭義の治療に は含まれない)と言いますが、それはこの治療のためには不可欠です。前処置は患者に多大な肉体的負担をかける。その後、骨髄からの輸血による移植が行われ ます。なお前処置によって将来、成長障害と不妊という危険性が生じる可能性がありますが、前処置が徹底化しないとより深刻になるという治療上のジレンマが あります |
|
11 |
ここで家族関係を整理してみましょう |
|
12 |
映画「私の中のあなた」の家族関係 |
|
13 |
人為的に加工した赤ちゃん • デザイナーベイビー(デザインされた赤ちゃん)とは、受精卵の段階で遺伝子操作をすることで、将来誕生した時に、なんらかの身体的特徴を持つように計画さ れて生まれてくる赤ちゃんを、こう呼びます。スペアパーツベイビー(部品として利用される赤ちゃん)とは、同じく遺伝子操作をすることで、将来の予備の臓 器保有者として生まれてくる赤ちゃんのことです。 • ともに人工授精という方法の発展と刷新により非現実的なものではなくなりつつあります。 |
|
14 |
倫理的問題 • 親の望むように人間の生命を誕生させたり、子供の臓器を利用してもいいのでしょうか? • 【はい】人間はそのように子供を産み育ててきました。ただ、それが現代科学の助けによって進展してきたにすぎません。 • 【いいえ】人間は技術的制約により、歓びや苦しみを乗り越えて道徳を作り上げてきました。現代科学の進展はその制約をとうとう破壊しました。だから何らか の対策は必要なのです |
|
15 |
倫理的問題への対処 • 【現状】禁止しても科学者たちは「当事者たちを 救う」という口実で、これまでの慣習的違反を 破ってきました。そして既成事実を積み上げてか ら、後戻りできないようにしてきた可能性があり ます。 • 【対策】何が可能で、何ができないのかという基 準(ガイドライン)を専門家のみならず一般人も 参加して立案検討し、社会的承認を得るという方 法がとられるべきである。 |
|
16 |
法的問題1/3 • 生まれてきた目的が何であれアナは正常児で健康なからだをもつため、アナへの身体的介入は、健康な人を傷つけること、すなわち傷害となります。【傷害罪】 • しかしながら医療者の行為は、通常は治療のためにおこなわれるので傷害だと見なしていれば、だれも訴えられるのを恐れて治療しなくなります。そのため法律 は、医療者の善意による治療行為を傷害とみなさないようなルールを設けています。【違法性の阻却】 |
|
17 |
法的問題2/3 • 苦痛を伴う臓器(骨髄等)の提供を承諾しているのは誰でしょうか?それは、未成年アナの代わりに両親が同意していることになります。結果的に傷害となる医 療者の行為を仕向けている原因は、両親であることになります。【医療行為の管理権】 • 両親は、ケイトを救うがためにアナを産んだために、アナが自分の意志で臓器(骨髄)の提供を拒むことを、想定していません。【アナの利益と両親の利益が相 反する可能性】 |
|
18 |
法的問題3/3 • アナの利益(苦痛を感じないこと、平穏にくらすこと)が、ケイトの治療のためにじゃまにされたり、あとまわしにされることが明白だとすればどうでしょう か。そうなると、両親の行為がアナの権利を侵害していることになり、両親のアナに関する権利(管理権)を、法的に制限しなければならない可能性が生じま す。 • 裁判所は、アナに両親以外の後見人あるいは法定代理人(legal guardian)をつけて、両親の権利を制限し、両親がこれからもアナを保護しながら、アナの権利を守るべく審理をはじめる必要が生じます |
|
19 |
大学院生の取り組み • 映画を観ずに、背景説明だけで、この問題について学部高学年と院生の皆さんで討議してもらいました。 • テーマは、科学的実現可能性、倫理的に問題ないか、そして成長したスペアパーツベイビーに法的権利(=自分で自分のことを判断して行動する権利)はあるか ないかという議論でした |
|
20 |
大学院生たちの結論 • 院生たちの結論は、こうです: • 科学的実現性については、ほぼ可能だろう。倫理的問題については、あり/なしの比率は半々でしたが、何らかの問題が含まれるという留保つきのものでした。 スペアパーツベイビーの権利は、目的がそうであっても生まれてからの権利は当人に帰属するから意志を表明すれば、両親はそれを尊重すべきというものでし た。 |
|
21 |
教師たちの感想 • 教師たちは概ね予想どおりだったと表明しました。しかし iPS細胞でこれに代わる科学的方法で乗り越えられるんじゃないかという若者の意見には懐疑的でした。これまでの先端医療技術の宣伝と事実のギャップ、そ して見事なまでの敗北の歴史をよく知っているからでした。 |
|
22 |
受容する文化の多様性 • 日常的な問題解決を医療技術の進歩に期待して、また実際に近代医療の技術に問題解決の比重をよりかけることを「医療化=メディカリゼーション」と呼びま す。先端技術を受け入れた先進国でも、受け入れ方が多様だった理由は、医療に対する文化の違いの影響だと言われています |
|
23 |
遺伝子への信仰 • 文化によって受け入れる態度に多様性がありますが、同時に共通する部分があります。それは治療に関して遺伝情報が比重が高まるにつれて、人間の本質を遺伝 子に求める考え方、つまり「遺伝子への信仰」が先進国の人を中心に急速に普及してきたことです。これを遺伝子神話とかDNA神話と呼ぶことがあります。こ れは私たちの新たな信仰なのでしょうか? |
|
24 |
原作にみられる聖書の影響 • 映画の原作になった小説(J.Picoult, My Sister's Keeper, 2004)には、明確に旧約聖書の影響を感じることができます。それは創世記にあるカインとアベルの兄弟の逸話です。ケイトとアナの姉妹の運命は、原作の 結末では映画の作品とは異なった展開をみせます(詳しくは申しません→(^.^)//)。カインは神(ヤーウェ)に問いかけら れて"I know not: Am I my brother's keeper?"[4:9]と人類最初の「嘘」を言い、神に呪われしまいます。 • この映画の解説は医療人類学者によるものですから、この解釈と解説はまた別の機会にしましょう! |
|
25 |
参考資料 |
|
26 |
これからの勉強のために • 池田光穂・奥野克巳編『医療人類学のレッスン』2007年、学陽書房 • 池田光穂『看護人類学入門』2010年、文化書房博文社 |
***
文献・リンク集
(c)Mitzub'ixi Quq Chi'j. Copy&wright[not rights] 2015-2018
Do not paste, but [re]think this message for all undergraduate students!!!