人種単元論と人種多元論
Monogenism and Polygenism
池田光穂
人種単起源論ないしは単起源論者 (monogenist) とは、人類の誕生——19世紀の人種起源論が盛んな時期に——を単一のアダムとイブに求める立場のことを言う。他方で人種多元論ないしは人種多元論者(polygenist)は、人間間の種的な差異——この場合は白人と黒人の人種の違い——と優劣の違いを温存することを正当化する、アダムとイブ以降には「根本的な人種の差異があって当然だ」とする見方である。この後者の論者(=人種多元論者(polygenist))たちは、人間の多様性を固定化する「人種」が(自分たちの理解に可能なように)神によって(都合よく)創造され たこと——創造説(creationism)という——を疑わない人たちで、創造論者のひとつの考え方のスタイルである。また、白人の祖先と有色人の祖先を人種多元的に区分するために、人種多元論者(polygenist)の支持する立場は人種主義である。
他方、人種概念が生まれ、人間の種別的差異に絶対的
価値をおき、「人種間の混淆」を「人種の変成や退化」と怖れた人たちは、「創世記」にみられるアダムとイブによる人間の創造を人種の差異を肯定しつつ——
人種差別主義ではつねに力をもつ集団が力のない集団に隷属を強いたり差別をおこなう——創世記にみられる人間の単一性の「神話」を、人種間の差異の「科
学」——近代のもうひとつの「神話」である——的根拠をもって正当化しようとした。人種多起源論ないしは人種多元論(poligenist)では、人種の
違
いは神によってつくられたものであるので、それぞれの人種はそれぞれのアダムの子孫だという考え方を信奉する。人間の違い、すなわち人種の差異は、神が生
み出したものであるので、したがって人種差別をすることは、神の意思に対抗することはない、あるいは神の意思に従うものであると主張した。人種多元論者(polygenist)の中に
は、ディビッド・ヒュームなども含まれるが、この説すなわち人種多元論者(polygenist)のもっとも盛んであったのは19世紀前半のアメリカ合衆国であり、グールドはその代表をハーバード大学
の教授であったルイ・アガシ(Louis Agassiz, 1950)に求めている(グールド 2008上:107-
109)。
このような対比だと、単起源論では人間の種的差異 は、アダムとの距離で同じだと考えるので、多起源論よりも、《よりまとも》に思える。しかしながら、単起源論の人たちは、人種差別を否定したわけではな い。単起源論でも、人種差別を正当化できるのは、上記の「人種の変成や退化」という説明原理である。すなわち、蛇に誘惑されたイブ——アダムの肋骨から生 まれた——によって勧められた禁断を実を食べる前のアダムは、人間として完璧であった。アダムが禁断の実をたべて永遠の楽園から放逐されたように、人間に は、退化という現象があり、進化論を信じることができない彼らは、人種は放っておけばどんどん退化——その典型例は人種の混淆である——してきたと考え た。人種の差異もまた、人間の有史以降の差異の結果であるとしたのである。たとえば、白人とアフリカ人とくらべて、前者は後者にくらべると退化の度合いは 小さい。白人がアフリカ人よりも「優秀」は理由は、退化の度合いによるものだと考えるのである。
上記の情報は、グールド(2008上:102-
103)による。
語の定義
人種多元論(人種多起源論)と進化論の複雑な関係に
ついては、ハンナ・アーレントの次の議論を参照のこと
■01:「イギリスとアメリカでは事はもっと厄介 だった。ここでは理論としてではなく、奴隷制廃止後の共同生活の問題が 政治的実際的に解決を迫られていたからである。南アフリカを除けば——この国にはすでに19世紀に完全な人種社 会が発展していたが、それがヨーロッパのイデオロギーに影響を与え始めるのは19世紀の80年代になってからで あるから、現在問題としている時期にはまだ関係がない——実際の政治問題として人種問題が存在していた国はこの ニつの国だけだった。両国の場合とも、奴隷制の廃止によって人種問題はかえって尖鋭化し、人種問題そのものとし て初めて関係者に意識されるようになった。1834年のイギリス植民地の奴隷制廃止後になって初めて、またアメ リカ南北戦争前から戦争中にかけての数十年にわたる論議において、[エドマンド・]バーク的観点がいかに災いだったかが明らかになった。もっと的確に言え ば、イギリスの国民形成が憲法による人権の新たな定式化を伴わず、人権よりも国民的相 続財産としての〈イギリス人の権利〉を選んだという事実が災いしたのである。その結果は、イギリスの世論が数十 年にわたり無数のくだらぬ生物学的世界観に肥沃な土壌を提供するようになったことだった。そしてこれらの世界観 はすべて人種主義的傾向を帯びていたのである」(アーレント 1982:91)。
■02:「これらの自然主義的イデオロギーはすべ て、ものものしい似而非科学的道具立てを備えて世論に登場している。次 にこれらの中の重要なものだけを年代順に挙げてみることにしよう。まず最初は人種多元論者である。彼らは聖書の 「嘘言」に公然と戦いを挑み、人種間の一切の類縁関係を否定し、また、あらゆる人間を結ぶ環としての自然法の理 念を徹底的に攻撃した。人種多元論は、特定民族の人種的優越性を俄かに立証して見せたりはしなかったものの、異 なる人種の人間は肉体的相違の故に相互に理解し合うことすら不可能であることの科学的証明をやっている。キプリ ングの有名な言葉、「東は東、西は西/この2つが相会うことは決してない」——これについてはキプリング自身が 小説『キム』の中で反証を示しているが、それも立証不可能なことに対して反証を示し得る限度内のことでし かないーーは、インドでの実際経験よりは人種多元論者の説の方に遥かに近い。しかし人種多元論者の理論は、イギ/ リス知識人、ひいては植民地役人の態度に影響を与えることによって、直接に政治的効果もあげている。植民地役人 は異人種聞の通婚をおよそ起り得る最大の不幸、およそ犯し得る最大の罪と見たが、その理由は、このイデオロギー によればこのような結婚から生れる子供はどの人種にも属さない人間、「すべての細胞が内戦の舞台」である怪物に なるからである。イギリスの植民地役人に独得の近づき難い冷やかさは、フランスの役人のおおっぴらな腐敗ぶりよ りもっと憎しみを買っていたが、この態度はまだ決して侮蔑感から出たものではなく、人種多元論に支えられたもの だった。人種多元論者はイギリス植民地役人にいわばお説え向きの世界観を提供したのである」(アーレント 1982:91-92)。
■03:「イギリス植民地役人の性格と態度をある意 味で弁護しているのは、彼らが大体において、人種のヒラエルヒーをま だ知らなかった人種多元論者から決定的影響を受け、ほぽ同時に現われていたダーウィニズムのイデオロギーを受け 容れていなかったという事実である。ダーウィニズムは一般の世論では急速に人種多元論を追い抜き、ついには完全 に競技場から追放してしまった。ダーウィニズムも本質的には遺伝理論に立脚しているが、これに十九世紀の政治原 理たる進歩信仰をつけ加えることによって、見かけ上は人種多元論と反対の結論に遺している。すなわち、すべての 人間ばかりでなく、すべての生物は類縁関係で結ばれており、そして低級人種の存在は、人間と動物の間に本質的相 違はなく発展段階的な相違があるにすぎないことを明瞭に示している、という結論である。しかしそうなると人間の 生活もまた、ダーウィンが生存競争として説明した全自然界の法則に同じように支配されるということになる。この ことによってダーウィンは——彼は進歩を生物学上の事実として発見したのだということを度外視すれば——十七世 紀以来の〈カは正義なり〉の古い理論に新たなきわめて効果的な論拠を与えた。ただ、かつては征服者の誇り高い言 葉を語っていたこの権力理論は、いまや、日々のパンを求める戦いの中であらゆる手段に訴えて人より上にのし上ろ うと努めている人々の苦渋と恨みのこもった言葉に翻訳されたのである」(アーレント 1982:92)。
● On "Crania Americana,
or, a comparative view of the Skulls of various aboriginal national of
North and South America," London : Simpkin , 1839 ; Crania Ægyptiaca,"
Philadelphia : John Penington, London : Madden , 1844
""American Theories of Polygenesis" is the first set in the "Concepts of Race in the Nineteenth Century" series edited by Robert Bernasconi. The seven-volume collection brings together key works on the creationist theory of polygenesis. In the mid-19th century, American ethnological research was dominated by two polygenists, Samuel George Morton and Louis Agassiz. Their works on the subject are represented in this set, as are the major texts of the two most famous popularizers of polygenesis, Josiah Nott and George Gliddon. Charles Hamilton Smith's work, which was adopted by supporters of polygenesis in the United States, is included in its American edition, as is the translation of Arthur Gobineau's classic essay on the inequality of the human races by Henry Hotz, a work which Nott and Hotz doctored to bring into line with American polygenesis. This set is completed with a volume by John Bachman, an American opponent of Nott and Gliddon, and another by Alexander Winchell, a representative of the next generation of American polygenists. Historians of science, anthropology, American philosophy and evolution should find this collection valuable for understanding one of the key debates on race in the 19th century. During the 19th century complex and vibrant discussions among scientists on the subject of race fed the broader public with a variety of different concepts of race. Following on from the eight-volume set "Concepts of Race in the Eighteenth Century" (April 2001), "Concepts of Race in the Nineteenth Century" brings together the most important works which contributed to these controversial debates. Divided into themes, six sets collect a wealth of rare material by prominent scientists such as Paul Broca, Samuel George Morton, Josiah Clark Nott, George Robins Gliddon, Robert Knox, Louis Agassiz and Paul Topinard. By making accessible rare primary source materials many scholars will have their first chance to study for themselves texts like "De l' galit des races humaines". Written by Ant nor Firmin, a Black author from Haiti, it is virtually inaccessible in its French original. The series contains more than forty titles and constitutes a resource for the examination of race in Western thought. Robert Bernasconi has written an introductory essay for each set with a brief essay on each work." - Source: https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA56991592
「人種多元論のアメリカ諸学説」(American
Theories of Polygenesis) は、Robert Bernasconi が編集する "Concepts of Race in
the Nineteenth Century"
シリーズの最初のセットである。この7巻のコレクションには、創造論者の多系統遺伝説に関する主要な著作が集められている。19世紀半ば、アメリカの民族
学研究は、Samuel George MortonとLouis
Agassizという二人の多元論者によって支配されていた。このセットには、このテーマに関する彼らの著作と、多元論を広めた二人の著名な研究者、ジョ
サイア・ノットとジョージ・グリドンの主要なテキストが含まれています。また、ノットとホッツがアメリカの多元論に沿うよう加工した、アーサー・ゴビノー
の古典的エッセイ「人類の不平等」のヘンリー・ホッツによる翻訳も収録されています。さらに、ノットやグリドンに対抗するアメリカ人ジョン・バックマン
と、次世代のアメリカ人ポリジェニストを代表するアレクサンダー・ウィンチェルによる1冊を加えて、このセットは完成する。科学史、人類学、アメリカ哲
学、進化論の研究者は、19世紀の人種に関する重要な議論の一つを理解する上で、このコレクションが貴重なものとなるはずである。19世紀、人種をめぐる
科学者たちの複雑で活発な議論は、さまざまな人種概念を広く一般に知らしめた。本書は、2001年4月に刊行された『18世紀の人種概念』(全8巻)に続
き、『19世紀の人種概念』として、これらの論争に貢献した最も重要な著作を収録している。テーマごとに分けられた6つのセットは、ポール・ブローカ、サ
ミュエル・ジョージ・モートン、ジョサイア・クラーク・ノット、ジョージ・ロビンズ・グリドン、ロバート・ノックス、ルイス・アガシ、ポール・トピナード
といった著名科学者による貴重な資料を豊富に収録している。貴重な一次資料が公開されることで、多くの研究者が『De l' galit des
race humaines』のようなテキストを自分で研究する最初の機会を得ることができます。ハイチ出身の黒人作家Ant nor
Firminによって書かれたこの本は、フランス語の原書ではほとんど読むことができない。このシリーズには40以上のタイトルがあり、西洋思想における
人種を考察するための資料となっている。ロバート・ベルナスコニが各セットの紹介文を書き、各作品について簡単なエッセイを添えている。
Crania Americana -the most important book in the history of scientific racism, Cambridge University
クレジット:人種単起源論と人種多起源論
(Monogenism and Polygenism)/人種単元論と人種多元論(Monogenism and Polygenism)
リンク
文献
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