はじめによんでください

人種主義

racism, racismo

Ruth Fulton Benedict, 1887-1948

解説:池田光穂

人種主義(レイシズム)とは、ルース・ベネディクト (1997: 116)によると「ある民族集団が先天的に劣っ ており、別の集団が先天的に優等であるように運命づけられている、と語るドグマ」のことである (Benedict 1945:98)。今 日では、人間集団の社会的違いを、生物学を基調とする本質主義的な種的な違いをあら ゆるタイプの差別や 権力にもとづく選別に利用する考え、をそう呼ぶことができる。

"Racism is the new Calvinism which asserts that one group has the stigmata of superiority and the other has those of inferiority." (Benedict 1945:4)

「人種差別とは、あるグループには優越の刻印(しるし)があり、もう一方には劣等の刻印(しるし)があると主張する新しいカルヴァン主義である。」

"Race, then, is not the modern superstition. But racism is. Racism is the dogma that one ethnic group is condemned by Nature to hereditary inferiority and another group is destined to hereditary superiority. It is the dogma that the hope of civilization depends upon eliminating some races and keeping others pure .It is the dogma that one race has carried progress with it throughout human history and can alone ensure future progress. It is a dogma rampant in the world today and which a few years ago was made into a principal basis of German polity." (Benedict 1945:98)

「人種は現代の迷信ではない。しかし人種差別はそう である。人種主義とは、ある民族集団は自然によって遺伝的劣等を宣告され、別の集団は遺伝的優越を運命づけられているというドグマである。文明の希望は、 ある民族を排除し、他の民族を純粋に保つことにかかっているというドグマである。人類の歴史を通じて、ある民族が進歩を担ってきたというドグマであり、そ れだけが将来の進歩を保証できるというドグマである。それは今日の世界で横行しているドグマであり、数年前には[ナチス・]ドイツの政治の主要な基礎となっていた。」

さて、ルース・ベネディクトの定義がユニークなのは、人種主 義を説 明するのに「人種」の概念を一切使っていないことである。なぜなら、ベネディクトは、彼女 の先生(=指導教員)であった、フランツ・ボアズの教えに従い、 人びとが考える人種とは、血液や肌の色などで決定的に「異なる」集団であると人びとがそう思っている虚構にすぎず、身長、肌の色、生物学的な外見の形質 は、「混血」によりグラデーションによって、分けられるにすぎないと考えていたからである。ボアズやベネディクトの思想を受け継いだ多くの(北米の)文化 人類学者たちは、基本的にその議論の延長上に人間の集団(ベネディクトのいう「民族集団」)を位置づけようとするが、人種主義者の語彙のなかに、人種が確 かにあること(=本質性)を前提にした「混血」などの用語がある。その用語を使って、人種主義の「虚構性」を指摘したために、人種/人種主義を語る文化人 類学たちの語り口はそれほどシャープなものに聞こえにくい。

ベネディクトの言った、多くの人間が抱きがちな誤っ た「ドグマ」を克服することはなかなか難しい。また、人種主義が(論理学でいうところの「論点先取(begging the question)」の 咎ゆえに)誤ったものであることは証明されている/ 明白であるにも関わらず、「肌の色の違いは明白である」という経験的事実から、人種偏見から自由になるために「その違いはないことにしましょう」と誤解さ れることの多い「カラーブラインド/カラー・ブラインド」原則にいたるまで、今日でも、人種主義の克服は、人間にとっての厄介な課題でありつづけている。

人種主義とは、その語の定義から、人種の存在を普遍 化して、「人種の差異」にもとづく峻別をつける思想と言えないことはないが、歴代の(?!)人種主義の用法は、その人種の集団のなかに、劣等と優秀という 2つの価値観を押しつけ差別を正当化するために利用されてきたので、人種主義=レイシズムを、人種差別主義と訳されてきたのも事実である。

もちろん、今日の人種主義の先駆形態・イデオロギー ともいえる白人優越主義(White supremacy or white supremacism)は、啓蒙主義の17世紀までにさかのぼれる科学人 種主義Scientific racism)の影響を受けてきたが、それについては、リンク先の情報をみていただきたい。科学的人種主義の同義語としては、「人種生物学」「人 種的生物学」「疑似科学的人種主義」などの用語があり、近代のそれは、ジョゼフ・アルテュール・ド・ゴビノー伯爵(Joseph Arthur, Comte de Gobineau / Arthur de Gobineau, 1816-1882)によるものであり、彼の生物学的人種主 義は、現在の人種主義のスタイルに大きな影響を与えた。

科学人種主義Scientific racism)は、ウィキペディア(英語)の表現に倣うと、人種主義(人種差別)、人種的劣等性、あるいは人種的優越性を支持するか正当化するた め経験に本当らしく見せる「擬似科学的信念(pseudoscientific belief)」のことである。言い換えると、異なった表現型 (phenotypes)や遺伝型(genotype)の個人を明確に区分された諸人種に分類する実践を端的に科学人種主義と言うことができる。歴史的には、科学人種主 義は、かつての科学者集団のなかでは信頼性があったとみなされたが、現在ではもはや科学的なものではないと認定されているものをいう。

しかし同時に、レイシズム(人種差別主義)とは、端的に政治権力を通して人種差別を正当化する概念で もある。ハンナ・アーレントは『全体主義の起源The Origins of Totalitarianism, 1951)』のなかで、「レイシズムは、帝国主義的政治の主要なイデオロギー的武器で あるという事実は明確」であると、正しく指摘している(Arendt 1957:160)。

制度的人種主義・制度的レイシズム・体系的人種主 義(Institutional racism,  systemic racism)[→制度的人種主義・体系的人種主義][→アメリカ合衆国における制度的人種主義

●ボアズは人間の基本的な精神性(マインド)には人 種間の違いがないが、能力の優劣があると1901年の時点では、そのように主張していた(→「ボアズとレイシズム」)。

リンク(より複雑なリンク集は→「人種主義をめぐるポータル」へ)

人種主義に対する科学的な批判

ナチスドイツの人種主義政策

文献

その他の情報

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ニュールベング法(1935)

The Nuremberg Laws (German: Nürnberger Gesetze) were antisemitic and racist laws in Nazi Germany.

みんな同じという「イデオロギー」・イメージ(現代)