エコ・ツーリズムと黄金の卵
Ecotourism and the "Goose & Golden eggs" allegory
「エコ・ツーリズムと黄金の卵」
地球環境問題が深刻になりつつある現在、人類文明が環境と調和してゆくこと、すなわち「地球にやさし い」というスローガンを我々はしばしば耳にするようになった。そのような状況のもと、従来の「観光開発」が行ってきた地球環境に対する否定的な効果を反省 しようとする機運がこのところますます高まってきたことは言うまでもない。
他方ヘッケルの「生物(界)の経済」という構想から生まれた生態学は、ヨーロッパにおける植物を中心 とした景観相の把握、さらには英米におけるモデル化および数量化という革新を通して西洋近代の自然観の影響を受けつつも、同時に創出された理論が社会に フィードバックし彼らの自然観の形成に多大なる影響をもたらしてきた。
「エコ・ツーリズム」とは、そのようなエコロジー(生態学)とツーリズム(観光)が合成された用語であ り“生態観光”と言うべきものである。自然保護サイドから観光開発サイドまで、エコーツリズムの定義には、概念づける人たちの理念やポリティクスが絡まっ て多様なものがみられる。いづれにせよ、観光の目的地となる自然および社会的環境の保全と尊重を第一の課題とし、その土地に住む人びとの持続可能な開発 (sustainable development)をも図ってゆこうというものである。
スコットランドにおいて訪問者が守るべき規約をまとめたカントリ・コード、会員が10万人にもおよぶ スイス自然保護連盟が運営するエコロジー・センターの夏期講座、国立公園外の田園地域を保全する米国のグリーライン・パーク計画、中米コスタリカにおいて 国立公園の周辺地域で研究調査をするのための“観光地”として位置づけるNGOグループの「科学的観光」計画、など全世界の各地で様々な試みがすでに始め られている。
このようにエコ・ツーリズムの諸実践を概観すると、観光には虹色の未来が開けているかのように印象づけ られる。だがそのような理念と実践が生まれてきた背景にはいろいろな苦渋や失敗があったし、このような一連の試みに十分な将来性があるかというと疑問な点 も多い。エコ・ツーリズムが抱える最大のアポリア(難問)とは、保守保全の発想に基づいた“自然保護”と異種の環境に人類が 進出する“観光”が果して両立可能であるか?、ということだ。
エコ・ツーリズム開発に伴うこのようなジレンマを表現するのにしばしば“黄金の卵を産む雌鶏(あるいは鵞鳥)”の比喩が使われてきた。この例えでは、豊かな自然は“雌鶏(鵞鳥)”そのものである。雌鶏自体は特に変わったとこ ろはない。一見どこにでもみつけることのできる鶏と同じなのだ。そこには“人間に与えられたもの”--少なくとも人間はそう信じている--としての 自然環境の遍在性を知ることができる。そして我々は、そのような当り前の事実をつい見落としがちである。
“黄金の卵”とは、持続可能な開発を続けることによって得られる富の隠喩である。それは雌鶏に餌をや り世話をし続けることによって、まさに“持続的な富”を享受することが可能になるからだ。環境容量を超えたエコ・ツーリズム開発とは、まさに雌鶏に黄金の卵 を産み続けることを過剰に強要することであり、ひいては雌鶏を殺してしまうことにつながりかねない。黄金の卵を待つことなく、鶏を殺して食べてしまうこと は、従来の「環境破壊=人工環境への改変」型の開発パターンであったというわけだ。
この比喩は、欧米で一般人むけの環境保護教育などでしばしば使われるという。私自身はコスタリカのエ コーツリズムに関する事前調査をしている過程のなかで、この種の話を初めて耳にした。日本の自然観の中で育ち、欧米で生まれた生態学の基礎教育を日本の大 学で受けたことのある私にとって、この種の 比喩は論理的な展開をとったストーリーとして十分理解できるし、有益な話であると信じている。
にもかかわらず、常に違和感を禁じ得ないのはその比喩の事物である。我々にとって“統制不能”として 信じられる自然のイメージ--生態学はその脅威の片鱗を明らかにするにすぎない--を、雌鶏というきわめて卑近な存在に例え、黄金の卵という富を収奪する 手段として位置づけたことである。
このような一見取るに足らないような“印象”を取り上げてみても、彼ら自身(=文化)が鏡になって我 々自身の環境観を窺い知ることができるのである。エコ・ツーリズム現象そのものを研究することは、欧米における生態学概念の形成、エコロジー運動とその自然 観、持続可能な開発に対する各国の受容パターンの多様性などについて、豊富な情報を得ることにつながるのである。それが我々にとって、もうひとつの“黄金 の卵”であることはもうすでにお分かりになられたことであろう。
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