かならず読んでく
ださい
フィッシャーとユーリーの交渉の技法
Techniques of Negotiation
解説:池田光穂
ロジャー・フィッシャーとウィリアム・
ユーリー[1989]による、交渉術に関するポイントは、駆
け引き型の交渉——負債や勝敗に関して一種の互酬原則が生じて交渉が長期化する——を避け、均衡的結論が出るか、関係が発展解消されるような、原則的交渉
(principle
negotiation)か、利益交渉(interests negotiation)へと、交渉のタイプを変更・移行することを押しすすめるこ
とにある。
こういうタイプの交渉は、永続するハード
型の交渉には向かない。むしろ、ここで想定されているのは、裁判や紛争の調停、あるいは損害賠償をめぐ
るADR(alternative
dispute resolution,
日本語では裁判外紛争解決という翻訳語がある)など、トラブルを抱える双方の当事者が、ある程度満足する均衡点を見いだす——そういう慰めの言葉
を業界で
は「偽善的」※にWin-Win(ウィンウィン、今風に表現すれば“双方とも勝ち組です!”)と呼ぶらしい——ためのひとつの方法論あるいはノウハウとい
うことである。
※ゼロ
サム以外の帰結を導く交渉がある(例:ナッシュ均
衡)ということを知りつつ、セールストークとしてこのWin-Winを使うのは偽善という意味で私が皮肉として使っているのであって、win-winその
ものがが悪いという見解を私自身がもっているのではありません。
こういう論法や説得術が、どの時代・どの
社会・どのような機会においても成立するかは、議論の余地があるが——C・ギアーツの論文「ローカル・
ノレッジ」[→リンク1/リ
ンク2]を読めば法や正義すらそれぞれのシステム間において対応する翻訳語を見いだせないほど複雑になっている経験的事実に我々は愕然とする、ま
ず眼の前にトラブルをかかえており、それが人間的要素との対話からなる交渉という形式の必要性があるなら、このような交渉術をとりあえず身につけて[ある
いは修練の過程で失敗から、下記のような教訓を引き出す]現場に臨むことには、一定の意味があるように思われる。
無手勝流の交渉や、声が大きいものが議論
を制する流の交渉に対して、理詰めで説得できる相手であれば、このような技法を身につけることは無意味
ではない。
フィッシャーとユーリーのいう原則立脚交
渉や、利益立脚交渉は下記のような技法を採択することが枢要という。下記はまずその4原則であり、その
原則にぶら下がる形でより、具体的なスキルがある。
1. 人と問題の分離
2. 立場ではなく利害に焦点化
3. これから行うことについて決める
前に、さまざまな可能性を出しておく
4. 結果は客観的——誰もが異論を挟
めない主張や状態——な基準で判断すること
以上の原則にぶら下がる形でより、具体的
なスキルがある。これらについて解説していこう。ただし、以下の解説はあまりにも当たり前すぎて——
ハーバード流というのが単なる糞メソッドという理由もあるかも——退屈です。時間のない人は上の、4原則——「フレームワークであって理論ではない」(印
南
2006:3)——だけを頭にたたき込んでいれば、自由に使えます。
1. 人と問題の分離
1.1 議論における人間的要素を考慮
しましょう(ロボットの議論じゃないんだから間違いやユーモアも出てくる)。
1.2 問題解決で収斂し関係が解消す
るほかに、それを乗り越えた人間関係の継続もあるかもしれない。結果が一期一会ではない可能性
がある
ことを考えましょう。
1.3 相手の身に
なって考えましょう。ただし、相手のことを思いやりましょ
うという意味ではない。この場合の相手の身にというのは、相手がどう考えているのかということ、ないしは自
分の考えとの比較考量、視点の移動により、交渉相手は生身の人間だという原点に戻るということである。
1.4 生じた問題をすべて相手の責任
にしない。当たり前である、双方のプレイヤー(利害関係者)がいるから交渉が必要になるからで
ある。
1.5 プレイヤーは、自分が主体的に
交渉に関われないこと自体にストレスや不満を感じているかもしれない。あなたも相手も、自己実
現をも
とめる人間である。
1.6 したがって個人攻撃およびその
ような疑念を抱かれるような状況になれば、回避は必要。
1.7 感情と情報を双方開示する。ま
た第三者に情報漏洩や介入を引き起こさないような一定の契約は必要。
1.8 状況をコントロールした上で
の、謝罪は有効な投資行為になる可能性がある(状況がコントロールされていないとその投資には高
いリス
クが伴う)。
1.9 利益が相反していても、自分の
考えを正確に相手が理解していることは重要(→1.3のテーゼに関連)
1.10 交渉締結後の観点から、双方
のプレイヤーが将来判断をうけるのだという、事後の状況を双方が想定できるような情報戦術が重
要。
1.11 人格攻撃になりやすい標語
(「あなたは人種主義者だ」)よりも、状況説明的表現(「我々は差別を受けている心証をしばしば
持
つ」)を選択する。
1.12 重要と思われる発話は、その
後の効果について十分に練った上でおこなうべきです。
1.13 友好関係を与える印象操作は
不可欠。
2. 立場ではなく利害に焦点化
2.1 表面的な問題と、問題の原因、
問題解決後の理想的な状況を構成する要件について考える。
2.2 共通の問題の再確認すること
(相手は謝罪して欲しいのに、賠償金を支払えば片づくという解決提示はまずい。その逆もまずい)
2.3 違いには、さまざまな次元の違
いがある。それらの違いをきちんと列挙できるか(意識化できるか)。また、交渉相手との相違点
がわか
るか。
2.4 なぜ相手はそう思うのか、利害
に焦点化して相手の推論の中身を知る(→1.3)
2.5 利害に焦点化して、交渉の結果
のさまざまなパターンと生じる利益と損出について考える。このことにより、もっとも有益な帰結
が何で
あるのかを推論する。
2.6 人間の基本的ニーズ
(→1.1)に戻りなさい。安全、福利、アイデンティティの保持、他者からの承認、欲望充足、生き方の実
践など
を考慮しなさい。(フィッシャーとシャピロの新ハーバード流[2006]では、この面がよりいっそう強調されることとなる)。
2.7 交渉相手に対して正確に利害に
ついて伝える。相手の正確な利害目標について知る。(このような開示が、双方が利害目標につい
て焦点
化しているのだということを明確に意識化させる)
2.8 利害計算の根拠や関心を先に述
べるが、結論や提案は後にしておく(情報論的な統制?)
2.9 一転突破全面展開ではなく、複
数の提案と用意し、選択の幅が多角的であるという合意を形成する(→3のテーゼに関連)。
3. これから行うことについて決める前
に、さまざまな可能性を出しておく
3.1 人は批判されることを嫌がる
(だから成長しないのだ、という人間観は、交渉においては阻害要因になる)。唯一批判が使えるの
は、創
造的批判つまり代替案やオプションを提示することが同時に提案される批判ならば、人は喜んで受け入れる可能性がある。従って利害対決する人と共同しておこ
なうジョイント・ブレインストーミングが役立つだろう。(もっとも交渉にならない人は、その
ような可能性をも閉ざす狭量な心の持ち主かもしれない。結局のところ1.のテーゼに帰結する)
3.2 最適解だと思っていても、交渉
相手がそのように考えない可能性がある。期限内において利害を引き出すという最終目標があるか
ぎり、
最適ではなくとも、さまざまな解決策を用意しておくべきだ。
3.3 人は最適に思えても、正当性を
具備していないものについては二の足を踏むものだ。正当性を与えてあげるような手続きはないが
しろに
できない。あるいは正当性を確保するだけで、大きな譲歩を引き出すことも可能だ。
3.4 先例についての検討は、事前の
実践のための有益な根拠となる。
4. 結果は客観的——誰もが異論を挟め
ない主張や状態——な基準で判断すること
4.1 結論の客観化は、その交渉の結
果がディスクロージャーされても決定に異論が差し挟まれることが少ない。
4.2 合理的な意見には耳を傾け、脅
しや非論理的な主張には冷静にし、それを無視する。
4.3 結論が上手くいっても、相互適
用の原則が仮想的にできないと、その交渉結果は駆け引き型の交渉になり、後に禍根を残す可能性
が高
い。合理的、客観的な答えが一番安定性が高い。
● 交渉の7要素
下記のものは、Roger
Fisher, William Ury, and Bruce
Patton(1991) が整理した、交渉診断のための7つの諸相である。それぞれの諸相には、診断と処方(→の両側で示したもの)がある。
1. 関係
2. コミュニケーション
3. 関心利益
4. オプション
5. 正当性
6. 最適の代替交渉合意
(Best Alternative Negotiate Agreement, BATNA)
7. コミットメント
|
1. 関係
互いにどう考え、感じているのか? →
問題を協力して解決するような関係性の構築
2. コミュニケーション
意志疎通の民主的公平性の確保は? →
それを確保できるようなコミュニケーション技法
3. 関心利益
理解関心がきちんとディスクロージャーさ
れているか? → 双方の利害関心の尊重と開示。
4. オプション
交渉がゼロサムゲームになっていないか?
→ ジョイント・ブレインストーミングで打開せよ。
5. 正当性
公正であることを心がけているか? →
客観的な基準の共有あるいはそのすりあわせ
6. 最適の代替交渉合意(Best
Alternative Negotiate Agreement, BATNA)
合意形成ができなかった時のことを想定し
ているか? → 合意形成をおこなう目的の共有と、その最低限の遂行を視座に入れる。
7. コミットメント
提案は双方にとって現実的か? → 理想
論おしゃべりではなく卑近でも現実的な具体的合意へ
★付録
合意のマトリクス
出典:クリステンセン他『教育×破壊的イノベーション』
翔泳社、182ページ、2008年
文献
フィッシャーとユーリーの交渉の技法(このページです)
Fisher, Roger .,
William Ury and Bruce Patton, 1991. Getting to
Yes:
negotiating agreement without giving in. New York: Penguin.
印南一路「訳者まえがき」『新ハーバー
ド流交渉術』講談社、Pp.1-6、2006年
フィッシャー&ユーリー『ハーバード流
交渉術』金山宣夫訳、三笠書房、1989年
フィッシャー、ロジャーとダニエル・
シャピロ『新ハーバード流交渉術』講談社、2006年
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099
ADRの技法批判