はじめに よんでください

渡日外国人労働者に対する構造的暴力

保健医療への人類学的アプ ローチ(2009-2018)

Structural Violence Toward Foreign "Newcomers" Workers in Contemporary Japan: An Anthropological Approach to Health care, Welfare and Low-intensity Conflict


池田光穂、ジェレマイヤ・モッ ク:IKEDA Mitsuho, MOCK Jeremiah

1990年の入管法改正により日本の移民政策スキームの変化により国内の労働市場への渡日外国人の参入が顕著になり、また各種産業界も彼らの労 働力に依存するようになってきた。これは彼らの医療・保健・福祉サービスへのニーズ(社会的要求)に応える必要性があることを端的に示す。しかしながら司 法・行政・立法という国家レベルでの問題から、行政から地域の自治体レベル、さらにはコミュニティあるいは家族や個人単位にいたるまで、その受け入れ態勢 にさまざまな不備が指摘されている(とりわけ「技能実習制度TITP)。  

演者たちは、渡日外国人が直面している医療・保健・福祉サービス上の問題と対策を、個人レベルの傷病とケアの問題として考えるのではなく、社会 文化的な苦悩とそれに対する社会文化的なケアとして捉える。そして、それらを渡日外国人が遭遇する構造的暴力とそれへの緩和実践であると理解する。ヨハン・ガルトゥン グ(1969)によると、構造的暴力は行為者を特定しにくい暴力行使のことであり、人為的暴力および直接的暴力との対概念として定義される。我々が知りう る渡日外国人に対するさまざまな社会的不利益を理解するのに構造的暴力はうってつけの概念ではあるが、医療人類学ポール・ファーマー(2004)が正しく 指摘するように、構造的抑圧という説明は「罪深い」ものではあるが同時に「誰にも責任がない」ような表面的意味をもつ。つまりこの概念には、あらゆる社会 的暴力の根の深さを示すと同時に、それを責任ある当事者としての自覚をもつことを抑圧するという困った機能をもつと言うのだ。  

現場の医療従事者や医療通訳が、この種の構造的暴力に対して義憤を抱き、渡日外国人に対する人道的、法的、行政的、倫理的な個別対応をおこなう だけでなく、第三の媒介者の介入により多くの国民に対してこの〈構造的暴力への隠蔽機構〉を知ってもらう、つまり白日のもとにこの事態を暴露するという必 要性もある。演者たちは、その具体的な戦術について提案し、その可能性と限界について考察する。


大阪大学グローバルCOEプログラム「コンフリクトの人文学国際研究教育拠点」の研究プロジェクト「在日外国人支援の現場における参与実践」(代表者:池田光穂)2010年に関す る資料で す。

(English summary is mentioned in the last section of this web page).

Structural Violence Toward Foreign "Newcomers" Workers in Contemporary Japan: An Anthropological Approach to Health care, Welfare and Low-intensity Conflict

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター

Center for the Study of Communication-Design, CSCD

池田光穂 ジェレマイヤ・モック

IKEDA Mitsuho, MOCK Jeremiah

第20回びわ湖国際医療フォーラム 2010年1月9日

大阪大学グローバルCOEプログラム「コンフリクトの人文学国際研究教育拠点」の研究プロジェクト「在日外国人支援の現場における参与実践」(代表者:池田光穂)に関する資料で す。

(English summary is mentioned in the last section of this web page).

Structural Violence Toward Foreign "Newcomers" Workers in Contemporary Japan: An Anthropological Approach to Health care, Welfare and Low-intensity Conflict

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター

Center for the Study of Communication-Design, CSCD

池田光穂 ジェレマイヤ・モック

IKEDA Mitsuho, MOCK Jeremiah

第20回びわ湖国際医療フォーラム 2010年1月9日


アウトライン

  • 1 これまでの発表と研究の経緯
  • 2 外国人労働者とは
  • 3 受け入れる理由
  • 4 構造的暴力とは
  • 5 外国人労働者にはたらく構造的暴力
  • 6 医療通訳と構造的暴力
  • 7 想像力を働かす:結論にかえて

これまでの経緯

    •    「医療通訳と人権を考える:医療人類学の視点」、医療通訳研究会(MEDINT)4周年記念公開シンポジウム、西宮市大学交流センター、2006年4月 16日
    •    アジアの医療人類学入門、国際交流基金主催・2007年度第三期異文化理解講座「アジアの〈こころ〉と〈からだ〉」、ジャパンファウンデーション国際会議 場、東京都新宿区、2008年3月18日
    •    医療と文化の多元主義:日本事例の検討、第17回びわ湖国際医療フォーラム、ピアザ淡海(滋賀県立県民交流センター)、2008年7月5日
    •    文化の翻訳に資格はいらない:制度的通訳と文化人類学、日本パブリックサービス通訳翻訳学会・第4回大会、シンポジウム「通訳者の資格について」、大阪市 北区東和エンジニアリング会議室、2008年10月5日
    •    在日外国人支援のための社会調査技法について、第18回びわ湖国際医療フォーラム、ピアザ淡海(滋賀県立県民交流センター)、2009年1月1


外国人労働者とは

    【日本】他者。通常の文脈では1990年改正入管法以降、より大きく社会問題化されてきた外国籍の就労者および研修・実習生のこと をさす。

    【先進国】他者。旧植民地あるいは関係のある途上国からの労働移民で、就労している国籍を持たない者。経済的貢献と文化的軋轢の象 徴にされ ている。

    【途上国】本人(=自己)。経済的および/あるいは社会的成功を求めて国境を越えて移動する民。出国の際に多くは借金を抱え、賃金 を家族の ために貯金するか送金するが、それが送出国の国家経済に影響を与える。



外国人を受け入れる公的論理(平成21年)

    外国人観光の促進(観光立国)

    高度人材労働者の受入れ

    総人口減少時代への「対応」

    不法滞在者「半減」およびテロリストの「確実な入国阻止」

    出典:『平成21年度版・出入国管理』法務省入国管理局編、2009年



高齢者福祉維持

高齢者を「支える」外国人口を想定する

出典:井口泰『外国人労働者新時代』(2001:11)



外国人労働力受け入れの経済学

A先進国とB後進国の労働力(AD/DB)と賃金率のグラフ

出典:井口泰『外国人労働者新時代』(2001:46)



医療通訳の現場体験

これまでの医療通訳者の活動や体験、あるいはそこから現場で会得した経験について話を聞くと……

渡日外国人労働者と医療通訳者のあいだの関係について情報(=一般像)が得られる。

傷病に患う在日外国人には、傷病の他に特有で具体的な社会的・文化的苦悩(social suffering)が報告されてきた……

その特色は通常の人権理念から無視され、制度的ケアからこぼれ落ちた犠牲者(victim)像である。



犠牲者に襲いかかるものとは何か?

人権理念から無視され、制度的ケアからこぼれ落ちた犠牲者(victim)に襲いかかっているものの〈ぼんやりとした特徴〉とは何か?

曖昧で集合的で、ある意味で体系的な整合性(=つじつまがある)があるもの

恐怖や暴力といったもので表現できるもの?




構造的暴力

暴力行使において行為者が特定しにくいものを構造的暴 力 (structural violence)とよぶ。行為者が特定しにくい暴力行使の特徴は、力の行使と力の観念の間に複雑な関係があり、行使と観念の間に明確な区別がつ きにくいために、ヨハン・ガルトゥング(Johan Galtung, 1969)は人為的暴力や直接的暴力[→後に行為者暴力]との対概念として、この概念を提唱した。



暴力と主体

通常暴力の行為者は、特定の個人や政治集団、警察や軍隊などの国家暴力[執行]装置、あるいは国家そのものや社会制度(司法や裁判)な どが あるが、それらの主体が特定できうる暴力の行使は、それぞれ、政治暴力、国家暴力、軍事的暴力、司法的暴力(一般の法学者や政治学者はこの概念を容認しな いかも知れないが)など、暴力主体や暴力の目的という形容詞を暴力に冠することで、暴力の行為者や意図を指し示すことができる。



構造的暴力概念の問題点

構造的暴力は、どの特定の行為者のどのような 意図 が、その暴力行使であるか、特定しにくいのが特徴である。つまり、構造的暴力は、被害者に「非直接的に」はたらくというのだ。

このようなガルトゥングの二分法は曖昧でほとんど「権力」の概念と区別がつかない点で問題がある。



構造的暴力概念の利点

構造的暴力は、国家や権力集団が、合法性を装い持続的におこなわれる、人権・道徳・排外的な暴力の行使である。それゆえ、構造的暴力 は、国 家、民族、人種、権利、正義、性別、宗教的ドグマの名の下に行使され、平和的や人道的であると正当化されることがある。



外国人に働く構造的暴力

日本の近代国家建設以降、帝国主義的展開、敗戦後の「民主化」から今日に至るまで構造的暴力を指摘することはたやすい。

現今の「外国人研修問題」は1990年以降に生まれた新しい構造であるが、構造的暴力という観点からみると、決して新しいものではな く、日 本の近代国家建設以降の「伝統文化」に根ざしたものかもしれない。


研修・技能実習制度のながれ

出典『外国人研修生時給300円の労働者』明石書店, 2006年

***

技能実習制度(ウィキ:問題点の指摘を含む)
Technical Intern Training Program
技能實習制度



右記の出典
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20180926-00000070-jnn-pol
TITP 「菅官房長官、新たな在留資格盛り込んだ法案提出する考え」TBSニュース)

「外国人労働者の受け入れ拡大に向け、菅官房長官は、新たな在留資格の創設を盛り込んだ法案を、この秋の臨時国会に提出する考えを明らかにしました。/ 「一定の専門性、技能を持った即戦力となる外国人材を幅広く受け入れるように、臨時国会に法案を提出したい」(菅義偉官房長官)/菅長官は講演で、人材不 足解消のため、外国人の就労を目的とした新たな在留資格の創設を盛り込んだ法案を秋の臨時国会に提出する考えを明らかにしました。来年4月からの制度のス タートを目指すということです。/「十数の業種が外国の人材がいないと支障を来すとされている」として、対象については、介護分野などをはじめ人手不足が 深刻化している業種を中心に検討する方針です」(2018年9月26日14:16)


研修・技能実習制度の実態

出典『外国人研修生時給300円の労働者』明石書店, 2006年





構造的暴力の実態

担保・保証金徴収(送出機関)

請負・管理・あっせん(コーディネイト企業)

研修という実質「奴隷」労働(現場)

職場での暴力・セクハラなど(→別掲)

管理費・強制貯金・パスポートの取り上げ

人権を無視した労働・私生活管理

「民間人」による非合法強制退去




相談内容

パスポート取り上げ

強制貯金

残業代等賃金未払い

違約金契約書

保証金

研修職種の違い

労災

健康診断の未実施

社会保険未加入

生活上の制約

その他(暴行事件、実習延長拒否)



構造的暴力のまとめ

複合的な〈ネグレクト〉の総合の結果である

疲弊した日本経済に再活力をつけるために外国人労働者を〈労働力〉以外には見なさない経営的ネグレクト

労働者を主体としてみない人権的ネグレクト

異文化衝突が起こることを予測しながら適切な措置を取らない政治=外交的ネグレクト

外国人を「低級労働者」「犯罪予備軍」「従順でない不満分子」とみる人種的・文化的ネグレクト(あるいはそれを権力的に取り締まる警邏 的注 視)



"SHIZUOKA PREFECTURE has a history of singling out of foreign residents for special treatment. One case was Rainichi Gaikokujin Hanzai no Tokuchou (Characteristics of Crimes by Foreigners Coming to Japan), published in February 2000 and distributed to shopkeepers and other private businesses with tips on dealing with bad foreigner crime." (Cited Japan Times, ca. 2007)

    心理・生物・社会 Psycho-Bio-Sociality

人間の身体の成り立ちは、心理・生物(医学)・社会的な要素がそれぞれ分離しているのではなく、相互に作用し、かつ総合的な性質をもつ もの である。

人間の不調や病気は、心理・生物・社会の複合的な問題からなり、それぞれの側面における対処を試みるだけでなく総合的に人間をみる必要 があ る。


医療通訳の現場

普遍的な病人と医療者の間のコミュニケーション

日本国内における合法/非合法滞在者が生存のためにおこなう労働現場に係わったり、家族としてそれを支えている人たちとのコミュニケー ショ ン

同一文化のなかにおいても、下位文化を異にする患者と医療者の間ではさまざまな齟齬があるが、そこにジェンダー差違を含めた異文化間の 齟齬 という現場に取り組む

保険制度に守られた患者と疎外された患者の間の著しいギャップにも遭遇する現場




医療通訳と構造的暴力

現代日本社会という固有の状況における、外国人労働者に対するさまざまな構造的暴力について知りたくなくても医療通訳者は直面すること にな る

医療通訳者は自分たちが直面する構造的暴力について直感するだけでなく、次のステップとして分析し、話し合い、集団としての次の意思決 定 (例:倫理や資格要件の検討)をおこなう必要性にかられている


構造的暴力をみるまなざし

"There ain't no black in the Union Jack: The cultural politics of race and nation."(Paul Gilroy, 1987)

Frantz Pochhacker『通訳学入門』(鳥飼久美子訳、みすず書房、2009年)には「構造的暴力」という語彙も文化という鍵概念も共にない!

『医療通訳入門』(連利博編、松柏社、2007年)には、構造的暴力の文字はないが、それに曝されている患者へのケアの配慮や留意点が 各所 に見られる

この後者2冊の違いはなんだろうか?



医療通訳にみる普遍性と個別性

この2冊の違いはなんだろうか?(承前)

通訳学は(言語学の)応用や実用的運用学である

医療通訳はさらに通訳学の応用学・実践学的側面がより高度に進んだものである

応用学や実践学は徹頭徹尾その社会性を帯びる

社会性とは人間の生きる価値に係わる

医療通訳は通訳学の実践としての普遍性をもつが、かつ同時にそれが運用されている社会の価値がもろに投影される



まとめ

1 これまでの研究と発表の継続性を指摘し、

2 外国人労働者を視点の違いから定義し、

3 受け入れの理由とその社会的背景を説明し、

4 構造的暴力の特徴と発表との関連性について考察し、

5 外国人労働者にはたらく構造的暴力を指摘し、

6 医療通訳と構造的暴力の関連性について述べ、

7 あらゆる社会実践には、事実と関連づけた具体的な想像力を働かすことが重要であると結論づけた。


文献(スライド中の指摘以外のもの)

  • 坂中英徳・浅川晃広『移民国家ニッポン』日本加除出版、2007年
  • 編集委員会編『〈研修生〉という名の奴隷労働』花伝社、2009年
  • 安川浩一『外国人研修生殺人事件』七つ森書館、2007年
  • 小野五郎『外国人労働者は受け入れは日本をダメにする』洋泉社、2008年
  • 外国人研修生権利ネットワーク編『外国人研修生・時給300円の労働者2』明石書店、2009年
  • トレーシー・キダー『国境を越えた医師』竹迫仁子訳、小学館プロダクション、2004年
  • ミシェル・ヴィヴィオルカ『暴力』田川光照訳、新評論、2007年
  • Farmer, Paul. 2004. An Anthropology of Structural Violence. Current Anthropology 45(3):305-325.
  • Galtung,Johan. 1969. Violence, Peace, and Peace Research. Journal of Peace Research 6(3):167-191.

文献(スライド中の指摘以外のもの)

大阪大学グローバルCOEプログラム「コンフリクトの人文学国際研究教育拠点」の研究プロジェクト「在日外国人支援の現場における参与実践」 (代表者:池田光穂)(2010)に関する資料

++

続編&リンク


Structural Violence Toward Foreign "Newcomers" Workers in Contemporary Japan: An Anthropological Approach to Health care, Welfare and Low-intensity Conflict

Mitsuho IKEDA and Jeremiah MOCK Center for the Study of Communication-Design, Osaka University

We confront with the new national scheme of immigration policy in which the number of foreign "Newcomers" workers has grown after the Immigration Law reform in 1990. This situation reminds us that it would be necessary to construct new form of fulfillment their needs on health care and welfare. However we have not yet complete them on various social levels from personal and family to community and national level.

This presentation do not only understand that the problem and its solving of the foreign workers' social and welfare issues as simplified care-takers and care-givers issue, but interpret as “structural violence” and reconciliation relationship. According to Johan Galtung (1969), the word corresponds with the systematic forms in which a given social structure or social institution may harm people indirectly by interrupting them from resourcing their basic needs; the structural violence consequently contrasts against personal violence or direct one. It may be useful to understand actual political economy of health care and welfare for foreign workers using the concepts on structural violence, but Paul Famer (2004) points correctly, the explanation indicating not human and/or agent subjects but non-human "structure" seems both "sinful" and ostensibly "nobody's fault." This language pragmatics has an ambivalent potential both to uncover how have rooted socially the structural violence and to hide who are the responsible of it.

We are able to observe some pioneer civil groups on supporting healthcare and welfare for foreigners in various social contexts, e.g. medical translator in health setting. We need encourage some civil sectors to discover "mechanisms of hiding structural violence" toward foreign workers in Japan. And we will propose some our liberating approach in our presentation.


Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1997-2099

池田蛙  授業蛙  電脳蛙  医人蛙  子供蛙