はじめにかならずよんでください

ウィル・キムリッカの「多文化主義」講義

Lecture on Wil Kymlicka's Discussion of Multiculturalism Theories

解説:池田光穂

W・キムリッカ『新版 現代政治理論』千葉真ほか 訳、日本経済評論社、2005年(Will Kymlicka, Contemporary Political Philosophy: An Introduction. Second Edition. Oxford University Press, 2002. 497 pp., Chap.8, Pp.327-376)および、Multicultural odysseys : navigating the new international politics of diversity / Will Kymlicka, Oxford : Oxford University Press, 2007.

【目次】

    1. コミュニタリアニズムとしての多文化主義
    2. リベラルな枠組の内の多文化主義
    3. 国家建設の応答としての多文化主義
    4. 多文化主義の5つのモデル
      1. ナショナルな少数派
      2. 移民集団
      3. 孤立主義的な民族宗教的集団
      4. 外国人居住者
      5. アフリカ系アメリカ人
    5. 多文化主義闘争の新たな前線とは
    6. 多文化主義の政治

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《さまざまな理論装置》——ウォーミング・アップ

・「承認の政治(politics of recognition)」〈対〉「再配分の政治(politics of redistribution)」

・politics of recognition:Charles Taylor(→Multiculturalism : examining the politics of recognition / Charles Taylor ... [et al.] )

・politics of redistribution :Brian R. Fry and Richard F. Winters, The Politics of Redistribution, The American Political Science Review, Vol. 64, No. 2 (Jun., 1970), pp. 508-522

・多文化主義に関する辞書的な整理:「多文化主義」(文 化的多元主義(multiculturalism))「多文化主 義批判について考える」「学校文化のなかでの多文化主義(多元化する日本社会の試 練)」「多文化共生社会

・マーシャルによれば、シティズンシップを完全に実 現するためには、自由主義的な福祉国家が必要である。

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《第7章 シティズンシップ理論》

・近代民主政治の健全性や安定性は、市民の資質や態 度にも依拠する(Pp.414-415):アイデンティティ、他者に対する寛容性、政治参加への責任と意欲、経済的欲求、健康や社会に関する影響への個人 的責任の表明など。

・1970年代は、ロールズの社会の「基本構造」 ——憲法によって保障される権利、政治的決定の手続、社会制度——に焦点があわされていた。だが、現在では、ロバート・パトナム(Putnam 1993)らの社会関係資本——信頼の能力、参加する意欲、正義の感覚——によって説明されるようになってきた(p.416)。※Putnam 1993『哲 学する民主主義』

・正義論からシティズンシップ論へ

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1.  コミュニタリアニズムとしての多文化主義

権利としての市民性(シティズンシップ):

1)市民としての政治参加を通しての権利重視

2)多元主義と集団的差異の権利主張/共通の権利保 障 →差異の政治、アイデンティティの政治、多文化主義、承認の政治

アイデンティティの政治〈対〉階級にもとづく政治運 動(邦訳 p.476)

Thomas Humphrey Marshall, 1893-1981

トーマス・ハンフリー・マーシャルのシティズンシッ プ論(1965):(18世紀の市民的権利、19世紀の政治的権利、20世紀の社会的権利:p.418)

・権利責任の法的地位に加えて、基本的社会権(医療や教育)を含めるようにシティズン シップを拡大すれば、政治共同体のアイデンティティの共通意識は高まる

・ 社会的権利は、共通の国民文化の形成に役立つだろうというマーシャルの予測。

・ 西側福祉国家における社会的権利の拡大傾向は、冷戦期における共産主義への対抗措置という面もある(=共産化の防止)

"To oversimplify, we can say that in every Western democracy, there are two powerful hierarchies. First, there is an economic hierarchy. In the British case that Marshall was theorizing about, this starts at the top with the landed aristocracy through the mercantile and industrial capitalist elite to professionals, white-collar workers, and skilledcraftsmen down to unskilled manual labourers. One's position in this economic hierarchy is determined by one's relationship to the market or to the means of production. Struggles against the inequalities inherent in this economic hierarchy generate a politics of redistribution. This is the traditional form of working-class mobilization, which Nancy Fraser characterizes this way (Fraser 1998; 2000).... "[Kymlicka 2002:331-332]

「単純化して言えば、西欧の民主主義には2つの強力 なヒエラルキーが存在する。第一に、経済的ヒエラルキーである。マーシャルが理論化していたイギリスの場合、これは地主貴族を頂点とし、商工業資本家エ リートから専門職、ホワイトカラー労働者、熟練工を経て、未熟練肉体労働者にまで及ぶ。この経済階層における地位は、市場や生産手段との関係によって決ま る。この経済階層に内在する不平等に対する闘いは、再分配の政治を生み出す。これが労働者階級の伝統的な動員形態であり、ナンシー・フレイザーはこのよう に特徴づけている(Fraser 1998; 2000)。」

■ナンシー・フレイザーの要約

Politics of Redistribution

_ focuses on socioeconomic injqstices rooted in the economic structure of society, including exploitation (having the fruits of one's labour appropriated by others), economic marginalization (being confined to undesirable work or excluded from the labour market entirely), and economic deprivation (lacking an adequate material standard of living).

- the remedy is economic restructuring, such as income redistribution, reorganizing the division of labour, or regulating investment decisions.

_ the targets of public policies are classes or dasslike collectivities defined economically by a distinctive relation to the market or the means of production.

_ aims to reduce group differences (i.e. to reduce class differences in opportunities and culture).

The idea of differentiated citizenship

"Indeed, many people regard the very idea of group-differentiated citizenship as a contradiction in terms. On the orthodox view, citizenship is, by definition, a matter of treating people as individuals with equal rights under the law. This is what distinguishes democratic citizenship from feudal and other pre-modern views that determined people's political status by their religious, ethnic, or class membership. Hence 'the organization of society on the basis of rights or claims that derive from group membership is sharply opposed to the concept of society based on citizenship' (Porter 1987: 128). The idea of differentiated citizenship, therefore, is a radical development in citizenship theory".[Kymlicka 2002:334]

[T]heir claims have two important features in common: (a) they go beyond the familiar set of common civil and political rights of individual citizenship which are protected in all liberal democracies; (b) they are adopted with the intention of recognizing and accommodating the distinctive identities and needs of ethnocultural groups. I will use the term 'multiculturalism' as an umbrella term for the claims of these ethnocultural groups. (Since these ethnocultural groups seeking recognition tend to be minorities, for reasons I explain below, I will also use the term 'minority rights'.)[Kymlicka 2002:335]

再分配の政治学

再分配の政治とは、搾取(自分の労働の成果を他者に横取りされること)、経済的疎外(望ましくない労働に拘束されたり、労働市場から完全に排除されたりす ること)、経済的剥奪(十分な物質的生活水準が得られないこと)など、社会の経済構造に根ざした社会経済的不正義に焦点を当てたものである。

- 救済策は、所得の再分配、労働分担の再編成、投資決定の規制など、経済の再構築である。

公共政策の対象は、市場や生産手段との特徴的な関係によって経済的に定義される 階級やダス的な集団である。

集団の差異を縮小する(すなわち、機会や文化における階級の差異を縮小する)ことを目的とする。

差別化された市民権

「実際、多くの人々は、集団によって差別化された市民権という考え方そのものを矛盾したものだと考えている。オーソドックスな考え方では、市民権とは定義 上、法の下で平等な権利を持つ個人として人々を扱うことである。これが、人々の政治的地位を宗教的、民族的、階級的な構成員によって決定する封建的な考え 方や他の前近代的な考え方と民主的な市民権を区別するものである。したがって、「集団の構成員であることに由来する権利や請求権に基づいて社会を構成する ことは、市民権に基づく社会の概念とは明確に対立する」(Porter 1987: 128)。したがって、差別化された市民権という考え方は、市民権理論における急進的な発展である」[Kymlicka 2002:334]。

(a)すべての自由民主主義国家で保護されている、個人の市民権と政治的権利の共通性を超えていること、(b)民族文化集団の独特なアイデンティティと ニーズを認識し、受け入れることを意図して採用されていること、である。このような民族文化集団の主張を包括する言葉として、私は「多文化主義」という言 葉を使うことにする。(承認を求めるこれらの民族文化集団はマイノリティであることが多いので、以下に説明する理由から、「マイノリティの権利」という用 語も使用する)[Kymlicka 2002:335]。


2. リベラルな枠組の内の多文化主義

内 的制約」(internal restrictions)と「外的保護」(external protection)

「多文化主義のリベラルな擁護者が直面する決定的な 問題は、個人の権利の制約を意味する「悪い」少数派の権利と、個人の権利を補完すると見なされうる「良い」少数派の権利とを区別することである。私は、少 数派集団が要求する二種類の権利の区別を提案した。第一は、内的 な異議申し立て(たとえば構成員の個人的決定が伝統的慣習やしきたりに従わないなど)による不安定な影響から集団を保護することを狙った、集団自身の構成 員にたいする権利を意味する。第二は、外的な圧力 の影響(たとえば、全体社会の経済的・政治的決定など)から集団を保護することを狙った、全体社会にたいする集団の権利を意味する。私は、 前者を「内的制約」(internal restrictions)、後者を「外的保護」(external protection)と呼びたい。/両者はしばしば「集合的権利」や「集団の権利」と呼ばれているが、非常に異なった問題を提起している。内的制約は集 団内関係にかかわる。すなわち、民族文化的集団は集団の団結の名のもとに、構成員の権利を制約しようとして国家権力の使用を求めるかもしれない。これは個 人の抑圧という危険をもたらす。この意味での「集合的権利」の批判者は、多くの場合、真偽の疑わしい集団の権利が個人の権利に優先される時に起こりうる例 として、女性を抑圧し、宗教的に正統な法を強要する神権政治的・家長的文化のイメージを引き合いにだす」(Pp.492-493)

3. 国家建設の応答としての多文化主義

「マイケル・ウォルツアーは、リベラリズムには「国 家とエスニシティの厳格な分離」が含まれると論じている。リベラルな国家は、「(さまざまな集団の)生活様式を支持ないし支援すること、あるいはその社会 的再生産に積極的に関与することを拒み」、圏内のさまざまな民族やナショナルな集団から超越している。その代わり国家は、これらの集団の「言語、歴史、文 学、暦(こよみ)に中立的である」。彼は、中立性を保ったリベラルな国家の明確な事例として、合衆国——民族的文化的多様性への善意の無視が公用語を憲法 上承認していないという事実に反映されている——を挙げている 。それゆえ、移民にとってアメリカ人になるということは、単に合衆国憲法に規定された民主主義と個人の自由という原理に忠誠を誓うという問題にすぎない」 (p.498)。

4. 多文化主義の5つのモデル

「近代社会に、完全な意味における「公用」語が存在 する場合、つまり国家が支援し、教え、規定する言語や文化があり、それによって経済や国家が運営きれている場合、こうした言語や文化が自分たちのものであ るならば、人々は明らかに多大な思恵を受ける。別の言語を話す者は、明確に不利な立場にたつ」(チャールズ・テイラー 1997:34)——引用は本書(p.502)

 4.1. ナショナルな少数派

 4.2. 移民集団

 4.3. 孤立主義的な民族宗教的集団

 4.4. 外国人居住者

・不法移民(irregular migrants)p.514- 訳語は「不正規移民」のほうがよいのではないか?(池田)、ilegal migirants と区別するために

・一時的移民(temporary migrants)p.514

・移民集団(immigrant group)p.509

・「外国人居住者」=メティックス(metics) ——マイケル・ウォルツァーの用語(Walzer 1983)

 4.5. アフリカ系アメリカ人

キムリッカ図4

図4.国民形成(ネイション・ビルディング)と少数 民の権利の弁証法

《国家による国民形成のツール》

5. 多文化主義闘争の新たな前線とは

・「多文化主義の批判者は、正義が要求するのは、国 家制度が「カラーブラインド(肌の色を意識しない)」ものとなることだと、長らく」批判してきた(pp.524-525)。

・つまり、抑圧的な多文化主義状況では、少数民のあ いだに二級市民を生み出しているのに関わらず、中央政府は、多文化の共存を認めている国家だと主張することである。

・それに対する多文化主義者による擁護の2タイプ

・多文化主義を全面否定する正義論の根拠が色あせて きた2つの理由

・「多文化主義が社会的結束を蝕むよりはむしろ高め ることが多いと示唆する断片的な証拠は存在する。たとえば、カナダやオーストラリア——多文化主義政策を正式に採用した最初の2国である——での証拠は、 移民の多文化主義が政治的無関心や政治的不安定、民族集団聞の敵意を助長するという主張に強力な異論を提示している。それどころか、この二国は、世界の他 のどの国よりもうまく、移民を共通の市民的・政治的制度へと統合している。のみならず両国は、偏見の劇的な減少と、異人種聞の友好や結婚の劇的な増加を目 の当たりにしてきた。移民を統合する公正な諸条件の追求が、民主主義的安定を蝕んできたという主張には、まったく根拠がない」(pp.527-528)

・「不安定を導くのは、ナショナルな少数派への自治 権付与を拒否することであり、さらに悪いのは、(コソボのように)既存の自治を撤回する決定なのである(Gurr 1993; Lapidoth 1996; Weinstock 1999)」(p.528)。

6. 多文化主義の政治

・多文化主義もふたつの顔をもつ:1)進歩的側面、 2)後ろ向きで保守的な側面(p.529)

・ただし、多文化主義を採用する勢力の多くはリベラ ル派である(p.529)

・《政治思想のオプションとしての多文化主義》

「多文化主義は、社会全体の同調主義や保守主義を攻 撃し、開放性や多元主義という新しい現実を受けいれるよう圧力をかける少数派集団によって援用されうる。しかし少数派集団の構成員のなかには、この新しい 開放性に恐れを抱き、自由とそれがもたらす変化を抑圧するのを正当化するために多文化主義を援用する者もいる。その結果、多文化主義は、国民文化の偏狭な 画一的構想に反対するリベラルによって援用されることもあるし、また、少数派文化の偏狭な画一的構想を擁護するために保守主義者によって援用されることも ある」(p.530)

多文化主義は、ナショナリズムと同様の政治的両義 性をもつ(p.530)

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(再掲)

キムリッカ図4

図4.国民形成(ネイション・ビルディング)と少数 民の権利の弁証法

【目次】——再掲


    1. コミュニタリアニズムとしての多文化主義
    2. リベラルな枠組の内の多文化主義
    3. 国家建設の応答としての多文化主義
    4. 多文化主義の5つのモデル
      1. ナショナルな少数派
      2. 移民集団
      3. 孤立主義的な民族宗教的集団
      4. 外国人居住者
      5. アフリカ系アメリカ人
    5. 多文化主義闘争の新たな前線とは
    6. 多文化主義の政治


■Multicultural odysseys : navigating the new international politics of diversity / Will Kymlicka, Oxford : Oxford University Press, 2007

Part I. The (Re-)lnternationalization of State-Minority Relations

1. Introduction 9

2. The Shifting International Context: From Post-War Universal Human Rights to Post-Cold War Minority Rights 27

Part II. Making Sense of Liberal Multiculturalism

3. The Forms of Liberal Multiculturalism 61

4. The Origins of Liberal Multiculturalism: Sources and Preconditions 87

5. Evaluating Liberal Multiculturalism in Practice 135

Part Ill. Paradoxes in the Global Diffusion of Liberal Multiculturalism

6. The European Experiment 173

7. The Global Challenge 247

8. Conclusion: The Way Forward? 295

Bibliography

Index

Multicultural odysseys : navigating the new international politics of diversity / Will Kymlicka, Oxford : Oxford University Press, 2007

Part I. The (Re-)lnternationalization of State-Minority Relations[国家ーマイノリティ関係の再国際化]01-Kymlicka_OdysseysJP.pdf withpassword

1. Introduction 9[序説]

2. The Shifting International Context: From Post-War Universal Human Rights to Post-Cold War Minority Rights 27[国際的文脈へのシフト:戦後の普遍的人権から冷戦後の少数派の権利へ]

Part II. Making Sense of Liberal Multiculturalism[リベラル多文化主義を明確化する]02-Kymlicka_OdysseysJP-2.pdf withpassword

3. The Forms of Liberal Multiculturalism 61[リベラル多文化主義の形成]

4. The Origins of Liberal Multiculturalism: Sources and Preconditions 87[リベラル多文化主義の起源:その諸源流と諸前提]

5. Evaluating Liberal Multiculturalism in Practice 135[実践状況にあるリベラル多文化主義を評価する]

Part Ill. Paradoxes in the Global Diffusion of Liberal Multiculturalism[リベラル多文化主義の世界的普及がひきおこす逆説]03-Kymlicka_OdysseysJP-3.pdf withpassword

6. The European Experiment 173[ヨーロッパの実験]

7. The Global Challenge 247[グローバルな挑戦]

8. Conclusion: The Way Forward? 295[結論:その行くては?]

Bibliography

Index

リンク

文献

中米先住民運動と政治的アイデンティティ〈ポータル〉

他山の石(=ターザンの新石器)

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