林俊一(はやし・しゅんいち, Shun-ichi HAYASHI 1913-
?)という医師がいる。現時点では私は、生年だけしか知らない。
小児科医でかつ農村医学の専門家である。小児科も専
科としているのは、たぬき医こと毛利子来と堀江重信の3者で『社会小児医学』(医歯薬出版)という本を1972年に編んでいることからもわかる。
私は国会図書館のデジタルライブラリーで『農村医学
講話』1949年(伊藤書店)を閲覧したが、この本は『農村醫學序説』1944年(書肆は同じく伊藤書店)と内容は同じであると著者が述べている。
もし、1949年の『序説』が『講話』と同じ内容で
あれば、それは驚きである。なぜなら、49年のものには、社会主義医学こそが農村の衛生状況を向上すると述べてあるからである。1944年の農村医学序説
は、同じタイトルで、医療図書出版社から復刻されている。その内容を現時点では確かめられていないが、敗戦前に、マルクス主義的な――ないしはRené
Sand (1877-1953)の思想的背景のもとで――医療者が往時そのように自由に発現できたのだろうかという興味である。
また、農村における母子保健、結核の蔓延、あるいは
性病罹患についても、当時のさまざまな調査統計をもとに、冷静な分析がなされていることも興味深い。端的に言うと、1940年代後半に日本の農村ではプライマリヘルスケアの萌芽というものが、すでにマルクス主義的な思想背景
をもつ人たちによって主張されていたのだ。もちろん、アルマアタ宣言のような住民による住民の健康のための自助努力ということは希薄で、農村で働く医療者
は老齢で、進取の精神が少ないなどの問題などにも触れられていて、最新の科学理論で武装した医療者が、どちらかというと無知蒙昧で非開明的な農民を啓蒙し
なければならないというトーンに満ちていることも事実だ。農民の頑迷さを、レヴィ=ブリュルの前論理的思考(林
1949:342)で説明しようとしていることも、今日の知的水準には及ばないがプロト医療人類学の趣すらあるところは驚異的ですらある。
とりあえず、現時点で、林俊一(1913-没年不
詳)の著作と思われるものをリスト化しておこう。
- 農村の母性と乳幼兒 : 秋田縣下に於ける社會衞生學的調査 / 林俊一著,朝日新聞社 (1942)
- 農村醫學序説 / 林俊一著,伊藤書店 (1944)
- 農村の保健衞生 / 林俊一著,実業教科書 (1948)
- 農村保健讀本 / 林俊一著,くれは書店 (1948)
- 農村医学講話 / 林俊一著,伊藤書店 (1949)
- 農村医学序説 / 林俊一著,医療図書出版社 (1972)
- 社会小児医学 / 編集者:毛利子来, 堀江重信, 林俊一,医歯薬出版 (1972)
- 日本資本主義における国民医療の諸問題, 医療図書出版社 1984.5
- 21世紀をめざす国民医療の諸問題 : 林俊一論文集 -- 附自伝 / 林俊一著、医療図書出版社 (1994)
- 日本人の健康 : わたし達は本当に健康か / 林俊一著,勁草書房 (1994)
- 21世紀をめざす国民医療の諸問題 : 林俊一論文集 -- 附自伝, 医療図書出版社 1994.3
- 農村の母性と乳幼児 . 乳児死亡の実態,林俊一著 . 大阪府厚生会館編, 久山社 1997.9 日本子どもの歴史叢書 /
上笙一郎編 10 (→1942年の著作と、それ以外の論文等著作の復刻と思われる)
備忘
- 金沢医大、古屋芳雄(こや・よしお,
1890-1974)衛生学教授とは「明治23年8月27日生まれ。金沢医大教授をへて昭和21年国立公衆衛生院長,31年日本医大教授。人口問題,家族
計画にとりくみ,結核の疫学調査もおこなう。東京帝大在学中に岸田劉生(りゅうせい)を知り,大正6年武者小路実篤(さねあつ)らと同人誌「青空」を創刊
し,小説「地を嗣ぐ者」などを発表。昭和49年2月22日死去。83歳。大分県出身。
」コトバンクより)。ドイツ語で、アイヌ人種学の著作(Rassenkunde der Aino, 日本学術振興会, 1937)がある[→日本文化人類学史]
- 厚生科学研究所は、戦後に公衆衛生院になる。
- 性病(林
1949:122)。農村思想(林
1949:377)。レヴィ=ブリュルについての言及(林
1949:342)。農家経済と医療費((林
1949:169-))。医療類似行為(林
1949:331)。「虫」のフォークコンセプト(林
1949:343)=農民の非論理性。
- 予防医学(林
1949:364-)
- 林の『講話』文献を引用する国見(1954-1955)の論文は、その主張や論の展開は完全に林と軌を一にする:「私は農村医学は基盤である
農村の遅れた半封建制を医学的立場から解明することによって,より前進した明るい農村社会を造るために寄与しなければならないと考え,その方策の一つとし
て農村社会階級区分の実態調査と,農村社会階級間における医学上の不均衡について明らかにした。結核,母子保護,脳溢血,体位,急性伝染病等については進
歩した予防医学と治療医学とともに,それらを完全に適合させ得る社会的条件が心要であることを力説して結語とする」(国見辰雄
1945-1955:124)という言葉は、今日における社会体制と健康格差を論じたヘルス・ディスパリティの論文の趣すらある。
リンク
文献
- Organisation industrielle médecine sociale et éducation civique
en Angleterre et aux Etats-Unis, par René Sand, J.-B. Baillière
1920
- L'hygiène sociale, Editions de la S.A.P.E. [19--] Les
cahiers du redressement français, no. 17
- L'examen médical en vue du mariage, René Sand ... [et
al.], E. Flammarion 1927 Bibliothèque des connaissances médicales
- Le service social à travers le monde : assistance, prévoyance,
hygiène, René Sand ; préface de Paul Strauss, A. Colin 1931
- L'economic humaine par la médecine sociale, René Sand ; préface
de Édouard Herriot, Rieder 1934
- Health and human progress : an essay in sociological medicine,
by René Sand ; preface by Édouard Herriot, K. Paul, Trench,
Trubner 1935
- 社会医学の原理, ルネ・サンド[著] ; 白石信尚, 田多井吉之介共訳, 白揚社 1940-1941 , 第1巻
, 第2巻
- L'économie humaine, par René Sand, Presses
Uuniversitaires de France 1948 Que sais-je?, 32 /人間経済学,ルネ・サンド著 ; 山田九朗訳,
白水社 1956.11 文庫クセジュ, 210
- 公衆衛生の原理,ルネ・サンド[著] ; 白石信尚,田多井吉之介共譯, 白揚社 1949.11
- The advance to social medicine,René Sand, Staples Press 1952
- 国見辰雄「農村社会階級と農村医学:純農村の実態調査 」『日本農村医学会雑誌』Vol. 3 (1954-1955) No. 4
Pp.13-19 [→pdf情報]
その他の情報