はじめによんでください

君は日本人種をどう考えるのか?

What do you think of the Japanese as Rece, or the Japan Race?

池田光穂

☆ 篠田謙一『DNAで語る日本人起源論』岩波書店、2015年、から著者が、人種概念について説明している箇所があるので、それを詳細に読み込む。

(175ページ) この章では、ここまで日本の南北の地域集団の成立について、現時点でのDNA 分析の結果から 導かれるシナリオを概観してきました。それぞれの集団は周辺地域との交流のなかで誕生したもの で、本土日本との関係だけではその成立の経緯を説明できないことがおわかりになったと思います。 ただ本書ではこの議論を進めていくなかで、「民族」や「人種」という言葉を意図的に使いません でした。これらの用語が示している概念が意識的に、あるいは無意識のうちに本来の意味とは異な った使われ方をしているという現実があるため、あえて使用を控えてきたのです。とくにアイヌ民 族に関しては、これらの概念を混同した乱暴な議論が行われています。そこでこの章の最後にこれ らの用語、とくに人種という言葉の学術上の定義について説明をしておきたいと思います。
■(176ページ) 一般には身体の形質などに基づいた生物学的な分類によって定義されるのが「人種」であり、歴 史や文化、言語などの共通性に基づいて分類されるのが「民族」だと定義されています。しかし、 「人種」の定義を考えてみると、そもそもヒトにある膨大な数の生物学的な差違のすべてを分類の 基準として採用することはできないことは明らかです。その選択は必然的に恣意的なものにならざ るを得ません。また、人種を規定するのであれば、その基準となる性質は遺伝することが前提とな りますが、遺伝すると考えられ、かつて人種分類の基準に使われた形質、たとえば皮膚の色などを 見ても、実際は連続的に変化するため、境界の設定もまた恣意的なものになります。そのため人種 分類には、たとえばこのくらいの色ならどちらに入れる、というような生物学的な実体とは無関係 な価値観が入り込むことになります。極端に言えば、人種概念はそれを定義する人の都合で、どの ようにでも変えることのできるものなのです。このような事情から現在では、人類の多様性と成立 のシナリオの解明を目指す自然人類学者が「人種」という概念そのものを取り上げることはほとん どありません。研究者は科学的に定義できる「人種」概念はないと認識しているので、議論に用い ることを避けているのです。しかしその一方で、「人種」という言葉は日常会話のなかで一般用語 として普及しているという現実があります。
■ 日本では本来別物である民族と人種の概念が混同して用いられていますが、この誤用の根底には、 第二次世界大戦前に主張された「日本民族は長い年月の間、人種的な統合が進んで、日本人種が形 成された」というロジックがあります。そのため日本人は、日本民族であると同時に、日本人種で あるという考え方が一般に流布するようになりました。それが暗黙の了解として現在でも多くの日 (177ページ) 本人に共有されていることが、今日まで人種と民族が混同されて用いられている要因の一っとなっ ています。さらにそれが「日本人は単一民族である」という認識と結びついているのです。そこに 人種があたかも科学的に正確な定義ができる実体をもった用語であるかのような思い込みが重なっ ているために、この言葉を用いた議論は不毛なものになりがちです。
■ 今日では、人種という用語は差別という言葉とあわせて使われるケースが大部分ですが、人種が 厳密に定義できない概念である以上、人種差別という言葉によって示される現象は、その言葉が使 われる文脈によってさまざまなはずです。この問題を議論する際には、それがどのような内容を指 して使われているのかという共通理解が必要です。自分自身がこの言葉を使うとき、それが何を指 しているのか考え直してみることも、議論を深めるためには重要であると思います。
■ 一方、いくつかの形質については大まかな地理的変異があることも事実で、今まで説明してきた ように、これはアフリカで誕生した人類が世界に拡散していく過程で、地域の巣団に固有の形質と して獲得されたものです。このような形質で括られる集団は生物学的には意味をもっために、自然 人類学の分野では「人種」という用語は放棄したものの、現在では「アジア人」というような地理 的な分布に碁づく集団名を使うようになっています。
■ 集団を比較するために調べられる多くの遺伝子レベルの変化は、適応的な意味をもたない中立的 なものです。ミトコンドリアDNA のハプログループにも基本的には優劣はありません。違いは遺 伝子のランダムな変化によって引き起こされるので、たとえば集団間に見られる遺伝的な相違は、 比較した集団が分岐した後の年数に依存することになります。このような違いは生殖隔離が続けば (178ページ) 大きくなると予想されます。そして通常は、生殖隔離は地理的に離れている場合に起こりやすくな ります。海や大きな山脈があれば人の往来が阻害されるからです。しかしヒトの場合はそれだけで はなく、文化や言語、習慣などが集団の交流や配偶者の選択を変化させる原因となります。つまり 一般には民族という単位は生殖隔離を促進する方向に作用すると考えられるのです。したがって遺 伝的に区分される集団が「民族」と一致する可能性もあります。とくに成立してから長い時間がた っている民族ではその傾向は強くなるでしょう。しかしそれは結果であって、遺伝子の構成が民族 を規定するわけではないと認識しておくことは大切です。
■ 遺伝学研究は、人種という概念が生物学的には成立しないことを明らかにしましたが、本書でも 見てきたように、遺伝子の本体であるDNA の詳細な解析は、今日では地域集団の成立の経緯を知 るための手段として用いられるようになっています。大規模なDNA 分析は、今後は民族間の近縁 関係や、同一民族内のサプグループの存在などを明らかにしていくでしょう。古人骨のDNA が分 析できるようになったことで、この章で見たように同一地域で集団の遺伝的な構成がどのように変 化したのかも追究することができるようになっています。しかし、そこで明らかにされるのは地域 に生きた集団の歴史であって、民族の歴史ではないことに注意する必要があります。時代とともに 集団の遺伝的な特徴は変化するので、文化や言語を共有する人びとの遺伝子の組成も変わっていき ます。特定の民族が共有しているのはその文化であって、遺伝子ではないことを認識していないと、 おかしな結論にいたることになります。






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