はじめによんでください

セックス

Sex as one of sociological categories

Pairs of slugs intertwined their bodies, often biting each other's rear ends.

解説:池田光穂

生物学が定義する性別をセックス(sex)と言う。他方、当該社会が定義する社会的性別すなわち、その社会が定義する女らしさ/男らしさにもと づく社会的区分をジェンダー(gender)と区分して使われることが多い。

日本語のセックスは、性行為や交接すなわち口語法では「エッチする」(サ変動詞)という意味もあるので、このような発音は憚られるという向きも あるが、セックスとジェンダーを明確に区分すべきだと主張する研究者や社会運動家などは、むしろ、挑発的なニュアンスをこめてセックスと声高に言うことが ある——つまりそれなりに社会的効用はある。

さ て、常識的に考えればわかることだが、生物学という科学で使われている性別(すなわちセックス)も、その科学者たちが属する社会のジェンダー 意識から影響を受けている。し たがって、ジェンダーとセックスにわける二分法そのものが、「良識ある理解をする男性の視点」から生まれているのではないかという批判がある。とりわけ、 女性のセックスとジェンダーとセクシュアリティは、男性中心的な社会により定義された複合体にほからないとゲイル・ルービン(1975)は批判して「セッ クス/ジェンダー・システム」あるいは「セックス/ジェンダー/セクシュアリティ・システム」という概念を提唱している(→「セックス/ジェンダー/セクシュアリティ・システム」)

セックスの科学である生殖を研究する者もまた社会的なジェンダー区分の影響を受ける。例えば、植物の雄しべ(stamen, 多数の花粉pollenを有する)と雌しべ(pistill, 雌ずい genoecium)の区分は、植物の生殖が動物のそれとかなり異なっているにもかかわらず、男女の区分が投影されている。あるいは、動物の性的二型とよ ばれる形態の差違は、雄が大きく、メスが小さいという固定観念を我々がもつために、蛙の交尾における大きな蛙を「じつはメスなんですよ〜」と言わなければ ならないはめになる。

したがって、性(セックス)は「最初から規範的である」(Butler 1993:1)。

トイレの表示におけるスカートとズボンの区別や、赤と青の区分は、典型的なジェンダー意識が投影されたもので、生物学的性別の根拠とは全く関係 性を持たない——女性には月経があるから赤であるという主張は民俗学的には興味深いが科学的には何の根拠もない。

生物学的性別(セックス)も、ジェンダー区分からの影響を完全に払拭できないので、セックスの区分なども厳密にはできないという過激な主張があ るが、これはジェンダー区分など糞食らえと過信するがゆえの誤謬(=予言の自己成就)である。

例えば次のような議論である。我々の意識は社会的に構築されている。セックス現象を解明する、近代生物学や性科学(性現象に関する生物医 学)もまた、既存のジェンダー観によって規定されている。だから、セックスという概念もまた、ジェンダー観が先にあり、それに規定されているのだ、という ような主張である。

オス/メスやジェンダー的メタファーを使わなくても生物の生殖現象は科学的に説明できるからである。ただしその科学のジェンダー化へのノーマラ イゼーションは極めて煩瑣でそれに着手する馬鹿は現在までいない。

「性別には、ジェンダーとセックスと いう、社会的性別と生物学的性別の2つの区別があるが、ジュディス・バトラーらの主張によると、我々は社会的存在であり、いくら自然科学の客観・中立な立 場を表向き取ろうとも、研究者ですら、日常の社会的性別(ジェンダー)の認識論的枠組みの影響を受けているため、言語という社会的コミュニケーションを とっている限り、セックス(生物学的性別)は、当該社会におけるジェンダー区分の影響やイデオロギーから自由になれないだろうという。また、そのような議 論の枠組みを踏襲すれば、社会的性別ないしは文化的性別(ともにジェンダー)すら、生物学的性別(セックス)の峻別や、それらの差異についてのメタファー を生物学的性別の概念から借りてくるために、ジェンダーとセックスの境界における明確な峻別が可能であると主張することも幻想である。社会的性別は、生物 学的性別の影響を受け形成し、生物学的性別は社会的性別の概念形成に影響を与えているからである」(→「セ クシズム」)。

つまり、ジュディス・バトラーに言わせれば「セックスそのものがジェン ダー化されたカテゴリーとすると、ジェンダーをセックスの文化的解釈と定義することはナンセンスであるジェンダー・トラブル邦訳、29ページ)ということになる。

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文献

医療人類学辞典

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