参加の理論
the theries of participation
20世紀初頭の西欧世界において「参加」という言葉が指し示すものは政治的参加にほかならなかった。それは議会制民主主義における政治参 加から共産主義革命における政治的動員、および徴兵やゲリラ民兵の徴募などの軍事動員などを意味する。これらの参加形態にみられた特徴は、参加を通して群 集がもつ不定形な力を、ある種の限られた活動に焦点化し、最終的に政治目的に活用するためにある。この文脈では、参加はひとりひとりの人間にとっては大き な意義をもたない。
しかし1930年代以降「参加」の概念は、人間の活動におけるさまざまな創造能力に不可欠なものであるという指摘が、活動理論(詳しくは 「文化―歴史的活動理論」)と呼ばれる心理学者たちによってなされた。それによると、幼児が学習しさまざまな知的活動ができるようになるには、外部からの 知的刺激の提示だけでなく、人間が生得的にもつ心的道具との発展的相互作用(=弁証法)が不可欠であるという。したがって人間が知的に発達するためには、 やみくもに外部からの強制力によって知識を与えるなどということはナンセンスである。そうではなく人間の発達段階に応じて、外からの刺激と人間の内部から 展開する外部への刺激との上手な関係調整が必要になる。学習現場とは、そのような人間固有の創造性を育む時空間という状況への参加に他ならないことが明ら かになった。参加は、怠惰な人間を動員する強制ではなくなり、学習を可能にする活動であると理解されるようになった。活動理論とそれ以降の実証的研究の成 果を受け継ぎ、認識の獲得という観点から考察する学問分野を「状況認知論」と我々はよんでいる。
また1980年代以降開始され、徒弟制や職場での実務教育にみられる、学校教育システムを介しない非正統的教育現場を観察するという一連 の民族誌的研究があった。これらの理論は今日では「状況学習論」とよばれる一派を形成してい る。状況学習論では、学校教育で想定されている、知識や技能を人間の外部から当事者の内部に注入するというモデルが批判される。それは人間の学習現象の一 部しか説明していないからである。徒弟制の修行や実務教育の現場を観察すると、親方やその弟子たちとの関係にはさまざまな階層性があり、新参者は学習状況 に参加することを通して、徐々に知識や技能を全体論的を身につけてゆく。したがって状況学習論を一言でまとめるならば“学習とは参加することなり”という ことになる。
「政治的参加」においては、人間の社会をあたかも巨大な機械(マシーン)のようにとらえる。そして個人が社会との関わりをもつ機会は社会 動員であり、それは参加を通してのみ可能になる。他方、状況認知論や状況学習論では、「参加する能力」とは、本来人間に備わっているものであり、その参加 こそが人間性ひいては人間の社会性そのものに他ならない。前者に比べて後者は、極めて人間[中心]主義(ヒューマニズム)のようにも思われるが、個々の人 間と社会が参加を媒介にして繋がっているのだという見方を採用している点で、それらは共にコインの裏表[うらおもて]で ある。参加という人間活動が最終にどこに目的(テロス)をおくか、つまり参加の優先権(イニシアチブ)が社会か人間の個々人かの、どちらにあるのかで、そ の裏表[ヒョウリ]が決まるのだ。
社会現象である人間の「参加」を実証的に研究したいと考える人は、拙稿(池田光穂)「参 加の概念」を参考にしてください。そこでは、参加をどういう特性から理解し、とらえていこ うとするのかについての見通しが述べられています。
文献:
池田光穂「現場力」仮 想・医療人類学・辞典
池田光穂「正統的周辺参加」仮想・医療人類学・辞典
池田光穂「参加の概念」「実 践共同体=実践コミュニティ」
池田光穂「状況的学習」仮 想・医療人類学・辞典
状況に埋め込まれた学習 : 正統的周辺参加 / ジーン・レイヴ, エティエンヌ ・ウェンガー著 ; 佐伯胖訳<ジョウキョウ ニ ウメコマレタ ガクシュウ : セ イトウテキ シュウヘン サンカ>. -- (BN09930787) 東京 : 産業図書, 1993.11 27, 203p ; 20cm 注記: 解説: 福島真人 ; 文献: p118-121, p176-181 ISBN: 4782800843 別タイトル: Situated learning : Legitimate peripheral participation 著者標目: Lave, Jean ; Wenger, Etienne, 1952- ; 佐伯, 胖(1939-)<サエ キ, ユタカ>
Situated learning : legitimate peripheral participation / Jean Lave, E tienne Wenger. -- (BA13636737) Cambridge [England] ; New York : Cambridge University Press, 1991 138 p. ; 24 cm. -- (Learning in doing : social, cognitive, and compu tational perspectives) -- : hard;: pbk 注記: Bibliography: p. 125-129 ; Includes index ISBN: 0521413087(: hard) ; 0521423740(: pbk) 著者標目: Lave, Jean ; Wenger, Etienne, 1952-
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