人間の安全保障研究と文化人類学
【私の自己紹介】池田光穂(いけだ・みつ ほ)
1981(昭和56)年に自分の専攻分野を医療人類学に選択して以来、つねに人間社会におけるコンフリクト現象の分析と、その解消に関する具 体的な対策について考えてきた。
医療人類学とは、人間の健康と病気に関わる文化人類学的研究であるが、私は1984 (昭和59)から87(昭和62)年まで中央アメリカ・ホンジュラス共和国の保健省に JICAの青年海外協力隊員として、マラリア対策および農村におけるプライマリケアの社会啓蒙プログラムに参加した。農村社会における近代公衆衛生観念の 普及は、つねに現地社会の文化体系―疾病観や身体観ひいては社会構造―との関連において、その成否が左右される。また同じ国民においてもさまざまな社会関 係によって構成されており、さまざまなコミュニケーション過程が観察される。かりに洗練された社会分析・文化分析がなされても、実践の現場ではさまざまな 調整行動が必要になり、文化人類学におけるフィールドワークの重要性が強調されることを、上記の現場で発見した(その成果は拙著『実践の医療人類学』2001年に集約されている)。
1995(平成7)年以降は主たるフィールドワークの現場を隣国のグアテマラ共和国に移し、エコツーリズム、民族観光―先住民族の日常生活や祭礼などの見学を目的とする先進国の人々を中心とする観光― や先住民族運動などを中心に文化人類学的研究を継続している。とくに2000(平成 12)年5月にはグアテマラの西部地域において日本人観光客へ暴力事件が発生したが、これは粗暴な民衆の力の発露と理解すべきではない。1996年暮にお こなわれた35年間の内戦終結に関する平和協定以降の社会的不安定、軍による治安維持から国民警察の創設期の混乱、内戦終結後の国民対話の不履行、ネオリ ベラル経済システムの導入と“戦後復興”のための外国からの投資による経済的格差の増大など、まさに今日のイラクが抱えているような「人間の安全保障」が ゆらいでいた社会状況の中で発生したものと考えることが妥当である。私は政治的暴力が先住民族の人々の生活基盤を破壊するのと同様に、彼らの経済観念や道 徳観へも影響を与えることをいくつかの論文(池田 1998,2002 ;Ikeda 2000)を通して考察してきた。
現在の職場である大阪大学コミュニケーションデザイン・センターでは、全学の研究科の院生を対象に臨床コミュニケーションプログラムの立案・実施ならびにマネジメントをおこなっている。 ここでは、臨床というミクロな対人関係の現場における、さまざまなコミュニケーション齟齬を自己反省的手法で発見し、観察やビデオを利用した相互作用の社 会分析を試み、ミクロなコンフリクト現象の生成と発生初期段階における回避方法を、[マルセル・モースが提唱した]身体技法論を参照にして模索している。 論文の草稿やアイディアをいち早くウェブで発信し、コメントをもとに書き直し、論文を仕上げる新しい形の学術研究の方法も提唱している。
このような理由から、コンフリクト現象に関して他の研究者と協力し、効率的な研究教育成果をあげる大きな可能性がある。
【教育・研究歴】
平成 4年(1992)4月東日本学園大学[現・北海道医療大学]教養部助教授(文化人類学)
平成 6年(1994)4月熊本大学文学部地域科学科文化人類学講座助教授
平成12年(2000)10月熊本大学文学部地域科学科文化表象学講座教授(〜平成18年3月)
平成17年(2005)4月大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授(〜現在)
【所属学会】
日本文化人類学会(旧・日本民族学会)(1982年〜現在)
American Anthropological Association, from 1985 to the present
日本ラテンアメリカ学会(1988年〜現在)
九州人類学研究会(1997年〜現在)
日本社会学会(1998年〜現在)
【著作・論文】
・Ikeda, Mitsuho. Reflectiones sobre la violencia politica y la antropologia: La actualidad guatemalteca. En El Mundo Maya:Miradas japonesas. Kazuyasu Ochiai(coord.).pp.179-210, Merida: Universidad Nacional Autonoma de Mexico.
・池田光穂、グローバルポリティクス時代におけるボランティア:〈メタ帝国医療〉としての保健医療協力、『地域研究』第7巻第2号、 Pp.169-182、地域研究企画交流センター、2006年2月
・小泉潤二、池田光穂、鈴木紀ほか『中米地域先住民族への協力のあり方』[編著]平成16年度独立行政法人国際協力機構客員研究員報告書、独立 行政法人国際協力機構・国際協力総合研修所、2006年1月
・池田光穂、『水俣からの想像力:問い続ける水俣病』丸山定巳・田口宏昭・田中雄次編、熊本出版文化会館(担当箇所:「水俣が私に出会ったと き:社会的関与と視覚表象」Pp.123-146 )、2005年3月
・池田光穂、経済開発の寓話:グアテマラ・クチュマタン高原のコミュニティからの通信、『文学部論叢(地域科学篇)』第85号、Pp.45- 67、2005年3月
・池田光穂、『マヤ学を学ぶ人のために』[共著]八杉佳穂編、世界思想社(担当箇所:第9章「マヤ医学――文化人類学的研究」)Pp.188- 205、2004年10月
・池田光穂、移民・難民・人類学者――グローバリゼーションとグアテマラ、『トランスナショナリティ研究:境界の生産性』Pp.115- 128、大阪大学21世紀COEプログラム「インターフェイスの人文学」報告書、大阪大学文学研究科・人間科学研究科・言語文化研究科、2004年3月
・池田光穂、疫学と文化人類学――その共同の可能性――、『熊本文化人類学』,第3号,Pp.76-81,2004年1月
・池田光穂、コスモポリタン再考――医術と統治術のはざまで――、『経済学雑誌』,第104巻2号、Pp.22-36、大阪市立大学経済学会、 2003年9月
・池田光穂、『文化人類学のフロンティア』[共著]綾部恒雄編、ミネルヴァ書房(担当箇所:第7章「身体を考える―医療人類学における身体構築 と実践―」)、Pp.186-213、2003年4月
・池田光穂、ダーウィン『ビーグル号航海記』におけるフィールドワーク,『文学部論叢』,第77号,Pp.45-71,熊本大学文学会, 2003年3月
・池田光穂、民族医療の領有について,『民族学研究』,第67巻3号,Pp.309-325,2002年12月
・池田光穂、『日常的実践のエスノグラフィ――語り・コミュニティ・アイデンティティ』[共著]田辺繁治・松田素二編、世界思想社(担当箇所: 第6章「外科医のユートピア――技術の修練を通してのモラリティの探究」),Pp.168-190,2002年9月
・池田光穂、政治的暴力と人類学を考える――グアテマラの現在――,『社会人類学年報』,第28巻,Pp.27-54,2002年8月
・池田光穂、『実践の医療人類学―中央アメリカ・ヘルスケアシステムにおける医療の地政学的展開』世界思想社、2001年3月
・池田光穂、『文化現象としての癒し』[共著]佐藤純一編、メディカ出版(担当箇所:第5章「「癒し論」の文化解剖学」、第6章「「心霊治療」 におけるトリックとモラル」),Pp.185-209,Pp.211-246,2000年12月
・池田光穂、暴力の内旋―グアテマラ西部高地の先住民共同体と経済―,文学部論叢(地域科学編),第60号,pp.59-90,熊本大学文学 会,1998年3月
【国際学会研究集会等における発表】
IKEDA, Mitsuho. On Their Ways of Talking about 'Economic Development': A case study of a Mayan Indian Community of Guatemala. "The Social Use of Anthropology in the Contemporary World," the Margaret Mead Memorial Symposium, National Museum of Ethnology, Suita City, Osaka, Japan. 29 October 2004.
NAKAMURA Yasuhide , Aiko Kurasawa, Mitsuho Ikeda, Takayoshi Kusago, Tamotsu Nakasa, and Andryansyah Arifin. Testing A New Interdisciplinary Evaluation Method: a case of the Maternal and Child Health Handbook project in Central Java, Indonesia,. Joint CES/AEA Conference, Toronto, CANADA,(カナダ・米国評価学会合同学術大会)、トロント、2005年10月24-30日
【関連リンク】