説明モデル
Explanatory
models, by Arthour Kleinman, 1980.
解説:池田光穂
A・クラインマンが『文化の文脈における患者と治療者』(1980) の中で提唱した、人々が病気になった時に、どのように考え、どのように対処するのかついて、人々が考え行動する病気対処行動の形式的描写のことを、説明モ デルという。この説明モデルは医療者側(=専門家モデル、ないしは専門家型)にも患者とその家族の側(=民俗モデル、フォークモデル)にも病気を説明する 際にいくつかの共通点がある。例えば、
その要素の結びつきや関係についての論理的むすびつきについての説明を明らかにする必要があると考えられる。
説明モデルでは、病気の発症とそれに対する行動は、一定のパターンをもち、多様性はその病気の経過や個人や集団の個別性によるものであると考え られる。
■文献
以下における「病気の民族誌」記述において、中米の 農民の民俗的病い(=消化不良を特徴とする症状)であるエンパチョについて、池田光穂『実践の医療人 類学』(2001)から引いて、医療モデルが具体的にどのように解説されるかみてみよう。
ここからはより具体的に一つの事例を追求しながら、この下痢をめぐる民俗的病因論
や治療のプロセスについて考えてみたい。
エンパチョは便秘、下痢、食欲不振などの広範な消化管症状を伴う「民俗
的な病い」であることはすでに触れた。しかしながら、エンパチョにかかることは、必ずしも下痢になることを意味しない。以下に述べる事例は、ドローレスの
青年アントニオ(仮名)が語ってくれた下痢を伴わないエンパチョの病像の経過である。なお事例は一九八六年二月一〇日より一六日までの一週間の出来事であ
る。
二月一〇日「昼食を食べたとき、調子良く食べることができなかった」。
二月一一日「朝食も、昼食もたべなかった。夕食だけとった」。
二月一二日「朝早く(七時頃)、オルガという女性に食用油脂を使って
マッサージを(一五分ほど)してもらった。しかし(腹の調子は)よくならなかった。少しは楽になったけど。シグアパテ(薬草名)のオルチャタ(素材をペー
スト状にし水と粗糖を加えた飲料)とサル・アンドリュー(水に溶かす発泡清涼剤:商標)を飲んだ。その後で、スルファビスムート(消化剤:商標)を2包飲
んだ。その後で、朝食を取り、昼食と夕食は、ふつうに食べた」。
二月一三日「前の夜は、ずっと[腹の]痛みがあって調子が悪かった。だ
から、オルガのところに戻った[=同じマッサージを受けた]。いつも痛み、腹の痛みがする。一〇日に、一日中、空腹を辛抱して夕食をたくさん食べたのがエ
ンパチョの原因だ」。
二月一四日「痛みで一日中横になっていた」。
二月一五日 彼はサンタ・ロサ(都市)に出て、私立診療所
の医師のところに行った。そこで肩の痛みを彼に訴えたという(前日の痛みが腹部のものか、肩のものか、あるいはその両方かは正確には不明である)。医師に
は「肺に障害を受けている」と言われた。しかしエンパチョのことは、医師には聞かなかった。「医師はエンパチョのことは何も知らない」からである。またエ
ンパチョの痛みもその時には、消えてしまったという。
人がエンパチョになったとき、それはどのように判断されるのであろう
か。エンパチョの診断は一連の腹部の異常、すなわち腹痛や下痢などから判断される。しかしすべての下痢や腹痛がエンパチョに結びつくわけではない。すでに
述べたように多様な下痢を構成する原因のひとつにすぎない。では腹痛(dolor de
esto'mago)はどうだろう。別のインフォーマントは腹痛を原因に応じて次の六つの原因に分けて説明する。(一)アイレ(aire)——差し込むよ
うな「痛み/疝痛」、(二)ロンブリセス(回虫)、(三)パスモ——(第八章参照)、(四)消化不良(indigestio'n)、(五)エンパチョ、
(六)「赤痢」である。このように先にあげた出産介助者のような専門の治療者のみならず、ふつうの農民においても、下痢や腹痛についてはさまざまな角度か
ら、独自の解釈を加えて説明することができる。
例えば、痛みを意味するアイレである。スペイン語における空気や雰囲気
という意味ではなく、身体の特定部分の疝痛を表現する言葉である。この場合は、「アイレが身体に入った(Se metio'
aire)」という表現や、「アイレがお腹に邪魔をしている(Aire esta' molestando [el]
esto'mago)」と表現される。これらが結果的にどのような感覚を引き起こすのかとの質問に対して、「腹が痛くなる」、「腹に(ボールのような)塊
を感じる(Se siente una pelota en
esto'mago)」あるいは「食欲がない」という返答がある。この種のアイレによる腹痛には、下剤が処されることがあり、これは後述するエンパチョの
処方に類似している。
また「赤痢」の痛みは、腹痛のなかでも独自の痛みをもち、病気のカテゴ
リーとしてきわめて重症だとみなされている。このことは、ホンジュラスの別地域で調査したケンダルらの報告と一致する(Kendall. et al.
1984)。
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