実践共同体としての宮大工集団
Miyadaiku-Shuudan, Craft cartenpers
for Old Shrine and Temple in Japan as Community of Practice
解説:池田光穂
実践共同体については、こちらを ご参照ください。
以下は、宮大工の小 川三夫への、日本経済新聞社の平田浩司記者のインタビュー記事である。この記事のなかから、 実践共同体(実践コミュニティ)を描写するに相応しい文 章を探しだして、それぞれの特徴について話してみよう。
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弟子には簡単に教えたらだめなんで
す
神社仏閣の建築・修復に携わる宮大工の小川三夫さん(67)は、古来
の徒弟制度を踏襲し、住み込み方式で100人以上の弟子を育ててきた。ただし、小川
さんは「育てた」のでなく、弟子が自力で育つ環境を用意しただけという。現代によくある懇切丁寧な指導では、自分で考えられないひ弱な人間
ができてしま
う。「教えずに放り出し、本人がはい上がっていくようにしなくて
はだめだ」と説く。
「みんなで一緒に寝泊まりして、同じメシを食い、同じ空気を感
じながら生活すれば、教えなくても自然に伝わっていきますわ。体の動きも、考え方も自然に
師匠に似てきますよ」
「うちに入った子は、まずメシ作りをやる。最初はろくなものが作れなくても、そのうち、喜んでもらおうと自然においしいものを作るようになるんです。メ
シを作らせると段取りの良さや思いやりがわかる。掃除をさせると仕事に向かう姿勢や性格がわかりますね」
弟子たちは夜、ひたすら刃物を研ぐ。刃物
研ぎは
宮大工を育てる上で欠かせないという。
「先輩たちと一緒に研いでいると、隣から見て『すばらしい刃が
ついているな』とわかるんですよ。それでも先輩の方はまだだと思っているから研ぎ続ける。
十分でないと思ううちは懸命にやる。その気持ちが大切なんですね。そ
の先輩のすごさを目の当たりにするから、懸命に研がなくてはと顔つきが変わってくる」
「職人は自分に合った使いやすい刃物を持つことが大切。よく切れる刃物を持てば、刃物に恥じ
る仕事をしなくなる。根性から何から、刃物を研ぐことで学ぶ
んですよね」
「先輩がきれいにカンナをかけているのを見ていると、自分も1
日でも早くああいうふうにかけたい、かけたいと思ってくる。十分に思わせておいて『削って
みい』って削らせるんですよ。すると、うれしくて柱が板になっちゃうくらいに削ります。その時大切なのは、自分の持っている一番いいカンナを貸すこと。最
高の切れ味を知ったら、人間が一気に変わります」
「だから、弟子には簡単に教えたらだめなんで
す。
教えたら何かできなかった時、『教わってないからできません』というふうになってしまう。教わらないで
自分で苦労して考えてやった子は、その限界を乗り越えられる。放っておいて気づくまで待つということをしていかなくちゃ、人なんか育っていかないんじゃな
いですかね」
木も人も、ふぞろいでないと強くならない
宮大工は寺社の建造物を見れば、それを造った千年以上前の人と
「会話」ができるという。
「薬師寺の塔の中などに入って削り肌なんかを見てるうちに、ああ、大変な思いをして削ったんだなあとか、いろんなことを考えます。塔に上ると奈良の都が
ずっと見渡せる。西大寺、東大寺、興福寺と、本当にすばらしい都ですよ。それを1300年ぐらい前に、60年ほどで一気に造り上げた。あんな力はどっから
出てきたんか、と思います」
「昔の大工道具でやれと言われても、今の人はできないですわ。使い方が難しいし、体力もない。当時、鉄の塊みたいな道具だけはまあ作れたんですね。斧
(おの)とか釿(ちょうな)(木を粗削りする際に使う鍬(くわ)に似た工具)とかくらいですよ。そんな道具を使って1300年前の人がたたき切った跡なん
か見たら、すごいでえ。昔の人は、今の人に比べて知恵が違うな。今の人は頭がいいように見えるけど、工夫して生きるという意味では劣っているん
でないか」
長年の宮大工の経験から、木も人も、ふぞろいでないといけない、と考
えている。
「木を上から下にひく鋸(のこぎり)が、昔はなかったんです。だから、みんな縦に木を割っている。木は生まれたままにしか割れません
から、どれといって
同じものはないんですよ。そんなふうに、ふぞろいの方がいいのです。同じものが集まったら、ろくなことがない。自分たちはこれを『木が総持
(そうも)ちで
塔を支えている』と言うんです。一本一本が強みを生かして支え合っている。それだから強いんですよ」
きれいで均質的な現代建築に対し、古代建築は粗削りだが、そこに強さがある。
「製材機なら木の繊維を切ってしまいます。けれども縦に割って
いると、繊維が切られず、自然のまま通っているから強い。古代建築は自然をうまく生かし
きっているから長く耐えられるんです」
「俺が一番好きなのは東大寺の転害門(てがいもん)。奈良時代の国宝の門です。この
門は正面の南側から見ると木が節だらけ。裏に隠れている側はきれいな
んです。それはそうですよ。山に生えている時に
は、南の方に多く
枝が出るんですから。それを南に向けなくちゃ嘘なんですよ。今なら節がなくてきれいな北側
を南に向けるでしょうね。こっちは立木の時に日の光に当たったことがない。グルっと南の方に向けられたら木は弱ってしまう」
「人間も一つの組織を支えていくには、いろんな人を適材適所で使っていかなくちゃだめだ。同じ人ばかりが集まったら何にも気づかないし、力が出ないです
よね」
(編集委員 平田浩司)
おがわ・みつお 1947年栃木県生まれ。高校の修学旅行で法隆寺の五重塔に感動し、宮大工を志す。法隆寺宮大工・西岡常一棟梁(とうりょう)の唯一の
内弟子となり、法輪寺三重塔の再建などに従事。1977年寺社建築の「鵤(いかるが)工舎」設立。著書に「棟梁」(作家・塩野米松による聞
き書き)など。
出典:http:
//www.nikkei.com/article/DGKKZO83752990X20C15A2NNP000/
(2015年3月1日確認)
※垂水源之介師範、内藤美樹内弟子認証記念(2019年5月5日)
リンク
文献