イエルーンの演技をめぐって
Yeroen
and Nikkie, and Primatology Student
Yeroen (left) and Nikkie (right): from Japanese edtion, p.104
「事例
イエルーン(Yeroen)は、ニッキー (Nikkie)との争いで、片手をけがしてしまった。深い傷ではなかったが、彼はびっこをひいていたので、かなり痛むだろうと、私たちははじめ考えてい た。あくる日、ディルグ・フォッケンマという学生が、イエルーンがびっこをひくのは、ニッキーが近くにいるときだけだ、と報告した。ディルグが鋭い観察親 の持ち主だということは知っていたが、それでもこのときばかりは、彼(=ディルグ)の言うことを私は信じられなかった。/
私たちは観察にいってみて、彼の報告が実際に正しい ことを知った。イエルーンが、坐っているニッキーの前を通って、そのうしろへと通り過ぎるとき、つまり、イエルーンがニッキーの視野のなかにあるあいだは ずっと、あわれな格好でびっこをひいていたのだ。ところ、が、いったんニッキーのそばを通り過ぎてしまうと、とたんにイエルーンの行動は変化し、ふたたび 正常に歩きだしたのであった。ほとんど一週間、ニッキーの視野のなかに自分があるときにはいつも、イエルーンの動きは、このように変わったのである。
解釈
イエルーンは、演技していたのである。彼は、自分が
戦いで重傷をおったと、ニッキーに信じこませたかった。イエルーンが、ニッキーの視野のなかにあるときだけ、大げさにあわれみをうながすような格好でふる
まったことは、彼の信号は見られなければ効果がないということを彼が知っていたことを示唆している。イエルーンは、自分に注意がそそがれているかどうかを
たしかめるために、ニッキーに目をやっていたのである。昔、イエルーンが重傷をおって、びっこをひいていたとき(この場合はやむをえずだが)、ライバルが
彼にあまりつらくあたらなかったことから、彼は、この策略を学んだのかもしれない」(ドゥ・ヴァール 1984:54-55)。
以上は、フランス・ドゥ・ヴァール(1984)『政 治をするサル』からの引用である。
イエルーン(Yeroen)とニッキー (Nikkie)は、オランダのアーネムにある「ブルゲルス動物園」のチンパンジー飼育園の2人[頭?]のメンバーである。
【課題:01】
君たちは、この「事例」にもとづく状況と、それに付 されている「解釈」が妥当なものなのか、いまだ、議論の余地のあるものかのについて考察しなさい。
【課題:02】
ハンフリー、ニコラス「知の社会的機能」『マキャベ
リ的知性と心の理論の進化論』リチャード・バーンとアンドリュー・ホワイトゥン編、藤田和生ほか監訳、Pp.12-28、ナカニシヤ出版、2004年によ
ると、知性の定義を、「他人(他の個体)が何を考えているのかを推論できる」ということですから、このあたりの認知障害と、コミュニケーション障害がどのように形成されるのかと、語りを聞いて、他者のこと
を思いやる情動や知性がどのように関連しているのかについて考えればいのではないかと思います。
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●余 滴01:人間の「許すことのできる道徳的な「ふ り」について」
◀︎「人間は全体として、文明化が進むほど役者ぶり
が上達する。気が合うふり、相手を尊敬するふり、おしと
やかなふり、まずもって他者に配慮するふりを人間は文明化とともに身につけるのだが、しかもそれで誰も欺かれ
ることがないのは、こういう場合必ずしも心の底からなされているのでないことは相手も承知の上、だからであるが
また世の中がそうなっていることはとても好都合でもある。というのは、長いあいだ
ずっと人間はただ徳があるふ
りを技巧的にしていただけだったのが、こうした役どころを演じているうちに最後にはその徳が何と次第に本物へ
と生まれ変わるからであり、つまり徳が〔仮象から〕真情へと変じるからである。——ところでわれわれ自身のう
ちなる欺瞞者は傾向性であるが、これをさらに欺くことは徳の法則に従う態度へと再び還ることであるから欺瞞で
はなく、自分自身に対する罪のない錯覚なのである」(P40,C37,
W443,V44)カント『人間論』第1部第1編・認識能力について、§14「許すことのできる道徳的な仮象(ふり)について」岩波版全集、p.59。
■余滴02
アニメの『ザ・シンプソンズ』でホーマが満車の
ショッピング・モールの駐車場で,唯一開いている障害者スペースにようやく入れて、そこから車外にでて足を引きずり、周囲の目を考え(気づくよりも思いつ
くように表現されている)偽装障害のふりをするシーンを思い出すたびにアーネム動物園のチンパンジーのイエルンのことを思い出します。
■著者の紹介
Frans de Waal (1948- )
Franciscus Bernardus
Maria "Frans" de Waal, PhD (born 29 October 1948) is a Dutch
primatologist and ethologist. He is the Charles Howard Candler
professor of Primate Behavior in the Emory University psychology
department in Atlanta, Georgia, and director of the Living Links Center
at the Yerkes National Primate Research Center and author of numerous
books including Chimpanzee Politics and Our Inner Ape. His research
centers on primate social behavior, including conflict resolution,
cooperation, inequity aversion, and food-sharing. He is a Member of the
United States National Academy of Sciences and the Royal Netherlands
Academy of Arts and Sciences. https://en.wikipedia.org/wiki/Frans_de_Waal
リンク
文献
その他の情報
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