わたくしの研究について:池田光穂
My research interests: Mitzub'ixi Se'Queda, professor emeritus of Osaka University, Japan
現 在のあなたのご専門は?と問われれば、中央アメリカの民族誌学(エスノグラフィー)と医療人類学と私はお答えします。主たる所属学会は、所属している期間 の長い順に日本文化人類学会、アメリカ人類学会連合、日本ラテンアメリカ学会、日本社会学会、日本保健医療社会学会、日本ヘルスコミュニケーション学会、 となります。
私は1976年に地方国立大学の理学部生物学科に入学して、卒業論文では霊長類生態学の実地調査 による彼らの社会生活と食生活、ならびに最北限の霊長類真猿の進化的適応の意味について取り組みました。大学院進学後は一時、ラットの脳内の概日活動(い わゆるバイオリズム)の生化学的実験に取り組んでいましたが、フィールド調査の醍醐味が忘れられず、その当時来日していた2名の著名な医療人類学と 象徴人類学の著名な女性教授を指導教員を介して紹介してもらい、文化人類学の学問に転向し、医療人類学の研究、具体的には地元関西の治療儀礼や修行場の空 間分析などの調査に従事してきました。大学院博士課程を休学し、青年海外協力隊隊員として中米ホンジュラス共和国で媒介動物病対策(マラリアとデング熱) の公衆衛生活動に従事しました。その過程で、世界保健機関の米州事務局(PAHO)が、村落民や都市スクワッターへの保健介入に際して文化や慣習行動を重 要視する応用医療人類学という方法を採用していることを知りました。私は職場を通して情報を収集しスペイン語に翻訳し自分が勤務するコミュニティで社会実 装してみました。その成果を、帰国13年後に単著『実践の医療人類学』(2001)にまとめました(研究業績参照)。
その後は日本学術振興会のポスドク、北海道の私立大学、九州の国立大学で教鞭をとるなかで文化人 類学の教育手法に興味を持ち、研究者の調査経験をどのように学生たちに伝えるのかについて当時の日本民族学会の分科会で発表したことがあります。以降、中 米先住民の政治的参加や民族的アイデンティティ、市民のエコツーリズム経験を支えている生物多様性が最先端の科学研究からどのようにして給備されるかな ど、現代生活における知識と実践の関係に興味を持ち続けています。それらが、一見雑多のようにみえる、高齢者の認知症、薬物利用者の社会的包摂(ハームリダクション)、 現代の暴力経験とPTSD、そして人間と動物の関係性の研究につながっています(冒頭の年代記参照)。参加している共同研究やテーマのおよそ1ダースほど あります。私がこれだけ多様な研究テーマを抱えても、ストレスも混乱もなく比較的多産な研究生活を続けてこられたのは、1990年代後半に職場に普及した インターネットを利用した広大な情報収集と蓄積、分析整理、そして情報発信が全世界に可能になったお陰であると思っています。
現在は、医学研究科在学時代から温めてきた医学研究と戦争犯罪の歴史的検証という文献研究のほかに、宗教系大学の教員の先生方と連絡を取りながら「シンギュラリティ時代における宗教の行く末」についての総合的調査研究を構想しています。これまで多くのテーマに関わってきましたが、少しでも調査に協力してくださった方々への恩返しに民族誌(エスノグラフィー)を一本でもより多く出版したい気持ちは変わりません。その際に、若い時代には気にならなかった生硬さを少しでも改善し、口はぼったい言い方になりますが〈読者の心に触れる作品〉に近づけていきたいと思っています。