ナチス医学関係者との戦争犯罪と戦後の科学研究の継続性と断続性
Military Medicine under Nazism and post-war America: Continuity and Discontinuity
目次 1.前提 1.1 加藤哲郎史学の可能性と限界 1.2 地に足がついた思考実験の可能性 2.アニー・ジェイコブセンのペーパー・クリップ作戦(OP) 2.0 私の倫理の書として『ペーパー・クリップ作戦』 2.1 ジェイコブセンについて 2.1.1 ジェイコブセンの著作の位置付け 2.1.2 ジェイコブセンとは誰か 2.1.3 彼女の著作リストとOPの位置付け 2.1.4 ユダヤ人ライター 2.2 OPの適切な要約およびジェイコブセンの主張 2.3 OPの一般像(ジェイコブセン以外の著作も含めて) 2.4 OPとナチスハンティングの問題 2.5 戦争犯罪について 2.5.1 戦争犯罪の定義や本質 2.5.1.1 ナチス科学者の責任問題 2.5.3 OPから何をまなぶのか? 2.5.4 OPにも人種的偏見が影響するのか? 2.5.5 否定する人々と永遠に追い求める人々 2.5.6 戦争犯罪からどう学ぶのか? 3.我々にとっての応用課題としてのOP——【未完成】 3.1 研究倫理問題としてのOP:倫理コードなき時代の研究倫理とは 3.2 正義論の課題(試練)としてのOP 3.3 歴史研究のテーマとしてのOP 3.4 OPにおける技術移転は「異常」か? 3.5 イノベーション研究 3.6 研究マネジメント 3.7 OPを可能にする社会的条件 3.7.1 司法 3.7.2 インテリジェンス 3.8 その他 4.OPの成果(インテリジェンス活動により米国へ技術移転が成功したもの)——【未完成】 4.1 航空医学・宇宙医学 4.2 ロケット工学・ジェット推進 4.3 生物兵器・化学兵器 4.4 科学者たちのキャリア・デザインからみた「帝国科学評議会」と「ペーパークリップ作戦」 5.暫定的結論 ふろく ■CIA組織の誕生 ■もしクレオパトラの鼻が低ければ(小ぶりだったら)……(パスカル「パンセ」413) ■宇宙工学や宇宙開発史家のMichael J. Neufeld (スミソニアン国立航空宇宙博物館キュレーター)からの酷評 ■クレジット:平成30年度国立民族学博物館共同研究会 リンク:民族詩学(ethnopoetics) |
1.前提
2019年1月26日、国立国語研究所において、国立民族学博物館共同研究会「人類学/民俗学の学知と国民国家の関係」(代表者:中生 勝美)が開催され、加藤哲郎(1947- )先生の謦咳に触れることができた。先生は「国際歴史探偵」を自称されるだけあって、博覧強記とさまざまな歴史的事象を結びつけて、ある意味で加藤史観な るものを、速射砲のように開陳される。僕などの浅学の若輩者には、ほとんど手を拱いて舌を巻いたままの状態であった。しかし、その後の時間は、僕に対して 細かい事象の記憶の忘 却と反芻に似た新たな内省をもたらしてくれた。そこでの僕の所感は「一見、歴史的因果関係が(時に陰謀や思惑などの眼に見えないものと相まって)見事につ ながっ たように見えるが。だがしかし、そのようなものは、この歴史において必然だったのだろうか?それとも偶然の枝葉の1本にしか過ぎないのではないか」という 疑問がむくむ くと浮かんできた。すなわち加藤史学の問題点は、わかりやす過ぎること。そして、一度、納得してしまうと、それ以外の可能性(=下図のファミリーのなかに 見 られる共通性と多様性)の細部に入るための認識論的な[可能性の広がりの]障壁になってしまうということだ。それに加えて、歴史的データをより多くもって いる研究者が、より正 確に推論ができる[のではないか]という、暗黙の前提を共有してしまい、将来の研究者集団を「資料収集の鬼」に変貌させてしまう。つまり、限られたデータ の中で、仮説をたて、新 しいアノマリーなデータが出てきた時に、パラダイムチェンジを引き起こしにくい学問集団を作ってしまう。それに、このような研究者集団に対して、 この研究アプローチは、「もっと資料を! もっと旅費を!」という態度を、容易に集団内に形成してしまい、理論追求への挑戦が後回しになってしまうという陥穽があるのではないか。
図は左よりCIAの誕生図式と軍事的組織の進化・変化・改廃のスキーマ(共に池田原図)/Stephen J. Gould
の進化における多様性理解のための図
加藤哲郎史学の特徴 |
1.陰謀史観を実証主義の精神によって傍証/反論/修正できるという信
念や信頼 |
2.多くのすでに受け入れられている既存の歴史観には、恣意的な解釈が
あり、それを修正できるのは文書による証拠だけであり、 |
3.結果的に大きな流れには変更なく、細部がわかるものと、歴史の流れ を大きく修正しなければならないものもある。 |
【解説】左 は、CIAが戦争時のインテリジェンスから生まれてきたことを示す組織分岐図(加藤哲郎先生の論文から借用し時系列表示を逆にした);右は《白抜き矢印》 からの等岐点をとるとA(■◻︎)がファミリーになり、《黒色矢印》からの等岐点をとるとBがファミリーになることを示す。ファミリー内のメンバーは多様 性を持ちながらも「家族的類似性」をもつ(分岐の秩序形成がエヴァンズ=プリチャード(1940) によるヌアーの「分節政治システム」に似ている!)。
1.2 地に足がついた思考実験の可能性
歴 史研究における推論は、仮説推論(アブダクション)の形式をとる。A→Bの現象を説明するには少なくとも3つの方法がある。(i)演 繹(deduction)、(ii)帰納(induction)、(iii)仮説推論=アブダクション(abduction)である。(i)演繹 (deduction)とは、Aの帰結としてBを導くことを可能にする。つまり「雨がふると、土が湿る。雨が降っている。その土は 湿ってる」。A:雨という現象は、B:土を湿らすからである。(ii)帰納(induction)は、AがBを必然的にともなうとき、Bのいくつかの事例 から——つまり経験則として——Aを推論することを可能にする。「これまで、雨がふると、 土が湿ってきた。雨が降ると土は湿る」という説明原理である。そして、(iii)仮説推論=アブダクション(abduction)は、Bについての説明と してAを推論することを可能にする。「土が湿っている。雨がふると、土が 湿る。つまり雨が降ったに違いない」。推理小説の主人公が犯人を割り出す方法が、これである(→「アブダクションはどうして重要か?」)。
歴史における思考実験の典型は、条件法による、複数の可能な未来の導出である。つまり「もしクレオパトラの鼻が低ければ(小ぶりだった ら)……(パスカル「パンセ」413)」。そして、パスカルの意図に即して考えるとコルネイユの悲劇における「私には分からない何か」を我々はどのようにして触知することができるのかという ことである。
そ のための飛板(跳躍台)として、あらゆるアカデミーの現場でおこなっている、思考実験というものが有効である。しかし、それはクレトパトラがペチャ鼻だっ たら、カエサルは恋に陥らずに歴史(=大地の形)がかわるという歴史相対主義の卑近な教訓に終わってはいけない。歴史説明するもののなかに「私には分からない何か」があるのかを想像する力である。しかし、それは哲学者が おこなうような過度に要素の数を切り詰めた、上空飛翔型の思考実験ではない。歴史的細部(つまり歴史的文脈化の作業)に基づく——思考実験が重要だということだ。それを「地に 足がついた思考実験」と呼んでおこう。そのためには、是非とも「ざらざらとした大地」に戻る必要がある。
2.アニー・ジェイコブセンのペーパー・クリップ作戦(OP)
2.0 私の倫理の書として『ペーパー・クリップ作戦』
現時点の私にとってのペーパー・クリップ作戦(OP) は、アニー・ジェイコブセン(Annie Jacobsen) の同名の著作"Operation Paperclip: The Secret Intelligence Program That Brought Nazi Scientists to America, 2014"を読んだことからはじまる。また、現時点での、私の歴史観は、ジェイコブセンの受け売り、あるいはパラフレイズと言っても過言ではない。そのた めに、僕は、この著作の核心に到達するために、ジェイコブセンが何者で、いったいどんな著作があり、また『ペーパー・クリップ作戦』(邦題「ナチ科学者を 獲得せよ」加藤万里子訳、太田出版、2015年)で、彼女が何を言おうとしているのかについて紹介したい。
なお、「ペーパー・クリップ作戦(OP)」 (wiki: Operation Paperclip)については、別稿(のリンク先。研究会ではプリントアウトを配る)に書き、また、彼女の著作にでてくる主要人物像について、 順次、私はウェブ人名辞典「ペーパークリップ作戦名簿」 を編纂中である。
ここで、「倫理の書」として彼女の書物と取り上げるの は、僕が単に感動しただけでなく。彼女は、OPを、どう歴史的相対化してもなお、あるいは、現時点の価値から過去の罪業を裁くという観点をもってもなお、 見習うべき考察や、つねに、《自分たちの歴史の闇の部分に向い合え!》という命令語法のように僕には受け取られるからだ。それは、僕の過剰な彼女の著作に 対する 思い入れだけでなく、インターネットでの彼女の講演の動画でみられる聴衆の反応や、それに対する彼女の応答の内容ややり方から感じられるものに由来する。 あるいは、ペーパーバック版の巻末にみられる「読書グループへのガイ ド(Reading Group Guide)」と題されて「アニー・ジェイコブセンとの対話(A conversation with Annie Jacobsen)」「アニー・ジェイコブセンがオススメするこれからの読書リスト(Annie Jacobsen's suggestions for further reading)」「議論のための質問と話題集(Questions and topics for discussion)」という心憎いガイドである(残念ながら原著ハードバックおよび邦訳にはない)。彼女には、明らかにこの本が多くの人に読まれると 同時に、OPやナチスドイツと戦後の米国にMIについて、考えてほしいという情熱が認められる。
ある、講演(Operation
Paperclip)
[38-40分]では、自分の父親がフォン・ブラウンと繋がるロケット科学者で、母親がCICに関わった幼少期の思い出を語る女性(79歳前後)に対して
シリアに出国し、その後にアラビア名を名乗るようになったと質問する。彼女の本は、そのような経験をもつ人に、自分が生きた時代はどのような時代だったの
かに伝わっているはずだ、ということが伝わったはずである。そのようなパワフルな書物を認める彼女に、我々がエンパワーされないことがあるだろうか。
2.1 ジェイコブセンについて
2.1.1 ジェイコブセンの著作の位置付け
彼女の"Operation Paperclip: The Secret Intelligence Program
that Brought Nazi Scientists to
America"は、2014-2015年のベストセラーに入り、書評においても「ニューヨークタイムズ」紙など概ね米国の読者には概ね評価を受けてい
る。しかし(彼女もその著作を引用している)宇宙工学や宇宙開発史家のMichael J.
Neufeld (ス
ミソニアン国立航空宇宙博物館キュレーター)からは次のような酷評を受けている。「それは間違いだらけ、何ら根本的に新しい情報がない、[評価の]バラン
スに欠けている、おまけにその注釈も酷い。よって彼女の『ペーパークリップ作戦』をオススメすることなどできない。これは学術的な仕事ではないので、学術
書として批評することはできない。だがしかし、いくつかの新しい資料の彼女の発見や展開にも関わらず、1980年代の暴露趣味に満ちた
(muckraking)ペーパークリップ作戦の調査ジャーナリズムで表現された内容以上のトピックを越える進歩などないのだ」("Review: Operation
Paperclip". The Space Review. 15 June 2015.)。
2.1.2 ジェイコブセンとは誰か
彼女の経歴は、ウィキペディア(英語)によると、St. Paul’s School高校卒業、Princeton
University出身、職業は、Journalist, non-fiction
writerとある。2016年のピュリツアー賞「歴史部門」の最終選考候補者。2009年から12年まで『Los Angeles Times
Magazine』の編集者。
2.1.3 彼女の著作リストとOPの位置付け
2.1.4 ユダヤ人ライター
ジェイコブセン(Jacobsen)のファミリーネームはユダヤ人出自を想起させるが、彼女自身は、インタビューや記事、あるいは 「動画」 などで明確に述べていない。しかしながら、OPについてのこれまでの報告は、軍事的インテリジェンスや、インテリジェンスのエージェントの組織的作戦につ いての軍事的側面に焦点が当てられたいたが、彼女の著作は、人体実験や奴隷労働に関する人道的判断が、OPのインテリジェンスによって踏みにじられたとい う面がより強調されているように思える。また、そのことにより、アメリカ政府の判断が、人道的犯罪に関わるナチを正当に裁くことよりも、軍事技術の輸入に 優先されたことへの正当な告発がみられる。
私は、ジェイコブセンの名を知った時に、2人のユダヤ人作家のことを想像した。ひとりは、アイザック・ドイッチャー(Isaac Deutscher, 1907-1967)、そしてもう一人は私の永遠のアイドル、ハンナ・アーレント(Hanna Arendt, 1906-1975)である。
「血祭りにあげられたユダヤ人の悲劇を理解しようとする歴史家の最大の困難は、それがまったく前例をみない事件であった点である。 これは単なる時間や歴史の長さの問題ではない。……宗教裁判の「火刑の儀式」(auto-da-fé) もアウシュヴィッツやマイダネクの騒ぎに比すれば児戯に類するものであった。……歴史家である私がいまなど、それについて客観的に物を書くことができない のは、単に私が個人的にこれらユダヤ人の辿った運命とかかわりをもっているからだけではない。それをこばむのはむしろ不吉で理解を超絶する人間性の頽廃と いう現象にわれわれが今ここに直面しているという事実そのものなのである。この人間性の頽廃は永遠に人間を翻弄し、おびやかすことであろう」『非ユダヤ人 的ユダヤ人』鈴木一郎、Pp.211-212、岩波書店、1970年(原著1968年)
「全体主義は暴制、圧制、独裁制のような私たちに知られて来た他の政治的抑圧の形式とは本質的に異なるものであることを[著者は]
くりかえし強調して
来た。どこで政権を掌握しようと、それはまったく新しい政治制度を発展させ、その国のすべての社会的、法的、また政治的伝統を破壊した。そのイデオロギー
の持つ民族特有の伝統がどうであれ、またその特殊な精神的源泉が何であれ、全体主義的統治は常に階級を大衆に変え、政党制に代えるに一党による独裁制では
なく大衆運動をもってし、権力中枢を軍から警察に移し、公然と世界支配を指向する対外政策を確立した。現在の全体主義的統治は単一政党制から発展した。こ
の制度は真に全体主義的になると、常に他のすべての価値体系とは根本的に違う或る価値体系に従って働きはじめた。そのためわれわれの伝統的な法的、道徳
的、もしくは常識的功利主義的なカテゴリーのいずれをもってしても、これらの体制の行動方針に協調し、もしくはそれについて判断し、予見する助けには全然
ならなかったのである[アーレント
1981:301]。アーレント、ハナ、1981「エピローグ(英語版第4章イデオロギーとテロル:新しい統治形式)」『全体主義の起源3』大久保和郎・
大 島かおり訳、 pp.301-324、東京:みすず書房
2.2 OPの適切な要約およびジェイコブセンの主張
『ペーパー・クリップ作戦』の章立ては本サイトの「ペー パー・クリップ作戦」で記載している。
2.3 OPの一般像(ジェイコブセン以外の著作も含めて)
OPの一般像、雑多な情報すべて「ペーパー・クリップ作戦」
「ペーパークリップ作戦名簿」
2.4 OPとナチスハンティングの問題
OPは、あくまでも連合国側のナチの軍事技術を、その占領によって、戦利品として接収、利用するインテリジェンスと軍事力を用いた作戦 のひとつであった。他方、ナチハンター(Nazi hunter) とは、ユダヤ人関係者が、最初は米軍の戦争犯罪セクションとの協力関係で、つぎに、自前のボランティア組織として、そして、最終的には、イスラエル政府の 支援のもとに、世界中に広がった無処罰(impunity)のナチス関係者や協力者を追跡する活動に従事した人々である。
もっともよく知られているのが、サイモン・ウィーゼンタールである。マハトハウゼン-グーゼン強制収容所(Mauthausen-Gusen concentration camp complex)の生存者サイモン・ウィーゼンタール(Simon Wiesenthal, 1908-2005)はナチ敗戦後から米軍の戦争犯罪セクションと協力しナチ戦争犯罪者の調査と捜索活動に従事していたいた。ウィーゼンタールは、この 年、30名のボランティアとともに、リンツに「ユダヤ人歴史資料センター(Jewish Historical Documentation Centre)」を開設し、ひきつづきナチの捜索(ナチ・ハンティング[Nazi hunter])続ける。こ の活動は(アイヒマン捜索活動を除いて)1954年にイスラエルのヤド・ヴァシェム・アーカイブ(Yad Vashem)[国立ホロコース ト博物館]に寄託されるまで続いた。
2.5 戦争犯罪について
2.5.1 戦争犯罪の定義や本質
"A war crime is an act that constitutes a serious violation of the laws of war that gives rise to individual criminal responsibility.[1] Examples of war crimes include intentionally killing civilians or prisoners, torturing, destroying civilian property, taking hostages, performing a perfidy, raping, using child soldiers, pillaging, declaring that no quarter will be given, and seriously violating the principles of distinction and proportionality, such as strategic bombing of civilian populations.[2]" - War crime. [1] Cassese, Antonio (2013). Cassese's International Criminal Law (3rd ed.). Oxford University Press. pp. 63–66; [2] See generally, Article 8 of the Rome Statute of the International Criminal Court.
[例]犯罪者ならびに市民への殺害、拷問、市民の財産の破壊、人質略取誘拐、裏切行為、強姦、児童少年兵の利用、略奪、身分詐称、
例えば市民への戦略爆撃に喩えられる(市民と戦闘兵の)区分[principle
of distinction]と比例原則[principle of proportionality]からの著しい逸脱侵犯。
それ以外の「医学実験」の情報はこの下線の情報(→「ナチスド
イツと戦争医学犯罪(関係者名簿)」)。nazi_crime_mikeda.pdf
(you can freely download!)
2.5.1.1 ナチス科学者の責任問題
ナチス(体制下)への科学と責任問題の3つのタイプ[Gingrich 2005:128]
1)人を批判したり、離職をすすめたり、そのような手続きに加担する
2)ナチから研究資金や機会という利益をえたり、ナチの目的のために応用研究に従事した
3)ナチのプロパガンダに積極的に関わり、学問的専門的知識を利用あるいは濫用して、ナチのイ デオロギーを精緻化することに貢献した
2.5.2 戦争犯罪をどのようにして裁くのか?
ニュルンベルク医師裁判/ナチスドイツと戦争医学犯罪(関係者名簿)/ニュルンベルク継続裁判/など
2.5.3 OPから何をまなぶのか?
OPにおいてはアメリカ側の積極的な関与があった。
2.5.4 OPにも人種的偏見が影響するのか?
2.5.5 否定する人々と永遠に追い求める人々
ニュルンベルク医師裁判(継続裁判のひとつ)などの審理で、ナチの医学戦争犯罪が明らかになるにつれて、ドイツのSS医療関係者
は、ドイツの戦争犯罪者の収容所で死刑(hanging)なのか、アメリカに移住して研究(researching)なのかは、まさに自分の運命が生殺与
奪のエッジに位置していることを思い知らされることになる。生き残ろうとする人にとっては、自分の戦争医学犯罪への関与を低く見積もったり、非関与の姿勢
を貫くものが多かった。また、カール・オットー・フライッ
シャー(Karl-Otto
Fleischer)のように、自分はV-2計画の食料担当係官であったものを、ナチの機密文書の隠し場所などを教えたり、自分の業績を「盛って」高位の
人間のように誤魔化した者もいる。
2.5.6 戦争犯罪からどう学ぶのか?
3.我々にとっての応用課題としてのOP——【未完成】
3.1 研究倫理問題としてのOP:倫理コードなき時代の研究倫理とは
研究倫理の問題を扱う時に「ニュル
ンベルグコード」について医学や保健科学を学ぶ学生は、その内容を教授されるが、ナチスの戦争犯罪が「教材」として使われることがない(理由:極端な倫理
的逸脱と見なされている)。
3.2 正義論の課題(試練)としてのOP
3.3 歴史研究のテーマとしてのOP
3.4 OPにおける技術移転は「異常」か?
日本にも、ナチの航空医学の知識と経験が導入されようとしていた兆候。OPにおけるアメリカ空軍側の受け入れの大物は「ハリー・アームストロング」軍医少将である。
軍陣医学「国家国防医学」のカリキュラ
ム(1941):大阪帝国大学
3.5 イノベーション研究
3.6 研究マネジメント
3.7 OPを可能にする社会的条件
3.7.1 司法
3.7.2 インテリジェンス
3.8 その他
4.OPの成果(インテリジェンス活動により米国へ技術移転が成功したもの)——【未完成】
4.1 航空医学・宇宙医学
4.2 ロケット工学・ジェット推進
4.3 生物兵器・化学兵器
4.4 科学者たちのキャリア・デザインからみた「帝国科学評議会」と「ペーパークリップ作戦」
5.暫定的結論
OPの本質は、戦争を優位にすすめるために、インテリジェンスと軍事的制圧の両方の技術を使って、敵の軍事技術やその人材を「盗む (appropriate)」ということであった。総力戦(total war - Google 検索するとゲームソフト会社が上位にくる)には、敵の軍事力を知るだけではなく、敵の軍事技術もまた利用して、雌雄を決するということが、それ以外の国際 条約などの規約の制限を超えてインテリジェンスを動員することを正当化した。
ナチスドイツのインテリジェンスはゲーレン機関に代表されるような、対ソ戦争における諜報が主目的になっていた。しかしOPの場合、ナチス ドイツとの戦争の終結が目に見えてきたときに、喫緊の課題になったことは、いかに赤軍よりも先に、重要な軍事技術に関する情報とそれを担う人材を捕虜とし て捕獲することに力点がおかれた。OPの最初のリスト作成と捕獲作戦に関わった(同等の科学技術の学術水準のもつ)米軍の関係者は、過去の留学や訪問、あ るいは国防省から提供されるインテリジェンス情報をもとに、捕獲目標の地理的分布、研究開発機関や工場、あるいはそれに関する人材について、総合的に情報 をまとめることに専念した。また、前線から送られてきたり、その専門の部隊などから、OPとそれに関連するさまざまな名称でよばれた作戦があり、またそれ らに間接に、直接に関与していた。
他 方、同時に、科学者の多くは、ヒトラーの命によりゲーリングが総帥した「帝国研究評議会」(1943-1945)の元に組織化され、ほぼ 全員が親衛隊組織とイデオロギーに組していた。ドイツの敗戦と、その前後から明らかになるユダヤ人虐殺や人体実験、あるいは奴隷労働などの戦争犯罪が明ら かになるにつれて、彼らを戦争犯罪者として、裁く必要性も生じた。つまり、親衛隊の優秀な科学者を米国の軍事技術の発展のために使おうとする「功利主義」 と非人道的なナチはまず正当な手続きにおいて裁くべきという「人道主義」のジレンマに苛まれた。だが、このジレンマわずか一瞬で次に述べる理由で「功利主 義」がそれを凌駕してしまう。
そ れは、赤軍も強制収容所を解放した時に、ナチスの軍事技術を自らのものにすることを(OPに比べるとその組織化は相対的に脆弱ではあるい が)創案したこと。また、解放の前後に、ナチスの戦争犯罪を免責するために、重要な軍事上の秘密を赤軍のほうに流すと、米軍のOP関係者と「交渉」を始め るものがでてきた。これは、戦後処理の過程で、ソ連とそれ以外の連合国側での足並みが乱れるだけではなく、冷戦が始まり、両者の間の信頼関係もとに、共に ナチを裁くという合意が形成されずに、有能なナチの戦争捕虜の争奪戦の様相を呈したからである。冷戦構造の激化は、OPの要員に対して、ナチの戦争犯罪を 低く見積もったり、ナチ関係者を排除していた、移民法に対して間接直接に介入したり、書面の偽造や命令のごり押しなど、さまざまな功利主義な実践が横溢す ることを招くようになる。その意味で、OPの末期で、1957年以降赴任していた、JIOAの元副局長ヘンリー・ウェーレン中佐が、59年ごろからGRU (ソ連参謀本部情報機関)に機密情報を提供していたことが発覚し、FBIによる検挙の前にOPが実質的に終了したのは皮肉なことである。
さて、ナチの科学者たちは、どうなったのであろう。ナチスの戦争犯罪の嫌疑のある科学者や研究者は、米国で重用され、さまざまな分野(航空 医学・宇宙医学[.ベンジンガー.シュトルークホルト.]/航空工学[クネーマイヤー]/ロケット工学・ジェット推進[.ドルンベルガー.フォン・ブラウン..]/生物兵器・化学兵器[..フォン・クレンク.アンブロス])で活躍し、また、多国籍企業の重役として 成功(オットー・アンブロス)をおさめたりした。
このようにOPを評価すると、冷戦こそがOPの効率化をすすめる要因ではあったが、ただし、それは冷戦の社会的政治的文脈であり、あくまで も触媒に すぎなかったのではないか。OPは、優秀な科学技術者をヘッドハントしたい、そのた めには、その候補者の素性が怪しくても、組織的研究開発に背に腹は代えられないという合 理化が働いたのであろう。この論理は、戦後のアメリカのR&Dの化学研究体制、あるいは大学の社会的役割、さらには、ヘッドハント [首刈ではなく 比喩としての転職斡旋]の文化様式、CEOを高給で厚遇する、という戦後のアメリカビジネス文化そのものである——冒頭で批判した加藤哲郎先生流の思考回 路を僕も共有しているということか。
さて、本題にもどろう。そのため、ナチスの戦争遂行と戦争勝利のために(余剰ユダヤ人)を功利的に利用するナチスドイツと、戦勝に乗じて、
ソ連[Operation Osoaviakhim]
よりも先に、優秀な人材を自国の戦後復興のR&Dに活用しようとする米軍との間には大きな違いがない。米国における米軍の反ユダヤ感情もあり、ナ
チスド
イツのユダヤ人虐殺に関して、積極的にそれを弾劾するという世論形成もそれほど成熟することはなかった。科学技術へのカルトに近い信仰は、ナチスドイツ以
上にアメリカ軍のR&Dの思想の中に刻印されている、
と言っても過言ではない。ジェイコブセンが追いかけている、"Area 51: An Uncensored History of
America's Top Secret Military Base"(2011)、"The Pentagon's Brain: An
Uncensored History of DARPA, America's Top-Secret Military Research
Agency"(2015)、"Phenomena: The Secret History of the U.S. Government's
Investigations into Extrasensory Perception and
Psychokinesis"(2017)にあるような、CIAやDARPAがステルスやドローンの開発をする一方で、なぜ超能力や奇妙な研究を続けてき
たのかということにも、なんらかの戦争の「功利主義」利用から「プラグマティズム」的開発の姿勢を、米国の科学技術思想が根強くもっているのかがよくわか
る。それは日本の科学技術史の略史を書いた山本義隆(2018)が、日本は今尚「科学技術総力戦体制」を続けているのか、そして、その体制の論理は現在で
はもやは「破
綻」していると、警鐘を鳴らしているが、そのような死んだ思想のゾンビのような継続性を、僕には示唆するように思えてならない。敗戦国と戦勝国という違い
を生んだナチスの敗北の以前/以降という社会的断続性のみがあり、軍事関連科学技術のR&Dはナチスドイツのそれが戦後米国に受け継がれて、その
まま継続している、というのが、この議論の暫定的な結論である。
■CIA組織の誕生
■もしクレオパトラの鼻が低ければ(小ぶりだったら)……(パスカル「パンセ」413)
「人間のむなしさを十分に知りたければ、恋愛の原因と結果を考察するだけでよい。その原因は「私には分からない何か」
(コルネイユ)なのに、その結果は恐るべきものだ。この「私には分からない何か」、あまりにも些細で目に止まらないものが、あまねく大地を、王公を、軍隊
を、世界を揺り動かす。/クレオパトラの鼻。もしそれがもう少し小ぶりだったら、地球の表面は一変していたことだろう」(塩川徹也訳、岩波文庫(中)43
-44ページ)。
■宇宙工学や宇宙開発史家のMichael J. Neufeld (スミソニアン国立航空宇宙博物館キュレーター)からの酷評
“I cannot endorse Operation
Paperclip
because: it is
error-ridden, it produces no fundamentally new information, it is
unbalanced, and its notes are poor. It is not an academic work and
cannot be criticized for trying to be one, but the net result is that,
despite her discovery or development of several new sources, it does
not advance the topic much beyond what was revealed in the muckraking
Paperclip investigative journalism of the 1980s.” - "Review: Operation
Paperclip". The Space Review. 15 June 2015.
■クレジット:平成30年度国立民族学博物館共同研究会「人類学/民俗学の学知と国民国家の関係:20世紀前半のナショナリズムとイン
テリジェ
ンス」2019年2月18日1000-1800、国立民族学博物館4階第2演習室
リンク:民族詩学(ethnopoetics)
"Ethnopoetics is a method of recording text versions of oral poetry or narrative performances (i.e. verbal lore) that uses poetic lines, verses, and stanzas (instead of prose paragraphs) to capture the formal, poetic performance elements which would otherwise be lost in the written texts. The goal of any ethnopoetic text is to show how the techniques of unique oral performers enhance the aesthetic value of their performances within their specific cultural contexts. Major contributors to ethnopoetic theory include Jerome Rothenberg (1931- ), Dennis Tedlock (1939-2016), and Dell Hymes (1927-2009). Ethnopoetics is considered a subfield of ethnology, anthropology, folkloristics, stylistics, linguistics, and literature and translation studies." - Ethnopoetics.
リンク
文献
その他
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099