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エスノグラフィー

ethnography,民族誌,エスノグラフィー


解説:池田光穂

エスノグラフィーとは、フィールドワー クと いう経験的調査手法を通して、人々の社会生活について具体的 に書かれた「体系的体裁によって*」整えられた記述のことである。「民族誌」は、完全な同義語である(リンク先に は中国語の解説があります!)。

*体系的記載などは不要だという論者もいるだろう。物語記載には規則とい うものがないからである(→「そうとは言えない面もある!」およ び以下の【補論】参照)。 だが、この文言がなければエスノグラフィックノート(ethnographic/-phical notes)と区分が付かなくなる。このようにエスノグラフィーとエスノグラフィックノートを峻別する別の論者がいるかぎり、民族誌の著者の中には、多か れ少なかれ「体系的体 裁によって」整えられた記述という意識が少しでもあるはずである。

エスノグラフィー(ethno-graphy) は文字どおり、エトノス(ethnos)[=民族集団]について書かれたも の=記述(graphy, document[下記参照])という意味である。ただし、すでにマリノフスキーらの近代エ スノグラフィーの確立時期[1920年代]にもあったように、写真やス ケッチなどの映 像資料、現代にまで続く「旅行記/旅行談(travel literature/travelogue)」さらにはメディア技術の発展を通して動画(フィルムやビデオ映像)による映像記録なども、エスノグラフィーに含まれ る。(なお、その場合は ethnographic film のようにメディア形式に形容詞をつけて表現する)。エスノグラフィー(古い英語の辞書では民俗誌と表現された)は、文化人類 学民族学(あ るいは民俗学)研究にとって、重要な基礎資料となる。

エスノグラフィーを書くというプロセスは、およそつぎの5つのプロセスに分解される(→エスノグラフィーのデザイン)。

1.情報を収集する、2.データベースをつくり、それらを精査する、3.なんらかの理論にもとづ いて(theory-laden)分析する、4.報告する(=狭義のエスノグラフィー論文)、5.エスノグラフィーの知識をつかって「なにかの実践をする (conducting operations)」(→これを逆向きに遡行し民族誌がどのように生成されるかのを解析するのが「民族誌のリヴァース・エンジニアリング」である)。

エスノグラフィーという言葉を定義 する際につきまとうややこしい問題は、この用語が2つの言葉 「民族」 と「記述(ドキュメント)」に分解され、それぞれの用語とは何か、という議論を内包することである。だが、専門職としての人類学者の誕生は、民族について 記載されたものは、なんでもエスノグラフィーであるという理解を我々の意識からは排除することに成功し「よく訓練された人類学者(あるいは民族を研究する専門研究者)によって書か れた当該民族の生活の全体ないしは一部に関する具体的な記述」という今日流通している、エスノグラフィーの理解——エスノグラフィーは経験的事実(=記述概念) であるので、その用語を論理的に定義することはできない——を確立することに成功した。

したがって、エスノグラフィー(ethnography)とは、今を生きる世界のさまざまな 人びとの 生活をおもに記述したり記録することを通して、人間の文化の個別性と普遍性について考える学問分野をさす[→民族誌学(エスノグラフィー)とは?]。

【補論】1986年以降のエスノグラフィー概念の変貌(→「エスノグラフィーを書く/文化を書く」に移動しました)

Preface vii
JAMES CLIFFORD., Introduction: Partial Truths 1
MARY LOUIS E PRATT, Field work in Common Places 27
VINCENT CRAPANZANO, Hermes' Dilemma: The Masking of Subversion in Ethnographic Description 51
RENATO ROSALDO, From the Door of His Tent: The Fieldworker and the Inquisitor 77
JAME S CLIFFORD, On Ethnographic Allegory 98
STEPHEN A. TYLER, Post-Modern Ethnography: From Document of the Occult to Occult Document 122
TALAL ASAD, The Concept of Cultural Translation in British Social Anthropology 141
GEORGE E. MARCUS, Contemporary Problems of Ethnography in the Modern World System 165
MICHAEL M. J . FISCHER, Ethnicity and the Post-Modern Arts of Memory 194
PAUL RABINOW, Representations Are Social Facts: Modernity and Post-Modernity in Anthropology 234
GEORGE E. MARCUS, Afterword: Ethnographic Writing and Anthropological Careers 262
Bibliography 267
Notes on Contributors 295
Index 297

▲▲▲▲■マルチサイトエスノグラ フィーと古典的エスノグラ フィーの位相

古典的エスノグラフィーは、ひとつのフィールドに入り深く調査する(左側の蟹 のように)。他方、マルチサイトエスノグラフィーは、複数のフィールドを広く見て回 る手法である。(この図の出典は "Should We Think about Multicultural Medical Systems?" にある)

■また、地域と研究テーマの関係については、次のような関係も描くことができます(→「学際研究を継続させる要因とは何か」「地域科学・地域研究・国別研究・戦略情報・地政学」を参照してください)。

微小社会活動 に関する調査は、マイクロエスノグラフィー(micro-ethnography) と呼ばれる。 池田光穂による「フィールド・ ライフ:熱帯生態学者たちの微小社会活動に関する調査の概要」をお楽しみください

●音のエスノグラフィー(この項目は滝奈々子の執筆による)

音楽 (music)とは、わたしたちが楽曲をすぐに想像するように、ある時間経過の中で進行するメロディー、ハーモニー、リズム、そして音色の 要素から構成される。 若年性の糖尿病により36歳で斃れるエリック・ドルフィー(Eric Dolphy, 1928-1964)というサクソフォニストは、晩年のレコーディングアルバムのなかにある 「ミス・アン」という曲が終わった瞬間に、"When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again."(君が音楽を聴き、それが終わったとき、虚空の彼方に消えてしまう。君はそれを二度とつかむことは決してできない)という声を残している。 このような「儚い」音響的特性を研究するのが民族音楽学(ethnomusicology) である。しかしながら、虚空の彼方に消えてしまう音楽をどのよ う にして研究することができるのであろうか?その手がかりは、文化人類学の方法に ある。すなわち後者は、研究対象になる人びとの生活に訪問し、彼/女らと同じ食事を し、言語を学び、インタビューをおこない、観察し、彼/女らのおこなっていることを記録する一連の方法からなる。インタビューの会話もまた対話が終 わった時に虚空の彼方に消えてしまう。しかし記憶と記録は残るだろう。音楽も民族ごとにさまざまな様式の音楽が存在する。音楽やひいては人びとの〈音的経 験〉もまた、記譜の形で記録し、また身体記憶として呼び戻す(=それを演奏や再演といいます)ことが可能なのである。民族音楽学は、このように音楽を紡 ぎ出す人びと(=民族)の〈音的経験〉を、楽器の発展や変化の歴史や、そして語りや行動を記述することを通して明らかにする。この記録された書物や録音 を「音楽経験のエスノグラフィー(ethnography of musical experience)」と呼ぶ。民族音楽学者は、このような音のエスノグラフィーを編む文化人類学者のことなのである。音楽を通して2つの学問は融合す るのだ感覚経験の人類学

文献(方法論:「感覚のエスノグラフィー:その方法論等の検討」より

  • (1) ギアーツ『文化の解釈』1973年/「厚い記述」(thick description)/The interpretation of cultures : selected essays / by Clifford Geertz,  New York : Basic Books , c1973
  • (2) Writing culture : the poetics and politics of ethnography / edited by James Clifford and George E. Marcus, 25th anniversary ed. / with a foreword by Kim Fortun. - Berkeley, Calif. : University of California Press , [2010], c1986.
  • (3) フィールドワークの物語 : エスノグラフィーの文章作法 / ジョン・ヴァン=マーネン著 ; 森川渉訳、東京 : 現代書館、1999年/Tales of the field : on writing ethnography / John van Maanen. Chicago : University of Chicago Press , 1988.
  • (4) The ethnographic imagination : textual constructions of reality / Paul Atkinson, Abingdon, Oxon : Routledge , 2011.
  • (5) Writing ethnographic fieldnotes  / Robert M. Emerson, Rachel I. Fretz, Linda L. Shaw, University of Chicago Press , 2011/ 旧版(1995)の翻訳:方法としてのフィールドノート : 現地取材から物語 (ストーリー) 作成まで  / R.M.エマーソン, R.I.フレッツ, L.L.ショウ著 ; 佐藤郁哉, 好井裕明, 山田富秋訳、新曜社 , 1998年:
  • 文献(理論)

  • Writing culture : the poetics and politics of ethnography / edited by James Clifford and George E. Marcus, 25th anniversary ed. / with a foreword by Kim Fortun. - Berkeley, Calif. : University of California Press , [2010], c1986. - (School of American Research advanced seminar series)
  • 文化を書く / ジェイムズ・クリフォード, ジョージ・マーカス編 ; 春日直樹 [ほか] 訳, 紀伊國屋書店 , 1996.11. - (文化人類学叢書)
  • Writing culture : the poetics and politics of ethnography : a School of American Research advanced seminar / edited by James Clifford and George E. Marcus, Berkeley : University of California Press , c1986
  • Tepoztlan, a Mexican village : a study of folk life / by Robert Redfield, University of Chicago Press (1930)
  • Life in a Mexican village : Tepoztlán restudied / by Oscar Lewis ; with drawings by Alberto Beltrán, University of Illinois Press (1951)
  • Political systems of Highland Burma : a study of Kachin social structure / by E.R. Leach ; with a foreword by Raymond Firth, London: G. Bell and Sons, 1954
  • Pul Eliya : a village in Ceylon : a study of land tenure and kinship / by E.R. Leach, Cambridge University Press , 1961
  • トランスポジションの思想 : 文化人類学の再想像 / 太田好信著,増補版. - 京都 : 世界思想社 , 2010
  • 池田光穂「フィールド・ ライフ:熱帯生態学者たちの微小社会活動に関する調査の概要」『熊本大学文化人類学調査報告』2:97-135., 1998.
  • その他の情報

    関連するリンク