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エスノグラフィーの極北

Writing Ethnography in Ultra

Mitzub'xi's Introduction to Ethnographic studies

池田光穂

私は受講生である皆さんぐらいの年齢(たぶん 22,23歳の頃)に、ユーリー・ボリソヴィチ・シム チェンコ『極北の人たち』加藤九祚 訳、(岩波新書)岩波書店、1972年を読んでいたく感動した覚えがあります。具体的に何がということは失念しました が、極寒に耐えて厳しい自然のなかでたくましく生き抜く人たちに共感するシムチェンコと、いまだ読者でフィールドワークに憧れている自分を重ね合わせてみ たのだと思います。民族学者(=文化人類学者)って、なんてすばらしい職業なのだろうかという思いをした、私の究極の民族誌がこの本だったのです。結局、 私の長期のフィールドワークは、極北の人たちではなく、中米のメスティソ農民を対象にしたものでしたが、私の心の中のシムチェンコは、今でもなお私のヒー ローでありつづけています。

お祭りの準備をしていた湖は、まばらに樹木の生えて いる深い窪地にあった。 「おーい、遅れたじゃないか。すでに年寄りが犬を一頭殺してしまったよ」と若者のひとりが言った。 「なに、殺した?」と私(シムチェンコ)は彼にきいた。 「そうなんです、年寄りはそう信じているんです」と 若者は答えた。「彼らは祭りで自然という母に犠牲をささげるのです。古い信仰によると、大地なる母、太陽なる母、丹なる母、水/なる母、森なる母その他さ まざまな神々がいるのです。そして狩猟の獲物が多いように、魚がたくさん獲れるように、彼らはなにか自分のものを供するのです。犬もそのひとつです。年寄 りたちは、はたの者がなんと言ったって、自分たちの信ずるようにしかしないんです」 「おそらく、いちばん悪い犬を絞ったんだろうね」と私は言った。 「もちろんですよ」と若者は言った。「ほっといても、まもなく死ぬやつですよ。それになにか疱疹のようなものにかかっていましてね、他の犬にうつる心配も あったんです。ずるい年寄りたちですよ」 私の横を歩いていた人々は笑った。 出典:シムチェンコ『極北の人たち』加藤九祚訳、pp.50-51, 岩波新書、岩波書店、1972年

◎講義題目【仮想シラバス/リア充シラバス】 エスノグラフィー(民族誌)の極北:バリ人の性格(または幻のアフリ カ)から攻殻機動隊(またはニューロマンサー)まで ・攻殻機動隊(→「タチコマ問題」「草薙問題」「桶の中の脳」「機械の中の幽霊」「テクノアニミズム批判」「サイボーグ」)
◎授業の目的

1.文化人類学がどのように形成されてきたのかについて理解できるようになる。

2.フィールドワークという知的活動の結果の産物であり、また研究対象である人びとの生活や人生の〈表象=再現前〉としての民族誌につ いて 理解できるようになる。

3.人文社会学にとってなぜ民族誌が、これほど重要なジャンルになったのかについて、妥当な説明ができるようになる。

◎キーワード
◎時間割コード 010473(民族誌学 Ethnographic Research)/211228(民族誌特講)
◎開講区分 第1学期/◎曜日 火4/◎教室 人・本館31講義室
◎授業の内容

    【その位置づけ】

    異民族に関する生活や文化の記録である「民族誌」(エスノグラフィー)は、文化人類学や社会学を学ぶ人のためのみならず、現代世界 のさまざ まな諸相の成り立ちを理解しようとする政治学や経済学、人間がつくりだすさまざまな表象そのものや表象のはたらきを理解しようとする芸術学や宗教学、ある いは他者の存在の意味について考える哲学など、さまざまな人文社会研究に多大な影響を与えてきました。

    【民族誌の宿命】

    にもかかわらず、ある人たちの生命=生活(ライフ)の「全体的記述」であるはずの民族誌が、つねに全体論的に理解されるわけではな く、当の 人類学を含めた人文社会学の研究のなかで流用される際には、しばしば断片化され、枝葉末節が利用され、人間の文化の多様性を表現するための「素材」として 利用されています。例えば、科学ジャーナリストたちは、フォーレという人たちが自分たちの身に降りかかる疫病の蔓延にどのように多角的に対処したかという ことには一切関心がなく「ニューギニアのフォーレ人はプリオンを含んだ犠牲者の脳を食したためにクールー病が蔓延した」というふうに表現(=表象)するこ とに専心しました。その結果、フォーレ=野蛮な喰人族という表象が世界中に蔓延しました。それはトロブリアンドが「未開経済」の場であると今なお信じ続け られているように……。どうも民族誌にも生命=生活(ライフ)があるようです。このような民族誌の生産と民族誌の利用の間にある宿命と悲劇、喜劇またはア イロニー(皮肉)について、この授業で考えます。

    【授業の具体的内容】

    かと言ってこの授業は文化人類学の専門家が難解なことを言って学生を煙に巻くために行われるのではありません。民族誌とは何か、著 名な民族 誌の紹介、民族誌記述についてのさまざな難問などを紹介し、そのようなものが実際に数多く存在するかはさておき〈一般的な民族誌〉とは何かというイメージ を獲得した上で、〈一般的な民族誌〉から「逸脱した民族誌」「民族誌もどき」「民族誌とは言えない代物」について、さまざまな実例をあげつつ、それらが 〈一般的な民族誌〉とどのような共通点と相違点をもつのかを検討します。つまり「異常や逸脱」とみされている事例を検証することで〈正常なもの〉が何であ るのかについて考えるのです。

    【授業の具体的目標】

    すべての授業が終わった時に、皆さんが民族誌の古典的な定義のされ方について疑問を感じ、人文社会学にとってなぜ民族誌が、これほ ど重要な ジャンルになったのかについて、自分なりの歴史解釈と民族誌の意義について見解を持てるようになれば、この授業の目的は果たせたことになります。

    【ジョーク:余談】

    この授業は「民族誌の極北」と銘打っていますが、それは民族誌の中核的概念からはじめて、その周縁部や境界、すなわち、私たちは何 を民族誌 とよび(理解し)何を民族誌だと認定しない(排除する)のかという検討を通して、民族誌とは何かについて考えることが最終的な目標です。したがって極北に 住む人々の民族誌のことではありません。しかしながら、私は受講生である皆さんぐらいの年齢(たぶん22,23歳の頃)に、ユーリー・ボリソヴィチ・シム チェンコ『極北の人たち』加藤九祚 訳、(岩波新書)岩波書店、1972年を読んでいたく感動した覚えがあります。具体的に何がということは失念しました が、極寒に耐えて厳しい自然のなかでたくましく生き抜く人たちに共感するシムチェンコと、読者でいまだフィールドワークに憧れている自分を重ね合わせてみ たのだと思います。民族学者(=文化人類学者)って、なんてすばらしい職業なのだろうかという思いをした、私の究極の民族誌がこの本だったのです。結局、 私の長期のフィールドワークは、極北の人たちではなく、中米のメスティソ農民を対象にしたものでしたが、私の心の中のシムチェンコは、52歳(2007年 4月)の現在においてもヒーローでありつづけています。

    【授業の終了にあたり受講者へのメッセージ】


"For more than twenty years, John Van Maanen's "Tales of the Field" has been a definitive reference and guide for students, scholars, and practitioners of ethnography and beyond. Originally published in 1988, it was the one of the first works to detail and critically analyze the various styles and narrative conventions associated with written representations of culture. This is a book about the deskwork of fieldwork and the various ways culture is put forth in print. The core of the work is an extended discussion and illustration of three forms or genres of cultural representation - realist tales, confessional tales, and impressionist tales. The novel issues raised in "Tales" concern authorial voice, style, truth, objectivity, and point-of-view. Over the years, the work has both reflected and shaped changes in the field of ethnography. In this second edition, Van Maanen's substantial new epilogue charts and illuminates changes in the field since the book's first publication. Refreshingly humorous and accessible, "Tales of the Field" remains an invaluable introduction to novices learning the trade of fieldwork and a cornerstone of reference for veteran ethnographers." https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB15305895

「ジョン・ヴァン・マーネンの『テイル ズ・オブ・ザ・フィールド』は、20年以上にわたり、民族誌を専門とする学生、研究者、実務家にとって決定的な参考書でありガイドとなっている。1988 年に出版されたこの本は、文化に関する記述に関連するさまざまなスタイルや物語上の慣習について詳述し、批判的に分析した最初の著作の一つである。本書 は、フィールドワークのデスクワークと、文化が印刷物として表現されるさまざまな方法について書かれた本である。作品の核となるのは、文化表現の3つの形 式またはジャンル——(1)現実主義的物語、(2)告白的物語、(3)印象主義的物 語——の拡大した議論と図解である。「テイルズ」で提起された斬新な問題は、作者の声、スタイル、真実、客観性、視点に関わるものです。長 年にわたり、この作品は民族誌の分野の変化を反映し、また形成してきた。この第2版では、ヴァン・マーネンが新たに書き下ろしたエピローグによって、初版 刊行時からのこの分野の変化が明らかにされている。ユーモアにあふれ、親しみやすい本書は、フィールドワークを学ぶ初心者にとって貴重な入門書であり、ベ テランの民族誌学者にとっては参考文献の基礎となる一冊である」https://www.deepl.com/ja/translator

"In "Writing Ethnographic Fieldnotes", Robert M. Emerson, Rachel I. Fretz, and Linda L. Shaw present a series of guidelines, suggestions, and practical advice for creating useful fieldnotes in a variety of settings, demystifying a process that is often assumed to be intuitive and impossible to teach. Using actual unfinished notes as examples, the authors illustrate options for composing, reviewing, and working fieldnotes into finished texts. They discuss different organizational and descriptive strategies and show how transforming direct observations into vivid descriptions results not simply from good memory but from learning to envision scenes as written. A good ethnographer, they demonstrate, must learn to remember dialogue and movement like an actor, to see colors and shapes like a painter, and to sense moods and rhythms like a poet. This new edition reflects the extensive feedback the authors have received from students and instructors since the first edition was published in 1995. As a result, they have updated the race, class, and gender section, created new sections on coding programs and revising first drafts, and provided new examples of working notes. An essential tool for budding social scientists, the second edition of "Writing Ethnographic Fieldnotes" will be invaluable for a new generation of researchers entering the field."- https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB07256116

「エスノグラフィック・フィールドノート の書き方」では、Robert M. Emerson、Rachel I. Fretz、Linda L. Shawが、様々な場面で役立つフィールドノートを作成するための一連のガイドライン、提案、実用的なアドバイスを提示し、直感的で教えることが不可能だ と思われがちなこのプロセスを解明している。実際の未完成のノートを例として、フィールドノートを構成し、見直し、完成したテキストに仕上げるためのオプ ションを説明している。また、様々な構成や描写の戦略について議論し、直接的な観察を生き生きとした描写に変えるには、単に記憶力が良いだけでなく、書か れた光景を思い描くことを学ぶことが必要であることを示す。優れた民族誌学者とは、俳優のように台詞や動きを覚え、画家のように色や形を見、詩人のように 気分やリズムを感じ取ることを学ばなければならない、と彼らは示している。この新版は、1995年の初版発行以来、学生や指導者から寄せられた多くの フィードバックを反映している。その結果、人種、階級、ジェンダーのセクションが更新され、プログラムのコーディングと初稿の修正に関するセクションが新 設され、ワーキングノートの新しい例が提供されている。社会科学者の卵にとって必須のツールである『Writing Ethnographic Fieldnotes』第2版は、この分野に参入する新しい世代の研究者にとっても貴重なものとなるだろう」https: //www.deepl.com/ja/translator)

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Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

春日鹿曼荼羅図, 鎌倉時代 14世紀