公衆衛生における医療人類学とはなにか?
What is medical anthropology in Public health?
解説:池田光穂
【医療人類学とはなにか】1930年代初頭のパリのカフェ。ジャンポール・サルトルのビールグラスを指しながらレイモン・アロンが語った現象学にかんする有名なエピソードを思い 起こしながら、私は次のように主張したい。「ほらね、君が医療人類学者だったら、目の前にあるどんな些細な経験についても話せるよ。それは人間についての 総合的な研究なんだ!」と。
医療人類学(medical anthropology)をここで定義すると、それは「医学と人類学を架橋(ブ リッジ)する学問」である。だが、この定義で もさらに追加の説明の必要な用語が3つある。健康とは何か、病気とは何か、そして人類学的研究とは何かということだ。
文化人類学とは、人間集団を対象とする質的調査(= フィールドワーク)を主とする実証的な研究である。その研究媒体となる資料は民族誌(=エスノグラ フィー)と呼ばれる。フィールドワークとは、ある社会集団のことを調べるために、長期にわたって住み込み、現地語を学び、人々が生きている生活の現場(= フィールド)から、さまざまな文化的事象、例えば、治療実践、闘病経験、日常の仕事や娯楽、遊びや儀式的行為、暴力や調停などについて叙述し、社会や文化 を説明する多角的視点から分析をおこなうことである。その意味では人類学者のフィールドワークは、疫学者や公衆衛生学者のフィールドでの活動ときわめて類 似している。ただし両者が収集するデータの種類は随分と異なっており、後者の研究者は疾病の原因を探り対策を立てようとするが、医療人類学者は人々がどの ように病いや病気を生きているのかについて詳細で具体的なデータをもとに理解しようとする——この活動は〈文化の解釈〉とよばれる。
なお人類学研究は、大きく自然人類学(生物医学的人 類学ともいう)と文化人類学(社会人類学や民族学という別名もある)に分けられるが、医療人類学に とってはその両方の研究成果と関連をもつ。学問の細かい分類については事典や専門書を参照してもらい、医療人類学を学ぶこととはなにかについて説明を急ご う。
私は、この学問の定義について教えてほしいというあ
る医学系の学生の問い合わせに、以下のように答えたことがある。
【質問】医療人類学の定義について教えてください。
【答え】私自身の経験からお話します。医療人類学と
は、(1)医療(広義)を対象にする人類学的研究だと思います。さて、では逆はどうでしょうか? 人類
学(広義)を対象にする医療研究?! これは一見おかしく思えますが、もし(2)人類学理論を包摂した医療研究と言いかえると違和感を憶えないのでは。私
の大学院での所属は医学系でしたが、現在の所属学会のうち最も深く関わっているのは文化人類学です。私と共同研究する人たちも文化人類学者の人たちが多
く、次に精神医学者や公衆衛生や国際協力の専門家の友人がつづきます。他方、文化人類学界を根城にしない医療人類学者を名乗る方も最近は増えてきました。
公衆衛生や国際医療協力の関連学会で活躍する人たちですね。海外でPh.D(哲学博士)やMPH(公衆衛生学修士)を取得された方たちが中心です。後者の
集団による研究は先に述べた「人類学理論を包摂した医療研究」という方向性がより色濃く出ているのではないかと思います。日本で医療人類学者であることを
名乗り、医療人類学を勉強しているという方の意識の中には、この2つの定義のどちらか一方あるいはその両方の要素が宿っています。
「人間の健康や病気について明らかにすること」を動機とする点では、医療人類学は他の社会医学の研究と似ているが、その探究の際に使われる方法論が人類学
のものであることに独自性をもつ。
"As with anthropology and public health, the basic unit of study in ecology is the population. The medical-ecological approach
links biomedicine with biological and cultural anthropology, resulting
in important contributions to understanding health and disease as
dynamic, adaptive, population-based processes. The ecological model
builds on three key assumptions:1. There are no single causes of disease; rather, disease is ultimately due to a chain of factors related to ecosystem imbalances. 2. Health and disease are part of a set of physical, biological, and cultural subsystems that continually affect one another. 3. The
ecological model provides a framework for the study of health in an
environmental context, but it does not specify what factors maintain
health within any given local system." https://bit.ly/3aD8Izo
「人類学や公衆衛生学と同様、生態学における研究の基本単位は集団である。医療生態学的アプ
ローチは、生物医学と生物人類学および文化人類学を結びつけ、健康と疾病をダイナミックで適応的な集団ベースのプロセスとして理解することに重要な貢献を
もたらす。生態学的モデルは、次の3つの重要な仮定に基づいている。1.疾病の原因は単一ではなく、むしろ疾病は最終的には生態系の不均衡に関連する一連
の要因によるものである。2. 健康と病気は、物理的、生物学的、文化的なサブシステムの一部であり、絶えず互いに影響し合っている。3.
生態学的モデルは、環境における健康の研究のための枠組みを提供するが、どのような地域システムの中でどのような要因が健康を維持するのかを特定するもの
ではない」- https://bit.ly/3aD8Izo.
★公衆衛生と人種
David Robson, Why racism is a public health crisis. 10 June 2024, BBC |
なぜ人種主義は公衆衛生の危機となるか? |
https://www.bbc.com/future/article/20240606-why-racism-is-a-public-health-crisis |
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科学と医学における人種的偏見は人々の健康に害を及ぼすと、レイアル・
リヴァプールは新著『Systemic: How Racism Is Making Us
Ill(システミック:人種差別はいかに私たちを病気にするか)』の中で書いている。
彼女はデイヴィッド・ロブソンに、彼女が明らかにした医療格差の数々について語った。 レイアル・リヴァプールがオランダにいた10代の頃、彼女は顔や腕に小さな色素沈着があることに気づき始めた。抗生物質や抗真菌薬を処方されたが、効果はなかった。彼女は、これは非常にまれで治療不可能な症状だと思い込んでいた。 彼女が本当の原因が湿疹であることを知ったのは、偶然にも肌の色が黒いイギリスの皮膚科医と出会ってからだった。彼は、彼女が診てもらった他の医師(主に白人)は、褐色の肌にこの症状がどのように現れるかを知らなかったため、誤診につながっただけだと示唆した。 生物医学の研究者として働いた後、リバプールは現在科学ジャーナリストであり、彼女のデビュー作『Systemic: How Racism Is Making Us Ill(システミック:人種差別はいかに私たちを病気にするか)』は、社会から疎外された民族の人々と白人の人々の間の健康格差と、それを是正する方法に ついて考察している。彼女は同僚の科学ライター、デイヴィッド・ロブソンに、彼女が発見したことについて語った。 この本を書こうと思ったきっかけは? 英国では、私のような黒人女性は白人女性に比べ、妊娠・出産中に死亡する確率が4倍も高い。他の多くの地域でも同様の統計があり、医学研究のバックグラウンドを持つ科学ジャーナリストとして、私はそれを調べなければならないと感じた。 |
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私はこのテーマについてよく知っているつもりだったが、発見したことに
大きなショックを受けた。世界の多くの国々で、疎外された人種や民族のグループは、感染症、心血管疾患、がん、精神疾患など、出産以外の多くの分野で、は
るかに悪い健康結果を経験していることがわかったのだ。私は人種差別を公衆衛生の危機と呼んでいる。人種差別は医療制度を不公平にするだけでなく、時間、
お金、資源を浪費する非効率なものにしている。 あなたは、医学生がしばしば異なる民族間の生物学的差異について、まったく誤った信念を持っていることを示す研究を引用している。そのような誤解にはどのような例があるのだろうか? この本の冒頭で、黒人の皮膚は白人より厚いとか、神経の末端が敏感でないとか、だから黒人は痛みの感じ方が違うとか、そういう思い込みについて見ている。アメリカでは医学生の約半数が、こうした誤った考えを信じていた。 これはほんの一例に過ぎず、他の分野ではこの神話が医療指導にまで反映されている。例えば、以前は腎臓の検査結果を患者の人種によって調整するガイドライ ンがあったが、これは黒人と白人の腎臓の働きは違うという考えに基づいていた。これはある小さな研究から生まれたもので、他の研究にも引用され、最終的に はガイドラインに組み込まれた。 |
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黒人女性は出産で死亡する確率が4倍高い 健康格差 - 健康における不平等についてのシリーズ 「ジョン・ヘンリー主義」: 人種間の不平等が健康に与える隠れた影響 科学雑誌『ニューサイエンテイスト』誌でこのことを最初に報告し、英国の国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence)である『ニース』に連絡してこのような結果を示す研究を共有した後、彼らは最終的にガイダンスを更新して人種を使用しなくなった。 現在、国際的な勧告も変更されている。 肺機能検査においても人種に基づく医療が見られる。これは、サミュエル・カートライトというアメリカの医師兼奴隷所有者にまでさかのぼることができる。彼 は、黒人の肺は弱いから奴隷にすると得をするという考えを持っていた。2021年に私がこのことを報告したときには、肺活量を測定する際に人種を調整する 必要があるとする国際的なガイドラインがまだ存在していた。しかし昨年、この本の最終版を編集していたとき、米国胸部学会と欧州呼吸器学会が共同勧告から 人種調整を削除したことを知った。人種は社会的構築物であり、生物学的根拠はないと明言したのだ。このようなことが以前から起こっていれば素晴らしいこと だが、私はこのようなことが起こっていること、そしてこのような議論が行われていることをうれしく思っている。 人種差別はメンタルヘルスケアにどのような影響を与えるのか? もっと真剣に考えるべき不平等がたくさんある。例えば、黒人は精神科医療のために自分の意思に反して収容される可能性が高い。アメリカでは、黒人男性は白 人男性に比べて、精神的な問題を抱えているときに警察に殺される可能性が高い。この研究は、黒人はより脅威的で危険であるという認識によるものである可能 性を示唆している。 人種差別は診断にも影響する。イギリスやアメリカでは、黒人の統合失調症が過剰診断されるケースがある一方で、社会から疎外されたグループのうつ病が過小 診断され、過小治療されているという証拠がある。つまり、有色人種や彼らに影響を及ぼす可能性のある病態に対する医療従事者の解釈の仕方に影響を与える固 定観念や認識が存在する可能性があり、これは問題なのだ。 最後に、多くの国で有色人種は、人種差別の経験や、それが彼らのウェルビーイングに与える影響が、メンタルヘルス専門家に真剣に受け止められていないこと に気づいている。このことは、人々が傷つきやすくサポートを必要としているときに、自分が直面している問題について話すためにケアを求める意欲を減退させ るかもしれない。 心血管疾患は世界最大の殺人者であり、公衆衛生にとって大きな問題である。例えば、黒人は盗みを働くという固定観念から、店に入って尾行されるといった日 常的なストレスがある。そして、生涯にわたって人種差別を毎日毎日経験することは、神経系や循環器系に一種の慢性的な影響を及ぼす可能性がある。例えば、 アメリカの黒人は、心血管疾患の主要な危険因子である高血圧になる可能性が高い。慢性的なストレスやトラウマは、加齢に伴う認知機能の低下や認知症にも関 係している可能性がある。 楽観できる余地はあるのだろうか? この本を書いている間、これらの問題に関心を持ち、取り組んでいる多くの人々に出会った。例えば、英国で黒人妊産婦の健康キャンペーンを行っているファイ ブXモアという草の根団体がある。彼らは、黒人および黒人混血女性の43%が出産ケアにおいて差別を経験したと報告していることを示す調査を実施した。そ して、妊娠中の黒人が医療現場でどのように自己主張すればよいかを提言している。また、この問題に取り組み、あらゆる背景を持つ患者が安心してマタニティ ケアを受けられるようにしたいと考えている医療従事者のためのトレーニングも提供している。 多くの科学者が、医学研究からバイアスを取り除くために努力している。また、医師たちは、私たちが冒頭で話したような人種差別の体系的な形態や人種に基づ く医療行為に取り組み始めている。私は、医学全体がもっと広範に清算されるのを見たいと思うが、個々の分野ではすでにそれが起こっている。 Layal Liverpoolの著書『Systemic: How Racism Is Making Us Ill』は、Bloomsbury Publishing(英国)とAstra Publishing House(米国)から出版されている。 デイビッド・ロブソンは受賞歴のあるサイエンスライターであり作家である。最新作は『The Laws of Connection(つながりの法則)』である: 13 Social Strategies That Will Transform Your Life』で、Canongate(英国)とPegasus Books(米国・カナダ)から出版されている。ツイッターでは@d_a_robson、インスタグラムとスレッドでは@davidarobsonで活動 している。 |
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https://www.bbc.com/future/article/20240606-why-racism-is-a-public-health-crisis |
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