ハーム・リダクションと薬物依存者への社会的ケア
Harm reduction and social care for drug users in East Asian
countries: A comprehensive comparative study
支援プログ
ラムの「しきい」を下げる:薬物使用者の求助行動とサービスアクセスの研究(21K18460)
挑戦的研究(萌芽) 徐淑子 |
ハーム・リ
ダクションと薬物依存者への社会的ケア:東アジアへの影響、移入、展開(18K02068) 基盤研究(C) 徐淑子 |
ハームリダ
クション時代の依存症ケア:日蘭の文化的差異をふまえた国際比較研究(15K13084)徐淑子 |
ハームリダク
ション入門:徐淑子・池田光穂 |
「ハーム・リダクション(危害低減)」という、 1980年代に創始された薬物依存者支援アプローチがある。本研究では、このアプローチの、東アジア地域での受け入れとローカライゼーション(その地域の 実情やニーズにあった部分的な調整や取捨選択)、移入による既存のケア・システムへの影響を、エスノグラフィー(民族誌)の手法を用いて明らかにするものである。
2017年現在ハーム・リダクションを公式採用して いない日本および韓国、すでに採用実績のある台湾(2016年予備調査実施)を主たる調査地とし、ハー ム・リダクションの早期採用地域である欧州(オラン ダ等)を参照事例として、東アジア的特徴を描出・検討する。
まず、資料調査による基礎情報の収集および制度論的 比較を行う。次いで、2017年度終了予定の日蘭調査で作成した調査インデックスおよびインタビューガイドを再編集して、インタビュー調査を行う。調査対 象は、依存症関連の保健医療福祉サービスの提供者および当事者(薬物依存者)とする。
研究結果を、(1)依存症ケアのオプションを増やす
ための議論の活性化、(2)薬物問題についての国際連携と、それぞれの国における経験・情報の共有に資するように、配慮する。
(I)研究課題の核心をなす学術的「問い」、および 研究目的
I.1 実践モデルにおける「文化接合」および「翻 訳的適応」の問題
グローバル・スタンダードになりつつある優れたアプ ローチが、その発祥の地から他の国・社会・文化へと広まっていく過程で、新しいアプローチへの抵抗や「ローカライゼーション」というチューニング(部分調 整)が必ず起こる。ある新しい実践モデルの移入に対する抵抗が生じている時、受け入れる側では何が起きているのか?そして、ミクロのレベルでは、人々はそ の抵抗をどのように収拾しようとしているのであろうか?
人々の生き方に直結する問題を取り扱う社会福祉の分 野では、海外から次々にもたらされる情報の中、日々、マクロ–メゾ–ミクロのすべてのレベルでその社会での最適解が模索されている。日本でも、他国でも、 同様である。
I.2 本研究の目的〜日本型/東アジア型ハーム・ リダクションとは?
本研究の研究代表者は、2017年度終了予定の前研 究課題*1で薬物依存者のケア・サポートシステムについて、日本とオランダの間で比較研究を行った。本研究は、それを受け、ハーム・リダクション(次項 (2)で詳述)と呼ばれる概念の東アジア地域(日本、韓国、台湾)での受容および、薬物依存者を対象とした保健医療福祉分野での実践への影響について、上 に示した視座をもって取り組むものである。そのために、以下の具体的な問題を設定する。
*1: 科学研究費助成金挑戦的萌芽研究(FY2015-2017)研究課題名:「ハームリダ クション時代の依存症ケア: 日蘭の文化的差異をふまえた国際比較研究(15K13084)」 (研究代表者:徐淑子)
東アジアにおいて、ヨーロッパ発のハーム・リダクション・ア
プローチは、 1. どのように解釈されているか 1a. 基本概念や、実践モデルの構成要素のうち、なにが受け入れられ、どの部分が捨象されているのか 1b. 要素の取捨選択に影響している要因はなにか 2. 各国における薬物依存者への社会的ケアのあり方や、施策にどのような影響や変化を与えているか 3. 新しいモデルの移入やそのことによる既存システムの変化は、サービスの受け手やサービス提供者によってどのように経験されているのか 4. そこに、東アジア的な特徴があるのか。日本型あるいは東アジア型ハーム・リダクションと呼称できるような特質があるか。 |
これら、「文化接合」および「翻訳的適応」の問題に ついて、エスノグラフィー(訪問とインタビューによる質的調査)の手法でもって明らかにするのが、本研究の目的である。なお、本研究では、医療機関 外で提 供される支援のうち、制度化されていない支援、試行的な実践をも含め、社会的ケア(social care)という用語を用いる。
「日
本的受容について」On Japanization Process of Introduction to Harm Reduction
Policy: From 1970s to Present
(II)研究の背景と学術的独自性、創造性
II.1 ハーム・リダクションの国際社会への広が りと日本、東アジア
ハーム・リダクションとは、1980年代のヨーロッ パに始まった、薬物使用(依存)者支援アプローチである。「危害低減」を意味し、個人の健康リスク行動(例えば、麻薬の摂取)を完全排除することより先 に、目前にある健康被害(例:麻薬注射の回し打ちによるHIVや肝炎ウィルスへの感染)を重視し、それをできうる限り少なくすることを介入目標とする施策 のあり方を指す。
このアプローチの有効性は、HIV感染率の低下、薬 物関連死の減少、依存症者の年間医療費の減少、薬物依存者の受療行動の増加など数々の指標によって確かめられている。また、採用国の多くで、依存症の問題 をもつホームレス者の対策拡充、刑務所での矯正治療の縮小につながる等、社会的影響の範囲も広い。その結果、現在では、2016年の国連薬物問題特別総会 でも支持される薬物対策のグローバル・スタンダードとなった。
ところが、日本や韓国のように、その導入に消極的な 姿勢を見せる少数の国があり、中国やヴェトナム、台湾のように、施策導入はされているものの、その後の拡がりに勢いのない国がある。そして、他方、薬物対 策としてのハーム・リダクションが広がっていない国々でも、喫煙対策やアルコール依存症の治療などでは、ハーム・リダクションの考え方が入りつつあるので ある*2。
*2:喫煙者の健康リスクを「低減」−つまり「完全 除去(=禁煙)」ではなく—する目的で、ニコチン・ガム、ニコチン・パッチ、電子タバコ等が開発され、日本でも取り入れられている。また、日本のアルコー ル医療では、従来の断酒目標だけでなく節酒目標の治療も開始されている。
このような、取捨選択の違いはどこからくるのか。た とえば、日本の場合だと、保健医療福祉分野では、数多くの実践モデルが北欧などに範をとって紹介されている。にもかかわらず、世界で主流となっているハー ム・リダクションによる薬物依存症対策は、なぜ入ってこないのであろうか。
II.2 本研究の独自性・発展性
本研究の独自性のひとつは、このように、問題意識 が、保健医療福祉分野でのイノベーションとその伝播という、より広い視座につらなっていることである。研究成果を、薬物依存者支援の問題を超えて、社会福 祉方法論・実践論についての議論に接続して発展させることができると考える。
加えて、もうひとつの重要な観点がある。薬物依存症 と薬物使用の問題は容易に国境を超え、国同士影響しあうということである。たとえば、国連薬物犯罪事務所(UNDOC)は、主要拠出国の日本が、ハーム・ リダクションの概念をどのように理解し受け入れるか、その動向を見守っている。このように、薬物とハーム・リダクションの問題は、一国内というより、圏域 で取り組むべき側面をもっている。本研究にとりくむ研究者の陣容は、まさしく、圏域的恊働を可能にする体制となっている。
地球時代にあって、他国・他文化と日本の、それぞれ の経験を分かち合い情報交換しながら、ともによりよい実践を追求する協力関係を構築することの重要性は、ますます高まっている。本研究は、保健医療福祉分 野の研究での、日本発の好事例になりうると考える。
(III)本研究で何をどのように、どこまで明らか にしようとするのか
上項(1)に示した研究目的で提示した4つの問いに 対する答えを得るために、以下のような研究計画を立てた。
III.1 理論的フレームワーク
調査および考察を開始する際の立脚点として、以下3 つの理論的フレームワークを用いる。これらは、いずれも、1990年代以前の文化変容論はヒト・モノ・情報の世界的移動による文化接触による「均質化」を 強調していることに不備を見いだし、グローバル文化とローカル文化の双方向への影響に焦点を当てるものである。「グローバル・スタンダード」による現行の 実践への影響を、既存システムへの侵食(「文化伝播」つまり中心から周辺への広がり)ではなく、「グローカライゼーション(受け入れ側の選好と翻案加工を 経た定着)」という一種の適応型と捉えるところに特徴がある*3。
*3 Robertoson, R (1992) Social Theory and Global Culture, Sage(阿部美哉訳(1997)『グローバリゼーション:地球文化の社会理論』,東大出版会). 遠藤薫編(2007) 『グローバリゼーションと文化変容』,世界思想社. 難波功士(2008) ユース・サブカルチャーズへのグローバリゼーション,関西学院大学社会学部紀要,104:89-95.
「グローカライゼーション」の理論 a. 地球文化と社会理論(Robertson, 1992[1997]) b. 三層コンフリクト理論(遠藤,2007) c. サブ・カルチャー受容・浸透・再編の5類型論(難波,2008) |
III.2 研究方法
調査地は、2017年現在ハーム・リダクションを公 式採用していない日本および韓国、すでに採用実績のある台湾を主たる調査地とする。そして、ハーム・リダクションの早期採用地域であるオランダを参照事例 とする。研究活動に従事する者は、日本国外の研究協力者も含め、4頁記載のとおりである。
各国での調査対象は、薬物依存者が利用できるケア・ サポートの提供者(専門家等)と、それらの利用者(薬物依存症の当事者)とする。サンプリングはスノーボーリング法を用いる。
調査方法は、まず、(1)資料・文献の精査による制 度論的比較を行う。その後、(2)エスノグラフィー調査(訪問とインタビューによる質的調査)を実施する。①については、日韓台および蘭の研究者(研究協 力者)が各自情報を収集・整理し、研究報告会にて報告・情報共有、討議する。(2)については、2017年度終了予定の研究課題で用いた調査インデックス とインタビューガイドをたたき台にして、各国で協議し、本研究での使用に向けて再編集する。インタビューで得られたデータを逐語録に起こし、内容分析す る。研究班での共通言語は英語を用いるが、データおよび調査結果の共有については、適宜、通訳/翻訳の研究補助者を手配する。
III.3 研究終了時の到達目標
研究終了時には、日本、韓国、台湾の薬物依存者支援 をめぐる諸制度と実践の現況、ことに、ハーム・リダクションについての精度の高い情報が得られる。そして、さらに、以下のことがらが明らかになる。
(1)日韓台のそれぞれの社会内におけるハーム・リダクショ
ンをめぐる【言説の幅と構成】 (2)調査地各国における、サービス提供者と利用者(当事者、薬物依存者)の間の、ハーム・リダクションについての言説の違い、職種間での言説の違い【社 会内格差】 (3)上掲(1)(2)の、日韓台および早期採用国オランダの調査国間での違い【社会間格差】 (4)言説から読み取れるハーム・リダクションの各調査地への【インパクト(変化)】 (5)上記から得られる実践および政策への示唆・提言 |
研究活動の計画(省略)
(2)関連する国内外の研究動向と本研究の位置づけ
ハーム・リダクション・アプローチの有効性評価が導 入国で蓄積される一方、日本ではHIV予防の一種として制度を紹介する論文、ヨーロッパでのハーム・リダクション実践を権力論の立場から批判する研究が、 それぞれ少数あるのみであった。2010年頃より専門研修会等で薬物問題のハーム・リダクションが論じられ始め、2016年の第51回アルコール・薬物医 学会学術総会で日本では初めて「ハーム・リダクション」が大会テーマとして取り上げられ、その概念と日本での応用可能性について本格的討議が開始された。 申請者らは、2015年より、ハーム・リダクションを扱った学会発表(3回)と、研究業績番号2)-5)および10)の5点の論文を公表し、議論に寄与し た。10)は、薬物問題の重要資料であるThe Global State of Harm Reduction 2016にて、日本から唯一引用された。
(3)準備状況と実行可能性
以下の表に本研究にたずさわる研究者の陣容を示す (研究者名は現時点では、省略)。国外の研究協力者は、いずれも、薬物依存症にかかわる諸問題についての研究実績、あるいは実践経験がある専門家である。
韓国および台湾へは、2016年にそれぞれ予備調査 を行った。その際、情報提供に応じてくれた現地研究者の中から、今回申請の研究での調査カウンターパートを選定した。また、参照事例のオランダは、前研究 課題(2017年度終了予定)の調査地であり、前研究課題で共同研究を実施した者を、今回も起用することとした。
以上のことより、本研究で行いたい東アジア地域での 「圏域的協働」を行う十分な体制は整っていると判断する。
●ハーム・リ ダクションと薬物依存者への社会的ケア:東アジアへの影響、移入、展開
研究成果報告書(2023年6月) |
Deep-Lによる翻訳 |
研究成果の概要(和文): ハーム・リダクション(危害低減)は1980年代に創始された薬物使用者支援アプローチである。このアプローチの、日本を含む東アジア地域での受け入れと ローカライゼーションについてドキュメント分析および訪問調査にもとづき明らかにした。その結果、それぞれの国・地域で、国際機関等によって提案される 「標準的」実践だけでなく、薬物問題単体ではない複数の保健医療福祉的課題を統合するプログラムを画策する傾向が示唆された。日本では、医療内実践の中に ハームリダクションを統合する動きが注目された。 |
Summary of Research Findings
(Japanese): Harm reduction is an approach to helping drug users that originated in the 1980s. Based on document analysis and on-site surveys, the acceptance and localization of this approach in East Asia, including Japan, were clarified. The results suggest that each country/region tends to develop programs that integrate multiple health and welfare issues, not just the "standard" practices proposed by international organizations, and not just the drug problem by itself. In Japan, the integration of harm reduction into intra-healthcare practice was noted. |
研究成果の概要(英文): Harm reduction is an approach for help drug users to protect their health that dates back in 1980’s Europe. How was the idea of harm reduction introduced and accepted to Japan and other Asian countries? This study investigated the acceptance and localization of this approach in the East Asian region, including Japan, focusing on the process of “translative adaptation” . For this purpose, we conducted field survey in Japan and several Asian and European countries. In each country, integrative programs are likely to be appreciated rather than single issue intervention program. In Japan, there has been notable attention to integrating harm reduction within medical practices. |
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研究分野: 健康社会学 キーワード: ハームリダクション 薬物使用者支援 HIV/AIDS 東アジア 翻訳的適応 |
Research Field: Sociology of
Health Keywords: harm reduction, drug user support, HIV/AIDS, East Asia, translational adaptation |
研究成果の学術的意義や社会的意義 本研究でとりあつかうハームリダクション・アプローチは、日本では、その存在は知られているが医療および公衆衛生実践において、公式的には取り入れられて いない。また、薬物問題の規模の大きな国の対策というイメージもある。本研究では、薬物をめぐる社会的価値、法制度や、薬物問題の傾向が日本と近似するア ジアの国々との比較を行った。研究をとおして情報の環流を行い、ハームリダクションやその他の薬物対策、薬物使用者支援のあり方についての社会的議論、こ とに治療やケアのオプションを拡大することについての基礎資料および視点を提供した。 |
Academic and Social Significance
of the Research Findings In Japan, the harm reduction approach discussed in this study has not been formally adopted in medical and public health practice, although its existence is known. It is also perceived as a countermeasure for countries with large scale drug problems. In this study, we compared the social values and legal systems surrounding drugs and drug problems in Japan with those in other Asian countries that have similar drug problems. Through the study, information was circulated to provide basic data and perspectives on social debates about harm reduction and other drug measures, how to support drug users, and, in particular, to expand treatment and care options. |
1.研究開始当初の背景 ハーム・リダクションとは、1980 年代のヨーロッパに始まった、薬物使用(依存)者支援アプローチである。「危害低減」を意味し、個人の健康リスク行動(例えば、麻薬の摂取)を完全排除す ることより先に、目前にある健康被害(例:麻薬注射の回し打ちによるHIV や肝炎ウィルスへの感染)を重視し、それをできうる限り少なくすることを介入目標とする施策のあり方を指す。このアプローチの有効性は、HIV 感染率の低下、薬物関連死の減少、依存症者の年間医療費の減少、薬物依存者の受療行動の増加など数々の指標によって確かめられている。また、採用国の多く で、依存症の問題をもつホームレス者の対策拡充、刑務所での矯正治療の縮小につながる等、社会的影響の範囲も広い。その結果、現在では、2016 年の国連薬物問題特別総会でも支持される薬物対策のグローバル・スタンダードとなった。ところが、日本や韓国のように、その導入に消極的な姿勢を見せる少 数の国があり、中国やヴェトナム、台湾のように、施策導入はされているものの、その後の拡がりに勢いのない国がある。そして、他方、日本では、薬物対策と してのハーム・リダクションは広がっていないが、喫煙対策やアルコール依存症の治療などで、ハーム・リダクションの考え方が取り入れられつつある。このよ うな、取捨選択の違いはどこからくるのか。これらのことがらを背景に、本研究課題の構想を得た。 |
Background of the Study Harm reduction is an approach to helping people who use (depend on) drugs that began in Europe in the 1980s. It means "harm reduction," and refers to measures that focus on immediate health hazards (e.g., HIV and hepatitis viral infections due to injecting drug use) and target interventions to minimize them as much as possible before completely eliminating individual health risk behaviors (e.g., drug intake). The effectiveness of this approach has been confirmed by a number of indicators, including lower HIV infection rates, fewer drug-related deaths, lower annual medical costs for addicts, and increased treatment behavior among addicts. In addition, in many of the countries where it has been adopted, it has had a wide range of social impacts, including expanded measures for homeless persons with addiction problems and reduced correctional treatment in prisons. As a result, it has now become a global standard for drug control, endorsed by the UN Special Session on Drugs in 2016. However, there are a few countries, such as Japan and South Korea, that have been reluctant to introduce such measures, while others, such as China, Vietnam, and Taiwan, have introduced them, but their subsequent expansion has not gained momentum. On the other hand, in Japan, although harm reduction as a drug control measure has not spread, the concept of harm reduction is being adopted for smoking control and treatment of alcoholism. Where does this difference in selection and selection come from? These backgrounds provided the concept for this research project. |
2.研究の目的 本研究は、ハーム・リダクション・アプローチの、日本を含む、東アジア地域での受け入れとローカライゼーションの状況について、多種多様な情報源の収集と 分析によって、明らかにするものである。東アジアでの状況を検討する際、ハーム・リダクションの早期採用地域である欧州(オランダ等)を参照事例とした。 研究結果を、日本を含む東アジアにおける、依存症ケアや薬物対策へのオプションを増やすための議論の活性化に資することとした。 |
2. Purpose of the Study The purpose of this study is to clarify the acceptance and localization status of the Harm Reduction Approach in East Asia, including Japan, by collecting and analyzing a wide variety of information sources. In examining the situation in East Asia, Europe (the Netherlands, etc.), an early adopter of the Harm Reduction approach, was used as a reference case. The results of the study are intended to contribute to stimulating discussion on increasing options for addiction care and drug control in East Asia, including Japan. |
3.研究の方法 研究は、以下の活動の複合として行った。研究活動は、研究代表者と研究分担者がそれぞれ当分に担当した。①資料・文献の精査による制度論的比較。②文献、 国内外の学術会議・実践者会議への参加、およびオンライン上の情報の収集。③ ②の情報に基づく、対象フィールド地における事例の収集。④実践プログラムおよび実践者の訪問による資料収集とインタビュー。⑤収集した情報にもどづくド キュメント分析。 当初の研究期間後半にCOVID-19 の世界的流行が始まり、予定していた現地訪問調査が遂行できなくなり、インターネット上の資料やオンライン会合によるデータ収集方法に変更、活用した。 |
3. Research methodology The study was conducted as a composite of the following activities. The research activities were undertaken by the Principal Investigator and the Research Assistants, respectively, for the time being. (1) Institutional comparisons through a careful review of materials and literature. (2) Collection of information in the literature, participation in national and international academic and practitioner conferences, and online. (3) Collection of case studies in the target field sites based on the information in (2) above. (iv) Collection of data and interviews by visiting programs and practitioners. (5) Document analysis based on the information collected. In the latter half of the initial research period, the global outbreak of COVID-19 began, making it impossible to conduct the planned on-site survey, and the data collection method was changed to one based on Internet resources and online meetings, which were then utilized. |
4.研究成果 1)2018 年度から2022 年度までの間に、文献・資料調査の他、研究代表者・徐および研究分担者・池田がそれぞれ分担して訪問調査を行った。訪問調査は2020 年1 月までの間に、日本国内、韓国、台湾、オランダ、ベルギー、ポーランド、2023 年3 月に後続科研の調査と併せてカンボジアで行った。それぞれの訪問地で行政、医療機関、NGO/CBO、当事者団体(のべ23 ヶ所)を訪問し、情報提供を受けた。2020 年3 月の2 回目の訪韓調査をコロナ流行により中止し、訪問予定者とオンライン会議により情報提供を受けた。 |
4. Research Results (1) During the period from FY 2018 to FY 2022, in addition to the literature and data survey, Principal Investigator Suh and Research Sub-Principal Ikeda each conducted their share of the on-site surveys. The site visits were conducted in Japan, South Korea, Taiwan, the Netherlands, Belgium, Poland, and Cambodia until January 2020, and in March 2023 in conjunction with a subsequent scientific research project. The second survey in March 2020 was cancelled due to the corona outbreak in South Korea, and information was provided through online meetings with those who were scheduled to visit. |
2)研究分担者・池田は、韓国他、台湾など東アジア地域における薬物問
題の歴史的経過についての基礎資料を整理し、ドキュメント・アーカイブを作成してその成果の一部をインターネット上で公開した。 |
(2) Research Associate Ikeda
organized basic data on the historical course of the drug problem in
Korea and other East Asian countries, including Taiwan, and created a
document archive and made some of the results available on the Internet. |
3)研究代表者・徐は、本研究の理論的フレームワークである「翻訳的適
応」について、文化伝播理論、イノベーション伝播理論、グローバライゼーションにおける文化変容の立場から整理した。1990
年代以前の文化変容論はヒト・モノ・情報の世界的移動による文化接触による「均質化」(例えば、ジョージ・リッツァの「マクドナル化」理論とマックス・
ウェーバー的合理化プロセスの進行)を強調している。近年の「グローカル」研究は、その点に不備を見いだし、いわゆる「世界水準」というグローバル文化
と、ローカル文化の双方向的な影響関係に焦点を当てている。「グローバル・スタンダード」による現行の実践への影響を、既存システムへの侵食(「文化伝
播」つまり中心から周辺への広がり)ではなく、「グローカライゼーション(受け入れ側の選好と翻案加工を経た定着)」という一種の適応型と捉えることに注
目するという特徴があった。 |
(3) Principal investigator Hsu
organized the theoretical framework of this study, "translational
adaptation," from the standpoints of cultural transmission theory,
innovation transmission theory, and cultural transformation in
globalization. The pre-1990s cultural transformation theory emphasized
"homogenization" (e.g., George Lizza's "McDonaldization" theory and the
progression of the Max Weberian rationalization process) due to
cultural contacts caused by the global movement of people, goods, and
information. Recent "glocal" studies find this inadequate and focus on
the bi-directional influence relationship between the global culture of
so-called "world standards" and local culture. It has been
characterized by focusing on the impact of "global standards" on
current practices as a type of adaptation, "glocalization"
(establishment through the receiving side's preference and adaptive
processing), rather than as an erosion of the existing system
("cultural propagation," i.e., spread from the center to the periphery). |
4)調査で収集した情報を分析した結果、以下のことが明らかになった。
HIV/AIDS 対策や薬物政策における「ハームリダクション」は、世界保健機関WHO や国連薬物犯罪事務所UNODC、Harm
Reduction International などの国際NGO
とその下部組織によって公式的に定義づけられ、ガイドライン、ベストプラクティス手引き書、専門家研修等、普及に適したかたちでの、「標準化」された形態
がある。その一方で、およそ30
年の歴史をもつハームリダクションの発想を活かしながら、情報化の加速する状況に即した新たな介入プログラムを考案し(「ハームリダクション2.0」)、
実践する動きがヨーロッパ・北米、オセアニアを中心に活発化していた。訪問調査を行ったオランダ・ベルギー等では、従来の注射使用者介入モデルの他、ナイ
トライフモデル、ケムセックスモデル、ダークウェブを通したサイバーアウトリーチ等の新しい形のハームリダクションプログラムが立ち上がっていた。同じ
EU 加盟国でも、国によって、薬物政策や薬物使用者支援の方向性は異なり、今回の訪問地ではポーランド(ヘロイン使用の問題はEU
加盟国の中では小さく、大麻および覚醒剤の使用が多い)ではやや厳しめの政策を敷いていた。 |
(4) Analysis of the information
collected in the survey revealed the following: "Harm reduction" in
HIV/AIDS control and drug policy has been formally defined by
international NGOs and their affiliates, such as the World Health
Organization WHO, the United Nations Office on Drugs and Crime UNODC,
and Harm Reduction International. It has been formally defined by
international NGOs and umbrella organizations such as the World Health
Organization WHO, the United Nations Office on Drugs and Crime UNODC,
and Harm Reduction International, and has "standardized" forms suitable
for dissemination, such as guidelines, best practice manuals, and
professional training. On the other hand, there is a growing movement,
especially in Europe, North America, and Oceania, to devise and
implement new intervention programs ("Harm Reduction 2.0") that are
adapted to the accelerating pace of informatization, while utilizing
the concept of Harm Reduction, which has a history of about 30 years.
In the Netherlands, Belgium, and other countries where we visited, new
forms of harm reduction programs such as the nightlife model, chemsex
model, and cyber outreach through the dark web were being launched in
addition to the conventional injection user intervention model. Even
within the same EU member country, the direction of drug policy and
drug user support differs from country to country, with Poland (where
the problem of heroin use is smaller among EU member countries and
marijuana and methamphetamine use is more prevalent) having a somewhat
stricter policy than the other countries visited this time. |
5)各国の状況については、以下の事柄があきらかになった。まず、日本
では、HIV 分野の専門家間では、諸外国でハームリダクションの考えにもとづく介入プログラムが一定の効果を挙げていることは、1994 年第10
回国際エイズ会議前後にはすでに知られていた。ハーム・リダクションを日本の薬物施策の状況と併せて検討する動きは、2010
年ごろから専門文献・記録物等が確認され、2016
年以降は、依存症の専門学会等でハームリダクションをテーマとしたシンポジウム、分科会が開催されるようになった。日本におけるハームリダクションについ
ての言説は、「現実追認」「本末転倒」といった否定的なものから、「人間として当たり前の権利にかかわるものである」「個人レベルでならハーム・リダク
ションに近いことをやっている」といった肯定的なものまで多様であったが、日本の状況に合わせてハーム・リダクションを捉える「独自定義」、「覚せい剤の
薬物療法は確立していないため、ハーム・リダクションはできない」のように、ハームリダクションを代替薬物による維持療法に限定してとらえる考え、「断薬
より大切なものがある」など断薬との対比でハームリダクションを捉える考え方、「ハーム・リダクションは仲間やその他の人との「つながり」をつくる」な
ど、ハームリダクションの効果を広く捉える考え方などが見られた。2018 年から5 年間の研究期間中、HIV
分野の実践者・研究者とアルコール・薬物分野の実践者・研究者との間の連携の進展が見られた。また、アディクション医療の専門家が「ハームリダクション心
理療法」を翻訳出版、学会シンポジウム等をとして紹介する動きがあり、公衆衛生施策ではない形でのハームリダクション画策の方向性として注目された。 |
(5) Regarding the situation in
each country, the following matters became clear. First, in Japan, it
was already known among experts in the field of HIV around the time of
the 10th International AIDS Conference in 1994 that intervention
programs based on the concept of Harm Reduction had achieved a certain
level of effectiveness in other countries. The movement to examine Harm
Reduction together with the status of drug policies in Japan has been
confirmed in specialized literature and archives since around 2010, and
since 2016, symposiums and section meetings on the topic of Harm
Reduction have been held at specialized societies on addiction and
other organizations. Discourses on Harm Reduction in Japan have varied
from negative ones such as "reality-following" and "a reversal of the
original intention" to positive ones such as "it is a matter of natural
rights as a human being" and "on an individual level, we are doing
something similar to Harm Reduction", however, it has become clear that
the There were also a variety of opinions, ranging from "original
definitions" of Harm Reduction that were tailored to the Japanese
situation, to ideas such as "Harm Reduction is not possible because
there is no established pharmacotherapy for stimulants," which limited
Harm Reduction to maintenance therapy with alternative drugs, to ideas
such as "There are more important things than abstinence," which viewed
Harm Reduction in contrast to abstinence, to "There are more important
things than abstinence," etc. During the five-year study period from
2018, progress was made in collaboration between practitioners and
researchers in the HIV field and practitioners and researchers in the
alcohol and drug field. Progress has been made in collaboration between
practitioners and researchers in the HIV field and those in the alcohol
and drug field. In addition, there were moves by addiction medicine
specialists to translate and publish "Harm Reduction Psychotherapy" and
to introduce it as a conference symposium, etc., which attracted
attention as a direction for harm reduction policy in a form that is
not a public health measure. |
6)訪問調査を行った韓国、台湾、カンボジアのうち、韓国では、日本と
同様に、禁止主義的な薬物政策が採られており、医療および社会的ケアも断薬を基盤に提供されていた。韓国でのハームリダクション的実践は、HIV
予防の文脈でMSM(男性と性行為をする男性)を主たる対象とするケムセックスモデルによる啓発プログラムが、当事者団体によって実施されていた。広域展
開する規模ではなく、都市部に限定されているが、働きかけの対象(キーポピュレーション)を明確にした効果的な活動として評価されていた。台湾では、戦前
からのアヘン問題を背景に、ハームリダクションの重要性が認識されていたが、HIV 政策そして、LGBT
ムーブメントと合流して、東南・東アジア諸国にたいするモデルプログラム的な実践を多く展開していた。カンボジアでは、2006
年よりハームリダクションをHIV 対策として導入している。カンボジアはHIV
流行を効果的に行っている国の一つであるが、ハームリダクションを含む薬物使用者支援は、HIV
対策としての位置付けを得ることによって、安定した資金を獲得しているとのことであった。訪問調査を行った国々の状況から、薬物使用者支援単体でのプログ
ラムというより、クライアント中心的にニーズをとらえる複合型のモデルが、多く取り入れられていることが示唆された。 ※ケムセックス:ケミカル・プラス・セックス。薬物を利用したセックスで生命と健康にとって危険なものになりやすい。 |
(6) Of the countries visited
(Korea, Taiwan, and Cambodia), Korea, as in Japan, adopted a
prohibitionist drug policy, and medical and social care was provided on
the basis of abstinence. Harm reduction practices in Korea were
awareness programs based on the chemsex model, primarily targeting MSM
(men who have sex with men) in the context of HIV prevention, conducted
by the organizations concerned. Although the program was limited to
urban areas rather than being deployed on a wide scale, it was
recognized as an effective activity with a clear target (key
population) for outreach. In Taiwan, the importance of harm reduction
was recognized against the backdrop of the prewar opium problem, and
many model programs for Southeast and East Asian countries were
developed in conjunction with the HIV policy and the LGBT movement. In
Cambodia, Harm Reduction has been introduced as an HIV control measure
since 2006. Cambodia is one of the countries that have effectively
implemented the HIV epidemic, and drug user support, including Harm
Reduction, has received stable funding by being positioned as an HIV
countermeasure. The situation in the countries visited suggests that
many of them have adopted a composite model that captures needs in a
client-centered manner, rather than a stand-alone program of drug user
support. *Chem Sex: chemical plus sex. Drug-enhanced sex that can easily become dangerous to life and health. |
7)コロナ流行の影響下、研究計画の変更・再調整を行ったが、2018
年度から2022 年度までの間に、研究班(研究代表者1名、研究分担者1名、計2名)は6 点の学術論文(うちオープンアクセス4
件、査読あり論文3 件、招待あり2 件)、学会発表11 件(うち国際学会3 件、招待講演2
件)、関連図書(翻訳書等)2件を、研究成果として発表することができた。ハームリダクションについての書籍執筆に着手したが、刊行まで至らなかったた
め、研究代表者・徐の後続科研の成果と統合する形での出版計画とする。2018
年度に、アルコール・薬物医学国際学会にて、日本における薬物使用者支援についてのシンポジウムの企画を研究代表者・徐が行った他、2020
年度の日本エイズ学会大会で、ハームリダクションをテーマにしたシンポジウムを企画した。2021
年度は、日本精神・神経学会におけるハームリダクションをテーマにするシンポジウムにて研究成果を発表した。その他、研究代表者・研究分担者ともに専門商
業誌への寄稿論文の発表、メディアへの取材協力を行った。これらの活動をとおして、当研究課題の目標のひとつ、依存症ケアや薬物対策へのオプションを増や
すための社会的議論の活性化に尽力した。 |
(7) Under the influence of the
corona epidemic, the research plan was changed and readjusted, but from
FY 2018 to FY 2022, the research group (1 PI and 1 PI, 2 researchers in
total) published 6 scientific papers (including 4 open access, 3
refereed, and 2 invited papers), 11 conference presentations (including
3 international conferences, The two researchers published 6 academic
papers (4 open access, 3 refereed, 2 invited), 11 conference
presentations (including 3 at international conferences and 2 invited
lectures), and 2 related books (translations, etc.) as their research
results. In FY2018, PI planned a symposium on support for drug
users in Japan at the International Society of Alcohol and Drug
Medicine, and in FY2020, PI Suh will organize a symposium on support
for drug users in Japan at the Japan Society of Alcohol and Drug
Medicine. In FY2021, the research results were presented at a symposium
on harm reduction at the Japanese Society of Psychiatry and Neurology.
In addition, both the principal investigator and the research associate
published contributed papers in specialized commercial journals and
cooperated with the media for interviews. Through these activities, we
have contributed to one of the goals of this research project, which is
to activate social discussion to increase options for addiction care
and drug control. |
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-18K02068/ |
■クレジット:(代表者)徐淑子「ハーム・リ
ダクションと薬物依存者への社会的ケア:東アジアへの影響、移入、展開」基盤研究(C)(18K02068)
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